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第二章
対話
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「ぼくには貴方という人間がよくわからない」
経緯を聞き終えたシェルティは、カイの隣に座るレオンに厳しい表情を向けた。
「なぜカイたちを助けたんだ?貴方の目的だって縮地のはずだ。まさか卑劣な手を使ったラプソが許せなかったなどと青臭いことを言うんじゃないだろうな?」
「芙蓉が気に食わねえことは確かだが、だからといって卑劣だとは思わねえよ」
レオンは鼻を鳴らし、シェルティを睨みつける。
「ラプソの年かさ連中はおれを早々に切ろうとしていたみてえだからな、その前に貸した獲物を返してもらっただけだ」
「……ではなぜ、ぼくを助けた」
シェルティは少し弱まったたき火に、新しい薪をくべた。
「ぼくを助けても、貴方に得はなにもないだろう」
「てめえを人質にされたくなかったからだよ。お前に剣先つき立てりゃ、こいつらを簡単に揺すれるからな」
「本心を話せ」
「……ああ?」
火が移り、燃え立った薪が、音を立てて小さく爆ぜる。
「そもそもなぜぼくたちに経緯を話したんだ?意図はなんだ?」
「……」
「言えないのか?じゃあ今までのは全部嘘か?」
「てめえと違っておれの舌は一枚だけだ」
「舌は一枚でも、腹には一物があるだろう」
「……殺されたいらしいな」
「ちょっ――――ストップ!」
カイは立ち上がり、ぶつかり合う両者の視線を遮った。
「せっかくひと段落したのに、ここでまたやりあってどうすんだよ!」
「カイ、彼が発端であることを忘れちゃいけないよ」
「そうだけどさ、でも結果的におれもお前もレオンに助けられたんだから――――」
「ぼくを助けたのはラウラとキース・ラプソだ」
「キース・ラプソ?」
「あの少年の名前だよ」
シェルティはカイとラウラがレオンの手でラプソから逃れたあとのことを話した。
ラプソのもとに残されたシェルティは、睡薬の投与が中断され、意識を取り戻した。
だが彼は拘束され、外に出ることはおろか、自分がどのような状況にあるのか、二人の安否はどうなっているのか、なにも教えられずに三日を過ごした。
そんなシェルティのもとにキースがやってきたのは、ラウラとレオンが襲撃を開始して間もなくのことだった。
拠点にいた人間のほとんどが戦闘に出たので、レオンの見張りは族長と年寄り数名によって行われていた。
そこにキースを含む五人の若者が現れ、ものいうこともなく見張り全員を切り捨てたのだ。
族長含む一族の幹部を皆殺しにしたキースらは、シェルティの拘束を解き、ラウラのもとへ連れ出して行った。
シェルティは説明を求めたが、キースの言葉は少なかった。
自分たちにとってシェルティは人質としての価値がないから解放する。
外でレオンと一族の者が戦闘をしているが、まずレオンの圧勝で場は治まるだろう。
自分はお前をレオンに引き渡すが、レオンのところにカイとラウラもいる。
だからおかしな抵抗をせず、黙って従え。
そうしてあれよという間に、シェルティはレオンとラウラに引き合わされたのだった。
「仲間に――――家族に手をかけたのか……」
カイは独り言ちるように呟いた。
「どうしてそこまでしてくれたんだろう」
「彼は矜持について語っていました」
ラウラは揺らめく焚火をぼんやりと眺めながら言った。
「人質をとることも、芙蓉を使用することも、彼の本望ではなかったようです。――――
彼は私とカイさんに、すまなかった、と。縮地の成功を祈る、と――――」
ラウラはそこで言葉を詰まらせた。
瞳に映る炎が大きく揺らぐ。
ラウラはそれを押し消すかのように、ゆっくり目蓋を閉じた。
「かっけーな」
カイは己の拳を見つめる。
「どう見たっておれより年下だったのに、自分にとってなにが一番大切か、ちゃんとわかってるんだもんな」
カイの手は、数日で治るだろう擦り傷はあるが、長く残る傷痕や汚れのない、きれいな手だった。
「すごい、覚悟のいることだよな。自分の中の正しさに従うことって。自分の命を懸けるだけじゃない、近しい人を傷つけなきゃいけないかもしれないんだ。――――実際、彼はそうだったわけだし。でもそうしなきゃ守れないってわかったから、選んだんだよな。……どうやったら、そんなふうに強くなれんのかな」
