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第一章
同窓
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〇
ほどなくしてアフィーが再び寝室に姿を現した。
その後ろには宙に浮く、荷の乗ったオーガンジーを従えている。
「済んだ?」
「おかげさまで、ばっちりです」
「そう。……着替えは、大変だから、手伝う」
「いや……」
カイはまた丁重に断ろうとしたが、アフィーの身につける胡服を見て、留まった。
シェルティとレオンの服飾も同様だが、現代日本を生きるカイには馴染の薄い様式だ。
(三国志とか、中国の時代劇の衣装みたいだ)
(……絶対着れない)
カイはしばらく逡巡したが、仕方なく頭を下げた。
「えっと、じゃあ、お願いします」
「うん」
アフィーは頷き、カイにまず下着を渡した。形状は寝衣と同じ丈の短い前合わせだが、軽く、丈夫なつくりだった。
下着を変える間だけはアフィーは背を向けていたが、残りの着衣はすべてアフィーが行った。
「おお……」
着替えを終えたカイは、自分の身につけた衣装に、思わず感嘆の声を漏らした。
詰襟の上衣に、ゆったりとした袴。薄手の羽織を帯で留めた、動きやすい格好である。それでいて羽織には金糸と銀糸で美しい刺繡が幾重にも施されている。
たった一枚の羽織をまとっているだけなのに、その見事な刺繍のために、幾重にも衣をまとっているかのように錯覚させられる。
またカイは頭から耳たぶ、手足首まで、無数の装身具で飾られた。装身具にはすべて守りの霊術が編み込まれている、とアフィーは説明した。
服飾品はすべて瀟洒で気品があり、まるで花嫁衣裳のようであった。
しかしどれも肌に触れる心地はよく、軽い。
並みのものとは到底思えない衣装を与えられ、カイは恐縮する。
「すげえ……。けど、いいんですか、こんな、高そうなもん……」
「……立てる?」
アフィーは黒色の仗をカイに差し出した。カイはその仗を支えに、寝台から立ち上がる。
「よく似合ってる」
「いやあ、はは……汚しちゃわないか心配ですよ」
「平気。丈夫につくったから」
「え、これ、アフィーさんが作ってくれたんですか?」
「……アフィー」
「あ、う……アフィー、ありがとうございます。すごいですね、こんなん作れるなんて」
アフィーは目を伏せた。
「大したことはない」
「いやあ、すごいですよ」
「時間をかければ、誰でもできる」
「どれくらいかかったんですか?」
「五年」
「五年!?」
カイは驚いて目を剥き、声を上ずらせる。
「カイの眠る五年は、長かった」
アフィーは乱れたカイの髪をそっと梳いた。
「でも、いまは、五年あってよかったと思う。まわりも、落ち着いた。服も、用意できた」
カイは髪を梳くアフィーの手つきにどぎまぎしながら尋ねた。
「……あの、どうしてここまで、いろいろしてくれるんですか?」
(この人も、シェルと同じで、過去におれといろいろあったんだろうけど……)
(五年間かけておれのために服拵えるって相当だよな……)
(やっぱり、こう、色恋的ななにかがあったのか……!?)
アフィーはカイの髪から手を離して答えた。
「大切だから」
「……えーっと」
カイは質問を具体的なものに変えた。
「おれらって、どういう関係だったんですか?」
「……カイは災嵐を払おうと、世界を救おうとしていた。私は――――私も、その手伝いをしていた」
「一緒に世界を救った仲間、ってことですか?」
アフィーは肯定とも否定ともつかない、曖昧な角度に頭を傾げた。
「わたしはカイに助けられた」
「おれが?あなたを?」
「うん。いまのわたしは、カイがいたから、ある」
(……お?これはもしかして?)
