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第二章

不明

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ノヴァ率いる捜索部隊は、案内人を立て、山に入る決心をした。
目撃者も報告書もないのであれば、あとは自らの足で探すほかない。
ノヴァは都市郊外にある、山間に住まう者がよく出入りするという酒場に向かった。
酒場は都市がそうであるように人であふれ返り、皮肉なことに盛況を見せていた。
中でもひと際騒がしくふるまっていたのは、明らかに堅気ではない風貌をした男たちの集団だった。
彼らの周りには人垣ができている。
みな、男たちがまくしたてる、山の中腹に現れた星の化身の話に興じていたのだ。

「うまい仕事があるっていうからついていったんだ」
「こんな時期だ、そうはいってもどうせろくでもないもんがほとんどだろ?」
「おれらも普通なら行かねえ」
「だが話を持ち掛けてきたのは『笠』の野郎だったんだ」
「あの不気味なやつか」
「酒場どころか、春宿でも笠をとらねえって噂だぜ」
「相当顔が悪いのか」
「ひどく潰れてるって聞いたぜ」
「けどよ、仕事はいいって評判だ」
「前金で半分くれたしよ、山行って家畜集めるだけっつうからよ、行ったんだ」
「そういや火事があったな」
「火事場泥棒か?」
「火事があったのはラプソのとこだろ。バレたらただじゃすまねえよ」
「てめえが家畜みたいに捌かれちまうぜ」
「いや、盗むんじゃねえ、ただ集めるだけだっつうんだよ」
「なんだそれ」
「よくわからねえが、まあとにかく金がよかったから乗ったんだよ」
「ラプソも火事の騒ぎでそうそう出てこれないっつうからな」
「それで行った先で、あったんだよ」
「おれらが馴鹿を追ってたら、そいつは現れた」
「バケモノだ」
「空を飛ぶ、光るバケモンが、突然現れたんだ」
「蛇が地を這うような、気味の悪い飛び方をしてた」
「硝子がこすれるみてえ、きいきい甲高い鳴き声でよ。鳥肌が止まらなかったぜ」
「そいつはおれらに向かってきたんだ」
「間違いない、あれは絶対、災嵐のなにかだ」
「災嵐の予兆だ」
「今度の災嵐は、きっとあれが襲ってくる。束になって、おれらを食い殺しちまうにちがいねえ」

災嵐を前に、とくにこのような場末の酒場では、根も葉もない噂が飛び交う。
彼らの話を聞く聴衆は、怯えたそぶりを見せたが、しかしこれも無数にある噂のひとつに過ぎないだろうと、酒の肴として楽しんでいる様子だった。
ノヴァとて彼らの話を本気にしたわけではない。
しかし彼らは火事を知り、その火元がラプソの一族であることまで把握していた。
ノヴァは身分を隠し、男たちに金をつかませて、現場まで案内をさせた。
そして山中で捕縛霊術の光を目にし、ようやくカイたちを発見することができたのだった。
「口の軽い野郎どもだ」
レオンは不機嫌そうに舌打ちをした。
カイは笑ってそれをなだめる。
「でもそれがなかったら、ノヴァたちはここにこれなかったわけだしさ、結果オーライでしょ」
「彼らが見たというバケモノも、君か?」
ノヴァの問いに、ラウラはおずおずと手を挙げた。
「それは私です。その人たちを家畜泥棒だと思って、追い払おうと思って作ったもので……」
「ああ、君だったのか」
本当に災嵐の前兆だったかもしれない、という一抹の不安を拭えたノヴァは、そこでようやく表情を緩めたのだった。

