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第一章

男の中の男

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レオンとカイは隣り合って座ったまま、静かに明け行く空を眺めた。
「……ん」
カイはまぶたに重みを感じ、小さく欠伸をする。
「眠いか」
二人でいる沈黙に心地よさを覚えていたカイは、目をこすって首をふる。
(シェルとアフィーといるときもそうだけど、なんでこんな、安心した気持ちになるんだろう)
(このままずっとこうしていたいって思うのは、なんでだろう……)
「寝床にもどるか?」
レオンは再び問う。
「いや、もう少し……あ!」
カイは月を横切る影を指さす。
「まただ、ドラゴン」
「ドラゴン?」
「あ、ちがう、なんでしたっけ、ケタリング?」
ケタリングはその場を旋回しているようで、月を一定の感覚で横切った。
「なにやってるんだろ」
「回ってるんだよ」
「なんのために?」
「見張りだ」
「えっ、誰かから狙われてるんですか?」
「危険はねえよ」
それ以上は訊くな、と言わんばかりに、レオンはカイの頭を乱暴にかき撫でた。
「なにするんですか……」
カイは不平を漏らしつつも、レオンの意を汲み、それ以上の言及は避けた。
「そういえば聞きたかったんですけど、あれって、レオンさんが飼ってるんですか?乗ってましたよね?」
「飼ってるわけじゃねえが、まあ、おれのもんではある」
「おお、すげえ!」
カイは逡巡したが、堪えきれずに訊ねた。
「……あの、おれも、乗せてもらえたりします?」
「乗りたいのか?」
前のめりになって、カイは頷いた。
「はい!」
レオンは嬉しそうに鼻をならした。
「乗ってどうすんだよ」
「どうするって、いやだってあんなの、なんもなくても乗ってみたいですよ!超かっこいいじゃないですか!空飛んでもらって、上から景色とか見たら、もうそんなの、絶対最高じゃないですか!」
「……ははっ!」
レオンは大声で笑い、カイの背を叩いた。
「やっぱりお前は、なにも変わらねえな!」
「ちょっ……強い!強いです!」
折れちゃいます、と半泣きで叫ぶカイに、レオンはとどめといわんばかりに強烈な一撃をお見舞いする。
「ぐえっ!?」
「この程度で音をあげるような貧弱は乗せらんねえなあ」
「ええ!そんな!」
「乗りたかったらなおのこと、もっと丈夫な身体にしろ。それから霊操も、ケタリング乗るには不可欠だ」
レオンはひらりと屋根の上から飛び降りて言った。
「少なくともここを身一つで上り下りできるくらいのことはできるようにしとけ」
カイは三メートル下にある地面を覗き込み、呻いた。
「気が遠くなってきた……」
「すぐだろ。お前、根性あるからな」
「うーん……自分ではそう思いませんけど……」
レオンは小屋の前に積んであった荷箱を踏切台代わりに、ひらりと身軽な動作で屋根の上に戻った。
そしてまた一段と強く、カイの背を叩いた。
「うっ!」
「ブツブツ言ってんじゃねえよ、自分よりおれの言うことを信じろ。――――お前はおれの知る中で誰よりも根性がある、諦めのわりい強い男だ」
「レオンさん……」
カイは感動に胸を震わせる。反芻するようにレオンの言葉を頭の中で繰り返し、そして首をひねる。
「強い――――男?」
「ああ。お前はおれが知る中で、おれ含め、誰よりも強い男だ。間違いない」
カイはさらに大きく首をひねる。
「間違いなく――――男?」
「しつけえな。そうだよ。お前は男の中の男だ。姿かたちは関係ねえ」
カイは大きく深呼吸する。それから真剣な顔でレオンを見つめる。
レオンもカイのただならぬ顔つきに表情を引き締める。
「あの、つかぬことをお伺いしますが」
「なんだよ」
「自分って――――男ですか?」
「なにいってんだ、当たり前だろ」
「身体、女ですけど……」
「みりゃわかる。でも中身はカイだろ。男だ」
「……」
「どうした?」
「……この身体の中身が男ってことは、最初からご存じで?」
「ああ」
「シェルとアフィーも?」
「当然だろ。なんだよ。なにが言いたいんだよ」
カイは笑って首をふった。そしてゆっくり立ち上がり、叫んだ。

「ああああああああ!!!!!!」

(殺してくれ!)
(頼む神様いますぐおれを抹殺してくれ!!)
「気でも触れたか?」
訝しむレオンに、カイは乾いた笑いを返すことしかできない。
(そうだな!いっそ気狂ってた方がどれほどよかったかな!)
空が白むにはまだはやいが、カイの絶叫は草原に広くとどろき、鳥獣のみならず小さな羽虫まで眠りから目覚めさせたのだった。
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