「カイがいなかったらわたしは――――だから今度は、わたしが、カイのために――――わたしにできること、ぜんぶやる。一緒にいる。ずっと一緒に――――」
途切れ途切れで不明瞭な、まったく要領の得ない説明だった。
「……そうですか」
いろいろと掘り下げいところだったが、ぐっと堪え、カイはひとまず息をつく。
(なんか知らんが、とりあえずこの人にとっておれは、恩人的な立ち位置っぽいな)
(少なくとも恋仲ってかんじではないよな)
しかし、安心するカイに冷や水をかけるように、アフィーは呟く。
「今度こそ、わたし、カイの一番になる」
「え?」
「変わらなかった。五年たっても。ずっと、カイのこと――――だから――――」
「へっ?」
カイは間の抜けた、素っ頓狂な声をあげてしまう。
アフィーははっとして、カイを見つめる。
顔を赤くして硬直する、自分よりずっと小柄な少女を。
「変わらないよ」
ぽつりと言って、アフィーは口を閉ざしてしまう。
(なに今の!?やっぱなんかあったのか!?)
カイは二人の関係について更なる言及を重ねたがったが、思いとどまった。
(さわらぬ神にたたりなし……いまのおれはなにも知らない……)
そしてアフィーも、ふたりの過去についてそれ以上言葉を紡ぐことはなかった。
着衣を終えたカイは、急に眠気に襲われ、船を漕ぎ始める。
「……眠たい?」
アフィーは床で輝く生花のひとつを踏みつけながら言った。
「今日は、もう、休む?」
「いや、でも、せっかく、服着せてもらったのに……」
「無理は、よくない」
アフィーは腰に巻き付けた数枚のオーガンジーのうちの一枚に霊力を流しこむ。
オーガンジーはひとりでに腰から外れ、広がり、宙に浮いた。
アフィーはオーガンジーの上に桶と寝衣を乗せる。
(でた!魔法――――じゃなくて、霊力!)
それを目にした途端、カイの眠気は遠ざかる。
「すごいっすね、それ。どうやってるんですか?」
「霊操。すごくない。……最も基礎的なもの」
「へえ……」
アフィーはかすかに眉間にしわをよせる。カイは目を輝かせたまま息を飲み、おそるおそる尋ねた。
「……おれにもできます?」
「当然」
アフィーは即答した。カイは満面の笑みを浮かべ、心中で歓喜の声をあげた。
(キター!)
(異世界転生の醍醐味!!魔法!超能力!いやここでは霊力か!とにかくなんかすげー力!)
(そうだよな、おれ世界救った英雄だから、超強いやつとか使えちゃうわけじゃん!?)
(心が中学二年生に戻る!!でもほんとに使えるからね!!最高!!やった!!!)
カイは堪えきれず、アフィーに尋ねる。
「じゃ、じゃあ、空飛べますか?炎とか氷出したりとか?すげえ技使えたりしますかね!?」
しかしアフィーはにべもなく即答する。
「できない」
カイの瞳から光が失せる。
(調子に乗った……)
(また、おれは、自分から恥をかきにいったのか……)
わかりやすく肩を落とすカイを励ますように、アフィーは今はできない、と言い足した。
「記憶がないから」
「え、じゃあ、前はできたんですか?」
「当然。カイはすごかった。それにすごく強かった。ケタリングと戦えるくらい」
「あのドラゴンと?!」
「空中戦。すごくかっこよかった」
「おお……!」
カイは気を取り直し、再び目を輝かせる。
「いまのカイは、記憶がない。だから、霊操も、忘れてる。昔の、この世界にきたばかりのころのカイも、霊操、できなかった。でも訓練して、使えるようになった」
「また訓練すれば使えるようになりますか?」
「うん」
「やった!あのじゃあ、使い方、教えてください!」
「え?」
「霊力の使い方を!」
「わたしが、カイに、霊操を……?」
アフィーはカイの言葉に目を大きく見開いた。
それを見たカイは青ざめる。
(うわ、またおれ、やっちまった?)
「す、すみません、調子に乗りました!忙しいですよね!すみません無理言って!」
「やる」
「へ?」
「やる。わたしがあなたに、教える」
アフィーは目を伏せ、口元にかすかに笑みを浮かべながら、快諾した。
カイは慌てて礼を言った。
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
(ほんと、この人、つかめねえ……)
(でもとりあえず霊術?霊操?は教えてくれるんだよな?やった!)
(絶対空は飛びたいよなあ。モンスター倒したりとかもしてみたいよなあ!)
(異世界生活、楽しくなってきたぜ!)
