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第二章

夢(一)

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ラウラは夢を見る。

彼女は深い井戸の底にいる。
あたりはまっくらで、なにも見えなかった。
見上げると遥か遠くに、小さな明かりがあった。
それは井戸の口だった。
井戸の口は満月のように、暗闇の中にぽっかりと穴を開けていた。
けれどその光は、ラウラのいる井戸の底までは降りてこなかった。
ラウラは井戸に浮かんでいた。
大きな魚の死骸につかまって、生ぬるく、どろりとした水に浸かっていた。

井戸はもっと深い。

ラウラはふと思った。
井戸の口があまりにも遠いので、ここは井戸の底だと思い込んでいた。
けれどいくら足を伸ばしても、底に触れることはなかった。
ただ水が足に絡みつくだけだった。
ラウラは途端に恐ろしくなった。
この井戸には底なんてないのかもしれないと思った。
ラウラは手を伸ばした。
四方は壁に囲まれている。
壁は脆く、ラウラが軽く触れただけでぽろぽろと崩れ落ちてしまう。
するとそれまで死んでいたはずの魚が、突然動き出した。
魚はラウラが崩した壁の破片に食らいつき、みるみるうちに大きくなった。
破片をすべて食い尽くすと、魚は今度はラウラに目を向けた。
魚は今ではラウラを丸呑みできそうなほど大きくなっていた。
開かれた口は大きく、鋭い歯が無数に、絡み合うようにして生えていた。
ひとたび魚に捕まれば、ラウラはあの歯で、粉微塵になるまで咀嚼されるだろう。

こないで!

逃げ場はなかった。
ラウラはただばたばたともがくことしかできなかった。
魚はあっという間にラウラの眼前まで迫った。

もうダメだ。

ラウラが諦めたその時、水の中から、ぬっと人の手が伸びてきた。
手は自ら魚の口に入った。
魚は手に食らいつく。
手はそのまま、自らを餌に、魚を水の中に引き摺り込んでいく。
なにが起きたのかわからず、ラウラは呆然と波打つ水面を見つめた。

だれかが、私を助けてくれた?

そう思いたつと同時に、井戸の上から小さな光が降ってきた。
ふわふわと光る綿毛に紛れて、誰かが降りてくる。
彼はそっと、力強く、ラウラ抱きあげた。

カイさん?

青年の顔は影になって見えなかった。
しかしその大きな手とやわらかいくせ毛は、間違えようがなかった。

よかった。
無事だったんですね。

返事はなかった。
彼はラウラを抱えたまま、井戸の口に向かって、ふわりと浮き上がった。

そっか、カイさんは飛べますもんね。
あのおそろしい魚に、つかまることなんてなかったんですね。



井戸から出たらラウラの目に飛び込んだのは、草原だった。
幼いころ、カーリーとノヴァとよく遊んだ場所だ。

おにいちゃん……?

ラウラはそこでようやく気がついた。
彼の瞳が琥珀色であることに。
自分を抱えていたのは、カイではなくカーリーであったということに。

どうして……まさか……!

ラウラは振り返って井戸を見た。
そこに井戸はもうなかった。
代わって、赤黒い井戸の水に濡れたカイが横たわっていた。
開かれた紫紺色の目に、光はなかった。
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