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第二章

弔宴(七)

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レオンはカイとラウラを抱えたまま山林の中を走りだした。
「盗人のような真似を!」
シェルティは浅い小川を踏みつけながら怒鳴った。
レオンは走ったまま笑い飛ばす。
「ハハハ!盗人?てめえのもんじゃねえだろ!」
「お前のものでも、ない!」
アフィ―はオーガンジーをレオンに向け飛ばした。
レオンはそれを軽々とよけ、また声をあげて笑った。
「おれの手にあるうちはおれのもんだ」
「いやおれらものじゃないんだけど……」
「なんだよ、助けてやったのに」
「レオン、楽しそうだな」
「そんなことねえ」
「うそだあ。あのふたりわざと焚きつけて、楽しんでるだろ」
「さあな」
アフィ―のオーガンジーが再びレオンに襲いかかる。
レオンはそれを軽々と躱す。
「ふたりをっ、離せっ!」
息を切らせたシェルティが追いかけてくるが、山林は傾斜が急な上、露出した木の根とぬかるみが足をとる。
シェルティは懸命に駆けたが、その速度は歩いているのとほとんど変わらなかった。
同じくアフィ―も、シェルティよりは余力があったが、オーガンジーを操作に必死で足取りは悪かった。
対してレオンは、カイとラウラを抱えているにも関わらず、手ぶらの二人よりもずっと軽快に斜面を駆けあがっていく。
「どういう力の使い方してんの?」
カイは思わず訊いた。
「霊力で身体強化的なことってできんの?」
「なんだよ、急に」
「いやだって、レオン……重くないの?」
レオンは鼻をならす。
「てめえの貧相な身体見てから訊きやがれ」
「え、おれ、そんな貧相?」
「上背のわりに軽すぎだ。もっと鍛えろ」
レオンはカイの腹に回す腕に力をこめる。
「うげっ!」
「薄っぺらい身体だな。ラウラに至っては骨と皮しかねえんじゃねえか?狗鷲よりも軽いぞ、お前」
「そ、そうですか?」
「肉がねえから、よけいガキっぽく見えるんだ」
「……もっと食べるようにします」
「カイ、お前もだぞ」
「おれけっこう食ってるよ?さっきもさんざん――――うぐっ……レオンだからあんま揺れると吐くかも……」
「出すなよ。身につけろ」
「無茶言うなよお……」
ふいに三人は、夕日の強い光に照らされる。
すっかり日の届かなくなった山林を抜け、遮蔽物のない、開けた土砂崩れの跡地に出たのだ。
土石と倒木の折り重なるその場所は、カイがケタリングを呼び出そうとした、あの長い夜のはじまりの場所だった。

「――――っ!」
カイは目の前に広がる光景に目を奪われ、深く息を吸いこんだ。
「なんっだこれ、すげえ……!」
「ちょうど開花したとこか」
レオンはそう言って、カイを下ろした。
「なにかありましたか?」
後ろ向きに担がれたラウラは、カイがなにを見て感動しているのかわからない。
「ちょっと待ってろ」
レオンはラウラを肩から胸に抱えなおすと、その両目を手で塞いだ。
「レオンさん?」
「待ってろって」
レオンはゆっくりと歩き出す。
ラウラは夕陽のぬくもりと湿った風、そして風に含まれる、爽やかな夏草の芳香を感じ取る。
レオンはラウラをそっと地面に座らせた。
ラウラの腰を受け止めるのは、固い土石ではなく、やわらかい草花だった。
レオンはラウラから手を離す。
ラウラはおそるおそる瞼を開いた。
「わあ……」
ラウラは、花畑の中に座っていた。
土石の合間を縫うようにして芽を出し、咲き乱れた薄雪草が、視界いっぱいに広がっている。
舞い上がる花粉は光を放ち、夕陽に照らされた中で、細雪のような瞬きを見せている。
白い花弁も相まって、ラウラは自分が本当に雪原にいるのではないかと、思わず錯覚してしまう。
「いい時間にきたな」
レオンはラウラの隣に腰を下ろし、仰向けに寝そべった。
「い、いいんでしょうか……」
ラウラはレオンの下で潰される薄雪草、睡花を見て、恐々とする。
「睡花は、睡薬の貴重な原料なのに」
ラウラは自分の足元で首を折る、白く小さな花を撫でた。
レオンは鼻を鳴らし、ラウラの撫でた花を手折った。
「あっ」
「こんなときまで気にすることじゃねえよ」
レオンは手折った睡花をラウラの耳の上に乗せた。
「似合うぞ」
