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第二章
保護
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シェルティとラウラを抱きかかえたカイは、暗やみの中を飛行する。
落下してすぐ、ケタリングが追ってきたが、やがて見当違いな方向へ飛び去って行った。
カイたちは宵闇に紛れてうまく姿を眩ますことができたのだ。
「大丈夫、絶対助ける。なにも心配いらないからな」
飛びながら、カイは二人に声をかけ続けた。
「寝ちゃだめだ。がんばれ。もう少しだけ耐えてくれ」
シェルティはかすかに返事をしたが、ラウラは声を出すどころか、頷きひとつ返すことができなかった。
視界は暗く、身体の感覚はない。
いまにも失いそうな意識を、風の音とともに響くカイの声が、どうにか繋ぎとめてくれる。
「空飛ぶだけじゃダメだな。シェルティみたいな、熱の霊操とかも覚えないとな」
「帰ったら教えてくれよ」
「あいつ、思い違いもいいとこだよな」
「おれらが、みんな救うっていってんのに」
「でもあいつの言ったことが本当なら、疑心暗鬼になるのも無理はないか?」
「どうやったら信じてくれるだろうな」
「……」
「だいじょうぶか?二人とも、起きてるか?」
「寝ちゃだめだ。がんばれ。おれの話を聞いてくれ」
「これは独善で、間違ってるかもしれないけど、おれは本当に全員救いたいんだ」
「それが例え人殺しの極悪人でも、災嵐からは、この世界の全員を救いたいんだ」
「誰か一人でもとりこぼしたら、それはおれが殺したってことだと思うから」
「おれは、臆病だから」
「誰も殺したくないんだ」
「悪い奴にはしかるべき罰が与えられるべきだ。でもおれにそれを与える資格はない」
「おれに命の選別はできない」
「……!明りだ!」
「村かな?二人ともみろ、助かるぞ!」
「よかった……。もう少しだから、もう少しだけ、がんばってくれ」
「なあ、こんなことされたけど、おれはあいつも救うよ」
「あいつ以外にも、おれとか朝廷を信じてないやつはいるんだろうけど、でもそいつらだっておれは絶対救う」
「誰一人、見捨てたりしない」
「それをさ、どうやったら信じてもらえるだろうな」
ラウラは朧げな意識の中で思った。
(カイさんの今の言葉を聞いたら、きっと誰だって、信じますよ)
(カイさんを知っている人であれば、誰だって)
ラウラはそう答えたかったが、言葉を発する力はなかった。
カイは草原に降り立った。
そこには数軒の幕屋が構えてあった。
〇
カイが降り立ったのは、山の麓で馴鹿を放牧して暮らす遊牧民の夏営地だった。
天幕の外に繋がれていた狼狗がカイ達に向かって激しく吠えたてる。
杭に繋がれた紐がなければ、今にも襲い掛かる勢いだ。
狼狗の泣き声を聞きつけた住民は松明と武器を手に幕屋から飛び出してくる。
三人はあっという間に男たちに取り囲まれる。
彼らはみな、容姿はどこにでもいるエレヴァンの民の者だったが、服装はレオンと同じく、皮づくりの、古典的な様式のものだった。
「何者だ」
「どこからきた」
「なぜきた」
男たちは詰問する。
カイは身分を明かし、これまでの経緯を手短に説明した。
「ケタリングに乗った男に突然連れ去られたんです。どうにか逃げ出してきたんですが、二人の具合がすごく悪くて――――お願いします。助けてください」
カイは頭を下げた。
ラウラを背負い、シェルティを肩で支えるカイの姿は、いかにも満身創痍だった。
しかし男たちは警戒を解かなかった。
三人を取り囲んだまま、動こうとしなかった。
輪の外にいる、一際派手な装束をまとった族長らしき老人と、一際鋭い目つきをした中年の男が顔をよせて何事か話合いをはじめる。
カイはシェルティに耳打ちする。
「この人たちって、なんなんだ?おれ、まずいところにきちゃった?」
シェルティは先ほどまで氷のように冷え切っていた額に玉の汗を浮かべながら答える。
