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第二章
死守
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カイの視線の先には、捕縛され地に伏せったケタリングと、その目元にめがけて、鉄仗を突き刺す技官の姿があった。
霊仗は光糸の隙間をぬってすでに九本、ケタリングの目に突き立てられている。
ケタリングの眼球は針の山と化していた。
「なんだよ、何する気だよ」
カイは震える声で言った。
「目を潰すんです」
ラウラはカイの心中を察してたが、こうするほかないんです、と務めて平静な声で続けた。
「ああして目を潰すことで、ケタリングは捕縛を解いても動かなくなるんです。ケタリングはその体液に発火作用があるので、うかつに身を傷つけることは出来ません。解体作業は慎重を極めなければなりません。ああして動きを封じないことには――――」
「ま、待てよ、解体?」
カイは信じられない、といった面持ちでラウラを見る。
「殺すのか、あのケタリングを?」
「はい」
「あれはレオンのものだぞ!」
声を荒げるカイに、アフィ―は驚き、硬直する。
しかしラウラは引かずに、断固たる態度を示す。
「カイさん、あなたは、あのケタリングに殺されかけたのですよ!」
「だからなんだっていうんだよ」
「このまま放っておいたら、どのような被害が出るかわかりません。然るべき対応です」
「レオンがくるのを待てばいいだろ!レオンの指示には従うんだから、落ち着かせて遠くにやれば、それでいいだろ!」
「捕縛霊術は長くは持ちません。レオンさんを待って、間に合わなければ、ここにいる全員が死にます」
「それは――――でも――――」
カイは言葉が続かない。
ラウラは止まらず畳み掛ける。
「それに、あのケタリングがこちらに向かってくるとき、見えましたよね、レオンさんの光球」
「……!」
「ケタリングは一切反応を示していませんでした。あの個体はすでに、レオンさんの制御下にない可能性があります」
バシャンッ!と、水面を激しく叩くような音が響く。
それはケタリングの目が破裂した音だった。
ケタリングは右目が空洞となり、光糸の網の中に、重油のようなどろりとした黒い液体が溜まる。
「やめろ!」
カイは地面を強く蹴って跳躍し、技官たちの前に躍り出る。
「だめだ!やめろ!」
カイは残る左目の前に立ちふさがり、叫んだ。
「やめろ!もうなにもするな!」
杖を構えていた技官たちは呆気にとられる。
「こいつは、レオンのものだ!誰も手をだしちゃだめだ!」
「なにをしている!?」
指揮をとっていたノヴァが、技官たちを押し分けて、カイの前に現れる。
「ノヴァ、もうやめさせてくれ。これ以上ケタリングを傷つけないでくれ」
「なにを言ってるんだ、君は!?」
「こいつは、たしかにおれを襲ったけど、でも違うんだ。本当は、だいじょうぶなんだよ。レオンが……こいつの飼い主が、ウルフの末裔のやつがいてさ!そいつがいれば、こいつは大人しいんだ。だから――――」
「君はそのウルフの者に攫われたのではないのか?」
「事情があったんだよ。話せば長くなるんだけど――――」
ノヴァは険しい顔つきで、カイを押しのけた。
「長い話を聞いている暇はない。――――やれ」
技官たちはノヴァの命を受け、慌てて仗を構え直す。
「だめだ!!」
カイは仗につかみかかり、技官の手から奪い取る。
「なんだ、貴様……!」
技官は顔色を変え、懐から短剣を取り出し、カイに突きつける。
周囲の技官と武官たちも、カイに向けてそれぞれ武器を構える。
「下ろせ!」
ノヴァは一喝し、官吏たちを睨み付ける。
「此度の任務、我々の最優先事項は彼の保護だったはずだ!矛先を誤るな!」
官吏たちはノヴァの剣幕に圧倒され、武器を下ろす。
だが懐に納めることはせず、固く握りしめたまま、カイから視線を逸らすこともなかった。
「君も下ろすんだ、カイ」
「ケタリングを離してくれ」
「それはできない」
「なんで!」
「君を守るためだ!」
ノヴァはカイに詰め寄り、杖を持った手をつかんだ。
「ここにいる全員、君を守るためにきたんだ。きみを取り戻すために!」
「……!」
「野放しにすればここにる全員が危ない」
