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第二章

狗鷲

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「ラウラ、ナイス!」
岩陰から出てきたラウラとシェルティの前に着地して、カイは言った。
「すげえよ、完ぺきにうまくいったじゃん!」
ラウラは額の汗を拭いながら、ほっと息をついた。
「自分でも、まさかこんなにうまくいくとは思いませんでした」
「最強!天才!」
「いえあの、カイさんの提案がなければできなかったことなので……」
「なにいってるんだよ、おれが思いついたのだってラウラが練習してるの見てたからだしさ。いやあ、ぶっつけ本番でこれはまじですごい」
本当にすばらしい、とシェルティも拍手を送る。
「きみは本当に多才だ。即席であんなにおそろしい怪物が造れるなんて、霊操だけでなく芸術の才能も人並み外れているんだね。強面の男たちが裸足で逃げ出していく様は痛快ですらあったよ」
カイとシェルティはラウラをあの翼の怪物を造り、操ったラウラのことを手放しで褒め讃えた。
ラウラは顔を赤くして俯いた。
だがそれは照れているためではなかった。
「あの……あれは一応……相手と同じ狗鷲のつもりで……」
カイとシェルティは顔を見合わせ、慌てて言葉を足した。
「だ、だよな!?おれはそうだと思ったよ!細かい部分はあれだったけど、うん、あの、遠目に見れば鷲だった!」
「カイ、ずるいなきみ……。ラウラ、ぼくは正直、あれを狗鷲だとは思えなかったけど、でもちゃんと、翼は形になっていたからね。最初の頃――――たて穴で練習しているのをはじめて見かけたときのあれに比べれば、ずっとまともな形を成していたと思うよ」
ラウラはますます顔を赤くして呟く。
「あのほんと、どうして見ていたのに声をかけてくださらなかったんですか……?」
「修練の一貫かなと思って。邪魔をしてはいけないかな、と」
シェルティは不思議そうに首を傾けた。
「なにをそんなに恥じることがあるんだい?修練の成果が、素晴らしい働きに繋がったんだから、むしろ堂々と誇っていいと思うけど」
「そ、そうですね。ふふ……」
ラウラは赤い顔のまま、力なく笑った。

レオンの小屋からラウラが持ち出した硝子球を使って、男たちを混乱させる。
この提案をカイがしたとき、彼の頭の中にはラウラがたて穴で行っていた修練が頭に浮かんでいた。
三人が霊堂を去り、たて穴に籠っていた間、ラウラはよく二人に隠れてある霊操に取り組んでいた。
それは羽毛を浮遊させ、空中で造形する、といったものだった。
羽毛の操作は霊堂の近くで興行していた大道芸人が披露していた技だ。
無数の羽毛を操り、空にケタリングを描いたその技に、ラウラは魅了されていた。
霊操能力の優れた技師として評価されてきたラウラであるが、羽毛がどのような方法で操られているのか、理解ができなかった。
霊力が通りやすい工夫がなされた霊具とは違い、羽毛はただの羽毛だった。
無数にあるそれらにくまなく霊力を這わせ、精巧に操る。
高い技術がなければできない妙技だ。
ラウラは自分にもできるかわからない技を、なんの変哲もない大道芸人が平然と披露している姿を見て、胸に熱がともる思いを感じていた。
霊堂では雑務に追われ、その熱は抑え込んでおくことしかできなかった。
しかしカイに伴ってたて穴にやってくると、時間を持て余すようになった。
そこでラウラは、カイの縮地の修練に付き合いながら、暇があれば自らもその妙技を身につけるための修練を行った。
それもカイとシェルティの目には触れないところで。
なぜならばこれは、使い道のない霊操だったからだ。
ただ目にした妙技をものにしたいという、いうなれば自尊心を満たすためだけの手慰みだった。
ラウラは自身の子どもっぽい、むきになった姿を、二人に知られたくないと思っていた。
しかし二人はラウラがはじめた秘密の修練に、はやくから気がついていた。
ラウラは使用する羽毛を、食糧として狩った鳥から得ていた。
鳥を捌くたびにむしった羽毛を集めるラウラの姿を見て、二人はああ今日も修練に励むのだろうなと、口に出さず感心していたものだった。

ラウラはいまこの場に立って初めて、二人が自分の手慰みに気づいていたことを知り、試みが成功したことよりもむしろ、羞恥で胸がいっぱいだった。
そんなラウラの心中を知らず、カイは嬉しそうに称賛を続けている。
「いつもやってたのは羽毛だったからさ、硝子球じゃあどうなるかなと思ったけど、ほんとうまくいってよかった!」
「カイさんが、前もって霊力で粉々にしてくださったので、そのおかげです。むしろただの羽毛よりも、もともと霊具である硝子球を砕いた硝子片のほうがずっと操りやすかったですね。カイさんの霊力の残滓で割れてもなお発光していましたし、光が無ければあそこまであの人たちを怖がらせることはできなかったでしょう。やはりカイさんの力に助けられたことがだいぶ大きいです」
ラウラは羞恥を振り払うように早口でそう言うと、馴鹿の群れの周囲を旋回し続ける硝子片の翼に視線を向けた。
馴鹿たちはいくらか落ち着きを取り戻し、大人しく輪の中に収まっているが、それを囲う翼は、光が弱まり、大きさもひと回り縮んでしまっている。
「あれはもうあまりもちません。どうしましょうか、このあと……」
「それは――――考えてなかったな」
百頭はくだらない馴鹿の群れを前に、カイは途方に暮れる。
野盗を退けたあとのことを考えていなかったのだ。
「これ全部、ラプソのとこに届けられるかな」
「難しいね。まず彼らが今どこにいるのかもわからないし」
「そうだった!やべえ、どうしよ……」
焦るカイに、シェルティは大丈夫だよと微笑みかけた。
「野盗は退けたんだ。馴鹿たちはひとまずここに置いておいて、キース・ラプソを探しに行こう」
「でも、こいつら、逃げちゃうんじゃないか?」
「もともとここがこの馴鹿たちの遊牧地でしょうから、今みたいに誰かに誘導されない限り、離れないと思います」
「そっか、じゃあ、とりあえずラプソの野営地を探すか」
「その必要はねえ」
三人はふいに割って入った低い声を聞いて、弾かれたように振り返った。
声の主は、いつの間にか近づいていた、笠の男だった。
男たちは全員逃げ去ったものだと思い込んでいた三人は、すっかり油断していた。
咄嗟にカイはシェルティとラウラの前に出て、身構える。
「なんでこんなところをうろついてやがる」
笠の男は吐き捨てるように言った。
カイはようやく、笠の男の正体に気づく。
「レオン!」
カイが叫ぶと、レオンは笠を脱ぎ、美しいが同時に猛獣の獰猛さが滲む、独特な顔立ちを露わにさせた。
「レオンだったのか!」
カイはそう言って、嬉しそうに目を輝かせた。
レオンはそんなカイの頬を、容赦なく、全力で、殴りつけた。
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