「……ありがとうございます」
ラウラははにかんで、レオンと同じように空を見上げた。
「夕日も、きれいですね」
「絶景だ」
「雲海もですが、山の上で見る空は、下で見るものとはまるで別人ですね」
「ああ。空ほど顔色の変わりやすいやつはいねえからな」
「たしかに」
レオンは相槌を打ったカイの顔を見て、口角をあげた。
「ここにもっと変わりやすいのがいたか」
「……おれのこと言ってる?」
「赤くなったり青くなったり、落ち着いたためしがねえ」
「おれはふつうだよ!ってかみんなが顔に出なすぎなの!シェルティはいつも笑ってるし、アフィ―はクールだし……レオンもなんかいつも余裕なかんじだしさあ。逆にみんなはもっと出してけよって思うよ、ほんと」
カイは抗議しながらも、なぜか得意げだった。
「おれはね、みんなが表情だいたいくみ取れるからいいけどね?おれ以外の人にはさあ、やっぱ誤解されちゃうと思うんだよね。特にレオンはもの言いがきついからさ」
「きつかねえだろ」
「きついよ。すぐ手出るし」
「お前にだけだ」
「シェルティにもすぐ出るじゃん」
「じゃあ、お前らにだけだ」
レオンは鼻を鳴らし、悪びれずに言った。
「なんだよ、気に食わねえのか?」
「ぜんぜん。ただ遠慮ないなあって」
カイは笑って、レオンの脇腹をつついた。
「やられた分やり返せばいいし」
「よくわかってるじゃねえか」
レオンは起き上がり、カイの脇をつかもうとするが、カイはその手を握り、もう片方の手で、ラウラの手を握った。
「脇腹きかないのかよ。レオンのびびった顔が見たかったのに――――でもこれならどうよ?」
カイはそう言って地面を蹴った。
カイの身体が宙に浮きあがる。
手を握った二人を引き上げながら、カイは空を駆けあがっていく。
三人はあっという間に、周囲の木立を越える高さまで浮上する。
眼下には夕日に照らされる山林が広がる。山林の先には、人里と青々とした田畑の連なりが見える。
さすがのレオンも、目を丸くし、カイと繋いだ手に力をこめた。
「どうよ?ケタリングで飛ぶのと、どっちがいい?」
「比べるもんじゃねえだろ」
レオンは目を細め、感嘆を漏らした。
「だがまあ、これも悪かねえな」
「だろ!――――あのさ、おれ、諦めてないから」
「なにをだよ」
「ケタリング。おれ、乗るからな。絶対」
レオンは細めていた目を大きく開いた。
それから心底嬉しそうに破顔した。
「おれが新しいやつ見つけるのと、お前の霊操がまともになるの、どっちが早えだろうな」
「うっ……そうだったケタリング乗るのには訓練いるんだっけ……」
カイは肩を落としかけたが、いや、と自らを鼓舞するように首を振った。
「おれにはラウラっていう師匠がついてるから、だいじょうぶ、絶対ものにできる。どんなもんでも乗りこなしてみせるよ。それどころかまた暴れられても、今度はさっと抑えられるような超強い霊操まで身につけとくから!」
ラウラは仰る通りです、とカイ以上の意気込みを見せた。
「霊操の修行ならいくらでも付き合いますよ。カイさん、縮地についてはもうなにも言うことはないんですが……この浮遊術然り、それ以外は全部力技ですからね」
霊操の修行となるとラウラは人が変わる。
喉の痛みを忘れ、かすれた声を振り絞って熱弁した。
「繊細な霊操を身につけることができれば飛躍的に技の精度はあがると思うんです。だからまずは、けっきょく投げ出してしまった、霊操による刺繍を極めてみるのがいいかもしれません」
「お、お手柔らかに……」
カイはこれまでのしごきを思い出し、早くも後悔を滲ませながら言った。
「ほんと、あの、暇なときちょーっと教えてくれればいいからさ……」
「修練は積み重ねがなにより大切なんですよ」
「いやそれはわかってるんだけどさあ――――ほら、ラウラだって、災嵐終わった後、やりたいことあるだろうし……」
「それは――――」
ラウラは言葉につまった。
カイも、レオンも、シェルティも、アフィ―も、それぞれ思い描く未来があった。
災嵐が去ったあとどう生きるか、なにをしたいか、すでに答えを出していた。
しかしラウラは、四人の話を聞いてなおも、自分がなにをしたいのかわからなかった。
するべきことはある。
災嵐の後始末をしなければならないし、百年後、次の災嵐に向けて、残さなければいけないものもある。
ラウラにとって、それは義務だった。
