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2章 ゴブリン・マーケット編

4話 ローズヒップは笑えない

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「いやいや、まさかショウト君がこんなに早く来るとは思いもしなかったよ」
 茶色い革製の高級感のあるソファーに腰掛けながらサクルソムは言った。ショウトの目がとらえたその顔は彼の嫌いな胡散臭い笑顔だった。
「言っとくけど、オレは好きでお前に会いに来たわけじゃないからな」
 そう言ってショウトは、そそくさとソファーに座り膝を組んだ。
 サクルソムの屋敷は宿からそう遠くない同じ東区の一角にあった。
 その場所は貴族たちの別荘地のようで、街の雰囲気を壊さないためか同じような作りの豪華な建物が並んでいた。
 ショウトとフリージアはサクルソムの屋敷に着くなり、メイド服姿の使用人の案内で応接室へ通された。
 応接室は三十畳はゆうにあるほどの広さだった。赤い絨毯が敷き詰められた部屋の中心には膝ほどの高さの長方形の白いテーブルが置かれ、それを前後に挟むようにして一人掛けと二人掛けの茶色いソファーがある。入って正面に見えるガラス窓からは、プロテアの街が姿を覗かせていた。
「分かっているさ。だから、そんな目で睨まないでくれよ。僕に敵意はないんだ」
 鋭く視線を送るショウトに、サクルソムはやや困り顔で笑う。
「そんなことより、フリージアもよく来てくれたね」
「はい。ご無沙汰しておりますストレプト様」
 ショウトと違って、フリージアは丁寧に答えると深々と頭をさげた。その姿にサクルソムはなぜか慌てるように、
「頭を上げてくれ、君にそんなことをされたら困ってしまうじゃないか」
 と言って、素早く腰かけていたソファーから立ち上がった。そして、フリージアが頭を上げるのを待って、
「ささ、フリージアも立ち話はなんだから、ソファーにでも座ってお茶でも」とドア近くに立っていた使用人に合図を送った。
 しばらくすると、金の模様の入った白いティーカップがショウトたちの前に置かれた。中には透き通る赤褐色の液体が注がれている。
 フリージアはティーカップを持ち上げると、臭いを嗅ぐためだろう鼻の前に持っていく。
「これは?」
 と発した彼女は不思議そうな表情を浮かべている。その問いにサクルソムは嬉しそうに、 
「これはローズヒップティーというらしい。実際に僕も飲んでみたが、バラの香りがとても優雅だったよ」
 と笑いつつも、尋ねたフリージアではなく、ショウトの方をちらりと見た。
 二人の様子をつまらなさそうに紅茶を飲みながら眺めていたショウトはその視線に気付き不快あらわに言った。
「なんだよ?」 
「いいや、なんでもないよ」
 そんな火花を散らすふたりの横でフリージアは紅茶を一口口にすると、持っていたティーカップをテーブルに置いた。
「本当ですね! バラの香りがしてとても美味しいです! 原産国はどこなんですか? バラにこんな使い方があったなんて知りませんでした」
 どうやら彼女はローズヒップティーを知らないらしい。ショウトにとってはファミレスに行けばドリンクバーにも置かれていることもある、いたって普通の紅茶でも彼女にとっては新鮮な味だったようで、その初体験に目を輝かせている。
「原産国ですか……、確かチリというところだったかな」
「チリ……ですか? それはどこでしょうか?」
 フリージアはサクルソムの言葉に不思議そうに首を傾げている。
「ショウト君、チリとはどこなんだい?」
 突然、矛先がショウトに向く。なんでオレが答えなきゃならないんだと彼は思ったが、フリージアの視線が痛い。
「チリ? チリは確か……南米とかその辺だろ」
 ショウトはソファーにもたれ掛かりながら面倒くさそうに答えた。
