災嵐回記 ―世界を救わなかった救世主は、すべてを忘れて繰りかえす―

牛飼山羊

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第一章

シェルティ

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青年の名はシェルティといった。
「シェルと呼んでほしいな」
「シェル……」
「ふふ、その姿で呼ばれると、少しこそばゆいな。……少し待っていて。なにか食べるものをもってくるから」
シェルティは慣れた様子で薄雪草の間を縫って歩き、寝室から出ていった。
(な、なんだったんだ……)
一人になったことで、カイはようやく一息つくことができた。
(あのイケメン、いろいろ事情を知ってそうだし、敵ではないっぽいけど……)
(なんか、ただならぬ感じだったな)
(けっこうすごいこと言われた気がするし……)
(うーん……)
(でもやっぱ思い出せないな)
(……)
(……おれってまじで記憶喪失なんだな)
カイはもう一度鏡を手に取り、自分の顔を眺める。
それから身体を触る。
やはりもとの自分とは別人の、けれどどこか見覚えのある少女の身体だ。
(……TSものって大体当事者は自分の身体に興奮するもんだけど、意外と全然しないな)
(まだ中学生くらいだからか?)
(むしろあんまりこの身体に触りたくないのはなんでだ?)
(後ろめたい気持ちにさえなるのは――――)
(――――いやふつうに考えて入れ墨のせいか)
カイは全身に刻まれた紋様をなぞる。
頬や手はなめらかで柔らかいが、文身が刻まれた場所は、皮膚がひきつり、まるで老人の肌のようであった。
(……怖え)
(指もないし……え、なに?やっぱヤクザ設定なの?)
(ここって任侠ものの世界だったりしちゃうかんじ?)
(この美少女、組長の娘とかそういうかんじだったりしちゃう?)
(そんであのイケメンは付き人かなにかだったり……?)
(いや付き人っていうよりはもっと近しいような……)
(婚約者とか、恋人とか……)
妄想を飛躍させるカイの顔色は、次第に青ざめていく。
(え?それっていろいろまずくない?)
(っていうかそもそも、あのイケメンは、この子の中身がおれだってことを知ってるのか?)
考え込んでいたカイは、声をかけられるまで、シェルティが戻っていることに気が付かなかった。
「おまたせ」
シェルティは芳ばしい湯気をあげる盆を抱えていた。
「まだ起きたばかりだから、ポレンタをスープで薄く溶いたものにしたよ。物足りないかもしれなけど、味のあるものは少しずつ食べられるようになってくと思うから、しばらくはがまんしてね」
シェルティは再びカイの前に跪き、さらさらとした黄色い粥を小さなスプーンですくいあげ、息を吹きかけて冷ました。
「はい、口あけて」
カイは促されるまま口を開ける。
ほんのりと甘いとうもろこしの風味が、口の中に広がった。
「どう?」
シェルティは小首を傾げる。カイは粥を飲み込んでから、おいしいです、と答えた。
「よかった。まだあるから、無理せず食べて」
青年がまた次のひと一杯をすくいあげ、冷まし始めたので、カイは慌てて言う。
「あ、あとは自分で食べますので!」
「遠慮しないで」
青年がにっこりと笑うので、カイも思わず笑みを返すが、それはぎこちなく引きつっている。
(やっぱりこのひとおれが男ってことわかってないんじゃないか?)
(見た目が少女とはいえ、大の男の世話をこんなイケメンが甲斐甲斐しくするわけないよな?)
(一見するとイケメンに粥を食べさしてもらう美少女って絵になってるだろうけど、中身おれ!成人男性!これはいくらなんでもイケメンに悪すぎる!!)
「じ、自分のペースで食べたいので……」
カイは粥のはいった器に手を伸ばす。しかしシェルティが素手で抱えていた器は火傷するほどの高温だった。
「あっつ!」
カイはすぐに指をひっこめる。
(こいつなんでこんな熱いもん平気で持ってるんだ!?)
シェルティはカイの手をとり、赤くなった指先をそっと握りしめる。
およそ人のものとは思えない、氷のように冷たい手だった。
カイの指は瞬く間に冷やされ、熱も痛みもすぐに引いていった。
「本当に危なっかしいんだから。――――身体、大事にしなくちゃだめだよ」
シェルティは苦笑すると、また粥をすくいあげ、息を吹きかける。高温の粥はその一息で舌に心地いい温度まで下がる。
「ね?いまは遠慮せず、お世話されてよ」
カイは呆気にとられながら、されるがままに粥を口にする。
「今のって……?」
「火傷を冷ましたもののこと?――――これは霊操だよ」
シェルティは器全体に息を吹きかける。その一息で湯気は消え去り、器全体が人肌まで温度を下げる。
「すげえ……」
カイの呟きに、シェルティはどこか寂し気な声で答える。
「もっとも基礎的なものだよ」
「魔法みたいだ……」
「きみは前も同じことを言っていたね。――――きみからその魔法について教えてもらったけど、よくわからなかったな。きみの世界の、架空の力なんだろう?でもぼくらの扱う霊と概念はおなじだって言っていた。おかしいよね。だって霊は架空のものではないのに」
カイはシェルティの言葉に目を見開く。
「前も言っていた?きみの世界?それって――――」
しかし質問をしようとして開いたカイの口に、シェルティは粥を運び入れる。
「聞きたいことが山ほどあるんだろう」
カイは粥を口に含んだまま頷く。
「でもいまは食事が先だ」
シェルティは慈愛に満ちた眼差しでカイを見つめる。カイはその眼差しに緊張といくらかの気まずさを感じながら、急いで粥を頬張った。
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