「いや……彼らはこの辺りの遊牧民だろう。警戒心の強い、排他的な一族だから、僕らを保護するべきか決めかねているんだろう」
「そんな……」
老人と中年はこちらを見ながら話し合いを続けている。
その視線は鋭く、友好的とは思えない。
「残念だけど、逃げる準備をした方がよさそうだ」
シェルティは声をいっそうひそめた。
「まだ飛べるかい?彼らは僕らを保護する気はなさそうだ。ここから追い出されるだけならまだしも、身ぐるみをはがれたり、殺されたりする可能性だってある」
「で、でも、シェルティは皇子なのに……」
「彼らには皇族なんて関係ないんだ。庇護も恩恵も受けたことがないからね。……それに、下手に僕らを匿ってあの男がここにこられるほうが、彼らには厄介だろう――――っ」
次の瞬間、シェルティは膝から崩れ落ちる。
「シェルティ!」
肩を貸していたカイも引きずられて膝を落とす。
「大丈夫か!?」
「――――すこし、霊力を使いすぎたみたいだ。大丈夫、休めば回復するから――――ぼくを置いて先に逃げて」
「できるわけないだろ!」
カイは一喝すると、男たちに向かって再度懇願する。
「お願いします、少しでいいんです、休ませてもらえませんか。薬とか、お水をもらうだけでもいいんです。必ずお礼はします。なんでもします。だからどうか……!」
カイは膝をついたまま頭を深く下げた。
男たちは動かない。
狼狗が低く唸る。
カイは足元に霊力を集中させる。頭を下げたまま、いざというときすぐ逃げ出せるように備える。
「――――いいだろう」
沈黙を破ったのは老人だった。
老人はカイのもとへ寄り、問う。
「名は何という」
カイは答える。
「三渡……カイ・ミワタリです」
「お前が、異界の者か。隣が皇太子で……後ろの女はなんだ?」
「彼女は、おれの補佐です」
「名は?」
「……ラウラ・カナリアです」
老人の問いに、ラウラはなけなしの力を振り絞って答える。
老人は後ろに控えていた中年の男に何事か耳打ちされ、しばらくラウラを凝視していたが、やがて頷いて両手を広げた。
「一切承知した。お前たちを客人として迎え入れる。皆、手を貸してやれ。彼らを中へ。女たちに看てやるよう伝えるんだ」
落下してすぐ、ケタリングが追ってきたが、やがて見当違いな方向へ飛び去って行った。
カイたちは宵闇に紛れてうまく姿を眩ますことができたのだ。
「大丈夫、絶対助ける。なにも心配いらないからな」
飛びながら、カイは二人に声をかけ続けた。
「寝ちゃだめだ。がんばれ。もう少しだけ耐えてくれ」
シェルティはかすかに返事をしたが、ラウラは声を出すどころか、頷きひとつ返すことができなかった。
視界は暗く、身体の感覚はない。
いまにも失いそうな意識を、風の音とともに響くカイの声が、どうにか繋ぎとめてくれる。
「空飛ぶだけじゃダメだな。シェルティみたいな、熱の霊操とかも覚えないとな」
「帰ったら教えてくれよ」
「あいつ、思い違いもいいとこだよな」
「おれらが、みんな救うっていってんのに」
「でもあいつの言ったことが本当なら、疑心暗鬼になるのも無理はないか?」
「どうやったら信じてくれるだろうな」
「……」
「だいじょうぶか?二人とも、起きてるか?」
「寝ちゃだめだ。がんばれ。おれの話を聞いてくれ」
「これは独善で、間違ってるかもしれないけど、おれは本当に全員救いたいんだ」
「それが例え人殺しの極悪人でも、災嵐からは、この世界の全員を救いたいんだ」
「誰か一人でもとりこぼしたら、それはおれが殺したってことだと思うから」
「おれは、臆病だから」
「誰も殺したくないんだ」
「悪い奴にはしかるべき罰が与えられるべきだ。でもおれにそれを与える資格はない」
「おれに命の選別はできない」
「……!明りだ!」
「村かな?二人ともみろ、助かるぞ!」
「よかった……。もう少しだから、もう少しだけ、がんばってくれ」
「なあ、こんなことされたけど、おれはあいつも救うよ」
「あいつ以外にも、おれとか朝廷を信じてないやつはいるんだろうけど、でもそいつらだっておれは絶対救う」
「誰一人、見捨てたりしない」
「それをさ、どうやったら信じてもらえるだろうな」