カイは霊力について思いを馳せながら、笑顔で、頬を紅潮させた。
それを眺めるアフィーの笑みも、雪が溶けるように少しずつ、深みを増していった。
ほどなくしてアフィーが再び寝室に姿を現した。
その後ろには宙に浮く、荷の乗ったオーガンジーを従えている。
「済んだ?」
「おかげさまで、ばっちりです」
「そう。……着替えは、大変だから、手伝う」
「いや……」
カイはまた丁重に断ろうとしたが、アフィーの身につける胡服を見て、留まった。
シェルティとレオンの服飾も同様だが、現代日本を生きるカイには馴染の薄い様式だ。
(三国志とか、中国の時代劇の衣装みたいだ)
(……絶対着れない)
カイはしばらく逡巡したが、仕方なく頭を下げた。
「えっと、じゃあ、お願いします」
「うん」
アフィーは頷き、カイにまず下着を渡した。形状は寝衣と同じ丈の短い前合わせだが、軽く、丈夫なつくりだった。
下着を変える間だけはアフィーは背を向けていたが、残りの着衣はすべてアフィーが行った。
「おお……」
着替えを終えたカイは、自分の身につけた衣装に、思わず感嘆の声を漏らした。
詰襟の上衣に、ゆったりとした袴。薄手の羽織を帯で留めた、動きやすい格好である。それでいて羽織には金糸と銀糸で美しい刺繡が幾重にも施されている。
たった一枚の羽織をまとっているだけなのに、その見事な刺繍のために、幾重にも衣をまとっているかのように錯覚させられる。
またカイは頭から耳たぶ、手足首まで、無数の装身具で飾られた。装身具にはすべて守りの霊術が編み込まれている、とアフィーは説明した。
服飾品はすべて瀟洒で気品があり、まるで花嫁衣裳のようであった。
しかしどれも肌に触れる心地はよく、軽い。
並みのものとは到底思えない衣装を与えられ、カイは恐縮する。
「すげえ……。けど、いいんですか、こんな、高そうなもん……」
「……立てる?」
アフィーは黒色の仗をカイに差し出した。カイはその仗を支えに、寝台から立ち上がる。
「よく似合ってる」
「いやあ、はは……汚しちゃわないか心配ですよ」
「平気。丈夫につくったから」
「え、これ、アフィーさんが作ってくれたんですか?」
「……アフィー」
「あ、う……アフィー、ありがとうございます。すごいですね、こんなん作れるなんて」
アフィーは目を伏せた。
「大したことはない」
「いやあ、すごいですよ」
「時間をかければ、誰でもできる」
「どれくらいかかったんですか?」
「五年」
「五年!?」
カイは驚いて目を剥き、声を上ずらせる。
「カイの眠る五年は、長かった」
アフィーは乱れたカイの髪をそっと梳いた。
「でも、いまは、五年あってよかったと思う。まわりも、落ち着いた。服も、用意できた」
カイは髪を梳くアフィーの手つきにどぎまぎしながら尋ねた。
「……あの、どうしてここまで、いろいろしてくれるんですか?」
(この人も、シェルと同じで、過去におれといろいろあったんだろうけど……)
(五年間かけておれのために服拵えるって相当だよな……)
(やっぱり、こう、色恋的ななにかがあったのか……!?)
アフィーはカイの髪から手を離して答えた。
「大切だから」
「……えーっと」
カイは質問を具体的なものに変えた。
「おれらって、どういう関係だったんですか?」
「……カイは災嵐を払おうと、世界を救おうとしていた。私は――――私も、その手伝いをしていた」
「一緒に世界を救った仲間、ってことですか?」
アフィーは肯定とも否定ともつかない、曖昧な角度に頭を傾げた。
「わたしはカイに助けられた」
「おれが?あなたを?」
「うん。いまのわたしは、カイがいたから、ある」
(……お?これはもしかして?)
