災嵐回記 ―世界を救わなかった救世主は、すべてを忘れて繰りかえす―

牛飼山羊

文字の大きさ
上 下
99 / 260
第二章

狗鷲

しおりを挟む
「ラウラ、ナイス!」
岩陰から出てきたラウラとシェルティの前に着地して、カイは言った。
「すげえよ、完ぺきにうまくいったじゃん!」
ラウラは額の汗を拭いながら、ほっと息をついた。
「自分でも、まさかこんなにうまくいくとは思いませんでした」
「最強!天才!」
「いえあの、カイさんの提案がなければできなかったことなので……」
「なにいってるんだよ、おれが思いついたのだってラウラが練習してるの見てたからだしさ。いやあ、ぶっつけ本番でこれはまじですごい」
本当にすばらしい、とシェルティも拍手を送る。
「きみは本当に多才だ。即席であんなにおそろしい怪物が造れるなんて、霊操だけでなく芸術の才能も人並み外れているんだね。強面の男たちが裸足で逃げ出していく様は痛快ですらあったよ」
カイとシェルティはラウラをあの翼の怪物を造り、操ったラウラのことを手放しで褒め讃えた。
ラウラは顔を赤くして俯いた。
だがそれは照れているためではなかった。
「あの……あれは一応……相手と同じ狗鷲のつもりで……」
カイとシェルティは顔を見合わせ、慌てて言葉を足した。
「だ、だよな!?おれはそうだと思ったよ!細かい部分はあれだったけど、うん、あの、遠目に見れば鷲だった!」
「カイ、ずるいなきみ……。ラウラ、ぼくは正直、あれを狗鷲だとは思えなかったけど、でもちゃんと、翼は形になっていたからね。最初の頃――――たて穴で練習しているのをはじめて見かけたときのあれに比べれば、ずっとまともな形を成していたと思うよ」
ラウラはますます顔を赤くして呟く。
「あのほんと、どうして見ていたのに声をかけてくださらなかったんですか……?」
「修練の一貫かなと思って。邪魔をしてはいけないかな、と」
シェルティは不思議そうに首を傾けた。
「なにをそんなに恥じることがあるんだい?修練の成果が、素晴らしい働きに繋がったんだから、むしろ堂々と誇っていいと思うけど」
「そ、そうですね。ふふ……」
ラウラは赤い顔のまま、力なく笑った。

レオンの小屋からラウラが持ち出した硝子球を使って、男たちを混乱させる。
この提案をカイがしたとき、彼の頭の中にはラウラがたて穴で行っていた修練が頭に浮かんでいた。
三人が霊堂を去り、たて穴に籠っていた間、ラウラはよく二人に隠れてある霊操に取り組んでいた。
それは羽毛を浮遊させ、空中で造形する、といったものだった。
羽毛の操作は霊堂の近くで興行していた大道芸人が披露していた技だ。
無数の羽毛を操り、空にケタリングを描いたその技に、ラウラは魅了されていた。
霊操能力の優れた技師として評価されてきたラウラであるが、羽毛がどのような方法で操られているのか、理解ができなかった。
霊力が通りやすい工夫がなされた霊具とは違い、羽毛はただの羽毛だった。
無数にあるそれらにくまなく霊力を這わせ、精巧に操る。
高い技術がなければできない妙技だ。
ラウラは自分にもできるかわからない技を、なんの変哲もない大道芸人が平然と披露している姿を見て、胸に熱がともる思いを感じていた。
霊堂では雑務に追われ、その熱は抑え込んでおくことしかできなかった。
しかしカイに伴ってたて穴にやってくると、時間を持て余すようになった。
そこでラウラは、カイの縮地の修練に付き合いながら、暇があれば自らもその妙技を身につけるための修練を行った。
それもカイとシェルティの目には触れないところで。
なぜならばこれは、使い道のない霊操だったからだ。
ただ目にした妙技をものにしたいという、いうなれば自尊心を満たすためだけの手慰みだった。
ラウラは自身の子どもっぽい、むきになった姿を、二人に知られたくないと思っていた。
しかし二人はラウラがはじめた秘密の修練に、はやくから気がついていた。
ラウラは使用する羽毛を、食糧として狩った鳥から得ていた。
鳥を捌くたびにむしった羽毛を集めるラウラの姿を見て、二人はああ今日も修練に励むのだろうなと、口に出さず感心していたものだった。

