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第二章

戌歴九九八年・初冬(七)

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四人は卓を囲い、今後についてノヴァからの提案を受けた。
「今回のことで十分理解したと思うが、貴君は自分の力を持て余している。制御はおろか、その全容を把握することさえできていない」
「うん、身に染みたよ」
悔いるカイを見て、ラウラはたまらず口を挟んだ。
「しかし、それは私たちも同じはずです。カイさんが少し制御を失っただけで、これだけの被害が出るなんて、誰か想定したでしょうか?一番の責任は私たちにあります。カイさん力を生まれ持ったわけでも、望んで得たわけでもありません。私たちが一方的に託したのです。だから――――」
「君の気持はわかっている。大丈夫だ。悪いようにはしないから」
カイを必死に庇い立てるラウラを、ノヴァは穏やかに窘める。
「君の言う通り、今回の事故は僕らにも責がある。――――今後君に会得してもらう『縮地』には、多くの人出がいるんだ。その中心になる君に、あらかじめ補助技師たちと交流があった方がいいと思って、君を候補生としてここに連れてきた。それを提案し、皇帝にかけあったのは僕だ。つまり最終的な責任は僕にある」
「ノヴァ……」
「だから貴君に責任を追及することはない。罰を与えることも――――そうは言っても、貴君自身は納得しないだろうがな。そして、怪我を負った他の候補生たちも」
重症を負ったのはアフィーだけではない。
アフィーを苛めていた候補生たちも、宿舎を倒壊させるほどの威力を持った水球の暴発を間近で受けていた。
いずれも命に別状はないが、全身を強打したため打撲や骨折があった。宿舎の瓦礫が直撃し顔に大きな傷を負った者もあった。
気位の高い彼女たちも、有力者である彼女たちの親も、黙っているはずがなかった。
「だろうな」
カイはしかし彼女たちの心配はしていなかった。
彼が心配しているのは、自分の起こした不祥事で、ノヴァやラウラ、シェルティに迷惑をかけているということだけだった。
「自分がやらかしちゃったってこと、ちゃんとわかってる。でもだからこそもっかい聞くよ、おれは、これから、どうすればいい?」
カイはすでに覚悟を決めていた。
ノヴァはそれを受け、単刀直入に告げた。
「貴君には当面身を潜めてもらう」
「どこに?」
「山間部にあるラサの隠れ家だ。災嵐がくる直前まで、貴君はそこに匿わせてもらう」
「……ラウラとシェルティは?」
ノヴァは眉間に皺を寄せ、シェルティに視線を送った。
「兄上は僕がなにを言ってもついて行くでしょう」
シェルティは即答する。
「当然だね」
「でしたら、僕は止めません。……ラウラ、君はどうする?」
「私もついていきます」
ラウラの迷いのない答えに、ノヴァは少し瞳を揺らした。
「そうか……。まあ、そうだろう。それも、僕は止めない」
ノヴァは改めてカイに向き直る。
「生活物資の支援は十分に送る。貴君にはそこで、『縮地』の習得を行ってもらいたい」
半年に及ぶ養成機関を経て、カイの霊能力は技師として充分通用するまでに至っていた。
そこでいよいよ、災嵐をエレヴァンから逸らすための縮地術の修練に入ることとなった。
「今回のことで貴君の危険性が露呈してしまった。候補生や教官たちから僕はその危険性を取り除かなければならない。彼らと君の間にはすでに溝ができてしまったが、これ以上それを深くして、その不信感のために『縮地』に支障が出ることは絶対に避けなければならない」
不便をかけるが理解してくれ、とノヴァは慇懃に言った。
「うん。――――ノヴァ、ありがとう」
「礼を言われる筋合いは――――」
「いろいろ取り計らってくれたんだろ?本当にありがとう。迷惑かけてごめんな。……もう二度と、こんなことしないから」
ノヴァはカイの謝意を受け入る。
「わかった。信じよう」
カイはノヴァに力強い眼差しを向け、深く頷いた。
それからラウラとシェルティに顔を向けた。
「二人も、ごめんな。こんなことになっちゃって。――――本当に一緒に来てくれるのか?」
「もちろんです」
「わざわざ確認する必要があるのかい、それ」
「だよな。――――ありがとう」

三人の意志の確認が取れると、ノヴァは急ぎここを離れるよう、カイとシェルティに伝えた。
「候補生の中には君への報復を叫ぶ者もいると聞いた。なにかあってはことだ、このまますぐ隠れ家に移ってくれ。ラウラはまだしばらくはここに残ってもらうが、落ち着き次第合流するといい」
「アフィーはどうなる?」
「この怪我だ。本人が望めば除籍も認めよう」
「そうじゃなくてさ、おれがいなくなったら、今度はアフィーに敵意が向くんじゃないか?このままここにいたら、危ないだろ、絶対」
すでに自分たちの進退のことで手を尽くしてもらっている。
これ以上頼ることは忍びないと思いつつも、カイは嘆願してしまう。
「アフィーも、どっかに匿えないかな」
「……少し考えさせてくれ」
ノヴァはすぐに手立てをつけることができず、考え込んでしまう。
「カイさんと一緒に連れて行っては……?」
ラウラは提案するが、当のカイがそれを拒否する。
「それは、ダメだ」
「アフィーさんはいいって言うと思いますよ。むしろカイさんに着いていくことを望むと思います」
「それでも、ダメだ」
カイは譲らなかった。
「おれのせいでこうなったんだ。アフィーにも、丙級のみんなにも、もう合わせる顔はない。———逃げてるだけかもしんないけどさ、一応、おれなりのケジメだよ」
苦楽を共にした仲間とこのような形で袂を分かつのは、カイが自らに課すことのできる最大の罰だった。
ラウラはカイの心中を理解し、それ以上なにも言及できなかった。
「いいことを思いついた」
見計らったようにシェルティは言った。
これ以上ない良案だ、と。
「彼女の身柄は、ダルマチアに預ければいいんだ」
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