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第二章

百年災嵐

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百年災嵐とは、百年に一度この世界を襲う大災害のことである。
あるとき、それは未曾有の大雨であり、またあるときは大地震であった。
隕石が降り注いだことも、大火災が発生したことも、疫病に蝕まれたこともあった。
形はさまざまであったが、必ず百年に一度、エレヴァンは災いに見舞われた。
あらゆるものが蹂躙され、すべてを破壊された。
そして次の百年まで、災害とは無縁の平穏を享受することができた。
エレヴァンは期限付きの楽園だった。
約束された安寧には、代償が伴った。

百年に一度、開墾した田畑は荒野に戻る。
街道は泥濘に飲まれ、都市は瓦礫の山と化す。
そして数多の命が失われる。
人も、家畜も、野生の動植物も、例外なく災嵐に飲まれていく。
命だけではない。人びとが積み重ねてきた知識や技術も、この圧倒的な暴力に、絶対の世界の法則に、奪われてしまう。
一部は残せても、多くは失ってしまう。

人類は回し車を漕がされている。
失った繁栄を、百年かけて取り戻し、また失くす。
それがエレヴァンで生きる人びとの宿命だった。

人びとは災嵐に見舞われるたびに、深い絶望に陥った。
肉親と故郷を同時に失い、悲嘆にくれる者がいた。
復興しても、また百年後には同じ目に合う。そう考え、放蕩に走る者もいた。
心が壊れ、虚ろになる者も多かった。
そうして絶望に陥った者たちは、災嵐を生き延びても、その後長くは生きていられなかった。
かろうじて絶望に飲まれなかった者たちだけが、また新しく生活をはじめることができた。
諦めて、割り切って、鈍感になって、そうして人はまた営みをはじめる。
けれどその中には、理不尽な災嵐という自然の暴力に、怒りと憎しみを覚えた人びともいた。
彼らは抗おうとした。
世界の理を、変えようとした。

彼らの怒りは強く、憎しみは深かった。
そのため手段を選ばなかった。
彼らはあらゆる私欲、利益、自尊心を捨て、使えるものはなんでも使った。
自らの命を差し出すことさえ惜しまなかった。
すべては災嵐という理不尽から、世界を救うために。

そうして四百年前、災嵐としてやってきた隕石から、自分たちの城を守ることに成功した。
その城というのは、朝廷の中央にある皇居、鐘のない鍾塔であった。
以降、人びとは次第に災嵐を克服していった。
三百年前、エレヴァン全土に及んだ未曾有の大火から、鍾塔だけでなく城下の街、現在の内城が守られた。
二百年前、大地をもめくりあげる竜巻から、地方都市や霊堂といった重要拠点が守られた。
百年前、感染力が非常に高く、致死率が九割を超える疫病を前に、世界人口の七割が守られた。
これは快挙だった。
それまで一度の災嵐で人口の半減は免れずにいたが、それを三割に留めた上、建物や田畑への物的被害が皆無だったのだ。
人びとの胸には希望があった。
人類を淘汰せんとばかりに訪れる自然の猛威を完全に退けるまで、あと一歩のところだ、と。
次に訪れる災嵐がどのようなものであろうと、なにも失われるものはなく、誰も亡くなることはない。
歴史は途切れず、続いていくのだと。
今度こそ自分たちは災嵐を克服できるのではないかと、人びとは期待を抱いていた。

渡来人、カイ・ミワタリは、そんな人びとの希望そのものだった。


〇〇〇


わずかに苔むした岩と砂利からなる山間の平地、採掘場の跡地で、カイは皇帝率いる百人の技師に囲まれていた。
カイは包囲されたまま、かれこれ七日間、術式によって隔絶された空間に籠城している。
直径一キロに渡るその空間は、外観は半円状の巨大な鏡だった。
鏡は空中から地中まで隙間なく空間を覆う、術式を中心にできた完全な球体である。
選りすぐりの技師たちは、あらゆる手を使ってその球体の破壊を試みた。
火を放ち、矢を放ち、毒を焚いた。
もてるすべての霊術を発動させた。
しかし球体はびくともしなかった。
なにを向けても、それらはまるで導かれるように球体を避け、四方八方に向きを変えてしまう。
人が触れようとしても、なぜか手元が狂ってうまくいかない。
鏡の球体はなにものの干渉も受け付けなかった。

皇帝と二人の皇子たちは、球体を見下ろす高台に席を設け、技師たちが施術の準備を進めている様子を眺めていた。
皇帝は目元を面布で隠し、口を固く一文字に結んでいたため、表情からその内心を窺う事はできなかった。
一方、彼女の両脇に控えるノヴァとシェルティは、表情こそすましていたが、その顔色に緊張と疲労がにじみ出てしまっていた。
無理もないだろう。二人はこの七日間、ろくな休みもとらずに鏡の球体を見守り続けていたのだ。
三人の後方には護衛の一団が控えており、その中にはラウラの姿もあった。
ラウラもまた疲労の色濃くにじんだ顔で、球体を見守っていた。

やがて準備を終えた技師たちは、この七日間で削られた残り少ない力を振り絞り、施術を開始した。
球体を地面の境界に描かれた白線が、激しく発光する。
断末魔を思わせる、甲高い音が響く。
光と音はすぐに収まり、代わって周囲に強い突風が吹き荒れる。
岩や砂利が宙に高く舞い上がり、ぶつかり合い、砕け、落下する。
砂の豪雨が、あたり一帯に降り注ぐ。
技師たちは地面にあらかじめ掘っておいた塹壕に身を伏せて、成行きを見守る。

一方高台では、後方に控えていた護衛が前に出て、壁をつくった。
護衛は霊術で突風を生み、飛んでくる石礫を弾き返した。
ラウラは護衛の後ろで、彼らが取りこぼした僅かな礫を打ち砕いた。
手にした長杖を霊操し、爬虫類がコバエを捕食するような瞬きの速度で、礫をひとつとして逃さなかった。
「真空か」
皇帝は身動ぎ一つせず、砂塵で視界が曇る中、使用された霊術を冷静に言い当てる。
砂の豪雨は数分で収まった。
砂利の広がっていた球体の周囲は、灰色の砂漠へと変貌した。
しかしやはり鏡の球体には一切の変化がなく、その場に留まり続けていた。
シェルティとノヴァ、そしてラウラの三人は、同時に肩の力を抜いた。
「傷一つありません」
報告を受け、皇帝は席を立った。
「上出来だ」
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