ラウラはいまこの場に立って初めて、二人が自分の手慰みに気づいていたことを知り、試みが成功したことよりもむしろ、羞恥で胸がいっぱいだった。
そんなラウラの心中を知らず、カイは嬉しそうに称賛を続けている。
「いつもやってたのは羽毛だったからさ、硝子球じゃあどうなるかなと思ったけど、ほんとうまくいってよかった!」
「カイさんが、前もって霊力で粉々にしてくださったので、そのおかげです。むしろただの羽毛よりも、もともと霊具である硝子球を砕いた硝子片のほうがずっと操りやすかったですね。カイさんの霊力の残滓で割れてもなお発光していましたし、光が無ければあそこまであの人たちを怖がらせることはできなかったでしょう。やはりカイさんの力に助けられたことがだいぶ大きいです」
ラウラは羞恥を振り払うように早口でそう言うと、馴鹿の群れの周囲を旋回し続ける硝子片の翼に視線を向けた。
馴鹿たちはいくらか落ち着きを取り戻し、大人しく輪の中に収まっているが、それを囲う翼は、光が弱まり、大きさもひと回り縮んでしまっている。
「あれはもうあまりもちません。どうしましょうか、このあと……」
「それは――――考えてなかったな」
百頭はくだらない馴鹿の群れを前に、カイは途方に暮れる。
野盗を退けたあとのことを考えていなかったのだ。
「これ全部、ラプソのとこに届けられるかな」
「難しいね。まず彼らが今どこにいるのかもわからないし」
「そうだった!やべえ、どうしよ……」
焦るカイに、シェルティは大丈夫だよと微笑みかけた。
「野盗は退けたんだ。馴鹿たちはひとまずここに置いておいて、キース・ラプソを探しに行こう」
「でも、こいつら、逃げちゃうんじゃないか?」
「もともとここがこの馴鹿たちの遊牧地でしょうから、今みたいに誰かに誘導されない限り、離れないと思います」
「そっか、じゃあ、とりあえずラプソの野営地を探すか」
「その必要はねえ」
三人はふいに割って入った低い声を聞いて、弾かれたように振り返った。
声の主は、いつの間にか近づいていた、笠の男だった。
男たちは全員逃げ去ったものだと思い込んでいた三人は、すっかり油断していた。
咄嗟にカイはシェルティとラウラの前に出て、身構える。
「なんでこんなところをうろついてやがる」
笠の男は吐き捨てるように言った。
カイはようやく、笠の男の正体に気づく。
「レオン!」
カイが叫ぶと、レオンは笠を脱ぎ、美しいが同時に猛獣の獰猛さが滲む、独特な顔立ちを露わにさせた。
「レオンだったのか!」
カイはそう言って、嬉しそうに目を輝かせた。
レオンはそんなカイの頬を、容赦なく、全力で、殴りつけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

1001部隊 ~幻の最強部隊、異世界にて~

鮪鱚鰈
ファンタジー
昭和22年 ロサンゼルス沖合 戦艦大和の艦上にて日本とアメリカの講和がなる 事実上勝利した日本はハワイ自治権・グアム・ミッドウエー統治権・ラバウル直轄権利を得て事実上太平洋の覇者となる その戦争を日本の勝利に導いた男と男が率いる小隊は1001部隊 中国戦線で無類の活躍を見せ、1001小隊の参戦が噂されるだけで敵が逃げ出すほどであった。 終戦時1001小隊に参加して最後まで生き残った兵は11人 小隊長である男『瀬能勝則』含めると12人の男達である 劣戦の戦場でその男達が現れると瞬く間に戦局が逆転し気が付けば日本軍が勝っていた。 しかし日本陸軍上層部はその男達を快くは思っていなかった。 上官の命令には従わず自由気ままに戦場を行き来する男達。 ゆえに彼らは最前線に配備された しかし、彼等は死なず、最前線においても無類の戦火を上げていった。 しかし、彼らがもたらした日本の勝利は彼らが望んだ日本を作り上げたわけではなかった。 瀬能が死を迎えるとき とある世界の神が彼と彼の部下を新天地へと導くのであった

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

超文明日本

点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。 そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。 異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

推しがラスボスなので救いたい〜ゲーマーニートは勇者になる

ケイちゃん
ファンタジー
ゲームに熱中していた彼は、シナリオで現れたラスボスを好きになってしまう。 彼はその好意にラスボスを倒さず何度もリトライを重ねて会いに行くという狂気の推し活をしていた。 だがある日、ストーリーのエンディングが気になりラスボスを倒してしまう。 結果、ラスボスのいない平和な世界というエンドで幕を閉じ、推しのいない世界の悲しみから倒れて死んでしまう。 そんな彼が次に目を開けるとゲームの中の主人公に転生していた! 主人公となれば必ず最後にはラスボスに辿り着く、ラスボスを倒すという未来を変えて救いだす事を目的に彼は冒険者達と旅に出る。 ラスボスを倒し世界を救うという定められたストーリーをねじ曲げ、彼はラスボスを救う事が出来るのか…?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...