「へぇ、ナンベイね……」
 サクルソムは彼の反応に満足したのか不適に笑う。逆にフリージアは眉をしかめている。二人の顔を見比べて、ショウトはフリージアの顔を覗き込んだ。
「どうしたんだ、フリージア?」
「ごめんなさい、少し戸惑っちゃって。ナンベイとかチリとか聞いたことのない言葉ばかりだったから……」
 そう言って、彼女は申し訳なさそうに笑った。すると、サクルソムは、
「いいんだよ、知らなくて当然さ。なんたって、とても珍しい物なんだからね。ね、ショウト君、そうだろう?」
 これ以上この会話は不要と言わんばかりにショウトに同意を求めている。
 ショウトはその言葉で理解した。これはすなわち、サクルソムたちからすれば異世界の話なのだと。
 サクルソムはショウトがこの世界の人間でないと悟っているようだが、フリージアにまで知られたら後々面倒そうだ。
「――ああ、そうだな」
 それを踏まえると、先ほどまでのフリージアの反応には納得だ。彼女の反応からしてこの世界には、チリや南米、それにローズヒップティーも存在していないのだろう。だが、そこに疑問が一つ。なぜ、サクルソムはその情報を知っていて、どうやってローズヒップティーを手に入れたのか。もとの世界と繋がる場所があるのではないか。
 ショウトの中でそんな疑問が駆け巡る。
 そんなショウトをよそに、サクルソムはそそくさと話題を変える。
「さてと、雑談はここまでにして本題にはいろうか」
 サクルソムは先ほど同様笑っていた。が、その笑う目の奥に圧を感じた。その姿に、ショウトは思わず姿勢を正した。膝の上に置いた拳に汗が滲む。
「ショウト君、きみがここに来た理由は分かっているよ。モッちゃんたちのことだね?」
 いきなり核心をつかれ、ショウトはドキッとした。さらに、
「あと精霊がいなくなった、だろ?」
 ショウトはただただ驚いた。なぜなら、モミジのことだけでなく、サイクルのことまで知っていたからだ。
「どうしてそれを!?」
「粗方の話はモッちゃんから聞いた。もちろんきみの異能の力もね。だから、きみの相棒についても少なからず分かるってだけの話だ。でも、精霊の方については今は心配いらないと思うよ」
 たんたんと話すサクルソムだったが、どこか気遣うような優しさが感じられる。その証拠に、さっきの圧が今はない。
「心配いらないってのは、どういうことだ?」
「きみは、まだあの精霊とちゃんと契約していないだろう?」
 表情にこそ出さなかったが、ショウトはこれにも驚いていた。契約の話はまだ誰にもしていなかったからだ。相棒のサイクルにすらしていない話、それなのに、この男はそれがあたかも当たり前のように話している。
 唐突な出来事に、ショウトはすっかりフリージアの存在を忘れていた。彼に会った人物たちは、口をそろえて彼の力を異質、異能と言っていた。だからこそ、ショウトは思う。いま横にいる彼女にはこの力のことは黙っておいた方がいいのではないかと。
「異能? 契約? なんのことだ?」ショウトはしらをきった。しかし、
「別に隠さなくてもいい。きみの右手の小指のそれ、それは契約の証だろ? 僕は古い文献を集めて読み漁るのが趣味でね」
 サクルソムはショウトの指の模様を指差した。横に座るフリージアも彼の言葉につられてショウトの指に注目した。
「へぇ……。ショウトさんって精霊術士だったんですね。通りで他の人と違うと思った」
 フリージアの発言でショウトはさっきの思考は無駄だったことを自覚した。そんな、ため息にも似た息を吐き捨てるショウトを無視するようにサクルソムは、
「それで、さっきの話に戻すと……だね、ここから先はフリージア、きみにも関係のある話になると思うから良く聞いておくんだよ」 と言ってソファーから立ち上がると、背を向け窓の方へと向かった。その声にフリージアはサクルソムに視線を向ける。そして、サクルソムは外を見つめ――
 