カイは拳を握りしめる。
「話したいな」
シェルティはじっとカイを見つめる。
「彼と?」
「うん」
「話して、どうするんだい」
「わかんないけど……知りたいんだ。彼と、ラプソのこと」
シェルティは目を細めて、やれやれといった調子で小さく笑った。
「どこかで聞いた台詞だな。――――きみはいつもそうだ。自分を傷つけた相手のことを、遠ざけるんじゃなくて、知ろうとする。自ら近づいていくんだね。また傷つけられると思わないのかい?」
「まあ、そりゃ、ちょっと怖いとも思うけどさ。でも、今回だってそうだったけど、なんでおれに手を出してきたのか、今に至ってようやくわかっただろ。もしおれが向こうのことをもうちょっとでも知ってたら、なにか変わったんじゃないかって」
「何様だよ」
レオンは嫌悪感をむき出しにして言った。
「知ってたって、なにも変わらない」
「いや、変わるよ」
カイは迷いなく言い切った。
「だっておれ、最初はレオンのこと悪人だと思ってたけど、話をしたから、本当はいいやつなんだって気づけたし」
「……あ?」
「約束守ってくれてありがとうな」
カイは屈託なく笑った。
レオンは舌打ちをし、呆れた表情をつくる。
「底抜けのお人よしだな」
「人のこと言えないだろ」
「ああ?」
「だって約束通り、話をしてくれてるじゃないか」
「一度賭けたもんを取り下げるのが、性に合わないってだけだ」
「じゃあまた賭ける?負けた方が自分がお人よしって認める、ってことで」
「調子に乗んなよ」
レオンはカイの頭を小突く。
「いてっ。おれ怪我人なのに……もうちょっと加減してくれよお」
カイはそうこぼしつつも、どこか嬉しそうな様子だった。
二人はまだやりとりを続けようとしていたが、シェルティがわざとらしく大きな咳ばらいをし、それを止める。
「カイ、賭けって、なんのことだい?」
「ああ、いやほら、薬抜くの手伝ってもらったって話したじゃん。そのときさ、賭けをしたんだ。レオンはおれが睡薬を使わないことにすごく反対したから。絶対無理だって言うから、じゃあ耐えきれたらおれの言うことなんでもひとつ聞いてくれよって」
「カイさん……なんて無茶を……」
ラウラは罪悪感で顔を歪めた。
まるで見えない手に首を絞められてるかのような、苦悶の表情を浮かべた。
「全部きみを守るためにやったことだ。そんな顔をしてはいけないよ」
シェルティはそんなラウラの背中に手をあて、諭すように言った。
「カイに報いたいのなら、きみは笑っていなくちゃ」
「……はい」
ラウラは無理やり、ぎこちない笑顔を作る。
シェルティはそれでいい、と頷く。
そしてカイに視線を送ると、やんわりと、しかし厳しく、叱りつけた。
「カイはすこし反省したほうがいい」
「えっ」
「彼女を守ろうとしたきみの気持ちは尊重しよう。けれど方法が最悪だ。結果的にきみは彼女を深く傷つけ、悲しませてしまった。身体は守っても、心を痛めつけたんじゃあ意味がないよ――――二度とやってはいけないよ」
「うっ……おっしゃる通りで……」
「それにぼくだって、きみが傷ついた分、傷つくし、彼女と同じように悲しくなる。わかるかい?」
「うん……」
「例えば僕が今回のきみとおなじことをしたら、きみだって傷つくだろう?」
「うん。絶対に嫌だ」
「わかればよろしい。じゃあ、はい、復唱して」
シェルティは口調をどこか芝居がかったものに変える。
「『ぼくはもう二度と愛する人たちを傷つけるような行いは致しません』」
カイは特に疑問を持たず、言われたまま復唱する。
「『おれはもう二度と愛する人たちを傷つけるようなことはしません』」
「『愛する人と同じくらい、自分のことも大切にします』」
「『あ、愛する人と同じくらい、自分のことも大切にします』」
「『生涯をかけて愛を誓います』」
「『生涯をかけて……』……うん?おいちょっと待て」
「『愛してるぜ』」
「おい!!!」
ようやくシェルティに遊ばれていることに気づいたカイは顔を真っ赤にして叫んだ。
「今の流れで弄るやつがあるかよ!?」
「肝心なところでやめるなんて……ひどいよ。ぼくはそんなつもりなかったのに」
シェルティは涙を拭うかのような手ぶりをしてみせたが、口元では笑顔を必死に噛み殺していた。
