災嵐回記 ―世界を救わなかった救世主は、すべてを忘れて繰りかえす―

牛飼山羊

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第二章

戌歴九九八年・春(四)

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上級官吏から名家や商家の当主など、有力者は競い合うようにしてカイに接触をはかってきた。異界からの大使がどういう人間なのか見定めようとする者や、自らの利権を害するのではないかと警戒し、牽制する者、明らかな不信感を持って敵意を示す者も少なからずいたが、多くはカイに取り入ろうと伺いを立てた。
わかりやすく贈答品や賄賂を持ち掛ける者から、側付きで下ることを申し出る者、まだ目覚めてひと月の異界人に縁談を持ち掛ける者さえあった。
裕福な家庭に生まれ育ったとはいえ、カイ本人はそのような接待を受けたことはなく、終始たじろぐばかりだった。

「マジでおれなにしにきたのかわかんなくなってきた……。あの人たちはおれをどうしたいわけ……?」
カイへの接見の窓口として対応に追われるラウラも、辟易した様子だった。
「災嵐を払うのに、閣下のお力は必要不可欠ですから、少しでも阿ろうと必死なんでしょう。……これから英雄になることが約束されているようなものですから、みな繋がりが欲しいんです。今までは災嵐の被害に応じて権力の変動を余儀なくされていましたが、今回は災嵐そのものが発生しないかもしれない。現在の権力構造が今後百年続くとなれば、大使閣下の太鼓持ちでもなんでもして、少しでも自らの地位を向上させ、かつ安泰なものにしよう、という算段があるのかと」
「……世界の危機を前に保身と立身か。どこの世界も、お上はろくでもないもんだな」
「皇帝陛下は、誠実な方ですよ」
ラウラはカイの言った『お上』に現皇帝が含まれていると思い、是正した。
「公平無私なお方です。贅沢を好まない、質実なお方です。出自を問わず、能力があるものを重用していますし、優れた霊師には援助を惜しみません。私のような者が閣下の側付きでいられるのも、そんな皇帝陛下に評価をいただけたからです」
カイは確かに、と頷いた。
「挨拶に行く前はめちゃくちゃ緊張したけど、いざ会ってみると拍子抜けだったもんな。見た目はザ・皇帝って感じで、威圧感あったけど、喋ったらぜんぜん優しかったもんな。なんかすごい同情してくれたし、お礼言われて、激励されて、それで終わりだったし。あっけなかったなあ。なんか立派な部屋は用意してもらったけど、それ以外なんにもなかったからね。お宝も宴も――――結婚相手も!」
「ご不満でしたか?」
「まさか。今となっちゃあの塩対応が一番ありがたかったって、身に染みて思うよ」
「名より実を取る方ですから。良くも悪くも」
「悪いことあんの?」
「叩き上げの官吏や技師からの支持は厚いのですが、商家や地方の権力者との関係は良好とはいえません。現在の朝廷は災嵐対策を最優先するため、多くの産業を締め付けているので……。ここ数年で仕事にあぶれる人が増え、民衆の不満も高まっています。災嵐さえ過ぎれば、即時解消される問題ですが……」
「……おれ、責任重大だな。いつまでも油売ってる場合じゃないよなあ。――――なんか、その、術の練習とか、始めなくていいのかな?」
「もちろん遠からず霊操を身につけていただきますが、今は、接待を受けることが仕事だと思ってください」
「そう言われてもなあ……」
「先ほどお伝えした通り、現在の朝廷は盤石とはいえません。しかし災嵐に際しては足並みをそろえなければなりません。術式の展開だけではなく、住民の避難計画から食料の備蓄など、やることはごまんとあります。それらを円滑に進めるためにも、閣下に各要人とできるだけ良好な関係を築いておいていただきたいのです」
「お偉方と飲んで食うのが世界平和の第一歩ってか?なんだかなあ」

このようにして、ラウラから接待の必要性を説かれていたカイは、贈答品や賄賂こそ断ったが、宴席の誘いは全て受けていた。はじめこそ義務だと思って耐えてたが、一週間、多ければ一日で昼夜二回の宴席に呼ばれることもあった。
カイは異世界のご馳走にもお世辞にもうんざりしていた。



今晩の宴席で、カイははじめて外城の店舗へと連れ出された。
街の見物こそ目新しかったが、いざ始まった宴席は、会話も料理の内容も内城の邸宅で受けるものと変わらず、小一時間ほどで、カイは箸が止まり、口数を減らしてしまう。
「……大使閣下は、噂より大人しい方ですなあ」
宴席を開いたエレヴァン有数の大商家の主人は、気乗りしないカイの様子に、皮肉をこめていった。
「別の商家との宴席では、チーズ料理を大層召し上がられたと耳にしたので、たくさん用意しましたが……。うちの用意したチーズは、お気に召しませんでしたか?」
「いえ、そんなことは……」
カイは苦笑いを浮かべる。
しかし揚げ菓子を入れたせいもあって、腹は既に苦しいほどだった。
目の前に並ぶチーズ料理の数々に食指はまったく動かない。
ラウラはすかさずカイに耳打ちをする。
「商売敵の宴会は満喫して、うちのは退屈なのか、と言いたいんだと思います」
「さすがの空気読み、助かる……」
カイは小声で返すと、咳払いし、円卓の正面に座る主人に精一杯の愛想笑いを浮かべた。
「実は、ここのところ連日宴席に呼んでいただいておりまして、胃腸が少々、弱っているんです」
「なんと、そうでしたか」
「はい。――――その、以前別の商家の方にお会いしたときは、まだこちらにきて日が浅く、宴席の数も重ねていなかったものですから……」
「なるほど。それは残念ですなあ。いち早く、我が家においでいただければ、自慢の料理を心行くまでご堪能いただけましたのに」
「い、いえ、これで十分です。楽しくお話させていただきましたし、その、外城の店にきたのもはじめてだったので、充分満喫させてもらいました」
カイは一刻もはやくこの宴席を終わらせようと、締めの感謝を口にした。
「今晩は本当にありがとうございました」
もちろん、主人は引き留める。
「なにをおっしゃいますか、まだ夜も浅いというのに!それに今宵わざわざ外城までお呼び立てしたのは、ただの宴席には飽き飽きしているだろうと思ったからですよ!」
「はあ……?」
「食事は余興に過ぎません。これからが本番ですよ。――――おい、店を移るぞ!」
主人の一言で、脇に控えていた従者が慌ただしく移動の支度を始める。
カイは頬を痙攣させながら、どうにか愛想笑いを保つ。
「に、二軒目ですか……?」
「ええ、もちろん!とびっきりの極上店を抑えてありますから!」
カイはラウラに助けを求める。
ラウラは相手主人の面子を保つためにも、ここは我慢するしかないと思い、同情を浮かべた顔で申し訳なさそうに首を振った。
カイは諦めきれずに、どうにか断る理由を探す。
「お気持ちはありがたいんですけど、えっと、おれらこのあと用事がありまして……」
「おや、急ぎですか?どのようなもので?」
「それは……えっと……」
主人は笑顔だが、その眼光は鋭い。
「えっと……あっ、ドーナツ、ドーナツです!」
「ドーナツ?」
「揚げ菓子です!揚げ菓子をね、買いに行きたかったんです。あんまり遅くなると、店が
閉まっちゃうんで……」
「はあ。このへんにそんなもの売ってる店ありましたっけねえ?」
「ここに来る前いただいたんですよ、『羽衣花人』ってお店なんですけど……」
「『羽衣花人』ですか!」
その名を聞いた途端、主人は目を輝かせる。
「ははあ!なるほど!いや閣下もなかなか通ですな!あれは古い店ですが、ひところ下がり調子だったのが最近やけに盛況しているとか、私も気になっていたんです」
思わぬ主人の食いつきに、カイは拍子抜けする。
「詳しいですね。お好きなんですか?」
「そりゃあもちろん!むしろ嫌いな男子なんてこの世に存在しないでしょう」
主人の豪語にカイとラウラは顔を見合わせる。
「そうなの?」
「むしろ女性や子どもが好むものだと思っていましたが……」
主人は意気込んで立ち上がる。
「本当は贔屓にしている別の店を用意していたんですが、それでしたら羽衣花人に向かいましょう!なあに、お任せください。人気店ですが、私にかかれば押さえるのなど容易いことです!」
「い、いえ、そこまでしていただかなくても……。いくつか買って帰りたいと思っていただけなんで……」
「ああ、ご存じないのですか!内城にあれらは持ち帰れないんですよ」
「え、どうしてですか?」
「私も常々不便だと思っているんですが、治安維持だとかなんだとかの名目でねえ。なあに、ここと同じで、見てくれは悪いですが店の中はどこもきれいですよ。清潔で豪華絢爛、そこいらの邸宅に負けないものばかりです」
「はあ……?」
カイはまたラウラに耳打ちする。
「なんかよくわかんないけど、これもしかして断れないやつ?」
「そうですね……その、あちらはとても乗り気のようなので……」
「はあ……。仕方ないか。揚げ菓子食うだけならそう長丁場にはならないだろうし、行くか」
ラウラとカイが揃って立ち上がると、主人は慌ててそれを制した。
「申し訳ありません、帰りの馬車を今用意している最中でして、お付きの方はもうしばらくお待ちいただけませんか」
「え?いや彼女も一緒に行きますんで……」
「え!?」
主人は目を剥く。
「連れて行くんですか!?」
「だ、だめなんですか……?」
「いえ、その……確かに羽衣花人には美男も揃っていますが……お付きの方はまだお若いですし……」
「?むしろふつう、女の子はみんな好きなもんだと思いますけど?」
「い、異界はそうなんですか?!」
主人は前のめりになって、どこか興奮した様子で言った。
「お付きの方のような子ども――――失礼、若い女性が、こぞって……?」
「ええ。人気な店とか、何時間も並んだりしますよ」
「なんと……!」
「え?逆にこっちじゃあんまりそういうのないんですか?」
「もちろん女性も買いますが、たいていは私ほどの年齢になってからでしょう。ましてやそのために行列を為すなど、考えられないことです」
「へえ?でもラウラは好きだよな?」
ラウラは笑顔ではいと答える。
それを聞いた主人は、信じられないとばかりに呟いた。
「まさか好色家だったとは……。稀代の天才霊師と名高い少女がまさか……」
そんな主人の様子を見て、カイはラウラにそっと訊いた。
「……なんか変なこといったかな、おれ?」
「いえ。どちらかといえばあの方の話の方が……ここでも甘いものは、女の人の方が好きだと思いますし……」
「だよなあ?」
二人は主人に困惑した表情を向ける。
好奇に口元を緩めていた主人ははっとして咳ばらいをした。
「いやしかしやはり、お付きの方には、お帰り頂きたい。今日は私が主催ですから、どうかお聞き入れください。異界では常識かもしれませんが、こちらではああいう店に異性で連れ立って行くのはあまりないことです。当人の意志とは言え、露見すればなにを噂されるかわかりません。その……また日を改めて窺ってはいかがでしょうか?必要であれば、店子に話を通しておきますので……」
「ですが……」
ラウラはカイの傍を離れることに躊躇する。
かといってこれだけ言われたあとで無理強いはできない。
「まあ、今から行ったんじゃ帰りは遅くなるだろうしな。いつもは中での宴席だからいいけど、今日は外だし、たしかに君はもう帰った方がいいかもしれない」
なにか言いたげなラウラに、カイは笑いかける。
「大丈夫。帰りの馬車も用意してもらえるだろうし、あんまり遅くならないようにする。お土産も買って帰るからさ」
カイは連日の宴席で自分以上にラウラが疲弊していることを気に病んでいた。
今日、一足先に帰すことで少しでも休息の足しになれば、と思ったのだ。
「ささ、そうと決まれば行きましょう!」
話のまとまりを見た主人は調子付き、カイを伴って馬車に乗った。
ラウラは一抹の不安を抱えながらも、ただ見送ることしかできなかった。
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