「君がここまでやってきた経緯はわかったが、結局、全容はまるでわからないままだな」
シェルティは声色に怒りを滲ませながら言った。
「特に僕らを襲った技官。やつらは一体なんだったんだ?得ていない勅令を騙って、皇太子である僕と渡来大使であるカイに手をだすなんて、一族郎党極刑にかけられてもおかしくない重罪だというのに」
「やはり彼らは何者かによって偽造された勅令を信じ、行動した、とみるべきでしょう」
「ああ。しかし結局は誰かが偽造したことには間違いない。露呈したら極刑という危険を冒してまで、僕たちを消さなければならない理由――――僕たちを消したい者――――」
シェルティはそこで一度口を噤み、仕切りなおすように軽く咳ばらいをしてから、レオンに訊いた。
「――――お前はラプソと手を組んだが、それはむこうからもちかけられたもので、計画も、カイの居所の情報も、すべてラプソに持ち掛けられたのものなんだろう?」
レオンはじっとシェルティを見返し、ああ、と低く答えた。
「連中がなにかきな臭いことをしてるのは知ってたが、情報は正しかったからな。おれは話に乗ったんだ」
「そうか。では、アリエージュ・ラプソ。君たちは小間使いや商人に扮して、情報収集にあたったんだろう?そこで君たちはどれだけの情報を持ち帰ったんだ?例えば霊堂を出てからのカイの居所なんかは、それこそ上級官吏の懐を探らなければ、知りえないはずだけど」
常に毅然とした態度を崩さなかったアリエージュだが、さすがに皇子ふたりとの同席には緊張している様子で、声がやや上ずっていた。
「そ、そうね。おっしゃるとおりよ。大家や霊堂に潜入できた者もいたけど、せいぜい下働きにしかなれなかったから、得られた情報も、一般の官吏や技師が知る程度のものだけ。だから――――異界人の居所なんて重要な情報、どこで、どのようにして手に入れたのか、見当もつかないわ」
「けれど族長たちは、いつの間にか握っていた?」
「ええ。……その、さっきも話したけど、私たち以外にもラプソの生き残りがいるの。彼らはここを去って、紺色の装束の人に伴われて、南都の方向へ向かった。だから私たちは、南都とラプソの上役たちにはなにか密約があったんだと思っていたの」
「その官吏が必ずしも南都の人間とは限らねえだろ」
ふいに、レオンが口を挟んだ。
「本当に官吏かどうかも怪しいもんだ」
「この目で確かに見たわ。彼らは紺色の官服を着ていた」
「服は誰にだって着れるだろ」
「だが官服はすべて朝廷からの貸与品だ」
そう指摘したのは、ノヴァだった。
「官服が市井に出回ることなどまずない。それに官吏の紺と警吏の燕支の染色は厳しく制限されている。複製品を作ることも不可能だろう」
ラウラも同じことを考えていた。
けれどレオンは、それを舌打ちで一蹴した。
「剥いじまえばいいだけの話だ。――――知らねえなら教えといてやる。裏じゃ官服なんて簡単に手に入るぞ。特に今時期は都市部への通行証代わりになるかるからな。一着で使用人付きの豪邸が買える値段になる」
ノヴァは眉間を抑え、深いため息をつく。
「官位の偽装は勅令の偽装と同じく極刑にあたる重罪だぞ。それにそんな法外な値段で、買い手がいるのか?」
「吐いて捨てるほどいるな。市場に出ればすぐにはけちまう。だから値は新しいものが出回るたびに吊り上がり、そのたびに売り手も増える」
「貸与品だというのに……混乱に乗じて金儲けとは、なんたる……」
レオンは鼻をならして吐き捨てる。
「膿をためておくなよ。手足の一本落とすだけじゃすまなくなるぞ」
「肝に銘じておこう」
レオンは皮肉を込めて忠告したつもりだったが、ノヴァは実直にそれを受け取った。
肩透かしをくらったレオンは、また鼻をならして押し黙った。
「もし官吏でなかったというなら、誰だったの?」
アリエージュの声は未だに上ずっている。
しかしそれは緊張からうるものではなく、動揺からくるものに変わっていた。
「南都の官吏でなかったというなら、ラプソは一体何者と繋がっていたの?」
アリエージュの問いには、誰も答えることができない。
なぜカイの居所が知れたのか。
なぜ目撃者もろとも山火事がもみ消されたのか。
なぜ偽の勅令を持った部隊が現れたのか。
ラプソの共謀者は、いったい何者なのか。
それぞれの持つ情報を照らし合わせても、全貌をつかむことはできなかった。
せいぜい表面的なことだけで、その裏で一体誰がなにをしていたのか、皆目見当をつけることもできなかった。
「――――私たちはこのあと、どうなるの」
沈黙を受け、この場で全容を解明することは不可能なのだと悟ったアリエージュは、質問を変えた。
「貴方たちは、私たちを、捕らえるのかしら」
アリエージュは背筋をのばし、腹に両の手をあて、ノヴァをまっすぐ見据えた。
「いや、捕らえない」
ノヴァは同じように姿勢を正した。
「この地の遊牧民、特にラプソは、極端な家父長制の一族だと知られている。女性にはほとんど政治的発言権がないだろう?もはやラプソには女性しか残っていない。それに、さきほど聞いてもらったように、朝廷は渡来大使の誘拐自体を公にするつもりがない。わざわざ別の罪をでっちあげてまで、君たちを連行していくことはしない」
「……そう」
アリエージュは礼こそ口にしなかったが、頭を深く下げた。
