亡くなった王太子妃

沙耶

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19 小さな幸せ

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フィリアは夢を見ていた。

見知らぬ異国で、今とは違う軽やかなワンピースを着て、キラキラした笑顔でフィリアは笑っていた。

その隣には騎士がいて、騎士はフィリアそっくりの子供を抱いていた。子供がふにゃりと笑うと、フィリアと騎士も微笑んだ。

それはとてもとても、幸せそうに──。












「フィリア様!!フィリア様!!」

フィリアが名を呼ばれゆっくり目を開けると、そこには騎士がいた。

私の騎士──。

「エドワード……」

「はい、フィリア様……」

私は震える右手でエドワードの手を握ると、エドワードは力強く握り返してくれた。

「夢を、見てたの」

「どんな夢ですか?」

「とても、幸せな夢だったわ……」

フィリアは幸せそうにふわりと笑った。

エドワードが初めて見る笑顔だった。

「……エドワード、泣いているの?」

「……っ、フィリア様が、目を覚ましてくれて、良かった……」

「あなたが呼んでくれたからよ……」

またフィリアは幸せそうに笑う。

それを見たエドワードも優しく微笑んだ。

フィリアが笑っていることが、エドワードは嬉しかった。

フィリアの目は、もう過去を見ていない。
未来を願うように光を宿し、真っ直ぐとエドワードを見ていた。

医師はフィリアを変わりないと診察したが、血を吐いたので薬を飲み、しばらく安静するようにと告げた。

今は解毒剤を飲み、何とか毒の進行を遅らせてはいるが、フィリアの体にある毒が抜けることはない。

フィリアは分かっていた。

この毒はいつか私を殺すと。

近い将来か、もしくはもっと遠い未来か──。

それは誰にも分からない。

フィリアはエドワードにお願いをした。

「エドワード、私の名を呼んでほしいわ」

エドワードは頷き、フィリアの右手を両手で優しく包み込むと、その愛しい名を口にした。

「フィリア様、フィリア様、フィリア様……」

彼の優しい声は落ち着く。フィリアにとって、優しい子守唄のようだった。

フィリアが眠るまで、エドワードはずっと名前を呼んでくれていた。

















「綺麗ね」

湖のほとりでエドワードの膝に座ったフィリアは、太陽に照らされた輝く水面を見ていた。

フィリアから見える水面はオレンジ色だったが、夕日に照らされたように綺麗だった。

フィリアは寄り添うようにエドワードに身を預けると、彼の胸に耳を当てた。

エドワードもフィリアを優しく包み込むように抱きしめてくれた。

「暖かいわね……」

「はい……」

ドクンドクンと、彼の少し早い鼓動が聞こえる。

生きてる。

私は今、生きてることが、嬉しかった。

ずっと死にたかったのに……。

ふ、とフィリアは自身を笑う。

今は少しでも長生きしたいと思った。

彼と一緒にいるために──。

フィリアはエドワードを見上げて微笑んだ。

「ずっと、傍にいてくれる?」

「もちろんです」

「私が生まれ変わっても?」

「はい、必ず。ずっと、傍にいます」

エドワードはフィリアに約束すると、優しさに溢れた眼差しでフィリアを見つめた。

フィリアはそんな彼の頬に、そっとキスをした。

エドワードは嬉しそうに微笑み、フィリアの頬にキスを返す。

愛おしい、優しい時間だった。

それは、ささやかな小さな幸せだったのかもしれない。

それでもエドワードと過ごした数年は、穏やかで、心から幸せだと思える時間だった。



そしてエドワードは、フィリアとの約束を守ってくれた。










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