上 下
13 / 173
第一章

自己嫌悪

しおりを挟む



カイは夜中に目を覚ました。
今日はシェルティとアフィーの仲裁で疲れ果てていたはずなのに、なぜか眠気は訪れなかった。
カイは仕方なく起き上がり、仗を手に取った。
(あれ……花が)
日中にシェルティとアフィーが荒らしまわった薄雪草はいつの間にか丁寧に整えられていた。
十日前に目覚めたときは、床一面隙間なく生けられていたそれは、日に日に数を減らし、今では数えるほどとなっている。
発光する薄雪草は夜間の照明代わりともなり、カイの礼拝堂内をぼんやりと照らしている。
天窓から月明りも注いでいるが、微かなもので、薄雪草が無ければ室内は暗やみに飲まれてしまうだろう。
(寝る前は荒れたままだったよな……。いつ誰が……?)
カイは不思議に思いながら、立ち上がり、花弁を散らさないよう細心の注意を払って歩き出した。
昼間はシェルティの介添えがあったが、今は自分の足と仗だけを頼りに歩かなければならない。
すぐに息が切れ、足元が不安定になる。それでもどうにか扉までたどり着き、カイははじめて、自分の足で礼拝堂の外に出た。
廊下は驚くほど明るかった。ところどころ崩れた壁や天井から、月と星々の光が指し込んでいる。カイは崩れた壁際に近づき、外を眺めた。
(この世界は夜が明るい……)
カイはその場にしゃがみ込み、明るい夜空を眺めながら、物思いに耽った。
(おれ、これから、どうすればいいんだろう……)

目覚めてから十日、カイはこの小さな、長く伏せっていたために弱り切った身体に慣れるので精いっぱいだった。
例えるなら旅先で病に罹ったような心持だろう。霊操を修練に取り組みはしたが、ほとんど手遊びの感覚で、実のところカイにのっては暇つぶしでしかなかった。
身体を回復させること以外、目下取り組むべきことはない。その思いが、カイをさまざまな不安から遠ざけていた。
しかしいざ、ひとりで出歩けるまでに回復すると、それらは静かにカイの足元に広がり始めた。
(おれ、なにすればいいんだろう)
(身体は、たぶん、このままどんどん回復してく)
(もとは世界を救うために呼ばれた。覚えてないけど、それは果たしたらしいし、ここでおれがやるべきことって、なんもないよな)
(……もとの世界に戻る?)
カイは月を横切る影を見た。鳥にしては大きい。
(あのドラゴンみたいなやつかな)
若草の香りを含んだ春の夜風が、カイの髪を揺らす。
どこからか、飛んできたのか、気づくとカイは光る綿毛に囲まれていた。
(これもなんかの生き物かな?)
カイは綿毛に触れようと手をのばすが、綿毛はそれを避ける。
綿毛は無数に浮かんでいるのに、ひとつも、カイは触れることができない。
(はは……おもしろいなあ)
カイが腕を降ろすと、今度は綿毛の方が近づいてきて、カイの肩に降りた。
他の綿毛も、カイの足元や頭、ひざに降りてくる。カイは笑って、その場に大の字に寝転がった。
(なんだこいつら、へんなの!)
光る綿毛の中で、一瞬だけ綻んだカイの表情は、しかしすぐにまた曇る。
(この世界、おもしろいけど、やっぱそれって、今だけかな)
(魔法もドラゴンもきれいな風景も、いつか日常になる。そしたら感動もなくなる)
(……)
(もうちょっと歩けるようになったら、この世界見て回ってみたいな)
(こういう、異世界生物もっと見たいし、町に行って、いろんなもん食って、いろんな人と話してみたい)
(……)
(でも、それが済んだら?)
(この世界でおれに用意されていた唯一のタスクはもう、完了した。やるべきことは、もう、なにもないんだよな)
(シェルとアフィーは、おれがこれからどうするのか、それはおれの自由だし、手助けするって言ってくれるけど……)
(正直、なにをしてもいいって言われるのが、一番困る)
カイは上体を起こし、項垂れた。
(異世界にきても、身体が変わっても、性根は変わらないか。……くそ)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。 そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは? そこで彼は思った――もっと欲しい! 欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果―― ※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。

処理中です...