「気を使ったわけじゃない。もし誘拐を表ざたにできるなら、僕は迷わず君たち全員を連行した。時勢上、各都市には罪人を留置する場所もほとんどない。仕方なく不問とするだけのことだ」
「わかっているわ。それでも私は――――まだこの地を離れるわけにはいかなかったから――――」
アリエージュは頭を下げたまま続けた。
「醜態ばかりさらしたけれど、ラプソは、本来は、この地で最も誇り高い一族。それは何人にも、どれだけ優れた霊家にも、皇家にも及びつかないほど」
この不敬極まりない発言を、しかしノヴァもシェルティもまるで気にするそぶりを見せず、真剣な表情でアリエージュの話に耳を寄せ続けた。
「だからこそ我々の代で終わらせてはいけなかった。いま潰えたら、ラプソは――――」
アリエージュは顔をあげ、レオンと目を合わせた。
レオンは目を伏せ、かすかに笑みを浮かべた。
それは皮肉気なようで、どこか悲し気ともとれる笑みだった。
「おれたちウルフは身の程知らずと自分勝手の代名詞になった。――――たしかにこのまま消えれば、ラプソも教訓の題材としてしか、その名を残せないかもしれねえな」
「そんなの嫌よ」
アリエージュは自らを抱きすくめるように、腹に腕を絡ませた。
「キースたちの死を、そんな不名誉なものにはさせない。ラプソは今までもこれからも誇り高い一族で、彼は一族を守って死んだ英雄として語り継がれてほしい。だから私たちは、これからもラプソとして生きていくわ」
「君たちだけで、こんな山奥での遊牧生活を本当に続けられると思っているのか?」
シェルティはあえて厳しい言葉をかけた。
「ラプソとして生きていくことは、容易じゃない。ノヴァはああ言ったが、ぼくはこのままここで暮らすより、連行されていったほうが苦労しなくてすむと思うよ」
シェルティは負傷者の介護にあたる女性や、その幼い子供の相手をする老婆に目を向ける。
「連行と言っても、罪人として扱われるわけではない。事情聴取さえすめばすぐに放免されるだろう。そしたらそのまま都市に居座ってしまえばいい」
「私たちにはその方がずっと難しいわ。今までずっとここで暮らしてきたんだもの。いきなり麓に降りて町民として生きるなんて、それも今も混乱した町の中で、誰も望んでいないわ」
「君一人の意見ではないのか?それは」
「みんなの総意よ。だから私たちはいま、疲れた身体に鞭うって、薬も食料も投げうって、彼らの手当てをしてるの。――――恩を売って、ここでの生活を見逃してもらうために」
シェルティは肩をすくめて笑った。
「したたかだな」
アリエージュも笑ってそれに答える。
「ラプソは男がいばっているけど、女たちが弱いわけではないのよ。それに、貴方たちのおかげで、家畜はすべて手元に戻ってきた。幕屋も、家財も残ってる。明日の食べ物に困ってるわけじゃない。どうにでもなるわ」
シェルティはもう言うことはないというように頷いて見せたが、次いでレオンも、厳しい言葉を投げかける。
「この手の話はすぐに広まる。野盗のいい餌場にされるだけだぞ。それだけじゃない。災嵐だって、手前らだけの力で乗り換えなきゃなんねえんだ。それこそ容易じゃねえぞ」
「大丈夫!」
それまで黙りこくっていたカイが、ふいに立ち上がって言った。
「災嵐のことは考えなくていいよ!おれが絶対守るから!ここには石の一粒だって落とさせないよ!」
カイは胸を張って、レオンを指差した。
「それに野盗なら、レオンが追い払ってくれるから!」
「ああ?誰もそんなこと言ってねえだろ」
「いやいや、そういって本当はやる気だったんでしょ?その天邪鬼、おれにはもうお見通しだぜ」
「ぬかせ」
レオンは舌を打ち、カイの脛を殴った。
「いっ……!?」
カイは崩れ落ち、涙目で訴える。
「ちょっとは加減して!?」
レオンは鼻を鳴らす。
「偉そうなこと豪語してるけどよ、お前本当に、そうにかできんのか?災嵐」
「おう」
カイは断言した。
「おれ、この世界が好きだ。この世界で生きている人たちが好きだ。いろいろあったけど、でも今回の件で、改めてそう思うようになったから、だから絶対守るよ。――――おれは災嵐から、必ずこの世界を守り抜く」
カイはラウラ、シェルティ、ノヴァ、レオンの四人を見回して言った。
「心強い味方もいるしな」
ラウラとシェルティは笑って、ノヴァは生真面目な顔でカイに頷き返した。
「おれを含めんなよ」
レオンは舌を鳴らし、カイの脛をまた殴ろうとした。
カイはそれをかろうじて避け、にやりと笑った。
「頼りにしてるよ、レオン」
「……知るか」
「またそうやって、すぐ照れるんだから」
カイはレオンの背を軽くたたき、改めてアリエージュに向けて言った。
「だから、災嵐のことは、心配しなくていいよ」
「ええ。信じるわ」
アリエージュはカイに笑い返した。
「私たちは、自分の身は自分で守る。貴方たちに守ってもらうつもりは毛頭ない。だからもし野盗に襲われても、災嵐に見舞われても、貴方たちを恨んだりしないわ。――――でも信じてる。カイ、貴方が災嵐を払ってくれることを、私たちは心の底から信じているわ」
カイはアリエージュの言葉に、力強く頷き返した。
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