「カイがいなかったらわたしは――――だから今度は、わたしが、カイのために――――わたしにできること、ぜんぶやる。一緒にいる。ずっと一緒に――――」
途切れ途切れで不明瞭な、まったく要領の得ない説明だった。
「……そうですか」
いろいろと掘り下げいところだったが、ぐっと堪え、カイはひとまず息をつく。
(なんか知らんが、とりあえずこの人にとっておれは、恩人的な立ち位置っぽいな)
(少なくとも恋仲ってかんじではないよな)
しかし、安心するカイに冷や水をかけるように、アフィーは呟く。
「今度こそ、わたし、カイの一番になる」
「え?」
「変わらなかった。五年たっても。ずっと、カイのこと――――だから――――」
「へっ?」
カイは間の抜けた、素っ頓狂な声をあげてしまう。
アフィーははっとして、カイを見つめる。
顔を赤くして硬直する、自分よりずっと小柄な少女を。
「変わらないよ」
ぽつりと言って、アフィーは口を閉ざしてしまう。
(なに今の!?やっぱなんかあったのか!?)
カイは二人の関係について更なる言及を重ねたがったが、思いとどまった。
(さわらぬ神にたたりなし……いまのおれはなにも知らない……)
そしてアフィーも、ふたりの過去についてそれ以上言葉を紡ぐことはなかった。
着衣を終えたカイは、急に眠気に襲われ、船を漕ぎ始める。
「……眠たい?」
アフィーは床で輝く生花のひとつを踏みつけながら言った。
「今日は、もう、休む?」
「いや、でも、せっかく、服着せてもらったのに……」
「無理は、よくない」
アフィーは腰に巻き付けた数枚のオーガンジーのうちの一枚に霊力を流しこむ。
オーガンジーはひとりでに腰から外れ、広がり、宙に浮いた。
アフィーはオーガンジーの上に桶と寝衣を乗せる。
(でた!魔法――――じゃなくて、霊力!)
それを目にした途端、カイの眠気は遠ざかる。
「すごいっすね、それ。どうやってるんですか?」
「霊操。すごくない。……最も基礎的なもの」
「へえ……」
アフィーはかすかに眉間にしわをよせる。カイは目を輝かせたまま息を飲み、おそるおそる尋ねた。
「……おれにもできます?」
「当然」
アフィーは即答した。カイは満面の笑みを浮かべ、心中で歓喜の声をあげた。
(キター!)
(異世界転生の醍醐味!!魔法!超能力!いやここでは霊力か!とにかくなんかすげー力!)
(そうだよな、おれ世界救った英雄だから、超強いやつとか使えちゃうわけじゃん!?)
(心が中学二年生に戻る!!でもほんとに使えるからね!!最高!!やった!!!)
カイは堪えきれず、アフィーに尋ねる。
「じゃ、じゃあ、空飛べますか?炎とか氷出したりとか?すげえ技使えたりしますかね!?」
しかしアフィーはにべもなく即答する。
「できない」
カイの瞳から光が失せる。
(調子に乗った……)
(また、おれは、自分から恥をかきにいったのか……)
わかりやすく肩を落とすカイを励ますように、アフィーは今はできない、と言い足した。
「記憶がないから」
「え、じゃあ、前はできたんですか?」
「当然。カイはすごかった。それにすごく強かった。ケタリングと戦えるくらい」
「あのドラゴンと?!」
「空中戦。すごくかっこよかった」
「おお……!」
カイは気を取り直し、再び目を輝かせる。
「いまのカイは、記憶がない。だから、霊操も、忘れてる。昔の、この世界にきたばかりのころのカイも、霊操、できなかった。でも訓練して、使えるようになった」
「また訓練すれば使えるようになりますか?」
「うん」
「やった!あのじゃあ、使い方、教えてください!」
「え?」
「霊力の使い方を!」
「わたしが、カイに、霊操を……?」
アフィーはカイの言葉に目を大きく見開いた。
それを見たカイは青ざめる。
(うわ、またおれ、やっちまった?)
「す、すみません、調子に乗りました!忙しいですよね!すみません無理言って!」
「やる」
「へ?」
「やる。わたしがあなたに、教える」
アフィーは目を伏せ、口元にかすかに笑みを浮かべながら、快諾した。
カイは慌てて礼を言った。
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
(ほんと、この人、つかめねえ……)
(でもとりあえず霊術?霊操?は教えてくれるんだよな?やった!)
(絶対空は飛びたいよなあ。モンスター倒したりとかもしてみたいよなあ!)
(異世界生活、楽しくなってきたぜ!)
カイは霊力について思いを馳せながら、笑顔で、頬を紅潮させた。
それを眺めるアフィーの笑みも、雪が溶けるように少しずつ、深みを増していった。
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