災嵐回記 ―世界を救わなかった救世主は、すべてを忘れて繰りかえす―

牛飼山羊

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第二章

捕捉

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「逆賊め!」
技官たちは二手に分かれ、壁を左右から迂回し、カイたちのもとへ迫ってきた。
「今です!」
カイはラウラの指示通り、手型の金属に霊力を注ぎ込んだ。
カイの霊力に反応し、金属は手型の指先にあたる部分から光を放った。
光は糸のように細い。五本の光糸は地面を這い、それぞれ十メートルほどの間隔で設置された五つの手型を照らした。
光を受けた手型もまた光を放ち、また別の手型を照らす。
手型を中継点に、光は瞬く間に広がっていった。
「こいつら、術具を――――っ!?」
光糸は技官たちの足元にも広がる。
彼らは身動きがとれなくなる。
光糸は蜘蛛の糸のように技官たちの足に絡みつき、彼らの動きを封じる。
「くそっ!」
「卑劣な手を!」
「ケタリング用の術式だぞ!?ひとりで展開させているのか!?」
「バケモノめ!やはりここで討たねば!」
技官たちはどうにか光糸から逃れようともがくが、光糸は触れることも剣で切り離すこともできない。
もがけばもがくだけ絡みつき、がんじがらめになっていくだけだ。
やがて蜘蛛の巣のような複雑な形で、すべての光糸が繋がった。
「離してください!」
ラウラの合図を受け、カイは金属から手を放し、霊力の供給を切った。
手型が発する光がわずかに弱まる。
しかし次の瞬間、雷鳴が轟き、巨大な光の柱が空に立ち昇った。
まるで地上から空に雷が昇っていったような衝撃だった。
光はよくみると一筋ではなく、蜘蛛の巣を描くものと同じ細い光が、何千と束になってできている。
光柱はすぐに崩落する。
光糸はばらばらにほどけ、雨のように地上に降り注いだ。
「す、すげえ……」
なにが起こるかもわからず、闇雲に霊力を注ぎ込んでいたカイは、あっけにとられた。
地上に落ちた光の束は、複雑に絡み合い、巨大な網となって光の蜘蛛の巣に重なった。
すでに光糸に捕らえられていた技官たちは、光の網に覆われてしまう。
「先ほど上で見たものと同じ、ケタリング専用の捕縛霊術です」
ラウラは膝をつくカイに手を差し伸べた。
「彼らはここにもケタリングを捕えるための罠を仕掛けていたようです。それを利用させてもらいました。本来、最低でも十人はいなければ展開できないものですが、さすが、お見事です。途中で展開を中断してなお、通常の何倍もの威力とは」
「ただ霊力注いだだけだけだよ」
カイはラウラの手をとり、立ち上がった。
「どうする、こいつら」
「今度こそこちらの話を聞いていただきましょう」
ラウラはぴくりとも動かない繭に目をやった。
技官たちは繭の中で、身動きはおろか、声を発することもできずにいる。
「あれなら彼らも話を聞かざるを得ないでしょうし」
「死んでないよな?」
「捕縛霊術はただ身動きがとれなくなるだけのものですから。しばらくはこのままですが、痛みはないはずです。多少息苦しい程度でしょう」
「じゃあとりあえずこいつらはこのままにしておいて、レオンとシェルのところに行こう」
ラウラはわずかに躊躇い、繭となった技官たちを一瞥する。
「あっちもきっと大変なことになってるはずだろ。――――助けなきゃ」
「ですが――――」
ラウラはアリエージュに目を向ける。
目の前で展開された大規模霊術に、呆気に取られていたアリエージュだったが、視線を受けて我に返った。
「なにかあったの?」
「ケタリングが捕縛されてしまったんです。二人はそれを助けに行きました」
「行って!」
アリエージュは即答する。
「ここは大丈夫だから、はやく!」
カイはラウラの手を取って飛翔した。
「すぐ戻る!」
「隠れていてください!」
カイとラウラの言葉に、アリエージュは手をふって応え、幕屋に戻っていった。

冬営地の上空に昇ったカイとラウラは、すぐに、こちらに向かってくる大きな影に気づく。
「ケタリングだ!」
カイが叫ぶと同時に、山林からひとつの光があがる。
ちょうど、ケタリングが捕縛された地点、レオンとシェルティが向かった方角だ。
「レオンさんの光球です!」
「無事だったんだ……」
カイはほっと胸をなでおろしたが、ラウラはすぐ異常に気がついた。
「――――遠い」
「え?」
「光球、ケタリングの後ろにありませんか?」
ラウラに言われて、カイは目を凝らした。
ケタリングはとてつもない速度でこちらに向かってくる。
しかし宙に浮いた光球の位置は変わらない。
ケタリングはレオンの打ち上げた光球に、見向きもしてない。
「あいつ、なにに向かってきてるんだ?」
カイの疑問に、ラウラは答えることができない。
月明りを含んだ明るい雲は、絶えず流れ続けている。
地上で感じることのなかった強風を、ふたりは天高く飛翔したいま、ようやくその身に受ける。
初夏に似つかわしくない、乾いた北風だ。
ラウラは悪寒を感じる。
それが吹き付ける寒風によるものなのか、心中に湧き上がる悪い予感に起因するものなのか、判断をつけることはできなかった。
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