「この街は今、瘴気に満ちている」
 
 そんな彼の言葉を聞いて、フリージアがソファーから勢いよく立ち上がる。
「――瘴気ってどういうことですか!?」
 彼女の反応に、サクルソムは振り向き、やはりと言わんばかりに息を吐く。
「きみは気付いていなかったようだね。確か、きみは魔力感知が得意だったね?」
「はい。ご存知かと」
 少しの間をとって、サクルソムは説教する教師のように部屋の中をゆっくりと歩き出した。
「きみは昔からそうだ、その力に頼りすぎて物事の根本を見逃している。街の変化に気付けていないんだ。全くといっていいほどね」
「街の変化ですか?」
「ああ。だが、街といっても全てじゃない」
 サクルソムは窓のある位置で足を止めると、再び外を眺めた。
「きみはこの街の雰囲気……いや、マナの流れに違和感を感じているのだろう? だから、得意の感知能力で街を探ってみた、が何かが邪魔をして上手く探れなかった。そして、きみが次にやったことは足を使って調べることだった、違うかい?」
 ショウトを無視するように横で繰り広げられる二人のやり取りを彼は置いていかれないようにしっかりと必死に聞く。フリージアのことも、サクルソムのこともあまり知らない彼にとってはどれも新鮮な話であり、同時に息を飲むような話でもあった。
「どうしてそれを!?」
 フリージアの驚きの混ざった声が部屋に響く。サクルソムはその声に、
「たまたまだよ。今朝たまたま早くに目が覚めてね。外を見ていたら走っているきみの姿を見つけただけさ」
 とフリージアに笑いかける。フリージアは、そうだったんですね、とでも考えていたのだろうか少しの沈黙のあと、
「ですが……、それでも、何も変化に気付けていません……。マナも昨日と特に変わりもなく……」
 思ったほどの成果が得られなかったのだろう。彼女はうつむき、浮かない表情だ。
「では、なんで、朝を選んで走っているのだい?」
「それは……、朝の方が……。あっ!――」
 何かに気付いたのか、フリージアはパッと顔をあげた。その姿にサクルソムはにっこり笑いかけると、
「気付いたかい? そう、朝走ろうが結局きみは能力に頼ってしまっているんだよ」
「申し訳ありません……」
「謝らなくていい。いま分かっただけでも良かったじゃないか。つまり、僕が言いたいことは、街の人たち、一人一人に目を向けろってことさ」
 そこまで話すと、サクルソムは再びソファーに腰掛け、ショウトたちと向かい合った。
「ところでショウト君、きみは瘴気っていうのが何か知っているかい?」
 その問いにショウトは、頭をフル回転させる。幸い彼はアニメや漫画でその言葉を聞いたことがあった。実世界でその知識が通用するのか分からないが、
「悪い空気的なもんだろ?」
「そうだね、それも間違いじゃない。でも実際は毒気といった方がいいかもしれない」
 急に訪れた毒という言葉。それがショウトの肝を冷やした。毒と聞いて彼が連想したのは死だったからだ。しかもそれは、蛇や蜘蛛のような個体から放たれるものではなく、空気、そんな物が身の回りに飛散しているのかと考えただけで正気の沙汰ではない。
「毒って……、それ大丈夫なのかよ!?」
「安心していい、きみが瘴気に侵されるとは僕は思っていない。なぜなら、その小指、契約があるからね。精霊との契約は契約者に加護を与えるんだ。だから、きみには精霊の加護が備わっている、守られているとっていいね」
 契約していたとはいえ、その情報は初耳だ。――アイツらそんな大事なこといってなかったのかよと思いつつも、サクルソムの言葉が結果的にとはいえショウトの気持ちを落ち着かせた。
「ちょっと話がそれてしまったね。話を戻すよ。――その瘴気、つまり毒気を一定量体内に取り込むと、それは毒素に変わるんだ。一定量といってもその量は人それぞれ、どのくらいの量を取り込むと毒素に変わるかは僕には分からない。だけど、毒素に侵された体には何かしらの影響が出ることは確かだ」
