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第二章
戌歴九九八年・夏(六)
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泣き疲れた二人は、階段に腰をかけ、互いに寄りかかるように肩を寄せ合った。
カイは今にも朝日が顔を出しそうな、地平線に連なる山麓の最も明るい一点を眺めながら、ラウラに語りかけた。
「本当は知ってたんだ。おれの身体が、きみのお兄さんのものだったってこと。そしてそれをきみがおれから隠そうとしてるってことも」
ラウラはカイと同じ一点を見つめながら、かすれた声で返事をした。
「……そうだったんですか」
「うん。確信は、長いことなかったんだけどね。周りの話とか態度とかで、なんとなく察してたんだ。そもそもおれら、顔立ち似てるし。でもきみはおれになにも言わないし、あのシェルティでさえ、おれからその話題を避けてるみたいだったから、あえて追及しなかったんだ」
「すみません。今まで、わたし、嘘を……」
「嘘なんかついてないだろ。隠し事は誰にだってある。それにきみのは……おれのための、特別優しい隠し事だ」
ラウラは目を細めた。
それを言えるカイの方がずっと優しいと思った。
「きみがその年で、いろいろがんばってきたのは、世界を救うためだけじゃなくて、お兄さんのためでもあったんだろ?」
「……はい。わたしは兄と、約束したんです。兄の身体に入った人を助けるって。支えになって、必ず縮地を成功させるって。――――でもわたしは、それを果たせそうにありません」
「なんで?」
「昨日の霊操、すばらしかったです。閣下だけではなく、丙級のみんな、私が教官を務めていたころとは比べ物にならないほど上達していました」
「あれか!」
カイはやっと合点がいった、と大きく息を吐いて空を仰いだ。
「だからあんなに泣いてたの?今までの自分の指導が悪かったんじゃないかって?」
「はい……」
「ばか!」
カイはラウラの頭を乱暴に撫でた。
「ばかばか、ばか真面目!考えすぎ!責任感強すぎ!――――本当にお前らは、揃いも揃って……」
ラウラは目を白黒させる。
「そんな、でも、本当のことじゃないですか!」
「はあ、もう、わかってないな。確かにブリアード先生の指導の方が、あの時のおれらには合ってたのかもしれない。でもこんだけの短期間であんだけの大技ができるようになったのは、きみに一刻も早く戻ってきてほしかったからだよ」
カイはラウラに丙級の候補生の総意を伝えた。
ラウラが突然休暇に入ったので、候補生たちの間ではさまざまな憶測が飛び交わされた。
そして彼らが出した結論は、自分たちの出来があまりにも悪く、ラウラが責任を取らされたのではないか、というものだった。
それからというもの一同は奮起した。
各々がこれまで以上の努力を重ね、修練に励んだ。
自分たちの行い次第でこの小さな教官を取り戻せるならなんだってしてやろうと一致団結した。
「だからそもそもきみがいてくれなきゃ、おれらはあそこまでのことができなかったんだよ」
「どうして……そこまで……」
「そんなの決まってるだろ」
カイは当たり前のことを聞くなよ、と呆れたように言った。
「みんなきみのことが好きだからだ。仲間だと思ってるからだよ」
「――――っ!」
ラウラは言葉を詰まらせる。
その目からまた涙がこぼれ落ちる。
「ああ、もう、泣かないでよ……」
カイはラウラの頬を伝う涙を拭う。
「世界を守りたいと思ってるのは、きみのお兄さんときみだけじゃない。おれら丙級の、大した力のないやつでもさ、同じように思ってるんだよ。大事な人を、この世界を守りたいって」
ラウラはまた目から涙をこぼす。
しかし今度はそれを自分で拭い去り、カイに力強く宣言した。
「わたし、間違っていました。もうやめます。泣くのも、弱音を吐くのも」
「強がりもな」
「はい。でも、みなさんが……仲間ががんばっているのに、私だけ落ち込んでいるわけにはいきません。私は私にできることを精一杯やります」
「今度はひとりで背負いすぎないでよ。おれだってきみの……ラウラの支えになりたいんだから」
「はい。カイさんも、いつでも私を頼って下さい。必ず支えになりますから」
ラウラはカイに右の小指を差し出した。
「お願いがあります。私と、約束をしてほしいんです」
「約束?」
「はい。わたしたちは必ず災嵐を払います。世界を、ここで生きる人たちを、守ります」
「うん」
「だからそれまでに、もし今日みたいに、わたしが挫けてしまうことがあったら、叩き起こしてください。水をかけてでも、火をつけてでもいいので、必ず立ち上がらせてください」
カイはラウラの小指に自身の小指を絡ませた。
「いいよ。約束する。ラウラにはずっと隣にいてもらうよ。――――だからおれとも約束して。おれが挫けたときも、同じように、立ち上がらせてほしい」
ラウラはカイの小指を強く握る。
「はい。殿下に抱きかかえてもらってでも、付いて来てもらいます」
「それだけはまじで勘弁……」
「ふふ、ではお互い痛い目を見ないよう、最後まで挫けずにいましょうね!」
朝日が顔を出し、笑い合う二人を照らし出した。
二人は目を細め、眼下に広がる、光り輝く大地を眺めた。
湖は空を映す。草原には家畜の羊が群れ、市場に連なる天幕からは朝餉支度の煙が立ち上る。