ラウラは災嵐に命を懸けている。
もし災嵐が終わって生きながらえることができていても、この身は朝廷に、人びとのために捧げなければならない。
それがラウラの、学舎で育った孤児が受ける教えだった。
ラウラはそれが正しいと信じていた。
それが自分の宿命なのだと思っていた。
(でも今は……)
ラウラは自分を覗き込むカイの目を見た。
濃い葡萄色の瞳には、自分の顔が、鏡に映したかのようにはっきりと見える。
カイの瞳の中で、ラウラはおろした髪に睡花を飾りつけている。
ラウラは胸が高鳴るのを感じた。
「……わたし、この服、とても好きです」
高鳴りのままに、思い切って、本音を口にした。
「この髪型も、花も……こういうかわいい恰好、してみたかったんです、ずっと」

「わたし、アフィ―と、遊びに行きたいです」
「着飾って、お化粧をして、お出かけしたいです」
「市場でお買い物をして、屋台でお菓子を食べて、大道芸やお芝居を見て、たくさんおしゃべりしたいです」
「そういう、ふつうの女の子同士の遊びをしてみたいです」
「あ、でも、その前に、殿下にいろいろ教えてもらいたいです」
「お化粧とか、お洒落の仕方とか、この髪型も、自分でできるようになりたいです」
「それと、料理とかも、わたしは全然できないので、教えてもらいたいです」
「いまはどうかわかりませんが、小さいころ、ノヴァは鳥料理が好きだったので……シェルティさんの料理はとてもおいしいので、作り方を教わって、いつかノヴァにふるまいたいです」
「それから、修練をもっと重ねて、カイさんみたいに、飛べるようになりたいです」
「それで、カイさんと、レオンさんと、ケタリングと一緒に、空を飛びまわってみたいです」
「雲海を泳いで、都市を真上から眺めて、峡谷に潜って、それから……月に届くくらい、高く昇ってみたいです」

ラウラは東の空に浮かんだ、小さな三日月を指さした。
「それはいいね。でも、ぼくたちも忘れず連れて行ってよ」
声をかけられ、ラウラはようやく我に返った。
いつの間にか地上に戻っていたラウラは、カイとレオン、そして追いついてきたシェルティとアフィ―と、輪になって座っていた。
「もし連れて行くのを忘れたら、料理を教えてあげるのも無しだ」
シェルティはそう言って片目をつぶった。
「わたしも行く。一緒に」
アフィ―はラウラを真似て、頭に睡花を挿した。
「お前ならすぐ飛べるようになる」
レオンはラウラに拳を指し出した。
ラウラは照れながらも、力強く拳を合わせた。
「やりたいこと、いっぱいあるじゃん」
カイはレオンを真似て、ラウラに手のひらを向けた。
「欲張りでしょうか?」
「むしろもっと欲張っていいくらいだ」
ラウラはカイと手を合わせた。
それからそっと握りしめた。
「カイさんは、どうですか」
「おれ?」
「さっき、思い浮かばないって言ってたじゃないですか。――――本当になにもないんですか?」
「うーん……」
カイは唸りながらのけ反り、そのまま睡花の上に倒れ込んだ。
「きゃっ」
手を繋いでいたラウラも、一緒に倒れてしまう。
「カイさん……?」
「空気がうまいなあ」
カイは間の抜けた笑顔を浮かべると、ラウラだけ聞こえる小声で言った。
「さっきはああいったけどさ、本当はあるんだ。したいこと」
「なんですか?」
「なにもしないこと!」
「……はい?」
「みんなには内緒にしてよ?かっこわるいから」
カイは小声のまま続けた。
「おれもともとなまけ者なんだよね。インドア派っていうか、出不精っていうか、家でだらだらしてばっかだったんだ。勉強とかも全然好きじゃなくて、友だちとゲームしたり、犬と遊んだり、アニメ見たり……。それがこっちの世界きてからずっといろいろやってたじゃん?それはそれで楽しかったし、やりがいもあったけど、それが終わったら、ちょっと一回のんびりしたいんだよね。みんなで夜中まで飲んで、雑魚寝して、昼過ぎに起きるとか、超最高」
カイはそこで声をふつうの大きさに戻した。
「ま、そういうことだから、まずは山間にマイホームを建てることだな。家はそんな大きくなくていいから、周りは木を刈り取って広い庭にするんだ。それで動物いっぱい飼うんだ。狗鷲に狼狗に馴鹿もだろ?あと馬も!」
「……素敵です」
ラウラはカイを真似して、四肢を投げ出した。
「自分の家、ですか」
「ラウラは建てるならどんな家がいい?」