「てめえこらおい」
「ほら、続けて。……『愛してるぜ』」
「誰が言うか!!」
「ラウラだって言ってほしいよね?」
「えっ」
「聞きたくない?カイの、愛の告白」
巻き込まれたラウラは顔を赤くして俯いた。
「……ちょっと聞いてみたいかもしれません」
「ラウラまで!?」
三人のやり取りを傍観していたレオンは、呆れて鼻を鳴らし、冷やかな言葉を投げつける。
「なんの茶番だよ」
冷静なその一言を受けて、三人は顔を見合わせた。
そしてそれぞれ小さく吹きだすと、堰が切れたかのように笑い出した。
「……おかしな連中だな」
レオンはますます呆れたが、三人は腹を抱え、涙が出るまで笑い合った。
このくだらない茶番を、三人は今まで毎日のように繰り返してきたのだ。
それをようやく取り戻せたことが、みな、嬉しくてたまらなかったのだ。
「――――それで、賭けに勝ったカイはなにを望んだんだい?」
ひとしきり笑ったあとで、シェルティはもとの疑問に立ち返った。
「ああ、話をしようって言ったんだ」
「話?」
「うん。なんか、脅しとかお願いとか、そういう一方的なやつじゃなくてさ、こうやって一緒に話したかったんだ」
「きみってほんと……」
シェルティはまた少し弱まったたき火を枝で突いた。
暖を取るには物足りなかったが、明かりとしては十分な大きさだ。シェルティは今度は新しい薪を足すことはせずに、炭と化した薪をいくらか慣らすだけに留めた。
「貴方が大人しく同席していた理由はわかった。――――それで、貴方は、これからぼくたちをどうするつもりだ?」
「さあな」
レオンは立ち上がり、三人に背を向けた。
「どこ行くんだよ」
暗闇の斜面に歩き出したレオンを、カイは引き留めようとする。
「どこでもいいだろ」
「戻ってくるよな?」
「……話は終わっただろ」
「まだ全然足りないよ」
「おれが知ってることは全部話した」
「そうじゃなくてさ――――えっと、もっと、なんていうか、レオン自身の話をしたいっていうかさ――――」
「……あ?」
レオンは振り返る。その顔はすでに暗闇に紛れて、表情を読み取ることは出来ない。
「あのケタリング、どうやって操ってるんだ?なんていう名前なんだ?ラウラとシェルティは背に乗ったんだよな?いいなあ。おれも乗ってみたい。いつからレオンと一緒にいるんだ?犬とか馬とか相手にするのとは、やっぱ全然違うもんか?」
カイは矢継ぎ早に質問をした。
まるで小さな子供が大人の関心を引こうとするかのような、へりくだってはいないが、相手の反応を窺う尋ね方だった。
「……ふ」
レオンは何も答えず、小さく息をもらしただけだった。
レオンはそのまま暗闇の中に消えて行った。
「本当に、彼はなにを考えているんだ?」
シェルティは一連のやり取りを経て、レオンに対して抱いていた憤りを落ち着かせていた。
それでもレオンの行動に腑に落ちない点が多く、警戒心はむしろ膨らんでいた。
「なにがしたいのかさっぱりわからない」
「レオンはレオンなりに救いたいんじゃないかな。おれたちと同じで、この世界を」
カイはレオンの消えた方向に目を向けたままで言った。
「仮にそうだとして、同じではないだろう。彼の救おうとする世界はごく限られたものだろうからね」
「そうかもな。……でも、それってさ……」
カイは言葉の続きを飲み込んで、暗闇からふたりへ、目を向けた。
そしておもむろに両手を広げると、二人をいっぺんに抱きしめた。
「カ、カイさん?」
「どうしたんだい」
二人が驚いた声をあげると、カイはすぐに離れ、なんでもない、と首を振った。
「火が弱くなってきたな」
カイはそう言って、もう一度レオンの消えていった暗闇へ目を向けた。
たき火の外は、明るい空と真っ黒い山肌で、はっきり二分されていた。
月のない夜だった。
空に雲はなく、星々の輝きで明るかったが、その光は地上まで届いてこなかった。
たき火が無ければ、三人は、すぐ近くの小屋まで戻ることも難しいだろう。
「もう休もうか」
シェルティの呼びかけに、カイはうん、と答え、小さくなったたき火に残りわずかとなった薪を全ていれた。
「朝までもつかな」
カイはぽつりと呟いた。
レオンが戻ってくるとき、明かりが無ければ困るだろう、と思ったのだ。
しかしその後、レオンが小屋へ戻ってくることはなかった。
経緯を聞き終えたシェルティは、カイの隣に座るレオンに厳しい表情を向けた。
「なぜカイたちを助けたんだ?貴方の目的だって縮地のはずだ。まさか卑劣な手を使ったラプソが許せなかったなどと青臭いことを言うんじゃないだろうな?」
「芙蓉が気に食わねえことは確かだが、だからといって卑劣だとは思わねえよ」
レオンは鼻を鳴らし、シェルティを睨みつける。
「ラプソの年かさ連中はおれを早々に切ろうとしていたみてえだからな、その前に貸した獲物を返してもらっただけだ」
「……ではなぜ、ぼくを助けた」
シェルティは少し弱まったたき火に、新しい薪をくべた。
「ぼくを助けても、貴方に得はなにもないだろう」
「てめえを人質にされたくなかったからだよ。お前に剣先つき立てりゃ、こいつらを簡単に揺すれるからな」
「本心を話せ」
「……ああ?」
火が移り、燃え立った薪が、音を立てて小さく爆ぜる。
「そもそもなぜぼくたちに経緯を話したんだ?意図はなんだ?」
「……」
「言えないのか?じゃあ今までのは全部嘘か?」
「てめえと違っておれの舌は一枚だけだ」
「舌は一枚でも、腹には一物があるだろう」
「……殺されたいらしいな」
「ちょっ――――ストップ!」
カイは立ち上がり、ぶつかり合う両者の視線を遮った。
「せっかくひと段落したのに、ここでまたやりあってどうすんだよ!」
「カイ、彼が発端であることを忘れちゃいけないよ」
「そうだけどさ、でも結果的におれもお前もレオンに助けられたんだから――――」
「ぼくを助けたのはラウラとキース・ラプソだ」
「キース・ラプソ?」
「あの少年の名前だよ」
シェルティはカイとラウラがレオンの手でラプソから逃れたあとのことを話した。
ラプソのもとに残されたシェルティは、睡薬の投与が中断され、意識を取り戻した。
だが彼は拘束され、外に出ることはおろか、自分がどのような状況にあるのか、二人の安否はどうなっているのか、なにも教えられずに三日を過ごした。
そんなシェルティのもとにキースがやってきたのは、ラウラとレオンが襲撃を開始して間もなくのことだった。
拠点にいた人間のほとんどが戦闘に出たので、レオンの見張りは族長と年寄り数名によって行われていた。
そこにキースを含む五人の若者が現れ、ものいうこともなく見張り全員を切り捨てたのだ。
族長含む一族の幹部を皆殺しにしたキースらは、シェルティの拘束を解き、ラウラのもとへ連れ出して行った。
シェルティは説明を求めたが、キースの言葉は少なかった。
自分たちにとってシェルティは人質としての価値がないから解放する。
外でレオンと一族の者が戦闘をしているが、まずレオンの圧勝で場は治まるだろう。
自分はお前をレオンに引き渡すが、レオンのところにカイとラウラもいる。
だからおかしな抵抗をせず、黙って従え。
そうしてあれよという間に、シェルティはレオンとラウラに引き合わされたのだった。
「仲間に――――家族に手をかけたのか……」
カイは独り言ちるように呟いた。
「どうしてそこまでしてくれたんだろう」
「彼は矜持について語っていました」
ラウラは揺らめく焚火をぼんやりと眺めながら言った。
「人質をとることも、芙蓉を使用することも、彼の本望ではなかったようです。――――
彼は私とカイさんに、すまなかった、と。縮地の成功を祈る、と――――」
ラウラはそこで言葉を詰まらせた。
瞳に映る炎が大きく揺らぐ。
ラウラはそれを押し消すかのように、ゆっくり目蓋を閉じた。
「かっけーな」
カイは己の拳を見つめる。
「どう見たっておれより年下だったのに、自分にとってなにが一番大切か、ちゃんとわかってるんだもんな」
カイの手は、数日で治るだろう擦り傷はあるが、長く残る傷痕や汚れのない、きれいな手だった。
「すごい、覚悟のいることだよな。自分の中の正しさに従うことって。自分の命を懸けるだけじゃない、近しい人を傷つけなきゃいけないかもしれないんだ。――――実際、彼はそうだったわけだし。でもそうしなきゃ守れないってわかったから、選んだんだよな。……どうやったら、そんなふうに強くなれんのかな」
カイは拳を握りしめる。
「話したいな」
シェルティはじっとカイを見つめる。
「彼と?」
「うん」
「話して、どうするんだい」
「わかんないけど……知りたいんだ。彼と、ラプソのこと」
シェルティは目を細めて、やれやれといった調子で小さく笑った。
