亡くなった王太子妃

沙耶

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18 とある騎士の話

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「ねえ、あなたはこの空、何色に見える?」

「水色です」

「……そう」

フィリア様は、唇を歪ませて笑った。

自分ではおっしゃらないが、フィリア様は色彩の区別がついていないようだった。

フィリア様の騎士になったが、以前会った彼女とは全く違っていた。

初めて会った時は、瞳を輝かせて、陽だまりのような笑顔をされていたのに──。
















騎士エドワードは、元々王妃陛下の護衛騎士だった。エドワードは伯爵家の私生児だったが、王妃陛下に実力を買われ、陛下専属の騎士に任命された。

王妃陛下は殿下の婚約者を大層大事にしておられた。もちろん自分の息子も可愛がっているのだが、フィリア様は特別可愛がっているように見えた。

エドワードは初めてフィリア様を見たとき、こんな天使のような美しいお方がいるのかと驚いた。

陽だまりのような、天使のような笑顔を浮かべながら殿下のことを話されるフィリア様は、とてもキラキラと輝いていた。

だからあのような事件でフィリア様が亡くなるなんて思いもしなかった。

亡くなったのを聞いたエドワードは、胸にぽっかりと穴が開いたような空しさを感じた。

フィリア様のキラキラした姿をただ遠くから見ていただけなのに、挨拶をするだけの間柄なのに、ひどく胸の痛みを感じた。それと同時に、あの笑顔を奪った犯人が憎くて許せなかった。

そんな思いを抱えながら毎日を過ごしていると、王妃陛下から信じがたい事実を告げられた。

そして生きているフィリア様の護衛にならないかと、彼女を守ってくれないかと陛下はおっしゃられた。

エドワードは二つ返事で引き受けた。
王妃陛下とフィリア様に忠誠を誓い、フィリア様を必ず守ることを約束した。

再会したフィリア様は、聞いていた話より酷い状態だった。
一番エドワードが胸を締め付けられたのは、フィリア様の目に生気がないことだった。

彼女には、生きる気持ちがないのだ。

移動時に彼女を抱き上げた時、近くで見たフィリア様は何処か遠くを見ていた。ここではない、ずっと遠くを──。

エドワードは心配で、一度だけ彼女に聞いたことがある。

フィリア様をこの世に留めておきたくて聞いたことだった。

『フィリア様は、何処を見ていらっしゃるのですか?』

『え?』

『フィリア様は、ここにはないものを見ている気がして……』

エドワードの言葉に、彼女は寂しそうに笑った。

『……過去のね、幸せだった時を見ているの』

『過去、を?』

『ええ……戻りたいの。小さい時から、やり直したい』

『戻ったら、どうされますか……?』

エドワードは気になった。自ら毒を飲んだフィリアは、また同じ選択をとるのかと……。

『愛する人を、幸せにするわ……』

『幸せに、ですか?』

『ええ……そして二人の幸せを見届けたら、私は何処か遠くへ行くの』

エドワードはダメだと思っても、涙ぐんでしまった。
その二人が誰か、分かってしまったから。

『どうして遠くへ行かれるのですか?』

『近くにいると、辛くなってしまうわ……』

『……遠くへいくのに、騎士は必要ではないでしょうか?』

『私は公爵令嬢じゃなくなるから、雇えないわ』

『お金なんていりません』

『……あなたが、着いてきてくれるの?』

『はい、何処までも……』

その言葉に驚いたように瞳を揺らしたフィリア様は、次の瞬間、慈愛に満ちた表情で微笑んだ。天使のような、笑みだった。

あの会話をした日から、フィリア様は少しだけ元気になった気がする。

しかし毒は日に日に彼女の体を蝕んでいた。


今のように──。


エドワードは聞いた。

「フィリア様は、何色に見えるのですか?」

「紫色よ。どろどろと澱んだ紫……」

私の心みたいに。とフィリアはポツリと呟く。

「では私も紫色です」

「え?」

「主人の目は、私の目でもありますから」

主人がイエスといったら全てイエスなのだ。

フィリアは遠くを見つめた。エドワードも、フィリアが見ているであろう方向へと視線を向けた。

「あの森は、黄色に見えるわ」

「鮮やかな黄色ですね」

「湖は赤色よ」

「燃えるような赤ですね」

「ふ…」

ポロッとフィリアは涙を溢した。

「フィリア様……」

スッとハンカチを取り出し、エドワードはフィリアの正面に跪く。

フィリアはエドワードに命令した。

「拭いて」

「畏まりました」

フィリアは右手は使えないが、左手は使える。それでもエドワードに命令した。

就任した当初、生気のない瞳で何も喋らなかった頃より、今のように命令し我儘を言ってくれるフィリアがエドワードは嬉しかった。

フィリアにはもっと主人として、我儘を言ってほしかった。

フィリアの命令は、庭園が見たい、湖で水を触りたい、いちごのケーキが食べたい、手を握ってほしい、など、今のようにとても可愛らしい命令ばかりだった。

フィリアが甘えてくれるのがエドワードは嬉しかった。

エドワードはフィリアと目線を合わせる。

美しい紫の瞳から溢れ落ちていく涙を、そっとハンカチで拭いていく。間近で見るフィリアの顔は天使のように美しく、こぼれ落ちていく涙は神秘的だとエドワードは思った。

「あなたは優しいわね」

間近で見るフィリアの笑みに、エドワードはドキリとしてしまう。

「フィリア様の方が、優しいですよ……」

真剣な表情でエドワードはフィリアを見つめると、フィリアは自嘲のような笑みを浮かべた。

「私は優しくなんてないわ。人を殺したのよ……」

許せなくて、愛する妹を殺してしまった。

そして、自分自身も……

自業自得よね。と彼女は笑う。

「声もこんなに……」

気持ち悪いでしょう?とフィリアはまた笑う。

しかしエドワードはすぐに「フィリア様の声は美しいです。」と答えた。

「そんなお世辞いらないわ」

フィリアは拗ねたようにふいっとエドワードから顔を背けた。

「フィリア様は、ご存知ないのですね?自分の声がどれだけ美しいのか……。フィリア様の声には、感情があります。感情を乗せた声は、どんな声よりも美しいのです」

例えば侍女や騎士たちにお礼を言う時、庭園の花を眺めて呟くとき、優しい声音がエドワードの耳に響き渡る。

声で彼女の気持ちが分かるほど。

「フィリア、様……?」

なかなかこちらを向いてくれないフィリアに、エドワードが顔を覗き込むと、またはらはらと静かに涙を溢していた。

それを見たエドワードは、一つ一つ暖かい涙を拭いていった。

「ありがとう」

フィリアが小さく呟いた声は、とても優しく響いていた。

「ごほっ」

「フィリア様っ!!」

急に血を吐いたフィリアに、エドワードは叫んで医師を呼んだ。

フィリアは大量の血を吐き、意識を失って倒れた。

あの日毒を飲んだときのように。



































 
一話の医師を呼んだ騎士です。


あと二話で完結です。
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