「わたしは――――」
すでに日は沈み、周囲は薄闇に包まれている。
闇が濃くなるほど、睡花の光は際立つ。
ラウラはまるで光る絨毯の上にいるようだ、と思い、こんな場所に建てたいです、と言った。
「こんな素敵な花畑があれば、家にはなんの装飾もいりません。それにどんなに夜が遅くなっても、これだけ明るければ、きっと迷うことなく家に帰れますから」
「めちゃくちゃいいじゃん」
カイはラウラの手を握った。
「じゃあここに建てようぜ、おれたちの家!」
なあ、とカイが声をかけると、まずシェルティがやれやれとほほ笑んだ。
「きみはまた勝手に……。今のはラウラの家の話だろう?きみがここに建てたら、ラウラが住めないじゃないか」
「一緒に住めばいいじゃん」
「わかってないな。ラウラの家ということは、いずれノヴァの家にもなるんだ」
「あっ!そっか。やべえ、ごめんラウラ。新婚の邪魔するとこだった」
「ノ、ノヴァは関係ないですよ!」
赤面するラウラに、アフィーは勢いよく抱きついた。
「挙式、たのしみ」
「もう!アフィーまで!」
レオンは呆れたように鼻を鳴らした。
「睡花の上に家なんか建ててみろ、二度と寝台から起き上がれなくなるぞ」
「あ、たしかに」
睡薬の原料である睡花には、人を深い眠りに落とす作用がある。
ただ睡花に近づくだけで昏倒するようなことはないが、長くその上に留まれば、いずれ抗えぬ眠気に襲われることになる。
ましてや睡花に囲まれた場で眠れば、昏睡状態に陥ってしまう。
睡花が枯れるまで、自力では目を覚ますことができなくなってしまう。
「カイとなら、いくらでも、眠れる」
その危険性がわかっていないのか、アフィーは平然と言ってのけた。
「いやアフィー、そういう意味じゃなくてさ……」
「わたし、あったかい」
「うん?」
「ダルマチアの家で、よくみんなに言われた。わたしと一緒だと、あったかいから、よく眠れるって。だからカイも、わたしと一緒に寝れば、きっと、気持ちいい」
「……いや、わかるよ?子ども体温っていうか、あれよね、布団に潜り込んでくる猫が冬は湯たんぽ代わりになる、みたいなやつよね?」
「カイ、一緒に寝よう」
「いやわかってるけど!アフィーが言うといろいろアウトなんだよなあ!?」
絶対ダメ、と断固として拒否するカイに、アフィーは唇を尖らせる。
「なんで?」
「なんでって、だから――――」
「カイはぼくと一緒に寝るからだよ」
シェルティは涼しい笑顔で、さらりと横やりを入れる。
「ぼくはきみと違って体温調節が可能だからね。冬は暖かい、夏は冷やかな人肌を彼に提供できる。――――つまりきみの出る幕はないというわけだ」
「……わたしの方が、やわらかい。触り心地がいい」
「はしたないな。身体でしか張り合えないのか?ぼくはカイに寝物語を聞かせることだってできる。異なる物語を、千夜だって語ってみせるよ」
「なんでそこでまたケンカになんだよ……相性悪いの?お前ら」
カイはにらみ合う二人の間に割って入り、まったくもう、と言って腕を組んだ。
「これから一緒に暮らそうって仲間同士なんだから、もっと仲良くしろよ」
「きみが言うならそうしよう」
「わかった」
返事に反して、二人の間で交わされる視線には火花が散ったままだった。
カイは大きくため息をついて、また、レオンに助けを求めた。
「どうしようこいつら」
「ほっとけよ。疲れたらそのうち寝るだろ」
「そんな子どもじゃないんだから……」
「子猿のじゃれあいにしか見えねえよ」
レオンの言葉にカイは思わず笑ってしまう。
「こんな美人二人つかまえて子猿って」
「あってんだろ」
「子猿のじゃれ合いならもっとかわいげがほしいけど……」
「ぼくは子猿じゃないよ。それにかわいげもある」
「自分で言うやつがあるかよ」
「わたしも、猿じゃない」
アフィ―はレオンに冷ややかな視線を送る。
「あなたのほうが、ずっと、猿。……猿だから、あんなふうに、山を登っていけた」
「あの程度で何言ってんだ?お前の足腰が弱っちいだけだろ」
「……弱くない」
「追いつけもしなかったじゃねえか」
カイは慌ててアフィ―とレオンの間に立った。
「わー!もう!次はお前らかよ!」
カイの仲裁を受けて、アフィ―とレオンは互いに舌打ちをして、目を逸らした。
「こわ……態度わる……なんで仲良くできないの?三人とも……」
三人は口々に答える。
