災嵐回記 ―世界を救わなかった救世主は、すべてを忘れて繰りかえす―

牛飼山羊

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第二章

説話

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ウルフの一族にまつわる説話は、この世界の情操教育の題材として最も一般的なものだった。
虚飾は必ず身を滅ぼす。
利他の心を持って、協調しなければならない。
持つものは、持たざるものに、分け与えなければならない。
人として社会で生きるのであれば、社会に尽くさなければならない。
伝え広まるウルフ族の逸話は、これらの教訓を与えるのにうってつけなものだった。
 
ウルフはラサと並ぶ、エレヴァンで最も長い歴史をもつ一族だ。
彼らは代々宰相、皇帝の右腕として朝廷に仕えてきた。長い間忠臣として重用されてきた。
しかし彼らはその腹に、分不相応な野望を抱えていた。
傲慢にも、自分たちの一族の方がラサより優れた統治者になれると考えていたのだ。
ウルフは朝廷の転覆を目論んだ。
自分たちを玉とする、新たな朝廷を興そうとした。
彼らの野望は、しかし実行される前に皇帝に見抜かれてしまう。
ウルフの一族は朝廷から追い出された。
彼らは東南の奥地、山の深いところに逃げ込んだ。
皇帝は彼らに慈悲を与えた。
「命までは奪いません。一族の存続は許します」
「けれどあなたたちは二度と、社会に関わってはいけません」
「その地で静かに暮らしなさい」
「多くを求めず、自分自身を見つめ直しなさい」
「自分たちが本来なにものであったのかを、思い出すのです」
事実上の永久追放であったが、実りの多い山の中での暮らしは、さほど厳しいものではなかった。
社会と関わりをもたなければ、反逆者と罵声を浴びせられることもない。
多くを望まなければ、彼らはそこで、山の民として生きていくことができただろう。
やがて時がたち、謀反が遠い過去の歴史となったとき、ウルフの子孫たちは社会へ戻ることもできただろう。
しかし彼らは野心を捨てることができなかった。
山中での清貧な生活を、彼らは受け入れることができなかった。
 
皇帝の情状酌量も虚しく、ウルフ族は再度、謀反を企てた。
ほとんど身一つで追い出されたウルフであったが、しかし彼らには武器があった。
それはケタリングだ。
外界を生きる巨大な銀の鳥を操る術を、ウルフ族は隠し持っていた。
彼らは追いやられた東南地方の山奥深くで、秘伝の術を用い、ケタリングを手中に収めた。
そして朝廷を追い出されて数十年後、ウルフはついに打って出た。
 
彼らは災嵐に乗じて革命を起こそうとした。
ケタリングを手にした彼らは災嵐など少しも恐れていなかった。
どのような嵐も、地震も、火災も、ケタリングさえいれば逃げるのは易いと慢心していた。
しかし、その年に訪れた災嵐は『疫病』だった。
いくらケタリングという人外の力を手にしても、病を防ぐことはできない。
まるで罰を与えられたかのように、ウルフ族はひとり残らず疫病に罹り、老人から赤子に至るまで、苦しみ抜いて死んだ。
主を失ったケタリングはみな自然に還った。
追い打ちをかけるように起きた山火事で一族の住んでいた山は燃えた。
ウルフ族は誰にも弔われず、骨一つどころか、一切の痕跡を残さず、この世から消え去った。
 
『虚飾は必ず人の身を滅ぼす』
『身の丈を知り、立場を弁えよ』
『己を律し、万人のために挺身せよ』
 
ウルフ族の説話を通して語られるのは、そんなこの世界の誰もが知る教訓だった。
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