穏やかで美しい光景だった。
どうか目の前の景色が変わりなくいつまでも続きますように。
二人は同じ願いを胸に、互いの小指を一層固く結んだ。
カイは今にも朝日が顔を出しそうな、地平線に連なる山麓の最も明るい一点を眺めながら、ラウラに語りかけた。
「本当は知ってたんだ。おれの身体が、きみのお兄さんのものだったってこと。そしてそれをきみがおれから隠そうとしてるってことも」
ラウラはカイと同じ一点を見つめながら、かすれた声で返事をした。
「……そうだったんですか」
「うん。確信は、長いことなかったんだけどね。周りの話とか態度とかで、なんとなく察してたんだ。そもそもおれら、顔立ち似てるし。でもきみはおれになにも言わないし、あのシェルティでさえ、おれからその話題を避けてるみたいだったから、あえて追及しなかったんだ」
「すみません。今まで、わたし、嘘を……」
「嘘なんかついてないだろ。隠し事は誰にだってある。それにきみのは……おれのための、特別優しい隠し事だ」
ラウラは目を細めた。
それを言えるカイの方がずっと優しいと思った。
「きみがその年で、いろいろがんばってきたのは、世界を救うためだけじゃなくて、お兄さんのためでもあったんだろ?」
「……はい。わたしは兄と、約束したんです。兄の身体に入った人を助けるって。支えになって、必ず縮地を成功させるって。――――でもわたしは、それを果たせそうにありません」
「なんで?」
「昨日の霊操、すばらしかったです。閣下だけではなく、丙級のみんな、私が教官を務めていたころとは比べ物にならないほど上達していました」
「あれか!」
カイはやっと合点がいった、と大きく息を吐いて空を仰いだ。
「だからあんなに泣いてたの?今までの自分の指導が悪かったんじゃないかって?」
「はい……」
「ばか!」
カイはラウラの頭を乱暴に撫でた。
「ばかばか、ばか真面目!考えすぎ!責任感強すぎ!――――本当にお前らは、揃いも揃って……」
ラウラは目を白黒させる。
「そんな、でも、本当のことじゃないですか!」
「はあ、もう、わかってないな。確かにブリアード先生の指導の方が、あの時のおれらには合ってたのかもしれない。でもこんだけの短期間であんだけの大技ができるようになったのは、きみに一刻も早く戻ってきてほしかったからだよ」
カイはラウラに丙級の候補生の総意を伝えた。
ラウラが突然休暇に入ったので、候補生たちの間ではさまざまな憶測が飛び交わされた。
そして彼らが出した結論は、自分たちの出来があまりにも悪く、ラウラが責任を取らされたのではないか、というものだった。
それからというもの一同は奮起した。
各々がこれまで以上の努力を重ね、修練に励んだ。
自分たちの行い次第でこの小さな教官を取り戻せるならなんだってしてやろうと一致団結した。
「だからそもそもきみがいてくれなきゃ、おれらはあそこまでのことができなかったんだよ」
「どうして……そこまで……」
「そんなの決まってるだろ」
カイは当たり前のことを聞くなよ、と呆れたように言った。
「みんなきみのことが好きだからだ。仲間だと思ってるからだよ」
「――――っ!」
ラウラは言葉を詰まらせる。
その目からまた涙がこぼれ落ちる。
「ああ、もう、泣かないでよ……」
カイはラウラの頬を伝う涙を拭う。
「世界を守りたいと思ってるのは、きみのお兄さんときみだけじゃない。おれら丙級の、大した力のないやつでもさ、同じように思ってるんだよ。大事な人を、この世界を守りたいって」
ラウラはまた目から涙をこぼす。
しかし今度はそれを自分で拭い去り、カイに力強く宣言した。
「わたし、間違っていました。もうやめます。泣くのも、弱音を吐くのも」
「強がりもな」
「はい。でも、みなさんが……仲間ががんばっているのに、私だけ落ち込んでいるわけにはいきません。私は私にできることを精一杯やります」
「今度はひとりで背負いすぎないでよ。おれだってきみの……ラウラの支えになりたいんだから」
「はい。カイさんも、いつでも私を頼って下さい。必ず支えになりますから」
ラウラはカイに右の小指を差し出した。
「お願いがあります。私と、約束をしてほしいんです」
「約束?」
「はい。わたしたちは必ず災嵐を払います。世界を、ここで生きる人たちを、守ります」
「うん」
「だからそれまでに、もし今日みたいに、わたしが挫けてしまうことがあったら、叩き起こしてください。水をかけてでも、火をつけてでもいいので、必ず立ち上がらせてください」
カイはラウラの小指に自身の小指を絡ませた。
「いいよ。約束する。ラウラにはずっと隣にいてもらうよ。――――だからおれとも約束して。おれが挫けたときも、同じように、立ち上がらせてほしい」
ラウラはカイの小指を強く握る。
「はい。殿下に抱きかかえてもらってでも、付いて来てもらいます」
「それだけはまじで勘弁……」
「ふふ、ではお互い痛い目を見ないよう、最後まで挫けずにいましょうね!」
朝日が顔を出し、笑い合う二人を照らし出した。
二人は目を細め、眼下に広がる、光り輝く大地を眺めた。
湖は空を映す。草原には家畜の羊が群れ、市場に連なる天幕からは朝餉支度の煙が立ち上る。
穏やかで美しい光景だった。
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