上 下
55 / 215
第二章

戌歴九九八年・夏(三)

しおりを挟む
ラウラとカイ、シェルティの三人が霊堂に戻ると、丙級の候補生、ヤクートが出迎えた。
「よかった!戻ってきてくれたんですね!」
驚くラウラをよそに、あらかじめ示し合わせていたカイとヤクートは目配せする。
「準備はばっちりだよ」
「さんきゅ!いやまじ無駄になんなくてよかったあ」
「みんなカイが先生を連れて帰ってくるって信じてたから、あんまり心配してなかったけどな。どっちかといえば成功するかどうかの方が――――」
「それもまたカイ次第だけどね」
口を挟んだシェルティは、流れるようにカイを茶化す。
「でも、きっと成功するよ。だってカイは直前の予行練習を蹴ってまで、自ら迎えを申し出たんだ。天地がひっくり返っても失敗はしないという自信があってのことだろう」
「おいばか、緊張させんなよ」
ラウラは会話の流れが汲めず、説明を求めた。
しかし三人はなにも答えず、ラウラを霊堂の地下にある修練場に引っ張っていった。
修練場は五十メートル四方の何もない広い空間だった。
その中央にアフィーをはじめとした丙級の候補生が集まり、隊列を組んでいた。
全員肩に丸めた太い荒縄をかけている。
カイとヤクートもその中に加わると、ラウラに向かって大きく手を振った。
「見てて!」
正方形の隊列の四隅にいる候補生はそれぞれ松明を手にしている。垂直に掲げていたそれを、四人は列の中央にいるカイに向ける。
ドォオオッ!!
松明の炎は一斉に大きく燃え上がり、カイに伸びていく。
「危ないっ!」
ラウラは叫んで一歩前に出るが、隣に立つシェルティがそれを制する。
「待って。……ほら」
ラウラの杞憂をよそに、カイは両手を上にあげ、炎を平然と受けとめる。
四つの松明が尽きるまで、カイの元に炎は送り続けられた。
「嘘……」
修練場内に出現した小さな太陽に、ラウラは唖然とした。
候補生の頭上に集まった炎は、カイの制御下におかれ、球体を為している。
その大きさは松明が尽きた段階で直径十メートルに及び、尚も膨らみ続けている。
ラウラの驚きも無理はない。火、水、風、土の四元素は最も霊操が容易であるが、同時にその利用が非常に困難であるとされているのだ。

四元素は最も原始的な霊摂の媒体である。
人びとは紀元前、意識的に霊操を行う以前から、無意識化で四元素から霊を取り入れ、体内の霊力へと変換していた。
しかし霊力を得ることはできるが、それを操るには技量が求められた。
例えば蠟の先にともる炎など、対象が少量であればある程度の操作が可能だったが、その大きさが増した場合、対象の含有する霊が操作を行う人間の霊力を上回り、制御が不能となる。
ところがカイはおよそ人間業とは思えない巨大な火球を作り出している。

「すごいだろう?」
シェルティはまるで自分ごとにように目を輝かせて、自慢げに言った。
ラウラはそれに返事をすることができなかった。
カイの持つ無限の霊力をもってすれば、確かにこれくらいのことはできても不思議ではない。
しかしカイはほんのひと月前まで、刺繍針ひとつ満足に動かせていなかったのだ。
これだけの短期間で炎を操ることなんてできるはずがない。
ラウラは目を疑った。
それは昨日までつかまり立ちをしていた幼児が突然逆立ちして見せるようなもので、ほとんど奇跡といってよかった。
ラウラは目の前で起こる奇跡のような現実に、ただ圧倒されることしかできなかった。
「すごいですよねえ」
ラウラに代わってシェルティに答えたのは、ラウラが不在の間丙級の指導教官であった技師、ブリアード・ダルマチアだった。
「規格外の霊力があるとはいえ、それにしたって、がんばりましたよねえ、彼」
「ブリアードさん。あれは、貴方が指導を……?」
「私はあんな曲芸じみた真似をしろとは教えてないんですけどね、彼らどうしても腕前をあなたに見せたいようで……まあとにかく最後まで見てあげてください」
ラウラが視線を戻すと、ちょうどカイの作る火球が隊列と同じ大きさにまで膨らんだところだった。
「うぎぎ……もうむりっ!」
カイはそう叫び、両腕を下に降ろす。
それまで球体を保っていた炎は崩れ、候補生たちに襲い掛かる。
(危ない!)
ラウラは悲鳴をあげそうになるが、それよりもはやく候補生たちは肩にかけた荒縄を火球に向かって投げた。
荒縄は生き物のように広がっていく。重なり合い、絡み合い、やがて巨大な網となって頭上に広がった。
「ああっ!」
ラウラはそれを目にして、悲鳴の代りに感嘆を漏らした。
荒縄は降り注ぐ炎を受け止め、その身に移した。
全ての炎を受け止めるとともに燃え尽き、灰となって候補生の頭上に降り注いだ。
あれだけの火球であったにも関わらず、熱気や硝煙は少しも出ていない。
「うわっ!」
が、候補生たちは落ちてきた灰を浴びて騒ぎたてる。
「服に穴が!」
「練習では灰も出なかったのに、なんで!」
「カイの火力が足りなかったんじゃないか?」
「人のせいにすんな!お前らの捌き方が甘かったんだろ!」
言い争っているようだが、その顔はみな誇らしげだった。
「ラウラ先生、練習ではもっとうまくいったんですよ!」
一人が言うと、全員が一斉にラウラに視線を向けた。
ラウラは首を振って、笑顔で拍手をした。
「これ以上ない出来です。すごいです!!」
それを聞いた候補生たちは歓声を上げ、手を取りあって喜んだ。
ラウラはその中にアフィーも混ぜっていることに気づき、さらに驚いた。
アフィーは相変わらずの無表情だったが、カイに肩を組まれ、輪の中にしっかりと入りこんでいたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

処理中です...