ラウラは朧げな意識の中で思った。
(カイさんの今の言葉を聞いたら、きっと誰だって、信じますよ)
(カイさんを知っている人であれば、誰だって)
ラウラはそう答えたかったが、言葉を発する力はなかった。
カイは草原に降り立った。
そこには数軒の幕屋が構えてあった。
〇
カイが降り立ったのは、山の麓で馴鹿を放牧して暮らす遊牧民の夏営地だった。
天幕の外に繋がれていた狼狗がカイ達に向かって激しく吠えたてる。
杭に繋がれた紐がなければ、今にも襲い掛かる勢いだ。
狼狗の泣き声を聞きつけた住民は松明と武器を手に幕屋から飛び出してくる。
三人はあっという間に男たちに取り囲まれる。
彼らはみな、容姿はどこにでもいるエレヴァンの民の者だったが、服装はレオンと同じく、皮づくりの、古典的な様式のものだった。
「何者だ」
「どこからきた」
「なぜきた」
男たちは詰問する。
カイは身分を明かし、これまでの経緯を手短に説明した。
「ケタリングに乗った男に突然連れ去られたんです。どうにか逃げ出してきたんですが、二人の具合がすごく悪くて――――お願いします。助けてください」
カイは頭を下げた。
ラウラを背負い、シェルティを肩で支えるカイの姿は、いかにも満身創痍だった。
しかし男たちは警戒を解かなかった。
三人を取り囲んだまま、動こうとしなかった。
輪の外にいる、一際派手な装束をまとった族長らしき老人と、一際鋭い目つきをした中年の男が顔をよせて何事か話合いをはじめる。
カイはシェルティに耳打ちする。
「この人たちって、なんなんだ?おれ、まずいところにきちゃった?」
シェルティは先ほどまで氷のように冷え切っていた額に玉の汗を浮かべながら答える。
「いや……彼らはこの辺りの遊牧民だろう。警戒心の強い、排他的な一族だから、僕らを保護するべきか決めかねているんだろう」
「そんな……」
老人と中年はこちらを見ながら話し合いを続けている。
その視線は鋭く、友好的とは思えない。
「残念だけど、逃げる準備をした方がよさそうだ」
シェルティは声をいっそうひそめた。
「まだ飛べるかい?彼らは僕らを保護する気はなさそうだ。ここから追い出されるだけならまだしも、身ぐるみをはがれたり、殺されたりする可能性だってある」
「で、でも、シェルティは皇子なのに……」
「彼らには皇族なんて関係ないんだ。庇護も恩恵も受けたことがないからね。……それに、下手に僕らを匿ってあの男がここにこられるほうが、彼らには厄介だろう――――っ」
次の瞬間、シェルティは膝から崩れ落ちる。
「シェルティ!」
肩を貸していたカイも引きずられて膝を落とす。
「大丈夫か!?」
「――――すこし、霊力を使いすぎたみたいだ。大丈夫、休めば回復するから――――ぼくを置いて先に逃げて」
「できるわけないだろ!」
カイは一喝すると、男たちに向かって再度懇願する。
「お願いします、少しでいいんです、休ませてもらえませんか。薬とか、お水をもらうだけでもいいんです。必ずお礼はします。なんでもします。だからどうか……!」
カイは膝をついたまま頭を深く下げた。
男たちは動かない。
狼狗が低く唸る。
カイは足元に霊力を集中させる。頭を下げたまま、いざというときすぐ逃げ出せるように備える。
「――――いいだろう」
沈黙を破ったのは老人だった。
老人はカイのもとへ寄り、問う。
「名は何という」
カイは答える。
「三渡……カイ・ミワタリです」
「お前が、異界の者か。隣が皇太子で……後ろの女はなんだ?」
「彼女は、おれの補佐です」
「名は?」
「……ラウラ・カナリアです」
老人の問いに、ラウラはなけなしの力を振り絞って答える。
老人は後ろに控えていた中年の男に何事か耳打ちされ、しばらくラウラを凝視していたが、やがて頷いて両手を広げた。
「一切承知した。お前たちを客人として迎え入れる。皆、手を貸してやれ。彼らを中へ。女たちに看てやるよう伝えるんだ」
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