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29 セドリック8
しおりを挟むセドリックはアナスタシアとの初夜を終えた。
もっともひどい形で……セドリックが望まない形で……
避妊薬は自分の意志で飲んだ。子供が出来たら母が子を殺すかもしれないと思ったからだ。
そうなると余計にアナスタシアを傷付けることになる。
だが、一番傷付けてしまったのはセドリック自身だ。
(あんな風に抱くつもりはなかったのに……)
一度抱いたら終わらせて、すぐに部屋へ帰るつもりだった。なのに何度もアナスタシアを求めてしまった。
久しぶりに触れたアナスタシアが可愛くて……
セドリックが触れるたびに、蕩けていくアナスタシアが愛らしくて……
セドリックは、止まれなかった……
誰よりも近くに好きな子がいて、聞いたことのない甘い声を出し、見たことのない艶かしい表情をする。
長年離れていた分の想いが、感情が、積もりに積もって爆発してしまった。
最悪の形で。
(最低だな……)
セドリックは頭を抱えながら、自己嫌悪に陥った。
「アナスタシアごめん……ごめん……」
アナスタシアの長く美しい銀色の睫毛に滲む涙を親指でそっと拭うと、セドリックは寝室をあとにする。
(最低だ、僕は……)
「……ぅっ…………」
自分に吐き気がする。
セドリックはアナスタシアを前にすると、いつものような感情のコントロールができなかった。
久しぶりに触れたアナスタシアが、可愛いすぎた……
(……完全に、嫌われたな)
セドリックは自嘲の笑みを浮かべ唇を強く噛み締める。
こんなに酷い態度をとる最低な男を、アナスタシアが好きでいてくれるはずがない。
セドリックはズキズキと痛む胸を抑えながらも、やるべきことのために国王の寝室へと向かった。
明け方、使用人も起きていない時刻に、セドリックはスティーブンに会いに行った。
スティーブンはセドリックの訪問を昨日から避けていたが、セドリックは強引に部屋へと入室した。
途中騎士に止められるが、怒りを露わにしたセドリックは、騎士を剣で退けると、スティーブンのいる寝室へ勝手に入った。
セドリックの強引な訪問に、スティーブンはやれやれといったような気怠げな表情をする。
セドリックの周りをまた騎士がぐるりと囲むが、セドリックの怒りのこもった黄金の瞳を見たスティーブンは、仕方がないというように人払いをした。
二人きりになると、セドリックは燃えるような黄金の瞳を宿したまま口を開く。
「決闘をしましょう」
「………」
「僕が勝ったら、一つ、願いを聞いてください」
セドリックが力強い眼差しでスティーブンを見据えると、スティーブンはバツが悪そうにセドリックから視線を逸らした。
「……お前に剣では勝てん……だが、お前の言いたいことは分かる」
「分かっているなら……何故裏切ったのです……」
セドリックは声を震わせ剣柄を強く握りしめる。
「約束は守ろう。アナスタシア嬢は守る」
「あなたのどこを信じれば?」
セドリックは忌まわしげにスティーブンを睨むと、スティーブンはふぅと息を吐き呼吸を整える。
そしてセドリックと同じ黄金の瞳で今度は目を逸らさずに真っ直ぐとセドリックを見た。
「俺がレベッカと結婚したいのも事実……そしてお前の味方でありたいのも事実……」
「……どちら側にも、つかないということですか」
「そうだ……中立の立場でありたい。王太后を敵に回すことは今は避けたい。
離宮の使用人も、騎士も、アナスタシア嬢を守るために動くと約束しよう。俺は約束は守る」
「母上に言われたらどうするのですか」
「なんとかしよう」
「レベッカ嬢を引き合いに出されたら?」
「まあ、大丈夫だろ。王太后も完全に俺を敵対したいわけじゃない。だからこそのあの破格の条件だ。
それに、レベッカはそこまで弱くない。強かな部分があるから、王太后と上手くやるのではないか。むしろ、王太后の情報を引き出してくれそうだ」
「………」
「どのみちお前は俺を信じるしか、道はないぞ」
「分かっています……」
ぐっとセドリックは剣柄を持つ手を力強く握りしめた。
腹立たしい。自分の力の無さが。
「時がきたら反旗を翻す。王宮がこのままでいいはずがない」
ハッとセドリックはスティーブンを馬鹿にするように笑った。
「……レベッカ嬢が養子になってからですか?それとも王妃になってからですか?」
「………」
スティーブンは図星を突かれたように唇を引き結ぶ。
やはりスティーブンは信用できない。だが彼の力を借りないとアナスタシアを守れないのも、また事実。
「セドリック、俺は表面上は中立を保つが、お前の味方でいたいというのも嘘ではない」
あの日の言葉は嘘ではない。とスティーブンは話す。
「……約束を違えたら、僕の剣があなたの首を切り落とします。アナスタシアを守れなかったら、王宮を血まみれにします。アナスタシアを傷付けた全てを僕は壊します」
剣先をスティーブンの首に向け、燃えるような怒りの目を宿すセドリックに、本気を感じたのかスティーブンはこくりと息を飲み込んだ。
「……肝に銘じよう」
低い声で呟かれたその言葉に、セドリックはスティーブンを睨みつけたまま剣を鞘に収めた。
セドリックはその日、アナスタシアに離宮への移動を命じた。
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