17 / 185
第一章
男の中の男
しおりを挟む
レオンとカイは隣り合って座ったまま、静かに明け行く空を眺めた。
「……ん」
カイはまぶたに重みを感じ、小さく欠伸をする。
「眠いか」
二人でいる沈黙に心地よさを覚えていたカイは、目をこすって首をふる。
(シェルとアフィーといるときもそうだけど、なんでこんな、安心した気持ちになるんだろう)
(このままずっとこうしていたいって思うのは、なんでだろう……)
「寝床にもどるか?」
レオンは再び問う。
「いや、もう少し……あ!」
カイは月を横切る影を指さす。
「まただ、ドラゴン」
「ドラゴン?」
「あ、ちがう、なんでしたっけ、ケタリング?」
ケタリングはその場を旋回しているようで、月を一定の感覚で横切った。
「なにやってるんだろ」
「回ってるんだよ」
「なんのために?」
「見張りだ」
「えっ、誰かから狙われてるんですか?」
「危険はねえよ」
それ以上は訊くな、と言わんばかりに、レオンはカイの頭を乱暴にかき撫でた。
「なにするんですか……」
カイは不平を漏らしつつも、レオンの意を汲み、それ以上の言及は避けた。
「そういえば聞きたかったんですけど、あれって、レオンさんが飼ってるんですか?乗ってましたよね?」
「飼ってるわけじゃねえが、まあ、おれのもんではある」
「おお、すげえ!」
カイは逡巡したが、堪えきれずに訊ねた。
「……あの、おれも、乗せてもらえたりします?」
「乗りたいのか?」
前のめりになって、カイは頷いた。
「はい!」
レオンは嬉しそうに鼻をならした。
「乗ってどうすんだよ」
「どうするって、いやだってあんなの、なんもなくても乗ってみたいですよ!超かっこいいじゃないですか!空飛んでもらって、上から景色とか見たら、もうそんなの、絶対最高じゃないですか!」
「……ははっ!」
レオンは大声で笑い、カイの背を叩いた。
「やっぱりお前は、なにも変わらねえな!」
「ちょっ……強い!強いです!」
折れちゃいます、と半泣きで叫ぶカイに、レオンはとどめといわんばかりに強烈な一撃をお見舞いする。
「ぐえっ!?」
「この程度で音をあげるような貧弱は乗せらんねえなあ」
「ええ!そんな!」
「乗りたかったらなおのこと、もっと丈夫な身体にしろ。それから霊操も、ケタリング乗るには不可欠だ」
レオンはひらりと屋根の上から飛び降りて言った。
「少なくともここを身一つで上り下りできるくらいのことはできるようにしとけ」
カイは三メートル下にある地面を覗き込み、呻いた。
「気が遠くなってきた……」
「すぐだろ。お前、根性あるからな」
「うーん……自分ではそう思いませんけど……」
レオンは小屋の前に積んであった荷箱を踏切台代わりに、ひらりと身軽な動作で屋根の上に戻った。
そしてまた一段と強く、カイの背を叩いた。
「うっ!」
「ブツブツ言ってんじゃねえよ、自分よりおれの言うことを信じろ。――――お前はおれの知る中で誰よりも根性がある、諦めのわりい強い男だ」
「レオンさん……」
カイは感動に胸を震わせる。反芻するようにレオンの言葉を頭の中で繰り返し、そして首をひねる。
「強い――――男?」
「ああ。お前はおれが知る中で、おれ含め、誰よりも強い男だ。間違いない」
カイはさらに大きく首をひねる。
「間違いなく――――男?」
「しつけえな。そうだよ。お前は男の中の男だ。姿かたちは関係ねえ」
カイは大きく深呼吸する。それから真剣な顔でレオンを見つめる。
レオンもカイのただならぬ顔つきに表情を引き締める。
「あの、つかぬことをお伺いしますが」
「なんだよ」
「自分って――――男ですか?」
「なにいってんだ、当たり前だろ」
「身体、女ですけど……」
「みりゃわかる。でも中身はカイだろ。男だ」
「……」
「どうした?」
「……この身体の中身が男ってことは、最初からご存じで?」
「ああ」
「シェルとアフィーも?」
「当然だろ。なんだよ。なにが言いたいんだよ」
カイは笑って首をふった。そしてゆっくり立ち上がり、叫んだ。
「ああああああああ!!!!!!」
(殺してくれ!)
(頼む神様いますぐおれを抹殺してくれ!!)
「気でも触れたか?」
訝しむレオンに、カイは乾いた笑いを返すことしかできない。
(そうだな!いっそ気狂ってた方がどれほどよかったかな!)
空が白むにはまだはやいが、カイの絶叫は草原に広くとどろき、鳥獣のみならず小さな羽虫まで眠りから目覚めさせたのだった。
「……ん」
カイはまぶたに重みを感じ、小さく欠伸をする。
「眠いか」
二人でいる沈黙に心地よさを覚えていたカイは、目をこすって首をふる。
(シェルとアフィーといるときもそうだけど、なんでこんな、安心した気持ちになるんだろう)
(このままずっとこうしていたいって思うのは、なんでだろう……)
「寝床にもどるか?」
レオンは再び問う。
「いや、もう少し……あ!」
カイは月を横切る影を指さす。
「まただ、ドラゴン」
「ドラゴン?」
「あ、ちがう、なんでしたっけ、ケタリング?」
ケタリングはその場を旋回しているようで、月を一定の感覚で横切った。
「なにやってるんだろ」
「回ってるんだよ」
「なんのために?」
「見張りだ」
「えっ、誰かから狙われてるんですか?」
「危険はねえよ」
それ以上は訊くな、と言わんばかりに、レオンはカイの頭を乱暴にかき撫でた。
「なにするんですか……」
カイは不平を漏らしつつも、レオンの意を汲み、それ以上の言及は避けた。
「そういえば聞きたかったんですけど、あれって、レオンさんが飼ってるんですか?乗ってましたよね?」
「飼ってるわけじゃねえが、まあ、おれのもんではある」
「おお、すげえ!」
カイは逡巡したが、堪えきれずに訊ねた。
「……あの、おれも、乗せてもらえたりします?」
「乗りたいのか?」
前のめりになって、カイは頷いた。
「はい!」
レオンは嬉しそうに鼻をならした。
「乗ってどうすんだよ」
「どうするって、いやだってあんなの、なんもなくても乗ってみたいですよ!超かっこいいじゃないですか!空飛んでもらって、上から景色とか見たら、もうそんなの、絶対最高じゃないですか!」
「……ははっ!」
レオンは大声で笑い、カイの背を叩いた。
「やっぱりお前は、なにも変わらねえな!」
「ちょっ……強い!強いです!」
折れちゃいます、と半泣きで叫ぶカイに、レオンはとどめといわんばかりに強烈な一撃をお見舞いする。
「ぐえっ!?」
「この程度で音をあげるような貧弱は乗せらんねえなあ」
「ええ!そんな!」
「乗りたかったらなおのこと、もっと丈夫な身体にしろ。それから霊操も、ケタリング乗るには不可欠だ」
レオンはひらりと屋根の上から飛び降りて言った。
「少なくともここを身一つで上り下りできるくらいのことはできるようにしとけ」
カイは三メートル下にある地面を覗き込み、呻いた。
「気が遠くなってきた……」
「すぐだろ。お前、根性あるからな」
「うーん……自分ではそう思いませんけど……」
レオンは小屋の前に積んであった荷箱を踏切台代わりに、ひらりと身軽な動作で屋根の上に戻った。
そしてまた一段と強く、カイの背を叩いた。
「うっ!」
「ブツブツ言ってんじゃねえよ、自分よりおれの言うことを信じろ。――――お前はおれの知る中で誰よりも根性がある、諦めのわりい強い男だ」
「レオンさん……」
カイは感動に胸を震わせる。反芻するようにレオンの言葉を頭の中で繰り返し、そして首をひねる。
「強い――――男?」
「ああ。お前はおれが知る中で、おれ含め、誰よりも強い男だ。間違いない」
カイはさらに大きく首をひねる。
「間違いなく――――男?」
「しつけえな。そうだよ。お前は男の中の男だ。姿かたちは関係ねえ」
カイは大きく深呼吸する。それから真剣な顔でレオンを見つめる。
レオンもカイのただならぬ顔つきに表情を引き締める。
「あの、つかぬことをお伺いしますが」
「なんだよ」
「自分って――――男ですか?」
「なにいってんだ、当たり前だろ」
「身体、女ですけど……」
「みりゃわかる。でも中身はカイだろ。男だ」
「……」
「どうした?」
「……この身体の中身が男ってことは、最初からご存じで?」
「ああ」
「シェルとアフィーも?」
「当然だろ。なんだよ。なにが言いたいんだよ」
カイは笑って首をふった。そしてゆっくり立ち上がり、叫んだ。
「ああああああああ!!!!!!」
(殺してくれ!)
(頼む神様いますぐおれを抹殺してくれ!!)
「気でも触れたか?」
訝しむレオンに、カイは乾いた笑いを返すことしかできない。
(そうだな!いっそ気狂ってた方がどれほどよかったかな!)
空が白むにはまだはやいが、カイの絶叫は草原に広くとどろき、鳥獣のみならず小さな羽虫まで眠りから目覚めさせたのだった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
異世界の片隅で引き篭りたい少女。
月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!
見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに
初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、
さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。
生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。
世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。
なのに世界が私を放っておいてくれない。
自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。
それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ!
己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。
※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。
ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。
巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!
あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!?
資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。
そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。
どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。
「私、ガンバる!」
だったら私は帰してもらえない?ダメ?
聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。
スローライフまでは到達しなかったよ……。
緩いざまああり。
注意
いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる