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第一章

欺瞞

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カイは昼過ぎにようやく目を覚ました。
気付かない間に寝台へと移されていて、寝衣も新しいものへと取り変えられていた。
「お寝坊さん、気分はどう?」
カイの身支度を手伝いにやってきたシェルティは、光る朝露のような輝く笑顔を向ける。
「おかげさまで……胃もたれがひどい……」
カイは胃をさすりながら答えた。
(こいつ朝まで二人とやりあってたくせに、なんでこんなキラキラしてんだ……タフすぎる)
「馴鹿、お皿一杯たべたんだろう?夜食にしては食べ過ぎだ。――――でも、そうだね。夜にお腹がすくのは元気になった証拠だし、これからはもう少し食べ応えのあるものを用意することにするよ」
「ありがとう。……ちなみにあのあと、大丈夫だった?」
カイの問いに、シェルティはなにも答えず、ただにっこりと笑った。
(あ、これは、聞かない方がいいやつ……)
カイは引きつった笑みを返し、それ以上追及することはしなかった。

身支度を済ませたカイは、さっそくシェルティに、もとの世界に戻る方法を尋ねた。
「ごめんね。わからないんだ」
シェルティは残念そうに首を振った。
カイの魂を呼ぶために用いられた降魂術は、極めて高度な霊術であり、専門家でなければ解説さえ難しいという。
「じゃあその専門家に会うことは出来ない?」
「難しいだろう」
シェルティは眉尻を下げて首を振り、カイの要求を退けた。
「『百年災嵐』はきみのおかげでやり過ごすことができたんだけど、被害がまったくなかったわけじゃない。五年たった今でも、まだ完全な復興は果たせていなくて、それこそ名のある技師はみんな担ぎ出されている状況なんだ。――――それに、朝廷は決して君の願いを叶えてはくれないよ」
シェルティは憂いを帯びた表情で、けれどはっきりしたものいいで、カイに言い聞かせる。
「世界を救った英雄であるきみを蔑ろにするのは心苦しい。けれどどうかわかってほしい。そもそもきみがこんな僻地で療養しているのも、その、復興に追われる朝廷に置いておくのが忍びなかったからなんだ。朝廷にいるものは皆、官人として扱われる。官人に私情は許されない。より多くの人民に関わる問題を優先しなければならない――――きみの抱く個人的な希望のためには、決して余力を割いてはくれないんだ」
「……そっか」
カイは肩を落とした。
(なにも知らなった)
(てっきり、世界を無傷で守りきったんだと思ってた)
(……でも、そっか)
(それなりに被害はあったんだな)
心臓をつかまれたような心地だった。
それでもカイは、諦めなかった。
(決めたんだ。帰るって)
(この身体をもとの持ち主に返すって)
カイは不安げに見つめてくるシェルティに、力強い眼差しを返した。
「じゃあ、待つよ。復興が落ち着くまで待って、それからなら、協力してくれるかもしれないんだろ?」
シェルティはカイの肩に手をかけた。
「カイ、きみは、本当に帰りたい?」
カイは頷く。
「うん、おれは戻るべきだと思うし、そのためにやれることをしたい」
「……それならなおさら、朝廷の力は借りられない。そのお抱えである、降魂術を扱える技師たちの助けも、得ることはできない」
「なんで?」
「彼らはきみが戻ることを望んでいないからだ。――――前にも言ったけど、きみはこちらの世界をあちらの世界を繋ぐ管なんだ。あちらの世界の膨大な霊を、ただひとり、君の身体を通してのみ、ぼくたちは扱うことができる。それは災嵐を払うのに必要不可欠だった。けれど災嵐が払われたいまも、きみの力は復興の役に立つ。朝廷は、きみを官人としての復帰させようとしているんだ」
「おれ、でも、霊操とか、全然できないのに……」
「やり方を忘れているだけさ。思い出せばまた、世界最高の技師としての力を振るえるようになるだろう」
シェルティの言葉に、カイは驚きつつも息巻いた。
「じゃあ、やるよ。復興を手伝う。それさえ済めば、もうおれは必要なくなるだろ?」
「いいや。必要さ。なぜなら災嵐はまた百年後にやってくるからだ。復興が済めば、またその対策を打ち始めなければならないし、きみの力を必要とする事案は次から次へと生まれてくる。一度手に入れた力を、人は絶対に手放さない。――――断言するよ。きみは、朝廷に戻れば絶対に、二度ともとの世界に帰らせてはもらえないだろう。それどころか私人としての自由さえ一生手放すはめになるだろう」
予想だにしていなかった話に、カイは色を失う。
それを見たシェルティは、態度には出さなかったが、ほっと胸をなでおろした。
「大丈夫。もちろんカイをそんな目には合わせない。この世界の奴隷になんて絶対にさせないよ」
しかしカイは首を振って呟いた。
「ダメだ」
カイはそっと、シェルティの手を肩から振り払う。
「おれ、自分勝手だったかな。そんなの聞いたら――――おれ、こんなところでのんきに過ごしてる場合じゃないんじゃないか?おれの力、必要とされてるんだろ?じゃあむしろ、はやく朝廷に行って、復興の手助けをするべきなんじゃないか?」
シェルティは振り払われた手を強く握りしめる。
「カイ……」
「帰る方法を探すためじゃない。おれになにができるのかわからないけど、助けがいるなら、行くべきなんじゃないか?」
「……そうだね、きみは、そういう人だったね」
シェルティは悲哀の色が滲んだ微笑みを浮かべる。それからもう一度、今度は振り払われないよう強く、カイの肩を握る。
「忘れていないかい?きみが帰ろうと思ったのは、自分のためだけじゃないだろう」
「……あ」
「その身体をもとの持ち主に――――ラウラに返したいんだろう?」
「……うん」
「安心するといい。きみの懸念は杞憂に終わる」
「?」
「ラウラはこの世界屈指の霊技師だった。もしその身体をラウラに返すことができたなら、彼女はきみと同等か、それ以上の働きをするはずだ。――――身体を返すために、もとの世界に戻る。その考え自体をぼくも支持するよ。ラウラもきみも、本来あるべき身体で、あるべき場所で生きるのが一番だからね」
それを聞いて、カイは血色を取り戻し、笑みをこぼす。
「それなら、やっぱ、どうにかして戻る方法を見つけないとな。――――あ、でもそれが絶望的だって話だったっけ……」
ふりだしに戻り、カイは落胆する。
しかしシェルティはカイを励ますように、すぐに別の提案をする。
「だいじょうぶ。可能性はゼロじゃない」
「なんか手があるのか?」
「うん――――ようは朝廷を頼らなければいいんだ。帰る方法は自力で、ぼくたちで見つければいいんだよ」
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