13 / 260
第一章
自己嫌悪
しおりを挟む
〇
カイは夜中に目を覚ました。
今日はシェルティとアフィーの仲裁で疲れ果てていたはずなのに、なぜか眠気は訪れなかった。
カイは仕方なく起き上がり、仗を手に取った。
(あれ……花が)
日中にシェルティとアフィーが荒らしまわった薄雪草はいつの間にか丁寧に整えられていた。
十日前に目覚めたときは、床一面隙間なく生けられていたそれは、日に日に数を減らし、今では数えるほどとなっている。
発光する薄雪草は夜間の照明代わりともなり、カイの礼拝堂内をぼんやりと照らしている。
天窓から月明りも注いでいるが、微かなもので、薄雪草が無ければ室内は暗やみに飲まれてしまうだろう。
(寝る前は荒れたままだったよな……。いつ誰が……?)
カイは不思議に思いながら、立ち上がり、花弁を散らさないよう細心の注意を払って歩き出した。
昼間はシェルティの介添えがあったが、今は自分の足と仗だけを頼りに歩かなければならない。
すぐに息が切れ、足元が不安定になる。それでもどうにか扉までたどり着き、カイははじめて、自分の足で礼拝堂の外に出た。
廊下は驚くほど明るかった。ところどころ崩れた壁や天井から、月と星々の光が指し込んでいる。カイは崩れた壁際に近づき、外を眺めた。
(この世界は夜が明るい……)
カイはその場にしゃがみ込み、明るい夜空を眺めながら、物思いに耽った。
(おれ、これから、どうすればいいんだろう……)
目覚めてから十日、カイはこの小さな、長く伏せっていたために弱り切った身体に慣れるので精いっぱいだった。
例えるなら旅先で病に罹ったような心持だろう。霊操を修練に取り組みはしたが、ほとんど手遊びの感覚で、実のところカイにのっては暇つぶしでしかなかった。
身体を回復させること以外、目下取り組むべきことはない。その思いが、カイをさまざまな不安から遠ざけていた。
しかしいざ、ひとりで出歩けるまでに回復すると、それらは静かにカイの足元に広がり始めた。
(おれ、なにすればいいんだろう)
(身体は、たぶん、このままどんどん回復してく)
(もとは世界を救うために呼ばれた。覚えてないけど、それは果たしたらしいし、ここでおれがやるべきことって、なんもないよな)
(……もとの世界に戻る?)
カイは月を横切る影を見た。鳥にしては大きい。
(あのドラゴンみたいなやつかな)
若草の香りを含んだ春の夜風が、カイの髪を揺らす。
どこからか、飛んできたのか、気づくとカイは光る綿毛に囲まれていた。
(これもなんかの生き物かな?)
カイは綿毛に触れようと手をのばすが、綿毛はそれを避ける。
綿毛は無数に浮かんでいるのに、ひとつも、カイは触れることができない。
(はは……おもしろいなあ)
カイが腕を降ろすと、今度は綿毛の方が近づいてきて、カイの肩に降りた。
他の綿毛も、カイの足元や頭、ひざに降りてくる。カイは笑って、その場に大の字に寝転がった。
(なんだこいつら、へんなの!)
光る綿毛の中で、一瞬だけ綻んだカイの表情は、しかしすぐにまた曇る。
(この世界、おもしろいけど、やっぱそれって、今だけかな)
(魔法もドラゴンもきれいな風景も、いつか日常になる。そしたら感動もなくなる)
(……)
(もうちょっと歩けるようになったら、この世界見て回ってみたいな)
(こういう、異世界生物もっと見たいし、町に行って、いろんなもん食って、いろんな人と話してみたい)
(……)
(でも、それが済んだら?)