「だから平気なんだって――――」
「ではあの骸はなんだ!」
ノヴァはケタリングに噛み潰された、血肉の塊になった技官たちを指す。
「ケタリングを解放して、君が、ここにいる者たちがああならないという確実な保証はあるのか!?」
カイは口を閉じ、ノヴァから目を逸らす。
ノヴァは剣幕を保ったまま技官に命じる。
「光糸が弱まってきた。急げ!」
技官は本来の仕事に戻る。
ノヴァはカイの腕をつかみ、輪の外へ引っ張って行った。
「なぜあのケタリングに固執するんだ?」
「……」
「まあいい。君には他にもたくさん聞きたいことがある。だが、ひとまず無事で――――」
カイは突然しゃがみこむ。
「――――っ!?」
ノヴァは瞠目する。
カイは設置されていた術具のひとつに両手をかざし、ありったけの霊力を注ぎこむ。
「レオンさえいれば、大丈夫なんだ」
「やめるんだ!」
ノヴァはカイを突き飛ばすようにして術具から引き剥がしたが、遅かった。
「霊術が持たないから、時間が無いんだろ?だったらもっと霊力を注げば、霊術を持続させれば、時間はできるはずだ」
「安易な!これは繊細な霊術だ、あとから霊力を注げば――――」
ノヴァの言葉を断ち切るように、カイの触れた霊具が、音を立てて弾けた。
「え……?」
「まずい!」
ノヴァはカイとともに霊術の外に飛び出す。
直後、霊術が、ケタリングに張り巡らされた光糸が一斉に強い光を発し、大きく膨れ上がった。
「退け!」
ノヴァは叫んだが、技官たちが動くよりも早く、霊術は暴発した。
膨れあがった光糸は弾け飛び、花火のように、激しい光を放ちながら四方に飛び散った。
弾けた光糸は強い霊力を放射しており、よけきれず触れてしまった者は、短い悲鳴をあげその場に倒れこんだ。
カイとノヴァのもとにも光糸は飛んできたが、間一髪のところで、アフィ―のオーガンジーがそれを防いだ。
「カイ!」
「カイさん!ノヴァ!」
ラウラとアフィ―が二人のもとに走り寄ってくる。
「くるな!」
ノヴァは叫び返す。
ノヴァが目を離したその一瞬の隙をついて、カイは飛翔した。
「カイ!?」
「ごめん、こんなつもりじゃなかったんだ。でも、あいつの狙いはおれだから――――」
カイが言い終わる前に、捕縛術から解放されたケタリングが、地に伏せたまま咆哮した。
ガァアアアア!!!
光糸の破片を受けて身動きが取れなくなっていた官吏たちは、脳天を激しく揺さぶるその轟音をまともに受け、失神する。
アフィ―とノヴァは耳を塞いだが、完全に防ぎきることはできず、平衡感覚失い、うずくまる。
受け流させたのは、すでに一度、まともにくらった経験があったラウラと、上空にいたためその直撃を免れたカイだけだった。
カイは倒れこんだアフィ―とノヴァのもとに降りようとしたが、空に大きく翼を広げたケタリングを見て、慌ててその眼前に躍り出た。
「お前の狙いはおれだろ!」
カイは叫ぶ。
ケタリングは針山にされた左目をカイに向ける。
仗を伝って、どす黒い、重油のような液体が地面にこぼれ落ちる。
それでも左目は右目のように、まだ空洞化していない。
かろうじて機能を保っている。
「こっちだ!」
カイはそう言って、技官から奪い取った鉄杖を大きく振って、ケタリングの気を引く。
ケタリングは短い助走をつけて飛び上がる。
目は潰されているが、羽ばたきの勢いはそのままだ。
カイはケタリングと向かい合ったまま、後ろ向きに飛行する。
「カイさん!」
ラウラは叫んだが、その声はケタリングの飛翔とともに巻き上がった突風でかき消される。
突風は咆哮を受けて倒れた官吏たちを襲う。
官吏たちは引きずられるように地面を転がる。
ラウラは咄嗟にアフィ―のオーガンジーを霊操し、アフィ―とノヴァの上に覆いかぶせ、その突風から守った。
しかし自分の身を守る術はなく、ラウラの細い体は突風に吹き飛ばされ、そのまま笠樹の幹に叩きつけられる。
「ラウラ!」
吹き飛ばされたラウラを目にしたカイは、すぐ背後に迫っていた岩壁を蹴り返す。
カイの霊力で岩壁に亀裂が走る。ケタリングは自分に向かってきたカイに噛みつこうとする。
カイはそれをかろうじて避け、ケタリングとすれ違う。
視力をほとんど失っているケタリングは、カイを逃すどころか、目の前に迫る岩壁との距離を見誤り、頭から衝突してしまう。
ドォオオオ!!
