災嵐回記 ―世界を救わなかった救世主は、すべてを忘れて繰りかえす―

牛飼山羊

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第一章

自己嫌悪

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カイは夜中に目を覚ました。
今日はシェルティとアフィーの仲裁で疲れ果てていたはずなのに、なぜか眠気は訪れなかった。
カイは仕方なく起き上がり、仗を手に取った。
(あれ……花が)
日中にシェルティとアフィーが荒らしまわった薄雪草はいつの間にか丁寧に整えられていた。
十日前に目覚めたときは、床一面隙間なく生けられていたそれは、日に日に数を減らし、今では数えるほどとなっている。
発光する薄雪草は夜間の照明代わりともなり、カイの礼拝堂内をぼんやりと照らしている。
天窓から月明りも注いでいるが、微かなもので、薄雪草が無ければ室内は暗やみに飲まれてしまうだろう。
(寝る前は荒れたままだったよな……。いつ誰が……?)
カイは不思議に思いながら、立ち上がり、花弁を散らさないよう細心の注意を払って歩き出した。
昼間はシェルティの介添えがあったが、今は自分の足と仗だけを頼りに歩かなければならない。
すぐに息が切れ、足元が不安定になる。それでもどうにか扉までたどり着き、カイははじめて、自分の足で礼拝堂の外に出た。
廊下は驚くほど明るかった。ところどころ崩れた壁や天井から、月と星々の光が指し込んでいる。カイは崩れた壁際に近づき、外を眺めた。
(この世界は夜が明るい……)
カイはその場にしゃがみ込み、明るい夜空を眺めながら、物思いに耽った。
(おれ、これから、どうすればいいんだろう……)

目覚めてから十日、カイはこの小さな、長く伏せっていたために弱り切った身体に慣れるので精いっぱいだった。
例えるなら旅先で病に罹ったような心持だろう。霊操を修練に取り組みはしたが、ほとんど手遊びの感覚で、実のところカイにのっては暇つぶしでしかなかった。
身体を回復させること以外、目下取り組むべきことはない。その思いが、カイをさまざまな不安から遠ざけていた。
しかしいざ、ひとりで出歩けるまでに回復すると、それらは静かにカイの足元に広がり始めた。
(おれ、なにすればいいんだろう)
(身体は、たぶん、このままどんどん回復してく)
(もとは世界を救うために呼ばれた。覚えてないけど、それは果たしたらしいし、ここでおれがやるべきことって、なんもないよな)
(……もとの世界に戻る?)
カイは月を横切る影を見た。鳥にしては大きい。
(あのドラゴンみたいなやつかな)
若草の香りを含んだ春の夜風が、カイの髪を揺らす。
どこからか、飛んできたのか、気づくとカイは光る綿毛に囲まれていた。
(これもなんかの生き物かな?)
カイは綿毛に触れようと手をのばすが、綿毛はそれを避ける。
綿毛は無数に浮かんでいるのに、ひとつも、カイは触れることができない。
(はは……おもしろいなあ)
カイが腕を降ろすと、今度は綿毛の方が近づいてきて、カイの肩に降りた。
他の綿毛も、カイの足元や頭、ひざに降りてくる。カイは笑って、その場に大の字に寝転がった。
(なんだこいつら、へんなの!)
光る綿毛の中で、一瞬だけ綻んだカイの表情は、しかしすぐにまた曇る。
(この世界、おもしろいけど、やっぱそれって、今だけかな)
(魔法もドラゴンもきれいな風景も、いつか日常になる。そしたら感動もなくなる)
(……)
(もうちょっと歩けるようになったら、この世界見て回ってみたいな)
(こういう、異世界生物もっと見たいし、町に行って、いろんなもん食って、いろんな人と話してみたい)
(……)
(でも、それが済んだら?)
(この世界でおれに用意されていた唯一のタスクはもう、完了した。やるべきことは、もう、なにもないんだよな)
(シェルとアフィーは、おれがこれからどうするのか、それはおれの自由だし、手助けするって言ってくれるけど……)
(正直、なにをしてもいいって言われるのが、一番困る)
カイは上体を起こし、項垂れた。
(異世界にきても、身体が変わっても、性根は変わらないか。……くそ)
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