(この世界でおれに用意されていた唯一のタスクはもう、完了した。やるべきことは、もう、なにもないんだよな)
(シェルとアフィーは、おれがこれからどうするのか、それはおれの自由だし、手助けするって言ってくれるけど……)
(正直、なにをしてもいいって言われるのが、一番困る)
カイは上体を起こし、項垂れた。
(異世界にきても、身体が変わっても、性根は変わらないか。……くそ)
カイは夜中に目を覚ました。
今日はシェルティとアフィーの仲裁で疲れ果てていたはずなのに、なぜか眠気は訪れなかった。
カイは仕方なく起き上がり、仗を手に取った。
(あれ……花が)
日中にシェルティとアフィーが荒らしまわった薄雪草はいつの間にか丁寧に整えられていた。
十日前に目覚めたときは、床一面隙間なく生けられていたそれは、日に日に数を減らし、今では数えるほどとなっている。
発光する薄雪草は夜間の照明代わりともなり、カイの礼拝堂内をぼんやりと照らしている。
天窓から月明りも注いでいるが、微かなもので、薄雪草が無ければ室内は暗やみに飲まれてしまうだろう。
(寝る前は荒れたままだったよな……。いつ誰が……?)
カイは不思議に思いながら、立ち上がり、花弁を散らさないよう細心の注意を払って歩き出した。
昼間はシェルティの介添えがあったが、今は自分の足と仗だけを頼りに歩かなければならない。
すぐに息が切れ、足元が不安定になる。それでもどうにか扉までたどり着き、カイははじめて、自分の足で礼拝堂の外に出た。
廊下は驚くほど明るかった。ところどころ崩れた壁や天井から、月と星々の光が指し込んでいる。カイは崩れた壁際に近づき、外を眺めた。
(この世界は夜が明るい……)
カイはその場にしゃがみ込み、明るい夜空を眺めながら、物思いに耽った。
(おれ、これから、どうすればいいんだろう……)
目覚めてから十日、カイはこの小さな、長く伏せっていたために弱り切った身体に慣れるので精いっぱいだった。
例えるなら旅先で病に罹ったような心持だろう。霊操を修練に取り組みはしたが、ほとんど手遊びの感覚で、実のところカイにのっては暇つぶしでしかなかった。
身体を回復させること以外、目下取り組むべきことはない。その思いが、カイをさまざまな不安から遠ざけていた。
しかしいざ、ひとりで出歩けるまでに回復すると、それらは静かにカイの足元に広がり始めた。
(おれ、なにすればいいんだろう)
(身体は、たぶん、このままどんどん回復してく)
(もとは世界を救うために呼ばれた。覚えてないけど、それは果たしたらしいし、ここでおれがやるべきことって、なんもないよな)
(……もとの世界に戻る?)
カイは月を横切る影を見た。鳥にしては大きい。
(あのドラゴンみたいなやつかな)
若草の香りを含んだ春の夜風が、カイの髪を揺らす。
どこからか、飛んできたのか、気づくとカイは光る綿毛に囲まれていた。
(これもなんかの生き物かな?)
カイは綿毛に触れようと手をのばすが、綿毛はそれを避ける。
綿毛は無数に浮かんでいるのに、ひとつも、カイは触れることができない。
(はは……おもしろいなあ)
カイが腕を降ろすと、今度は綿毛の方が近づいてきて、カイの肩に降りた。
他の綿毛も、カイの足元や頭、ひざに降りてくる。カイは笑って、その場に大の字に寝転がった。
(なんだこいつら、へんなの!)
光る綿毛の中で、一瞬だけ綻んだカイの表情は、しかしすぐにまた曇る。
(この世界、おもしろいけど、やっぱそれって、今だけかな)
(魔法もドラゴンもきれいな風景も、いつか日常になる。そしたら感動もなくなる)
(……)
(もうちょっと歩けるようになったら、この世界見て回ってみたいな)
(こういう、異世界生物もっと見たいし、町に行って、いろんなもん食って、いろんな人と話してみたい)
(……)
(でも、それが済んだら?)
(この世界でおれに用意されていた唯一のタスクはもう、完了した。やるべきことは、もう、なにもないんだよな)
(シェルとアフィーは、おれがこれからどうするのか、それはおれの自由だし、手助けするって言ってくれるけど……)
(正直、なにをしてもいいって言われるのが、一番困る)
カイは上体を起こし、項垂れた。
(異世界にきても、身体が変わっても、性根は変わらないか。……くそ)
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?

側妃に追放された王太子
基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」
正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。
そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。
王の代理が側妃など異例の出来事だ。
「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」
王太子は息を吐いた。
「それが国のためなら」
貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。
無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

超文明日本
点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。
そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。
異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる