災嵐回記 ―世界を救わなかった救世主は、すべてを忘れて繰りかえす―

牛飼山羊

文字の大きさ
上 下
105 / 268
第二章

対価

しおりを挟む
アリエージュから継いで、キースが口火を切った。
「改めて、家畜を移動させてくれたこと、一族を代表して感謝したい。――――そして、手前勝手だとわかってはいるが、できれば残りの家畜の回収も、手を貸していただきたい」
「レオンも、おれたちも、最初からそのつもりだよ」
「ありがとう。外者の手は借りるべきではないとわかっているんだが、家畜は多い。我々の手には負えないと、半ばあきらめてさえいたんだ。もちろん対価はお支払する。我々に用意できるものであれば、金でも家畜でも、工面しよう」
「対価なんて――――」
必要ない、とカイが断ろうとするのを、レオンが遮った。
「酒をあるだけ。それから馴鹿を、齢のいったやつでいい、三十頭もらっていく」
レオンはキースにそう求めてから、カイに横目をやった。
「遠慮すんなよ。報酬を求めないのは、相手にまともに仕事をする気はないというようなもんだからな」
「そ、そっか。じゃあ、なにか――――」
カイはラウラとシェルティを見る。
ラウラはカイと同じで困り果て、首を振ったが、シェルティは少し考えてから言った。
「協力者を明かしてもらおうか」
「協力者?」
「君たちラプソは、各地に散らばり、情報収集をしたと言っていたね。そしてカイのことを探り当てた。ごく一部の者しか知らないはずの縮地の演習まで突き止めるとなると、君たちだけの力では難しいだろう。――――情報源はどこだ?高位の官吏か技師、朝廷の有力者の中に、君たちの協力者がいるんだろう?」
「それは――――」
口を開こうとしたキースを、他の青年たちが慌てて止める。
「待てよ、言うつもりかよ」
「俺たちとは、もはや何の繋がりもない連中のことだ」
「でも、それじゃあ、逃げたやつらがどうなるか」
キースは慌てる青年たちを一喝する。
「なにをいまさら!」
青年たちはその剣幕にたじろぎ、勢いを失くす。
「く、口封じされるかもしれないだろ」
「だからどうしたというのだ。俺たちはやつらとすでに縁を切ったんだ。どこで野垂死にしようが知ったことか。――――むしろ自分たちの山を焼いて他人の懐に逃げ込むような恥知らずは、さっさと死んだ方がラプソのためになる!」
キースは怒りにどこか悲痛をにじませた声色で言った。
「そうよ。それに、どうせすぐ調査がくるんだから、同じことよ」
同調したのは、アリエージュだった。
「あれだけの山火事を起こして、朝廷が気づかないはずがない。むしろ今日までこないのが不思議なくらいなんだから。――――いずれにしても、この人たちが望むなら、私たちは包み隠さず話さなければ」
アリエージュはキースと同じ毅然とした態度で少年たちを窘めると、シェルティをまっすぐ見据えた。
「直接繋がっていたのは当時の幹部たちよ。私たちはその存在を知っているだけで、実際に会ったこともなければ、どこの誰なのかも、教えてもらってはいないわ」
「その言い方だと、影はつかんでいるようだね」
「おそらく、南都の首長だ」
シェルティは眉間を押さえてため息をついた。
「確かなのか?」
「首長ではなく、それに近しい人物の可能性もある。いずれにせよ、南部の有力者であることに間違いはない」
「根拠は?」
シェルティの問いに、キースはわずかに言葉を詰まらせる。
「……先の争いを逃げ延びた者たちが、南都に向かったからだ」
「君たち以外にも生き残りが?」
