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第二章

所帯

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ラプソの冬営地は切り立った崖の下にあった。
山裾に位置するその土地は、傾斜がなく、開けていて日当たりもよかった。
乾燥した地面には広い感覚を開けて笠樹が生えている。
笠樹は背が低いが幹が太く、平らに広がる枝にたっぷりと葉を茂らせた、椎茸のような見た目をした樹木だった。
ラプソの住居である幕屋は、笠樹の根元に建てられていた。
そして各幕屋の出入り口には必ず狼狗が一頭繋がれていた。
「本来であれば、この土地がいっぱいになるほど、それこそ幕屋でひとつの村が築けるくらい、立ち並ぶのよ」
幕屋で一夜を明かしたカイたち四人を、朝食の席に案内するのはアリエージュ・ラプソだった。
キースの伴侶であり、彼と共にカイとラウラをラプソから逃がそうとした女性だった。
「夏営地はぜんぶで六つあったけど、どこも解体して戻らせたの。今ここにいるのは、夏営地に残された女と子ども、老人といった力の弱い者ばかりよ」
アリエージュは移動する間、ラプソの現状を四人に聞かせた。
「中には未だ現実を受け入れきれず、あなた方に不躾な態度をとる者もいるかもしれないけど、どうか、許してやって。みな、伴侶や父兄を亡くした、傷心の身だから」
少女の言葉通り、幕屋の周りでは朝の身支度に忙しなく動き回る女たちの姿があったが、カイ達一行を目にした途端、顔を伏せ、逃げるように幕屋の中に消えてしまう。
「……それでも、気丈ですね、みなさん」
ラウラはそんな女たちの様子に心を痛めながら言った。
「男手の無い中で、山中の幕屋を解体してここまで下りてくる。それを一週間足らずでやってのけてしまうなんて……敬服します」
「ラプソの女は強いから」
アリエージュはそう言って胸を張ったが、すぐにこうもつけたした。
「今はまだ、悲しみが追いついてきていないだけでしょうけどね。忙しければ、浸る暇がないもの。――――けれど、ここにきてすこし落ち着いてきたから、気をつけて。悲しみに耐えきれず、錯乱して、貴方たちで鬱憤を晴らそうとする者がいるかもしれない」
アリエージュは笑ったが、ラウラはそれに苦笑いも返すことができなかった。

朝食の席は一際おおきな笠樹の下に用意されていた。
大きな絨毯の上に、スープやパン、果物が並んでいる。
どれも量はたっぷりあったが、見た目は悪かった。
スープには具がなく、パンは乾ききっており、果物は傷んでいた。
それでも文句の言うものはおらず、みな席に着くと、馴鹿の乳による乾杯もそこそこに、一心不乱に食事をとった。
食事があらかた片付くと、昨晩カイたちの元にやってきたキース含む四人の青年とアリエージュがやってきて、絨毯の上に腰を下ろした。
「現在、ラプソ族はこの五名で取り仕切っている」
キースがそう紹介した五人は、全員がまだ二十代だった。
日の下で見る彼らの表情は疲労でくもり、その顔つきは実年齢よりずっと上に感じられた。
「私だけちゃんとした挨拶がまだだったわね」
アリエージュは姿勢を正し、カイたち四人の顔を一人一人見つめながら述べた。
「私はアリエージュ・ラプソ。キースの伴侶よ」
それを聞いたカイは目を見開いた。
「伴侶?えっ、きみたち結婚してんの?」
キースとアリエージュは、なにを驚くことが?と不思議そうな顔で頷いた。
「だってまだ二一歳でしょ?」
「伴侶になったのは十五歳のときよ」
「十五!?いくらなんでも早すぎない!?」
カイに視線を送られたラウラは、遠慮がちに頷いた。
「むしろ適齢かと」
「まじかよ、異世界やべえな……。いやでも、昔の日本とかもそんなもんだったか……?」
カイはそれから急に不安な顔つきになって、おずおずと尋ねた。
「ちなみに、ラウラとシェルはどうなの?実はもう相手が決まっちゃってたりすんの……?」
「ありません」
「ないよ」
二人は声を揃えて答えた。
「伴侶は両親が決めるものですが、私はどちらも亡くしていますし、技官としての仕事もありますから――――ちゃんと考えたことはありませんが、たぶんずっと先の話になると思います」
「ぼくも似たようなものだ。しばらくは災嵐でそれどころじゃないだろうし、ぼくが伴侶を持つとしても十年くらい先の話になるんじゃないかな?そもそも次期皇帝がほとんどノヴァに内定しているいま、ぼくが伴侶を得ることってたぶん許されないんだけどね」
「そっか」
カイはほっと胸をなでおろした。
「ならよかった」
その安堵を聞いたシェルティは、途端に瞳を輝かせる。
「ふうん?なにがよかったの?」
「あっ、まて、違うぞ、変な意味に取るなよ!」
「だから聞いてるんじゃないか。なにがよかったのかって」
「う……だから……その……」
カイは顔を赤くして、明後日の方向を見ながら呟いた。
「だって――――寂しいだろ」
「カイさん……!」
「カイ……」
家族も同然である二人が、自分を置いて所帯を持つことが寂しい。
そんなカイの内心を読み取った二人は、慰めるようにそれぞれカイの手を取った。
「大丈夫ですよ、カイさん。それなら私、自分の相手より先に、カイさんの相手を見つけますから」
「ラウラ……その気遣いは逆に刺さるんだが……」
「そうだよ、ラウラ。カイにはぼくがついてるから、大丈夫だよ」
シェルティはやれやれと肩をすくめた。
「まったくわがままなお嬢様だ。ぼくに一生傍にいてほしいなら、素直にそう言えばいいものを」
「……やっぱシェルは結婚した方がいいな。そしたらそのふざけたノリの絡みもできなくなるもんな」
「ぼくはこれをやめるつもりはないよ。きみの傍から離れる気もないしね」
「いや結婚したなら嫁さんと子どもを大事にしろよ……」
「カイがそう言うなら……カイの次に、大事にするよ」
冗談とは思えない真剣な口調で言うシェルティに、カイは表情を引きつらせる。
「怖……重……やっぱお前一生結婚しない方がいいわ……」
「だからそう言ってるだろう?――――ああ、ちなみに、ノヴァの相手もまだ決まっていないから、安心するといいよ」
突然矛先を向けられたラウラは、ぽかんと口を開く。
「はい?」
「きみの能力は申し分ないし、学舎育ちではあるがそもそもの家柄だって悪くない。なによりノヴァの父親だって似たような出自なんだ。きみだって妃になれる可能性は十分にある」
「あ、あの、殿下……?」
「皇族に入るのは本当に面倒だが、まあそこは、ノヴァがうまく守ってくれるだろう。不器用だけど、誠実な男だからね、彼は。きっと側室もとらずにきみだけを――――」
「殿下!?」
ラウラは顔を真っ赤にして、声を震わせた。
「お、お話が突飛すぎてついていけないのですが……!?」
「相手がノヴァなら、それはたしかに悪くないかもな……」
「カイさんまで!い、いまはそんな話をする場ではありません!」
「え、でもさあ――――」
「もう!やめてください!だいたいノヴァは私を――――」
ごほんっ!
ラウラの言葉を遮って、アリエージュは大きな咳ばらいをした。
「失礼。――――話を戻しても?」
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