「どこかで聞いた台詞だな。――――きみはいつもそうだ。自分を傷つけた相手のことを、遠ざけるんじゃなくて、知ろうとする。自ら近づいていくんだね。また傷つけられると思わないのかい?」
「まあ、そりゃ、ちょっと怖いとも思うけどさ。でも、今回だってそうだったけど、なんでおれに手を出してきたのか、今に至ってようやくわかっただろ。もしおれが向こうのことをもうちょっとでも知ってたら、なにか変わったんじゃないかって」
「何様だよ」
レオンは嫌悪感をむき出しにして言った。
「知ってたって、なにも変わらない」
「いや、変わるよ」
カイは迷いなく言い切った。
「だっておれ、最初はレオンのこと悪人だと思ってたけど、話をしたから、本当はいいやつなんだって気づけたし」
「……あ?」
「約束守ってくれてありがとうな」
カイは屈託なく笑った。
レオンは舌打ちをし、呆れた表情をつくる。
「底抜けのお人よしだな」
「人のこと言えないだろ」
「ああ?」
「だって約束通り、話をしてくれてるじゃないか」
「一度賭けたもんを取り下げるのが、性に合わないってだけだ」
「じゃあまた賭ける?負けた方が自分がお人よしって認める、ってことで」
「調子に乗んなよ」
レオンはカイの頭を小突く。
「いてっ。おれ怪我人なのに……もうちょっと加減してくれよお」
カイはそうこぼしつつも、どこか嬉しそうな様子だった。
二人はまだやりとりを続けようとしていたが、シェルティがわざとらしく大きな咳ばらいをし、それを止める。
「カイ、賭けって、なんのことだい?」
「ああ、いやほら、薬抜くの手伝ってもらったって話したじゃん。そのときさ、賭けをしたんだ。レオンはおれが睡薬を使わないことにすごく反対したから。絶対無理だって言うから、じゃあ耐えきれたらおれの言うことなんでもひとつ聞いてくれよって」
「カイさん……なんて無茶を……」
ラウラは罪悪感で顔を歪めた。
まるで見えない手に首を絞められてるかのような、苦悶の表情を浮かべた。
「全部きみを守るためにやったことだ。そんな顔をしてはいけないよ」
シェルティはそんなラウラの背中に手をあて、諭すように言った。
「カイに報いたいのなら、きみは笑っていなくちゃ」
「……はい」
ラウラは無理やり、ぎこちない笑顔を作る。
シェルティはそれでいい、と頷く。
そしてカイに視線を送ると、やんわりと、しかし厳しく、叱りつけた。
「カイはすこし反省したほうがいい」
「えっ」
「彼女を守ろうとしたきみの気持ちは尊重しよう。けれど方法が最悪だ。結果的にきみは彼女を深く傷つけ、悲しませてしまった。身体は守っても、心を痛めつけたんじゃあ意味がないよ――――二度とやってはいけないよ」
「うっ……おっしゃる通りで……」
「それにぼくだって、きみが傷ついた分、傷つくし、彼女と同じように悲しくなる。わかるかい?」
「うん……」
「例えば僕が今回のきみとおなじことをしたら、きみだって傷つくだろう?」
「うん。絶対に嫌だ」
「わかればよろしい。じゃあ、はい、復唱して」
シェルティは口調をどこか芝居がかったものに変える。
「『ぼくはもう二度と愛する人たちを傷つけるような行いは致しません』」
カイは特に疑問を持たず、言われたまま復唱する。
「『おれはもう二度と愛する人たちを傷つけるようなことはしません』」
「『愛する人と同じくらい、自分のことも大切にします』」
「『あ、愛する人と同じくらい、自分のことも大切にします』」
「『生涯をかけて愛を誓います』」
「『生涯をかけて……』……うん?おいちょっと待て」
「『愛してるぜ』」
「おい!!!」
ようやくシェルティに遊ばれていることに気づいたカイは顔を真っ赤にして叫んだ。
「今の流れで弄るやつがあるかよ!?」
「肝心なところでやめるなんて……ひどいよ。ぼくはそんなつもりなかったのに」
シェルティは涙を拭うかのような手ぶりをしてみせたが、口元では笑顔を必死に噛み殺していた。
「てめえこらおい」
「ほら、続けて。……『愛してるぜ』」
「誰が言うか!!」
「ラウラだって言ってほしいよね?」
「えっ」
「聞きたくない?カイの、愛の告白」
巻き込まれたラウラは顔を赤くして俯いた。
「……ちょっと聞いてみたいかもしれません」
「ラウラまで!?」