「影響って……、どんな風にでるんだ?」
「いくつか例をあげるなら、体の痛み、痺れ、酷くなると麻痺もあるね。それだけでも十分たちが悪いんだが、一番厄介なのは……」
 サクルソムはわざとなのか、一旦口を閉じ間を作る。その異様な溜めにショウトは唾を飲んだ。ショウト横ではフリージアも真剣な眼差しでサクルソムを見つめている。
 その溜めに我慢ができず先に口を開いたのはフリージアだった。
「早く教えてください! 一番厄介なのはなのですか!」
 フリージアの言葉を待っていたのか、サクルソムは前のめりになるように、テーブルに両手を着いた。そして、
 
「精神異常、すなわち狂気だ」
 
 応接室に沈黙が流れる――。
 狂気と聞いてショウトが思い浮かべたのはアニメや映画の殺害シーン、そして、ウルカヌスに乗っ取られた自分の姿だった。
 彼は何か言おうと口を開いたがそのせいか言葉が出てこない。助けを求めようとフリージアに視線を送るも、彼女もまたショウトと同じように口を開けたまま固まっていた。
 そんな二人をよそにサクルソムは再び話し始めた。
「人は誰しも心の中に負の部分、弱い部分を持っているはずだ。その毒素は心の闇に漬け込み、闇を増大させ、精神異常を引き起こす。つまり狂気へと変えてしまうというわけだ。そうなると、もう手をつけられない。人は荒れ狂い、犯罪や殺戮を好むようになってしまうんだよ」
 昨日プロテアに初めて足を踏み入れて、都会だと思った、豪華だと思った、圧倒すらされた。そんな街がまさかこんな事態に陥っていたなんて想像すらしていなかった。
 それなのに殺戮などという物騒なことと隣り合わせになっている。いましがた信じがたい話だが、それを否定する根拠もなければ情報もない。だから、ショウトがいまできることは、自分の気持ちに嘘を付いてでも、初めて会ったときモミジを想っている素振りを見せたサクルソムを信じ、話を聞くことだった。
「それが今、この街で起きてるっていうのか?」
「そうだね。そうともいえるが少し違う。その一歩手前まできているということが正しいかもしれない。きみたちもここに来る途中、もしくは別でも、足を引きずったりする人たちを見かけなかったかい?」
 すると、フリージアが食い気味で答えた。
「――見ました! ここ数日、辛そうにしている方々を何人か、でもお話しをしても皆さん笑っていたので……、気にもしませんでしたが……」
 それに続くようにショウトも答える。
「確かに……、オレも一人だけだけど見たな。昨日の婆さんだよ。お前も分かるだろ?」
「ああ、もちろん知っているよ。昨日の杖を付いていたお婆さんだよね。遠目からだけどきみと仲睦まじくお喋りしているところをしっかりと見ていたよ。それで? その人は何かいっていなかったかい?」  
「仲睦まじいってお前な……。まぁいいや、なんか最近、急に足が痛くなったって、前はこんなことなかったのにって言ってたな」
「やはりね。それは、間違いなく初期症状だ。断言してもいい」
 いや、しかし、ショウトには昨日の老婆が発狂しながら残虐になる姿なんて想像できなかった。
「うそだろ!? あの婆さんも狂気に荒れ狂うってのか?」
「いや、その人は大丈夫だろう。最悪の場合、全身麻痺にはなるかもしれないけどね……。狂気に落ちるのは基本的に体力のある人間だけだからね」
「人間だけ?」
「そうだ。獣人でも、エルフでもなく、人間だけ……。元々の抗体か、自力の強さか、はたまた心の弱さか……、どれも定かではないが、人間だけが狂気に落ちる」
 で、あれば、モミジたちの身に何か起こっているのだとしても、彼女たちが狂気に落ちる心配はないということだ。そこにだけに関していえばとりあえず一安心といったところだが、問題は人間たち……。