「ぼくは彼らと親しくなりたいわけじゃないから」
「二人は、邪魔もの」
「ガキに合わせる必要ねえだろ」
「……よしわかった。喋るからケンカになるんだな」
カイはアフィ―の手を取り、立ち上がらせた。
「さっきさ、みんなで踊ってたとき、アフィ―の踊りだけ変わってたけど、あれってなに?」
「あれは……お母さんの踊り」
アフィ―はその場で軽く跳躍すると、踵で地面を踏み鳴らすような、独特の足運びの舞踏をはじめた。
「本当は、固い床と、靴で、音を出して踊る。お母さんのこと、ほとんど覚えてないけど、いつもキラキラの服着て、これを踊ってた」
「お母さんの踊りだったのか。なんかタップダンスみたいでかっこいいと思ったんだよな」
「……素敵な踊りだが、あまり人前ではやらない方がいい」
シェルティの言葉に、レオンも頷いた。
「おれも好きだが、これからはおれら以外の前でやるなよ」
カイとラウラ、アフィ―は顔を見合わせる。
「なんで?」
レオンは口を閉ざし、シェルティはカイに訊き返した。
「どうして踊りを?」
「ん?あ、そうそう、さっきはさ、いろんな人いたし、こっちの世界の曲だけだったじゃん。だからさあ――――」
カイはシェルティが背負うチャランゴを指さした。
シェルティはああ、と言って笑った。



カイは歌った。
東京のアパートで桃を育てる男の歌を。
カイの、もといた世界の曲を。
それはアフィ―の舞踏の拍子とぴたりと合わさった。
シェルティは二人を支えるように、補うように、チャランゴを爪弾いた。
レオンは二人の旋律をひっぱるように、導くように、サンポーニャを奏でた。
ラウラはカイと共に歌おうとしたが、枯れた喉からは的外れな音が洩れるばかりだった。
かといって手元に楽器はなく、アフィ―のように踊ることもできない。
ラウラはしばらく観客として四人の合奏を眺めていたが、曲がサビに近づくにつれ、いてもたってもいられなくなった。
(わたしも入りたい)
(みんなの中に)
(みんなと一緒に)
(わたしに、できること、ないかな)
ラウラふと、膝に睡花の花弁が乗っていることに気付いた。
花粉をまとった花弁は、花床から離れてなお、その光を失っていない。
ラウラは花弁を手に取り、そこに含まれるわずかな霊をとりこんだ。
花弁は霊とともに光を失い、ただの白い花弁に戻る。
ラウラはそこに、もう一度霊力をこめる。花弁は再び光り輝く。
その光は、さきほどよりもずっと強い。
ラウラはぱっと表情を明るくした。
いたずらを思いついた子供の笑顔だ。
ラウラはあたりに咲く睡花の花弁を手あたり次第摘み取り、両手いっぱいに集めると、合奏する四人にむけていっせいに羽ばたかせた。
花弁は蝶のように舞い上がり、雪のように降り注いだ。
四人は演奏を続けながらも、笑って、ラウラの方を見た。
ラウラは満面の笑顔を返し、その光る蝶で、舞い続ける花吹雪で、四人の輪に加わった。
奏でる音はなかったが、ラウラはたしかに、五人目の演者だった。
胸がいっぱいになった。
苦しさのためではない。
例えようのない温かさで、ラウラは満たされていた。
(たのしいなあ)
ラウラは気づかれないようにさっと目元を拭った。
(だめだな、わたし)
(まだやるべきことたくさんあるのに)
(災嵐はこれからだっていうのに)
ラウラはそっと、左手の指輪を撫でた。
気を抜けばすぐに失くしてしまうだろう、サイズの合わない指輪を、愛しみ、そして願った。
(今はまだ大きいけど、いつかこれも、わたしの指にぴったりとはまるようになればいいな)

夕焼けの名残もわずかとなり、山林の中は宵闇に沈みつつあった。
睡花に囲まれた四人の足元は明るいが、その花弁をつみとってしまったラウラの周りだけは、ぽっかりと穴が開いたように暗い。
ラウラだけが、影の中に腰をおろしていた。
しかし当人を含め、誰も、その一点の暗がりに気付いていなかった。
彼らはただ、目の前の幸福を謳歌していた。
輝く未来を夢想し、あふれる希望に浮かれていた。

永遠は存在しない。夢はいつか覚める。
それでも彼らは、信じていた。
今この瞬間が、あまりにも幸福だったから。
カイは、シェルティは、アフィ―は、レオンは、ラウラは、
この瞬きの幸福は、いつまでも続く、と。
心から、信じていた。
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