災嵐回記 ―世界を救わなかった救世主は、すべてを忘れて繰りかえす―

牛飼山羊

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第二章

偽史

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しかしレオンは、それが捏造であると言った。
ウルフを貶めるための、現朝廷の正当性を印象付けるための作り話だと一蹴した。
「当然だろう」
シェルティは即座に反論した。
「これが作り話だということは、誰でも知っている。教訓のための創作。ウルフは悪の代名詞。歴史物語だけではなく、戯曲にだってその名はよく使われるだろう。悪人を端的に表すのに使われている名だ。実在する一族ではない」
「おれを前にしてよくそんなことがいえるな」
「史実にウルフという一族の名はない」
「史実はてめえらがつくったもんだろ。てめえらの都合が悪いように書くわけねえ」
「ラサは公平だ」
「公平に扱えないやつを切り捨ててるだけだろ」
「被害妄想だ」
「じゃあおれのこのなりはなんだ」
レオンは静かな、けれど怒気のこもった声で言った。
「こんな肌の奴が、こんな髪のやつが、ほかにいるか?」
それを聞いて、カイは目を瞬かせる。
令和の日本を生きていたカイにとって、レオンの褐色の肌色は、珍しいものでもなんでもなかった。
しかしエレヴァンしか、肌の色が薄い人間しか知らないラウラとシェルティにとって、レオンのいで立ちは、それこそおとぎ話に出てくる悪人だった。
人ならざるもの、怪物だった。
たて穴で一目見たときから、ラウラはレオンの容姿に驚嘆し、幼い頃からの刷り込みによる、怖れを抱いていた。
シェルティとてそれは同じはずだったが、彼は怯むことなくレオンに食い掛った。
「探せばどこかにいるだろう。それに貴方の容姿が物語のウルフと同じだからといって、貴方がウルフという証拠にはならない」
「まるめこもうとしてんじゃねえよ。逆を考えろ。なぜ物語の悪役とおれは同じ容姿をしている?」
レオンの発言に、ラウラははっとする。
ラウラはウルフが実在するとは思っていなかった。
シェルティの言う通り、鬼や妖と同じような、空想上の怪物として、悪の代名詞として認識していた。
だからこそ、エレヴァンにウルフという名を持つ者はいない。
ウルフの特徴とされる、褐色の肌、象牙の髪を持つ者は、あってはならない。
なぜならば、公平と平等を信条とする朝廷が、それを許すはずはないからだ。
差別を生まないよう、誰も当てはまるはずのない特徴を、ウルフは持っていなくてはならない。
しかし目の前のレオンは、自身をウルフと名乗った。
その容姿も、ケタリングを操るという特技さえ、物語で描かれるウルフそのものだった。
「どこまでが、本当のことなんですか……?」
ラウラはぽつりと、呟いた。
「あなたは、本当に、ウルフなんですか?」
ラウラはまだ確信を持てなかった。
彼女は朝廷を信じていた。
ラサに後ろ暗いことなどあるはずがないと、信じたいと、思っていた。
「何度も言わせるな。おれは、ウルフだ」
「じゃあ――――」
「騙されちゃいけない」
すかさず、シェルティが横やりを入れる。
「彼の話に耳を貸すな」
「そいつの話にこそ耳を貸すべきじゃねえ」
レオンは嗤った。
「なにを誤魔化そうとしてんのかと思えば、その二人にてめえの一族の恥部を晒したくねえのか。はっ!つくづく愚かだな。何百年も虚勢を張り続けたせいで、子孫はでまかせと嘘しかいえなくなっちまったのか?」
シェルティはレオンの挑発を黙殺し、カイに耳打ちした。
「潮時だ。逃げよう」
しかしカイは応じなかった。
「カイ?」
「もう少し、話を聞こう」
「だめだ。彼は――――」
「シェルティ」
カイは首を振った。
「カイ、お願いだ」
シェルティはカイの腕を引こうとするが、レオンがそれを制する。
「立場がわかってねえみたいだな」
レオンは肩に背負った網袋から掌ほどの硝子玉を取り出し、霊力を込めた。
硝子玉は光を放つ。
斜面に張りついていたケタリングが、それを見て瞳孔を開く。
「言えよ、ラサ」
レオンはシェルティに命令する。
「てめえの口で、そいつらの前で、ウルフがなんなのか、てめえらがウルフになにをしたのか、言ってみろ」
「……」
シェルティは逡巡したが、やがて深く息を吸い、言葉を選びながら、途切れ途切れに、言った。
「――――そうしなければ、ならなかったからだ。――――史実に、ウルフを、残していないのは、ウルフ族を葬りたかったからではなく、ケタリングを使役することができるという事実を消し去るためだ。――――それが人びとにとってどれだけの脅威になるかは、明白だから」
今度のシェルティの言葉に、嘘はなかった。

ケタリングは災嵐に次ぐ人類の脅威だった。
その生息域は外界であり、日常的に人と相対することはない。
しかし稀に人里に降りてくる、はぐれの一頭を駆除するためだけでも、数十名の熟達した技師が必要だった。
おまけにはぐれ一頭は大抵、なんらかの理由ですでに衰弱した個体だった。
攻撃性は低く、人に危害を加えられて初めて抵抗を見せる。
放っておいても人を襲うようなことはない。
ただ、彼らは巨体だった。
羽ばたきひとつ、着地一つで甚大な被害を及ぼす。
村落の上空を通過すれば突風が起こる。
翼や尾が触れれば、田畑も民家も紙のように飛ばされる。
衰弱すると飛行能力が低下するようで、欄環を超えることができないのか、追い払っても盆地、エレヴァンの中から出ようとしない。
ケタリングはエレヴァンに降り立ったが最後、駆除するほか道はなかった。
しかし衰弱した個体であれば、駆除は比較的容易だった。
専用の捕縛霊術をしかけ、そこに誘い込み、捕えた後で解体してしまえばいい。
罠にさえかかれば、あとはどうということもないのだ。
では万全な状態の、明確な敵意をもったケタリングに対抗する術はあるのか。
ない。
それがラサの出した答えだった。
だからこそラサの一族は、災嵐によって滅びたウルフ族諸共、『ケタリングは使役することができる』という事実を後世に残さなかった。
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