すでに亀裂の入っていた岩壁は、ケタリングの体当たりがとどめとなり、崩れ落ちた。
ケタリングは崩れた岩壁の下敷きになり、沈黙する。
「ああ、くそ!」
カイは崩壊した岩壁に埋もれたケタリングを振りかえり、表情を歪める。
しかし飛行速度は緩めず、ラウラのもとへまっすぐ向かう。
カイが着地すると、ラウラは樹の幹を支えに立ち上がり、アフィ―とノヴァに被せたオーガンジーを自分の手元に引き寄せた。
オーガンジーが離れると、アフィ―とノヴァは上体を起こした。
外傷はないが、平衡感覚が未だ正常に戻っていないため、顔をあげるだけで精いっぱいといった様子だった。
「ご、ごめん……おれ――――」
カイは周囲を見回して狼狽する。
倒れ伏し、痛みに呻く人びと。
崩れた岩壁に埋まるケタリング。
冬営地そのものもひどく荒れ果てている。
地面は抉れ、ほとんどの幕屋が倒壊している。
アリエージュたちの隠れる幕屋はかろうじて形を保っているが、壁の一部が剥がれ、中から赤子と子どもの激しい鳴き声が漏れ聞こえている。
「カイさん、もう、あきらめてください」
ラウラは痛切な声で懇願する。
「私も、あのケタリングを、殺したくはありません。でも、もう、カイさんだってわかったはずです。止められません、誰にも」
カイは黙って首を振り、踵を返して、走り出した。
「待って!」
ラウラは全身を強打した痛みを抱えたまま、カイの背を追いかける。
「どうしてわかってくれないんですか!」
「わかってるよ!」
カイは叫び返したが、それでも足は止めずに、ケタリングのもとへ走っていく。
「無茶苦茶なことしてるよ。みんな傷つけて、危ない目にあわせて――――わかってるよ。ケタリングは、はやくどうにかしなくちゃいけない。できるなら止めたいけど、できないなら、殺さなきゃいけない」
「わかっているなら、止まってください!」
ラウラはカイが握る鉄仗めがけて、オーガンジーを飛ばす。
カイは高く飛びあがり、それを躱す。
「でもそれはおれたちが決めることじゃない」
「……!」
カイは上空からラウラを見据える。
「あれはレオンのケタリングだ。だから、どうするか決めるのも、レオンだ」
「いい加減にしてください!」
ラウラはカイの足元に狙いを定めてオーガンジーを放つ。
カイは仗に霊力を込め、オーガンジーに振り下ろす。
オーガンジーはそれを避けたが、カイの霊力をまとった仗は、瞬きの疾風を起こす。
疾風はかまいたちとなってオーガンジーを切り裂いた。
「レオンさんの意志を待って、待っている間に、誰かが死んだら、どうするんですか!?」
オーガンジーは空中で引き合い、元通りの形に結びつく。
再びカイに狙いを定めるが、カイは仗を振り下ろし、またそれを切り捨てる。
「死なせない……おれが止める」
「止められなかったら!?カイさんが死んだら、どうするんですか!?」
ラウラはまっぷたつに切り裂かれたオーガンジーをそのまま動かし、カイの両足に絡ませる。
「あのケタリングがレオンさんにとってどれだけ大事なものか、私にだって、わかります。でも、私には、カイさんやノヴァやアフィ―、ここにいる人たちの命のほうがずっと大事です」
オーガンジーに両足を縛られたカイは、徐々に地上へ引きずり降ろされていく。
「そんなの、おれだって、そっちのほうが大事に決まってる。でも――――」
カイは両足に霊力を集中させる。
ラウラの操るオーガンジーは、カイの霊力が注がれたことにより制御を失い、弾け飛んでしまう。
「でもだからって、レオンの大事なものを、蔑ろにしたくない。簡単に諦めたくない!」
カイはそう言い放つと、ラウラを振り切ってケタリングの救出に向かった。
霊仗は光糸の隙間をぬってすでに九本、ケタリングの目に突き立てられている。
ケタリングの眼球は針の山と化していた。
「なんだよ、何する気だよ」
カイは震える声で言った。
「目を潰すんです」
ラウラはカイの心中を察してたが、こうするほかないんです、と務めて平静な声で続けた。
「ああして目を潰すことで、ケタリングは捕縛を解いても動かなくなるんです。ケタリングはその体液に発火作用があるので、うかつに身を傷つけることは出来ません。解体作業は慎重を極めなければなりません。ああして動きを封じないことには――――」
「ま、待てよ、解体?」
カイは信じられない、といった面持ちでラウラを見る。
「殺すのか、あのケタリングを?」
「はい」
「あれはレオンのものだぞ!」
声を荒げるカイに、アフィ―は驚き、硬直する。
しかしラウラは引かずに、断固たる態度を示す。
「カイさん、あなたは、あのケタリングに殺されかけたのですよ!」
「だからなんだっていうんだよ」
「このまま放っておいたら、どのような被害が出るかわかりません。然るべき対応です」
「レオンがくるのを待てばいいだろ!レオンの指示には従うんだから、落ち着かせて遠くにやれば、それでいいだろ!」
「捕縛霊術は長くは持ちません。レオンさんを待って、間に合わなければ、ここにいる全員が死にます」
「それは――――でも――――」
カイは言葉が続かない。
ラウラは止まらず畳み掛ける。
「それに、あのケタリングがこちらに向かってくるとき、見えましたよね、レオンさんの光球」
「……!」
「ケタリングは一切反応を示していませんでした。あの個体はすでに、レオンさんの制御下にない可能性があります」
バシャンッ!と、水面を激しく叩くような音が響く。
それはケタリングの目が破裂した音だった。
ケタリングは右目が空洞となり、光糸の網の中に、重油のようなどろりとした黒い液体が溜まる。
「やめろ!」
カイは地面を強く蹴って跳躍し、技官たちの前に躍り出る。
「だめだ!やめろ!」
カイは残る左目の前に立ちふさがり、叫んだ。
「やめろ!もうなにもするな!」
杖を構えていた技官たちは呆気にとられる。
「こいつは、レオンのものだ!誰も手をだしちゃだめだ!」
「なにをしている!?」
指揮をとっていたノヴァが、技官たちを押し分けて、カイの前に現れる。
「ノヴァ、もうやめさせてくれ。これ以上ケタリングを傷つけないでくれ」
「なにを言ってるんだ、君は!?」
「こいつは、たしかにおれを襲ったけど、でも違うんだ。本当は、だいじょうぶなんだよ。レオンが……こいつの飼い主が、ウルフの末裔のやつがいてさ!そいつがいれば、こいつは大人しいんだ。だから――――」
「君はそのウルフの者に攫われたのではないのか?」
「事情があったんだよ。話せば長くなるんだけど――――」
ノヴァは険しい顔つきで、カイを押しのけた。
「長い話を聞いている暇はない。――――やれ」
技官たちはノヴァの命を受け、慌てて仗を構え直す。
「だめだ!!」
カイは仗につかみかかり、技官の手から奪い取る。
「なんだ、貴様……!」
技官は顔色を変え、懐から短剣を取り出し、カイに突きつける。
周囲の技官と武官たちも、カイに向けてそれぞれ武器を構える。
「下ろせ!」
ノヴァは一喝し、官吏たちを睨み付ける。
「此度の任務、我々の最優先事項は彼の保護だったはずだ!矛先を誤るな!」
官吏たちはノヴァの剣幕に圧倒され、武器を下ろす。
だが懐に納めることはせず、固く握りしめたまま、カイから視線を逸らすこともなかった。
「君も下ろすんだ、カイ」
「ケタリングを離してくれ」
「それはできない」
「なんで!」
「君を守るためだ!」
ノヴァはカイに詰め寄り、杖を持った手をつかんだ。
「ここにいる全員、君を守るためにきたんだ。きみを取り戻すために!」
「……!」
「野放しにすればここにる全員が危ない」
「だから平気なんだって――――」
「ではあの骸はなんだ!」
ノヴァはケタリングに噛み潰された、血肉の塊になった技官たちを指す。
「ケタリングを解放して、君が、ここにいる者たちがああならないという確実な保証はあるのか!?」
カイは口を閉じ、ノヴァから目を逸らす。
ノヴァは剣幕を保ったまま技官に命じる。