 ショウトはフリージアに視線を移した。彼女は、怯えているのか口をつむぎ、深刻そうな表情でどこか一点だけを見つめていた。
 そのとき、サクルソムがショウトの心情を読み取ってか、
「ショウト君、僕たちのことなら大丈夫だ。この街に来てから日も浅いし、それなりに対抗策も準備してある。だから心配はいらないよ」
 と言って微笑みかけた。さらに、
「ね、そうだよねフリージア」 
 とフリージアに呼び掛けた。その声を聞いた彼女はあからさまに愛想笑いを浮かべ「ええ」とだけ素っ気なく答えていた。
 サクルソムはああは言っているが、本当にそんな策はあるのだろうかとショウトは思った。フリージアの顔から読み取れるのは不安の二文字、ショウトは変な胸騒ぎがしてならなかった。たが、それを今言ってもフリージアを余計に不安させるだけだ。
「……ならいいんだけどさ。それはそうと、なんでこの状況がサイクルと関係してくるんだ?」
「うん。その話もまだちゃんとしていなかったね。きみの相棒、つまり精霊は基本的に自力のマナと周囲のマナを使って存在を保っているんだ。だけど、こうも瘴気が濃いと周囲のマナを吸収するのが困難になる。だから、今のこの街では自分の存在を保つことができないんだよ。さっきも言ったけど、きみの小指にあるように契約を結んでいると、きみのマナを自分の力に改変できる。ま、ようするに、きみと精霊は一心同体ってことさ」
 つまりは、サイクルはこの瘴気のせいで姿を見せなくなった、ということだろう。逆にショウトが契約を結んでいるアイネ、クライネならこの瘴気の中でも自由に動き回れるということになる。だが、彼女らはもともと自力で姿を保つことができないほどの小さな存在だ。この街で力になるかどうかも危うい……。
「何はともあれ、僕は瘴気が自然発生することなんて聞いたことがない。それこそ、魔女でも……いや、多分だけど、裏で手を引く者がいると思う。もしかしたら、モッちゃんたちもその何者かに遭遇したのかもしれないね。だから今後は注意して行動した方がいい」
「注意っていったって……」
「なぁに、別に難しいことを言うつもりはないよ。ただ一人での行動は控えろってだけさ。ここから先は僕も協力するよ。ただし、僕には僕のやるべきことがあるから別行動をさせてもらうけどね」
 ショウトたちに向かって、サクルソムはお得意のウインクを披露する。しかし、それに反応するほど、彼らに余裕はなかった。それでも、サクルソムは気にする素振りも見せず、普通に話を続ける。
「とりあえず、きみたちは街に不審な人物がいないか調べてみてくれ」
 サクルソムの言葉に「わかった」とだけ返事を返すと、ショウトとフリージアはソファーから重い腰をあげ、ゆっくりと立ち上がった。
 そのとき、ショウトは体に疲労感を覚えた。それによりサクルソムの話に無意識に力が入っていたのだとショウトは気づく。
 背を向けて、部屋を出ようとしたとき、サクルソムが思い出したかのように口を開いた。
「そうだ、フリージア、きみはもう少し残ってくれ。聞きたいことがあるんだ」
「私にですか? わかりました」
 フリージアはその言葉に再びソファーに腰をおろした。
「待ってるあいだ、ショウト君にはおつかいを頼もうかな」
「おつかい?」
「ああ。この部屋を出て右にずっと行った角に鍵のかかった部屋があるから、そこから本を一冊とってきてくれないか?」
 そう言うとサクルソムは鍵とメモをショウトに渡した。メモには“世界幻想論”と書かれていた。
 それを目にしたショウトは疲れているせいか、自分でも驚くくらい、あっさりと答えた。
「わかった。論文には興味ないけど、読んでも文句言うなよ」
「文句なんか言わないよ。それじゃ、よろしく頼むね」
 サクルソムの言葉を聞き終えると、ショウトは部屋をあとにした――。
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