キースは頷き、音なく深呼吸をする。
「ほんの数名だがな。――――彼らは自力でこの冬営地まで戻ってきて、しばらく留まっていた。彼らは俺たちが幹部を殺し、皇太子を逃がし、仲間を見殺しにしてここにいることを知らなかった。自分たちと同じ逃げ延びた者だと思っていた。……俺たちはそれを否定しなかった。本当のことを言えば、争いは避けられない。だが俺たちは、なによりも急いで襲撃があった場所以外の夏営地を引き払わなければならなかった。……人手が必要だったんだ。騙してでも、彼らにはこの場に留まってもらわなければならなかった」
キースはそこで口を噤んだ。
身内に手をかけただけではなく、その事実を隠し、欺こうとした己に罰が与えられることを、彼は望んだ。
しかしカイたちは誰もそれを与えなかった。
罵倒も嘲笑もなく、ただ沈黙するばかりだった。
罰が無いことを、むしろ苦痛に感じながら、キースは再び口を開いた。
「朝廷が追手を差し向けることは間違いない。彼らは異界人……カイ殿を血眼になって探しているはずだからな。我々ラプソに反意があることは知れているし、はじめから疑われていたはずだ。確かに俺たちは過ちを犯した。罰せられて然るべきだろう。だが、なにも知らず、夏営地に残されたままでいた女と子ども、老人たちまで巻き込むわけにはいかなかった」
「お前らがそう思っていても、そいつらは納得できんのか?」
厳しい言葉を投げかけたのは、レオンだった。
「お前らは身内だが、敵でもある。そんなやつに守ってもらうおうなんて、ふつうは考えないだろ」
キースは硬い表情で首を振った。
「察しの通り、今なお誰も、納得している者など一人もいない。ここにいる者たちは、やむなく残っているだけで、俺たちが一族を率いることに賛成しているものなど一人もいないんだ」
青年たちは揃って俯いた。だがキースとアリエージュだけは、姿勢を正したまま、まっすぐ正面を向いている。
「私たちは生き残った男たちの手も借り、すべての夏営地を引き上げ、この場所に戻ってきた。それから一族全員を集めて、真実を……私たちがなにをしたか明かしたわ」
「彼らはもちろん激怒したが――――しょせん先の戦いをほとんど無傷で生き残るような者たちだ。こちらに挑みかかってくる度胸はなかった。そして彼らはここを去ることを選んだ。自分たちについてくるものはいないか、と呼びかけ、十人ほどが彼らと行くことを選んだ」
「私たちが手をかけた、幹部の伴侶とその子どもたちよ。……私たちは止めなかったわ。自分が同じ立場だったら、きっと同じ選択をしたから」
「彼らは南都に向かって行った。俺たちはそれを尾行した。報復に火でも放たれたら敵わないと思ってな。しかし彼らは、逃げるような速さで山を下って行った。……今考えると、彼らの中にはまたケタリングに襲われるかもしれないという恐怖があったんだろう。俺たちに報復をしている余裕はなかったんだ。おまけに山にはこれから間違いなく朝廷からの刺客がやってくる。一刻も早く下山し、安全な場所に身を潜めること。それが彼らの一番の望みだったはずだ。そして南都には、それを叶えてくれる存在がいた」
「それが首長か」
「ああ。彼らが山から出ると、待ち構えていたように数名の官吏が現れて、首都へ引き連れて行ったんだ。我々はそこで尾行を打ち切ったが、まず間違いないだろう。南都は警吏が厳しく目を光らせている。特に昨今、ラプソは目をつけられていたからな。官吏の案内でもなければ、あれだけの山火事があった後に、都市を歩くことなどできないだろう」

五大都市のひとつである南都は、山間の生産物の流通拠点ではあるが、都市とは名ばかりの場所だった。
山裾にあって、どこのものともしれない流れ者ばかりが集う。
そんな都市の治安を保つため、またラプソのような山間に住む朝廷に反抗的な遊牧民へのけん制も兼ねて、朝廷はかなりの人数の警吏、武官を配備していた。
「なるほどね。しかし腑に落ちないな」
シェルティは口元に手をあて、独り言ちるように呟いた。
「ラプソに協力して、一体なんの得がある?縮地を失えば、災嵐から逃れる術はなくなる……。都市部は従来の霊術で守られるだろうが、損失は計り知れない。そもそもこの謀り、露見すれば一族郎党死罪では済まない。それだけの危険を侵して、なぜ首長は……?」
シェルティの呟きを聞いたキースは、予期せぬ段差に躓いたかのような、驚きの声を漏らした。
「噂とは違うな」
「噂?」
「いや……」
キースはすこし躊躇ったが、あえて歯に物着せず答えた。
「俺は西方霊堂の近辺で縮地について情報収集を行っていたんだが、酒場にくる官吏や技師は皇太子について口を揃えて――――ラサの恥だと。浪費家で、放蕩者で、異界人に取り入って地位を保とうとしていると。だから貴方のことはもっと軽薄で浅慮な人間だと思っていた」
「そんなことない!」
「それはちがいます!」
ラウラとカイは揃って否定したが、当のシェルティはなんだそんなことか、と笑った。
「いや、正しいよ。だってぼくは皇太子としての務めなんて一切果たしていないからね。政には興味がないし、地方都市で癒着や不正があろうと、どうでもいい。――――けど、縮地に関わるとなると話は別だ」
シェルティはカイとラウラを一瞥する。
「縮地は二人の悲願だ。邪魔立てする輩がいるなら、僕は刺し違えてもそれを止めるよ」
「シェル……」
「殿下……」
二人はまた声を揃えた。
深く感じ入った調子まで同じだった。
シェルティは照れたように咳ばらいすると、ところで、と付け加えた。
「ぼくに関する噂は、他にもあっただろう?」
「……」
「沈黙は肯定だよ。最後にそれだけ教えてくれ」
キースは先ほどよりもなお躊躇いながら、ゆっくりと口を開いた。
「噂は……いろいろあったが……」
「カイとの関係については?」
シェルティの問いかけに、カイはぎょっとして目を剥く。
「は!?おれ!?」
キースは観念したように頷いた。
「貴方に関する噂は、それが一番多かった。つまり――――貴方は異界人に骨抜きにされ、手玉に取られている、といったものだ」
「いや逆だろ!」
カイは立ち上がって叫んだ。
シェルティはわざとらしくその足にしなだれかかり、甘い声を出す。
「カイ、逆ってことは、きみの方がぼくに骨抜きにされてるってことになるけど」
「ああ!?違うそうじゃない!!おれはシェルに遊ばれてるだけで――――」
「ひどいなあ、ぼくは本気なのに」
「ほら!それだよ!そのダル絡みを人前でやるから変な噂が立つんだろ!お前のせいじゃん!おれ被害者!!」
「外堀から埋めていこうと思って」
「埋めるな!掘れ!」
カイとシェルティのやりとりを、青年たちはぽかんとした顔つきで眺めていた。
「噂はしょせん噂です」
ラウラは両親の痴話げんかを見られたような気まずさに顔を赤らめながら言った。
「おふたりの本当の関係は、いまご覧いただいているとおりです。どちらかがどちらかを弄んでいる、なんてことはないんです。ただとっても仲がいいだけなんです」
青年たちは顔をよせて囁き合った。
「付き合いに裏があるわけじゃないのか」
「見せつけられた通りの、なかよし、ってことか?」
「皇太子と異界人だぞ」
「でもだからこそ、私たちには及びもつかないんでしょうね」
「一理ある」
青年たちは得心のいく答えを見つけると、顔を離し、言った。
「噂に尾ひれはつきもの、ということだな。人はときに、自分を納得させるために、事実を自ら歪曲してしまう。他者に伝えようとするとなおのことな」
「わかっていただけてなによりです」
ラウラはほっとしたように笑ったが、カイは頭を抱えた。
「なんかきれいにまとまったふうだけど、誤解、解けてなくない?」
シェルティは小さく吹きだし、声を殺して笑った。
「ふふ……!」
「おい」
「く……ははっ……カイ、きみ、けっきょくいつもこうなるね」
「お前のせいだろうが!くそ!やっぱおれ弄ばれてるわ!」
「あはは!」
シェルティはこらえきれず、ついに腹を抱えて笑い出す。
カイはそんなシェルティを黙らせようと手をのばすが、シェルティは笑いながらそれをひらりと躱す。
二人はそのままもつれ合い、とっくみ合いをはじめた。
青年たちは二十歳を過ぎた男二人が子どものようにじゃれ合う光景に、ぽかんとした表情を浮かべる。
ラウラはますます顔を赤らめ、今度は兄弟喧嘩を我が子に代わって周囲に詫びる母親のような心持で、すみません、と言った。
そんな喧騒の中で、レオンは苛立つことも、青年たちのように呆気にとられることもなかった。
「うるせえなあ」
なぜかすっかりくつろいだ様子で、姿勢を崩し、大きな欠伸をひとつこぼしただけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

異世界複利! 【1000万PV突破感謝致します】 ~日利1%で始める追放生活~

蒼き流星ボトムズ
ファンタジー
クラス転移で異世界に飛ばされた遠市厘(といち りん)が入手したスキルは【複利(日利1%)】だった。 中世レベルの文明度しかない異世界ナーロッパ人からはこのスキルの価値が理解されず、また県内屈指の低偏差値校からの転移であることも幸いして級友にもスキルの正体がバレずに済んでしまう。 役立たずとして追放された厘は、この最強スキルを駆使して異世界無双を開始する。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

処理中です...