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第二章

裏切

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「殿下!」
呼びかけられたシェルティは、切迫した様子で訊ねた。
「カイは!?」
「無事です!」
シェルティは天を仰ぎ、長く、深く、息を吐いた。
その顔は死人のように青白く、やつれこけている。
「殿下、こちらへ!」
シェルティは頷いて、馬を降りた。
馬上の青年はそれを止めず、レオンに向けて声をはり上げた。
「こいつは解放する!だからもう手を引いてくれ!」
レオンはまたひとつ光球を作ってから言った。
「いいのか」
「父上たちはもうダメだ。――――わかっていたことだった」
炎に照らされた青年の顔は傷だらけだった。
それは此度の戦闘で負ったものではない。
ラウラとカイを逃がそうとしたために受けた折檻の痕だった。
「貴方には迷惑をかけた。貴方がいなければラプソという一族は滅んでいた。形は残っても、その魂のあり様は見る影もなくなっていただろう。――――感謝する、ウルフよ」
レオンは舌を打って、どこか恍惚とした、熱に酔っているような様子の青年を睨みつける。
「足元の惨状見えてねえのか」
「矜持を見失った者の末路だ。こうなればもうどうすることもできない。ただ目に焼き付けておくだけだ」
「……どうすんだ、これから」
「残されたものを守る」
「これだけ煙をあげたんだ、すぐに朝廷のやつらがくるぞ」
「災嵐が近い。それまで逃げ延びれば、あとは混乱に乗じて活路を見出す」
「その災嵐はどうやって乗りきんだよ」
「わからない」
「お前――――」
「けれどそれがおれたちに残された、ラプソの一族として生き残る唯一の道だ」
「キース!」
レオンは青年に向かって手をのばそうとする。
しかし青年は首を振る。
「協定は貴方と父上たちの間で結ばれたものだ。父上たちとおれたちは、袂を分かった。貴方がおれたちに果たすべき義理はなにもない」
「矜持に縛られたらなにも残らねえぞ」
「縛られてはいない。おれは自分で選んだんだ。だからこれは――――」
「裏切り者が!」
倒木の下敷きになっている男が、青年に向かって叫んだ。
「よくも一族を……父親を売ったな……!」
「なぜわからない!」
キースは火の粉に嘶く馬をいなしながら、その男、自らの父親に対して、物おじせずに言い返した。
「あのまま彼らを留めておけばもっと悲惨なことが起きた。――――あなたたちは朝廷を舐めすぎだ!朝廷は、皇帝はあなたたちが考えるよりずっと冷酷な合理主義者だ。縮地がなくとも災嵐から身を守る手立てはいくつもある。自身の息子であっても、不利益をもたらすのであれば容赦なく切り捨てる。皇帝はそういう女だ。そしてその女に支配されている朝廷も同じだ。伝統と復讐心でがんじがらめになり、そのために本来最も大切にするべき矜持さえ失った、あなたたちのような半端者のラプソに勝てる相手ではないんだ!」
「なにも知らないガキが!!」
男は憤怒で顔を赤黒くし、どうにか倒木から抜け出そうともがくが、木も、身体も、その場から動くことはない。
強風が吹きつける。
火が一手に広がり、キースたちの周囲の倒木も燻り始めた。
男が悲鳴をあげ、キースに怒鳴る。
「手を貸せ!木をどけるんだ!」
しかしキースはそれを無視して、ラウラに声をかけた。
「ラウラ・カナリア!」
キースは頭を下げて、すまなかった、と言った。
「我々は朝廷に煮え湯を飲まされてきた。恨みは確かだ。だからその男への仕打ちに非はないと思っている。しかし君と異界人への行いは許されるものではなかった。本当にすまなかった。……貴方たちの話をおれはいろいろな場所で聞いた。貴方たちは真心のある人だ。力があり、それを弱者のために使うことを惜しまない人だ。そんな貴方たちに手を出してしまったこと、悔やんでも悔やみきれない」
ラウラはかける言葉が見つからなかった。
ただ、助けなければ、と思った。
しかしそれを言葉や行動で表す前に、キースは馬の腹を蹴った。
「縮地の成功を祈る!」
キースはそう叫ぶと、火の手が回ってない方角へ馬を向け、森の中に走り去っていった。
「待ってください!」
ラウラは叫んだが、吹きつける強風にかき消されてしまう。
「行くぞ」
レオンはキースにのばしかけた手を固く握りしめながら言った。
「でも、彼が――――」
「覚悟に水を差すな」
レオンは自分自身に言い聞かせるように呟くと、光球を山小屋の方角へ飛ばした。
ケタリングは先ほどまでの荒々しい飛翔とは一変、まるで水中を浮上するかのように、静かにふわりと飛び上がった。
その直後、ケタリングの作った倒木の道は勢いを増した炎にまかれる。
倒れていたラプソの男たちは、人のものとは思えない絶叫をあげた。
ラウラは耳を塞ぎたかったが、ケタリングから振り落とされないよう、己とシェルティの身を支えるのに必死で、叶わなかった。
断末魔はすぐに止んだが、ラウラの耳にこびりついて、いつまでも消えることはなかった。
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