「光糸が弱まってきた。急げ!」
技官は本来の仕事に戻る。
ノヴァはカイの腕をつかみ、輪の外へ引っ張って行った。
「なぜあのケタリングに固執するんだ?」
「……」
「まあいい。君には他にもたくさん聞きたいことがある。だが、ひとまず無事で――――」
カイは突然しゃがみこむ。
「――――っ!?」
ノヴァは瞠目する。
カイは設置されていた術具のひとつに両手をかざし、ありったけの霊力を注ぎこむ。
「レオンさえいれば、大丈夫なんだ」
「やめるんだ!」
ノヴァはカイを突き飛ばすようにして術具から引き剥がしたが、遅かった。
「霊術が持たないから、時間が無いんだろ?だったらもっと霊力を注げば、霊術を持続させれば、時間はできるはずだ」
「安易な!これは繊細な霊術だ、あとから霊力を注げば――――」
ノヴァの言葉を断ち切るように、カイの触れた霊具が、音を立てて弾けた。
「え……?」
「まずい!」
ノヴァはカイとともに霊術の外に飛び出す。
直後、霊術が、ケタリングに張り巡らされた光糸が一斉に強い光を発し、大きく膨れ上がった。
「退け!」
ノヴァは叫んだが、技官たちが動くよりも早く、霊術は暴発した。
膨れあがった光糸は弾け飛び、花火のように、激しい光を放ちながら四方に飛び散った。
弾けた光糸は強い霊力を放射しており、よけきれず触れてしまった者は、短い悲鳴をあげその場に倒れこんだ。
カイとノヴァのもとにも光糸は飛んできたが、間一髪のところで、アフィ―のオーガンジーがそれを防いだ。
「カイ!」
「カイさん!ノヴァ!」
ラウラとアフィ―が二人のもとに走り寄ってくる。
「くるな!」
ノヴァは叫び返す。
ノヴァが目を離したその一瞬の隙をついて、カイは飛翔した。
「カイ!?」
「ごめん、こんなつもりじゃなかったんだ。でも、あいつの狙いはおれだから――――」
カイが言い終わる前に、捕縛術から解放されたケタリングが、地に伏せたまま咆哮した。
ガァアアアア!!!
光糸の破片を受けて身動きが取れなくなっていた官吏たちは、脳天を激しく揺さぶるその轟音をまともに受け、失神する。
アフィ―とノヴァは耳を塞いだが、完全に防ぎきることはできず、平衡感覚失い、うずくまる。
受け流させたのは、すでに一度、まともにくらった経験があったラウラと、上空にいたためその直撃を免れたカイだけだった。
カイは倒れこんだアフィ―とノヴァのもとに降りようとしたが、空に大きく翼を広げたケタリングを見て、慌ててその眼前に躍り出た。
「お前の狙いはおれだろ!」
カイは叫ぶ。
ケタリングは針山にされた左目をカイに向ける。
仗を伝って、どす黒い、重油のような液体が地面にこぼれ落ちる。
それでも左目は右目のように、まだ空洞化していない。
かろうじて機能を保っている。
「こっちだ!」
カイはそう言って、技官から奪い取った鉄杖を大きく振って、ケタリングの気を引く。
ケタリングは短い助走をつけて飛び上がる。
目は潰されているが、羽ばたきの勢いはそのままだ。
カイはケタリングと向かい合ったまま、後ろ向きに飛行する。
「カイさん!」
ラウラは叫んだが、その声はケタリングの飛翔とともに巻き上がった突風でかき消される。
突風は咆哮を受けて倒れた官吏たちを襲う。
官吏たちは引きずられるように地面を転がる。
ラウラは咄嗟にアフィ―のオーガンジーを霊操し、アフィ―とノヴァの上に覆いかぶせ、その突風から守った。
しかし自分の身を守る術はなく、ラウラの細い体は突風に吹き飛ばされ、そのまま笠樹の幹に叩きつけられる。
「ラウラ!」
吹き飛ばされたラウラを目にしたカイは、すぐ背後に迫っていた岩壁を蹴り返す。
カイの霊力で岩壁に亀裂が走る。ケタリングは自分に向かってきたカイに噛みつこうとする。
カイはそれをかろうじて避け、ケタリングとすれ違う。
視力をほとんど失っているケタリングは、カイを逃すどころか、目の前に迫る岩壁との距離を見誤り、頭から衝突してしまう。
ドォオオオ!!
すでに亀裂の入っていた岩壁は、ケタリングの体当たりがとどめとなり、崩れ落ちた。
ケタリングは崩れた岩壁の下敷きになり、沈黙する。
「ああ、くそ!」
カイは崩壊した岩壁に埋もれたケタリングを振りかえり、表情を歪める。
しかし飛行速度は緩めず、ラウラのもとへまっすぐ向かう。
カイが着地すると、ラウラは樹の幹を支えに立ち上がり、アフィ―とノヴァに被せたオーガンジーを自分の手元に引き寄せた。
オーガンジーが離れると、アフィ―とノヴァは上体を起こした。
外傷はないが、平衡感覚が未だ正常に戻っていないため、顔をあげるだけで精いっぱいといった様子だった。
「ご、ごめん……おれ――――」
カイは周囲を見回して狼狽する。
倒れ伏し、痛みに呻く人びと。
崩れた岩壁に埋まるケタリング。
冬営地そのものもひどく荒れ果てている。
地面は抉れ、ほとんどの幕屋が倒壊している。
アリエージュたちの隠れる幕屋はかろうじて形を保っているが、壁の一部が剥がれ、中から赤子と子どもの激しい鳴き声が漏れ聞こえている。
「カイさん、もう、あきらめてください」
ラウラは痛切な声で懇願する。
「私も、あのケタリングを、殺したくはありません。でも、もう、カイさんだってわかったはずです。止められません、誰にも」
カイは黙って首を振り、踵を返して、走り出した。
「待って!」
ラウラは全身を強打した痛みを抱えたまま、カイの背を追いかける。
「どうしてわかってくれないんですか!」
「わかってるよ!」
カイは叫び返したが、それでも足は止めずに、ケタリングのもとへ走っていく。
「無茶苦茶なことしてるよ。みんな傷つけて、危ない目にあわせて――――わかってるよ。ケタリングは、はやくどうにかしなくちゃいけない。できるなら止めたいけど、できないなら、殺さなきゃいけない」
「わかっているなら、止まってください!」
ラウラはカイが握る鉄仗めがけて、オーガンジーを飛ばす。
カイは高く飛びあがり、それを躱す。
「でもそれはおれたちが決めることじゃない」
「……!」
カイは上空からラウラを見据える。
「あれはレオンのケタリングだ。だから、どうするか決めるのも、レオンだ」
「いい加減にしてください!」
ラウラはカイの足元に狙いを定めてオーガンジーを放つ。
カイは仗に霊力を込め、オーガンジーに振り下ろす。
オーガンジーはそれを避けたが、カイの霊力をまとった仗は、瞬きの疾風を起こす。
疾風はかまいたちとなってオーガンジーを切り裂いた。
「レオンさんの意志を待って、待っている間に、誰かが死んだら、どうするんですか!?」
オーガンジーは空中で引き合い、元通りの形に結びつく。
再びカイに狙いを定めるが、カイは仗を振り下ろし、またそれを切り捨てる。
「死なせない……おれが止める」
「止められなかったら!?カイさんが死んだら、どうするんですか!?」
ラウラはまっぷたつに切り裂かれたオーガンジーをそのまま動かし、カイの両足に絡ませる。
「あのケタリングがレオンさんにとってどれだけ大事なものか、私にだって、わかります。でも、私には、カイさんやノヴァやアフィ―、ここにいる人たちの命のほうがずっと大事です」
オーガンジーに両足を縛られたカイは、徐々に地上へ引きずり降ろされていく。
「そんなの、おれだって、そっちのほうが大事に決まってる。でも――――」
カイは両足に霊力を集中させる。
ラウラの操るオーガンジーは、カイの霊力が注がれたことにより制御を失い、弾け飛んでしまう。
「でもだからって、レオンの大事なものを、蔑ろにしたくない。簡単に諦めたくない!」
カイはそう言い放つと、ラウラを振り切ってケタリングの救出に向かった。
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