三人のやり取りを傍観していたレオンは、呆れて鼻を鳴らし、冷やかな言葉を投げつける。
「なんの茶番だよ」
冷静なその一言を受けて、三人は顔を見合わせた。
そしてそれぞれ小さく吹きだすと、堰が切れたかのように笑い出した。
「……おかしな連中だな」
レオンはますます呆れたが、三人は腹を抱え、涙が出るまで笑い合った。
このくだらない茶番を、三人は今まで毎日のように繰り返してきたのだ。
それをようやく取り戻せたことが、みな、嬉しくてたまらなかったのだ。
「――――それで、賭けに勝ったカイはなにを望んだんだい?」
ひとしきり笑ったあとで、シェルティはもとの疑問に立ち返った。
「ああ、話をしようって言ったんだ」
「話?」
「うん。なんか、脅しとかお願いとか、そういう一方的なやつじゃなくてさ、こうやって一緒に話したかったんだ」
「きみってほんと……」
シェルティはまた少し弱まったたき火を枝で突いた。
暖を取るには物足りなかったが、明かりとしては十分な大きさだ。シェルティは今度は新しい薪を足すことはせずに、炭と化した薪をいくらか慣らすだけに留めた。
「貴方が大人しく同席していた理由はわかった。――――それで、貴方は、これからぼくたちをどうするつもりだ?」
「さあな」
レオンは立ち上がり、三人に背を向けた。
「どこ行くんだよ」
暗闇の斜面に歩き出したレオンを、カイは引き留めようとする。
「どこでもいいだろ」
「戻ってくるよな?」
「……話は終わっただろ」
「まだ全然足りないよ」
「おれが知ってることは全部話した」
「そうじゃなくてさ――――えっと、もっと、なんていうか、レオン自身の話をしたいっていうかさ――――」
「……あ?」
レオンは振り返る。その顔はすでに暗闇に紛れて、表情を読み取ることは出来ない。
「あのケタリング、どうやって操ってるんだ?なんていう名前なんだ?ラウラとシェルティは背に乗ったんだよな?いいなあ。おれも乗ってみたい。いつからレオンと一緒にいるんだ?犬とか馬とか相手にするのとは、やっぱ全然違うもんか?」
カイは矢継ぎ早に質問をした。
まるで小さな子供が大人の関心を引こうとするかのような、へりくだってはいないが、相手の反応を窺う尋ね方だった。
「……ふ」
レオンは何も答えず、小さく息をもらしただけだった。
レオンはそのまま暗闇の中に消えて行った。
「本当に、彼はなにを考えているんだ?」
シェルティは一連のやり取りを経て、レオンに対して抱いていた憤りを落ち着かせていた。
それでもレオンの行動に腑に落ちない点が多く、警戒心はむしろ膨らんでいた。
「なにがしたいのかさっぱりわからない」
「レオンはレオンなりに救いたいんじゃないかな。おれたちと同じで、この世界を」
カイはレオンの消えた方向に目を向けたままで言った。
「仮にそうだとして、同じではないだろう。彼の救おうとする世界はごく限られたものだろうからね」
「そうかもな。……でも、それってさ……」
カイは言葉の続きを飲み込んで、暗闇からふたりへ、目を向けた。
そしておもむろに両手を広げると、二人をいっぺんに抱きしめた。
「カ、カイさん?」
「どうしたんだい」
二人が驚いた声をあげると、カイはすぐに離れ、なんでもない、と首を振った。
「火が弱くなってきたな」
カイはそう言って、もう一度レオンの消えていった暗闇へ目を向けた。
たき火の外は、明るい空と真っ黒い山肌で、はっきり二分されていた。
月のない夜だった。
空に雲はなく、星々の輝きで明るかったが、その光は地上まで届いてこなかった。
たき火が無ければ、三人は、すぐ近くの小屋まで戻ることも難しいだろう。
「もう休もうか」
シェルティの呼びかけに、カイはうん、と答え、小さくなったたき火に残りわずかとなった薪を全ていれた。
「朝までもつかな」
カイはぽつりと呟いた。
レオンが戻ってくるとき、明かりが無ければ困るだろう、と思ったのだ。
しかしその後、レオンが小屋へ戻ってくることはなかった。
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しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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