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第二章

出立

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三人が小屋を発ったのは、風の強い朝だった。
シェルティの奪還から五日後のことである。
雪は夜のうちに止んでいた。
吹雪に遮られ数メートル先までしか見通せなかった視界が、山頂の切っ先から麓の緑に至るまで大きく開かれている。
空に雲は多かったが流れが速く、また太陽を隠せるほどの厚さもなかった。
明け方の太陽は流れゆく雲を、金色、紺色、橙色、ピンク色といったさまざまな色の光で照らしている。
それは明るく、鮮明な、旅立ちに良く似合う朝焼けだった。
「行こう」
カイはシェルティとラウラの手をとり、地面を強く蹴りつける。
霊力が地面に勢いよく放出され、吹き飛ばされるように、カイは浮かび上がる。
カイに合わせて、ラウラとシェルティの身体も浮き上がり、三人はあっという間に、地上から十メートル離れた高さにまで上昇する。
三人は太陽の位置からおおよその現在地を割り出していた。
レオンの小屋は、朝廷をまっすぐ南下した先の山間にある。
つまりここからまっすぐ北に飛んでいけば、朝廷のある首都にたどり着くことができるのだ。
しかし風は南東に向かって吹いていた。
向かい風だ。
飛べないことはないが、時間がかかる。細かい方角の調整も必要だろう。
それでも三人は出発を決めた。
雲の量、風の強さから、今後山間の天候は崩れると予想されたからだ。
一度天気が崩れると、特に山間部では、それが長く続く傾向にある。
三人は雨天より強風を選んだ。
「手、離さないで。しっかり握ってて」
カイは手に力をこめた。
シェルティとラウラはそれを強く握り返した。
カイは空中で再び霊力を勢いよく放出する。
放出された霊力が噴流となって、推進力が生まれる。
カイは向かい風に抗いながら飛行する。
地上から十メートルの高さを維持して、ゆっくり斜面を下っていく。
カイは何度も、小屋の方を振り返った。
雪で覆われた尾根に佇む小屋は、遠くから見ると山肌に突き出した岩石のようだった。
朝日が作る小屋の影は濃く、どれだけ離れても、一目で小屋を見つけることができた。

斜面に沿ったゆるやかな下降を続けると、次第に山肌にあった雪や砂利が緑と土に変化していった。
緑の靄として眼下に広がっていた森林も、木々の形がはっきりわかるほど近づいている。
「カイ、そろそろ休憩にしないかい?疲れただろう」
一時間ほど飛んだところで、シェルティが提案した。
「いや、全然平気」
カイは向かい風に目を細めながらも、速度を落とさず進み続ける。
「きみはよくても、ぼくは疲れたよ」
シェルティはそう言って、ラウラに目配せする。
ラウラははっとして頷き、シェルティに同調する。
「カイさん、私も疲れてしまったので、休憩してもらえると……」
「え、あ、ごめん!気づかなかった」
カイは慌てて速度を緩め、二人を労った。
「顔真っ赤だ、二人とも。寒かったよな」
そう言うカイの顔は、二人以上に赤かった。
くせ毛の髪は四方八方に飛び散らかり、真っ赤な鼻からは今にも鼻水が零れ落ちそうだった。
シェルティとラウラは苦笑する。
「風は冷たかったですけど、寒くはありませんでしたよ。――――これのおかげですね」
ラウラは身にまとった、レオンの小屋から拝借した皮革の外套の裾を揺らす。
サイズが大きく、首元はむき出しになり、手は袖に隠れてしまう有様だったが、高所の強風からラウラの身を充分に守ってくれた。
「でも、勝手に持ち出して、本当によかったんでしょうか」
同じく小屋から拝借した外套を身につけたシェルティが、皮肉をこめて答える。
「構わないだろう。食べ物もそうだが、彼はぼくらがあの小屋を好きに使って、好きな時に出て行くことを、どうやら許容しているようだったから」
「縮地は、もういいんでしょうか。彼はそれが目的だったはずなのに」
「さあね。ぼくにはやはり、彼がなにを考えているのかさっぱりわからないから」
「まあいいだろ」
ラウラとシェルティはレオンに対してどういう心持ちであればいいのかわからず、どこか落ち着かない様子だが、カイだけは迷いのない明るい笑顔を浮かべていた。
「いつか返しにいけばいいんだしさ」
「さてはカイ、もう一度彼に会う口実ができて喜んでいるね?」
「だって……おれも、ケタリングの背に乗ってみたいから……」
カイそう言って、周囲を見渡すために一度高く上昇した。
「とりあえず今は休憩場所だな。近くに水場があればいいんだけど」
三人はそれぞれ、北側の斜面を背に、東南西の方向を眺める。
「見当たらないね」
「ないですね」
「こっちもだ。もう少し下って、森の中にはいらないとダメかな」
一帯には広く笹薮が広がっており、目視する限り、水場はない。
「……?」
カイが高度を下げようとしたところ、ふいにラウラは西南方向を指差した。
「なんでしょう、あれ」
カイシェルティは指の先に目を凝らす。
笹薮が途切れ、なだらかな草地の斜面が広がっている。
草地の一角は茶色い地面がむき出しとなり、その上に、太く平らで、曲がりくねった枯れ木が無数に連なっている。
枯れ木は、風になびいて、蠢いている。
「鹿……?」
よく見ると、それは生き物の群れだった。
地面に見えていたものはかれらの身体で、枯れ木はかれらの角だった。
群れは右に左に、絶えず動き続けている。
「あれは……馴鹿じゃないですか?」
「トナカイ?すげえ、初めて見た。こんな山の中にいるもんなんだな」
「カイさんのもといた世界ではどうかわかりませんが、こちらではむしろ、馴鹿は山間の寒冷地にしか生息していません。――――あの頭数の群れとなると、おそらく放牧されている家畜でしょう」
ラウラの推測に、シェルティは頷く。
「ああ。十中八九、ラプソのものだろう」
「ラプソの――――」
三人は口を噤み、遠くに揺れる馴鹿の群れを眺めた。
珈琲色と白色が斑になった独特の模様は、流れるように動き続けている。
ふと、ラウラは違和感を覚えた。
「動きがおかしくありませんか?」
「え?」
「あの馴鹿たち――――なにかに追われています」
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