85 / 175
第二章
夢(一)
しおりを挟む
◎
ラウラは夢を見る。
彼女は深い井戸の底にいる。
あたりはまっくらで、なにも見えなかった。
見上げると遥か遠くに、小さな明かりがあった。
それは井戸の口だった。
井戸の口は満月のように、暗闇の中にぽっかりと穴を開けていた。
けれどその光は、ラウラのいる井戸の底までは降りてこなかった。
ラウラは井戸に浮かんでいた。
大きな魚の死骸につかまって、生ぬるく、どろりとした水に浸かっていた。
井戸はもっと深い。
ラウラはふと思った。
井戸の口があまりにも遠いので、ここは井戸の底だと思い込んでいた。
けれどいくら足を伸ばしても、底に触れることはなかった。
ただ水が足に絡みつくだけだった。
ラウラは途端に恐ろしくなった。
この井戸には底なんてないのかもしれないと思った。
ラウラは手を伸ばした。
四方は壁に囲まれている。
壁は脆く、ラウラが軽く触れただけでぽろぽろと崩れ落ちてしまう。
するとそれまで死んでいたはずの魚が、突然動き出した。
魚はラウラが崩した壁の破片に食らいつき、みるみるうちに大きくなった。
破片をすべて食い尽くすと、魚は今度はラウラに目を向けた。
魚は今ではラウラを丸呑みできそうなほど大きくなっていた。
開かれた口は大きく、鋭い歯が無数に、絡み合うようにして生えていた。
ひとたび魚に捕まれば、ラウラはあの歯で、粉微塵になるまで咀嚼されるだろう。
こないで!
逃げ場はなかった。
ラウラはただばたばたともがくことしかできなかった。
魚はあっという間にラウラの眼前まで迫った。
もうダメだ。
ラウラが諦めたその時、水の中から、ぬっと人の手が伸びてきた。
手は自ら魚の口に入った。
魚は手に食らいつく。
手はそのまま、自らを餌に、魚を水の中に引き摺り込んでいく。
なにが起きたのかわからず、ラウラは呆然と波打つ水面を見つめた。
だれかが、私を助けてくれた?
そう思いたつと同時に、井戸の上から小さな光が降ってきた。
ふわふわと光る綿毛に紛れて、誰かが降りてくる。
彼はそっと、力強く、ラウラ抱きあげた。
カイさん?
青年の顔は影になって見えなかった。
しかしその大きな手とやわらかいくせ毛は、間違えようがなかった。
よかった。
無事だったんですね。
返事はなかった。
彼はラウラを抱えたまま、井戸の口に向かって、ふわりと浮き上がった。
そっか、カイさんは飛べますもんね。
あのおそろしい魚に、つかまることなんてなかったんですね。
井戸から出たらラウラの目に飛び込んだのは、草原だった。
幼いころ、カーリーとノヴァとよく遊んだ場所だ。
おにいちゃん……?
ラウラはそこでようやく気がついた。
彼の瞳が琥珀色であることに。
自分を抱えていたのは、カイではなくカーリーであったということに。
どうして……まさか……!
ラウラは振り返って井戸を見た。
そこに井戸はもうなかった。
代わって、赤黒い井戸の水に濡れたカイが横たわっていた。
開かれた紫紺色の目に、光はなかった。
ラウラは夢を見る。
彼女は深い井戸の底にいる。
あたりはまっくらで、なにも見えなかった。
見上げると遥か遠くに、小さな明かりがあった。
それは井戸の口だった。
井戸の口は満月のように、暗闇の中にぽっかりと穴を開けていた。
けれどその光は、ラウラのいる井戸の底までは降りてこなかった。
ラウラは井戸に浮かんでいた。
大きな魚の死骸につかまって、生ぬるく、どろりとした水に浸かっていた。
井戸はもっと深い。
ラウラはふと思った。
井戸の口があまりにも遠いので、ここは井戸の底だと思い込んでいた。
けれどいくら足を伸ばしても、底に触れることはなかった。
ただ水が足に絡みつくだけだった。
ラウラは途端に恐ろしくなった。
この井戸には底なんてないのかもしれないと思った。
ラウラは手を伸ばした。
四方は壁に囲まれている。
壁は脆く、ラウラが軽く触れただけでぽろぽろと崩れ落ちてしまう。
するとそれまで死んでいたはずの魚が、突然動き出した。
魚はラウラが崩した壁の破片に食らいつき、みるみるうちに大きくなった。
破片をすべて食い尽くすと、魚は今度はラウラに目を向けた。
魚は今ではラウラを丸呑みできそうなほど大きくなっていた。
開かれた口は大きく、鋭い歯が無数に、絡み合うようにして生えていた。
ひとたび魚に捕まれば、ラウラはあの歯で、粉微塵になるまで咀嚼されるだろう。
こないで!
逃げ場はなかった。
ラウラはただばたばたともがくことしかできなかった。
魚はあっという間にラウラの眼前まで迫った。
もうダメだ。
ラウラが諦めたその時、水の中から、ぬっと人の手が伸びてきた。
手は自ら魚の口に入った。
魚は手に食らいつく。
手はそのまま、自らを餌に、魚を水の中に引き摺り込んでいく。
なにが起きたのかわからず、ラウラは呆然と波打つ水面を見つめた。
だれかが、私を助けてくれた?
そう思いたつと同時に、井戸の上から小さな光が降ってきた。
ふわふわと光る綿毛に紛れて、誰かが降りてくる。
彼はそっと、力強く、ラウラ抱きあげた。
カイさん?
青年の顔は影になって見えなかった。
しかしその大きな手とやわらかいくせ毛は、間違えようがなかった。
よかった。
無事だったんですね。
返事はなかった。
彼はラウラを抱えたまま、井戸の口に向かって、ふわりと浮き上がった。
そっか、カイさんは飛べますもんね。
あのおそろしい魚に、つかまることなんてなかったんですね。
井戸から出たらラウラの目に飛び込んだのは、草原だった。
幼いころ、カーリーとノヴァとよく遊んだ場所だ。
おにいちゃん……?
ラウラはそこでようやく気がついた。
彼の瞳が琥珀色であることに。
自分を抱えていたのは、カイではなくカーリーであったということに。
どうして……まさか……!
ラウラは振り返って井戸を見た。
そこに井戸はもうなかった。
代わって、赤黒い井戸の水に濡れたカイが横たわっていた。
開かれた紫紺色の目に、光はなかった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
黒髪の聖女は薬師を装う
暇野無学
ファンタジー
天下無敵の聖女様(多分)でも治癒魔法は極力使いません。知られたら面倒なので隠して薬師になったのに、ポーションの効き目が有りすぎていきなり大騒ぎになっちまった。予定外の事ばかりで異世界転移は波瀾万丈の予感。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる