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第一章

盤双六

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カイはまずシェルティと対戦し、僅差で負けた。
「悔しい……あと二個だったのに……」
「惜しかったね。でも負けは負けだからね。……なにをお願いしようかなあ」
「お、お手柔らかに……」
「身構えなくても、一線を越すようなことは頼まないよ」
「いやもうその発言が怖いんだが‥…」
「あはは。じゃあそうだな――――角をくれないかな。片方だけでいいからさ」
「角って、昨日おれが獲ったやつ?」
「うん。ダメかな?」
「ぜんぜん!なんだ、欲しかったなら、言ってくれればすぐあげたのに!」
負けたはずのカイは機嫌よく酒を飲み、シェルティの肩を叩いた。
「一本でいいの?両方やろうか?」
「ふふ、一本でかまわないよ。初めてとったものだし、カイだって手元に置いておきたいだろう?」
「遠慮しなくていいのに」
「きみとお揃いで持っていたいんだよ」
「ああ、そういう?」
お前ほんとおれのこと好きだな、と、満更でもなさそうに言って、カイは立ち上がる。
「じゃあいま持ってくるから!ちょっと待ってて!」
すぐさま角を取りに行こうとしたカイを、しかしアフィーが制する。
「だめ。先に、わたしともやろう」

そしてカイはアフィーに惨敗した。
(ま、負けた……。それもおそろしい速度で……)
(バックギャモン、半分は運ゲーのはずだよな?アフィーが豪運なのか?それともおれが超弱い……?)
あまりにあっけなく負けたので、カイは敗因を分析しながら唸った。
アフィーはいつもどおりのすまし顔で、淡々と勝利を宣言する。
「勝った」
「う……はい、負けました……。どうする、罰ゲームは?」
「角」
「え、お前も?」
アフィーが頷くと、カイの横でゲームを見ていたシェルティが舌打ちをする。
「残念だったな。角はすでにぼくがもらうと決まっている」
「決まってない。まだお前は角を渡されていない。わたしにも、権利はある」
「いいよ、もう片方をアフィーにやるよ、それでいいだろ?」
「やだ。角は、カイとわたしで――――」
まだなにか言いたげだったアフィーを、レオンが無理やりどかし、カイの対面に座った。
「次はおれだな」

レオンはカイを完封した。
(……なにが起きたんだ!?)
カイは盤上を見つめて呆然とする。
カイの持ち駒はひとつとして自陣にたどり着いていない。無得点。文字通りの完封である。
計算なのか、サイコロの出目に恵まれたのか、カイの持ち駒は序盤に徹底的に打たれ、中盤では何度も行く手を阻まれてしまった。相手を押さえつつ、レオンの駒は次つぎと自陣にたどり着き、カイはなすすべもなく敗北したのだった。
「うっそだろ……!?これそんな差が出るゲームだったっけ……!?」
シェルティとアフィーも、さすがに差が開き過ぎた盤面展開に首を傾げた。
「イカサマじゃないのか」
「カイ相手にはやんねえよ。場数の差だ。賭場でおれは札ものよりもっぱらこっちだったからな。盤双六でおれに勝てるやつはいねえよ。――――単純に、こいつに運がねえってのもあるが」
余裕しゃくしゃくのレオンに、カイは歯噛みする。
「く、くやしすぎる……。たしかに運は悪い方だけど、いくらなんでもこれは――――くそ!レオン!もっかい!もう一回やろう!」
カイの要望に応じて、レオンはもう一戦相手になる。
そしてやはり、カイは惨敗する。
「どうなってんだ……」
「おれに勝つには百年はやかったな。……じゃあおれは二勝したから、角はおれが二本とももらっていいってことだな」
「え!?レオンも角ほしいの!?」
「当たり前だろ」
「当たり前なんだ……?でもなあ、シェルとアフィーも-―――」
「ダメ」
「嫌だ」
カイの提案を、二人は同時に拒絶した。
「角は、カイとわたしで分ける」
「角はぼくとカイのものだ」
そんな二人に対して、カイはわざとらしい、喜びを隠しきれていないため息をつく。
「はあ。しょうがねえな。また獲ってきてやるからさ」
「次いつ獲れるかなんてわかんねえだろ」
にべもなく言ったのはレオンだった。
カイは浮かれた脳天を叩かれたような気分になる。
「ひでえ!みてろ、すぐ次獲ってみせるから!」
「うん、カイなら、すぐ次も獲れる。お前らは、その角をもらえばいい」
「そういうならきみが次回以降の角をもらえばいい。カイ、ぼくはどうしてもきみのはじめてが欲しいんだ」
カイは顔を近づけてきたシェルティの額を小突く。
「紛らわしい言い方をすんな!」
「ほんとうのことなのに……」
「じゃあお前らで勝負して決めたらいいだろ」
そのカイの一言で、三人の勝負の火ぶたは切って落とされた。

まずアフィーがシェルティとレオンと対戦した。
サイコロの出目はよかったが、アフィーは二人に全く歯が立たなかった。
三回勝負にルールを変更したにも関わらず、結果は惨敗だった。
「……」
アフィーは口を閉ざし、膝を抱えて座り込んでしまう。
「そんなに角欲しかったの?」
今にも泣きそうなアフィーの背を、カイはそっと撫でてやる。
「元気出せって。今度はもっと大きくてきれいなの獲って、アフィーにあげるからさ!」
「……あれがよかった」
アフィーは鼻を赤くして、拗ねる。
(アフィーのやつ、酔ってるのか?表情には出てないけど、いつもより子供っぽいというか、ワガママというか……)
(ちょっとかわいいじゃないか……)
アフィーは上目遣いでカイを見上げる。
「慰めて」
「え?」
アフィーは胡坐をかき、膝を叩いた。
上に座るよう、カイを促しているのだ。
「いや、でも……」
「角もらえなかったから、代わりの、お願い」
アフィーは切れ長の瞳が美しい、端正な顔立ちをしているが、カイに懇願するその姿はどこか子犬のようであった。
(美人なのにかわいいのは、ずるいだろ……)
「し、仕方ないなあ」
カイはどうにか平静を装いながら、アフィーの膝に腰を下ろした。
すかさず、アフィーはカイを後ろから抱きしめる。
「……おい」
シェルティとレオンが苛立った表情をアフィーに向ける。
慌ててカイは盤を指差した。
「い、いいから、ほら、次は二人で対戦する番だろ?二人で角を分ける気が無いなら、はやく勝負始めろよ」
「もちろん。こいつと分け合っても意味ないからね」
「じゃあ決着つけてよ!」
カイの催促に、シェルティは余裕の微笑みを、レオンはどこか高揚の滲み出たしかめ面を返すのだった。

二人の実力は拮抗しており、一勝一敗で迎えた最終戦は三十分もの長期戦に及んだ。
そして見事勝利を収めたのは、シェルティだった。

「おお!」
食い入るように進行を見守っていたカイは、最後の駒が陣に収まると、思わず歓声をあげた。
「すげー!二人とも超すげーじゃん!ただの双六だと思ってたけど、うまいやつらがやるとこんな複雑で熱いゲームになるんだな!」
レオンは負けたが、拮抗した試合を楽しだようで、悪くねえな、と言って酒瓶を傾けた。
「っていうかシェル、めちゃくちゃ強いじゃん。最初おれとやったとき手抜いただろ」
「そんなことないよ」
「嘘つけ!ゲームなんだから接待すんなよ」
「でもぼくが本気を出したら君、初戦からぼろ負けだったよ?」
「う……まあ、とにかく勝ったのはシェルな!おめでとう!」
カイが拍手すると、シェルティは相好を崩し、恭しく頭を垂れる。
「至極恐悦でございます、姫」
「姫じゃねえ!角いらないのか!」
「あはは、ごめんごめん、いるよ。とてもほしい」
「ったく……。ところで角なんてもらってどうすんだ?けっこう黄ばんでるし、傷も多いし、使い勝手なさそうだけど」
「なにかの材料にするわけじゃないよ。きみの初物だし、記念としてとっておきたかったんだ。――――そうだね、けれどたしかにそのままとっておくには大きすぎるから、身につけられるように小さく加工しようかな」
「加工?」
「装具にでもしようかなって。よければきみの分も作るけど」
「えっ」
カイはちらりとレオンを見やった。
レオンの身につける衣装は、麻や綿布を基調とした他の三人とは異なり、なめし皮と毛皮をもとに仕立てられたものだった。
上等なそれらの皮はすべてレオン自身が仕留めた獣のものだ。また彼が襟や帯留めとして用いる装具も、仕留めた獣の角や骨を加工して作られたものだった。
カイはレオンと同じように、仕留めた獲物を身にまとう自身の姿を想像し、鼻の穴を膨らませた。
「めちゃくちゃほしい」
シェルティはまかせて、と快諾する。
「なにがいい?耳飾りか首飾りか。ぼく的には指輪がいいと思うけど」
「そうだなあ、どうせならかっこよく――――んがっ!?」
唐突に、アフィーがカイの鼻をつまんだ。
「ずるい」
「ア、アフィーもほしいの?でも、勝ったのはシェルだから……」
アフィーは鼻から手を離し、カイを抱きしめ、そのやわらかい、たっぷりとした髪の毛に顔を埋めた。
「わたしも、ほしい」
普段発する凛とした声からは程遠い、弱弱しい小さな声を受けて、カイに衝撃が走る。
心臓を射貫かれたような、雷に打たれたような、とてつもない衝撃が。
(デレた……!?)
(やっぱめちゃくちゃ酔ってんなアフィー!?)
(くそそんでしかもめちゃくちゃかわいい!!)
(甘えたがりが素なのか実は?!)
(とんだ萌えキャラじゃねえか!!!)
硬直するカイの頭に、アフィーはぐりぐりと額をこすりつける。
(な、なんて破壊力だ……!)
(これがギャップ萌え……!)
一瞬で骨抜きにされたカイは、両手を合わせてシェルティを拝む。
「シェル、アフィーの分も……」
「嫌だ」
即答である。
カイはめげずに、上目遣いで懇願する。
「お願いだよ、絶対だめ?角二本とも使っていいからさ。頼むよ」
「……」
「シェルいつも言ってるじゃん、おれの願いならなんでもかなえてくれるって」
シェルティはため息をつく。
「それをここで言うのはずるいよ」
仕方ないな、と心底嫌そうにシェルティは承諾した。
「――――それで、どうせそっちの野蛮人の分も作れっていうんだろ?」
レオンは鼻で笑う。
「察しがいいな」
「お前のためじゃない。カイのためだ」
「シェルー!ありがとう!」
ぱっと表情を明るくするカイを見て、シェルティはつられて相好を崩し、それまで舐めているだけだった酒をごくりと一口のどに流しこんだ。
「――――じゃあ、カイも、ぼくの頼みをひとつ聞いてよ」
「おお、なんでも言ってよ!」
シェルティおもむろに荷箱から弦楽器を取り出し、つま弾いた。
ジャラン、と、軽快で耳心地の良い音が響く。
「歌ってよ」
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