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23 セドリック2
しおりを挟む「セドリック様!!」
「アナスタシア!!」
小さくて愛らしいアナスタシアがセドリックの元へと駆け寄ってくると、ついついセドリックは笑みがこぼれてしまう。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
アナスタシアは可愛らしくカーテシーをした。
「ふふ、久しぶりだねアナスタシア」
「ええ……あっ、セドリック様、頬が赤いですよ……?」
アナスタシアはセドリックの少しだけ赤くなっている左頬に触れた。
「怪我をされたのですか?」
「あ、ああ少しね……」
昨日母に打たれた所だ。最近母に叩かれることはなくなっていたが、昨日は母の機嫌が悪くて打たれてしまった。
(駄目だ。アナスタシアに心配かけないように笑わないと)
「大丈夫だよ。何処かでぶつかったみたいだ。心配してくれてありがとう」
ニコッと笑うと、アナスタシアはまだ心配そうにセドリックを見つめる。
「本当に大丈夫だよ」
「本当の本当に?」
「本当だよ」
セドリックが大丈夫と繰り返すと、アナスタシアは眉を下げて笑った。
「セドリック様がそういうのならそうなのでしょう。でも心配なので、あとで一緒にお医者様の所に行きましょう?」
ね?とアナスタシアは眉を下げたままセドリックの頬を見つめた。
「うん……」
アナスタシアに心配かけないよう、セドリックはもう一度笑った。
その夜、母はまたセドリックを呼び出した。
「お前、またあの女と楽しそうに話していたらしいね」
ニコリと笑う母の顔が恐ろしい。
「母上も、アナスタシアに優しいではないですか」
震える声で反論したセドリックに、母はハハッと声を上げて笑う。
「表向きは優しく聡い王太后でいた方がいいだろう?誰だって仮面は被るものだ。なのにお前ときたら表だけでなく……」
バキッと持っていた扇子を真っ二つに折った母は、それをセドリックに投げつける。
「クライヴ様は私に笑いかけてもくれなかった……話しかけてもくれない……話しかけてもいつも無視をされる……」
ほろほろと泣きながら母はセドリックの顎を掴んだ。ミシッと音がするほど強く。
「……っ」
「お前はクライヴ様によう似とる。あの娘もあの女に。お前は私がされたようにあの女にしなければならない。お前に笑顔は不要なのだよ」
「……っ僕は、父上ではありません……っ」
更に顎を強く握られ、セドリックは黙る。
「クライヴ様はそんな顔はせぬ。いつも無表情で淡々と話すのじゃ。お前は顔だけは似ておるんじゃからちゃんとしてくれよ?」
「……っ嫌だ!」
ドンッとセドリックは母を突き飛ばし、キッと睨みつけた。
「僕は僕だ!父上じゃない!」
「……ほぅ」
ゾッとセドリックの背筋に悪寒が走った。母の今まで見たことがない恐ろしい顔を、セドリックは見た。
「お前はあの子を死なせたいらしい……」
「死なせる……?」
「先日のように湖に落としても面白そうじゃ」
ふふ、と母は楽しそうに笑う。
「湖に落ちたのは、事故では?アナスタシアを助けたのは、母上ではないですか……?」
アナスタシアはあの事故で高熱を出した。
(まさか……)
母は愉快そうにニヤッと唇の端をつり上げる。
「母上が、仕組んだのですか?」
「どうだろうな?」
母はとぼけた様子でクスクスと笑う。
「そんなに……っそんなにアナスタシアが嫌いなら、婚約破棄をしてください。僕は……っ」
(アナスタシアが好きだ…っ好きだけど……君を失うのは、嫌だ……っ)
「のうセドリック……」
冷たい声で名を呼ばれたセドリックは、涙が滲んだ目で母を見上げた。
「あのな、嫌いなものほど傍においておくんじゃよ。いつでも処分できるようにな」
ヒュッとセドリックは息を呑んだ。
母の笑いながら話す姿にゾワッと背筋が凍りつく。
「本当はあの女も傍に置いていつかは処分したかったのじゃが、結婚してからなかなか手が出しづらくてな……だがな、セドリック、私は良いことを思いついたのじゃ」
「……それは、何、ですか……?」
セドリックは震える声で問うた。母の良いことは、だいたい良くないことだ。母は狂っている。
母はニヤリと笑った。
「その時が来たら、お前に教えてやろう……
いいか、可愛い私のセドリック……私の言う通りにしてくれたら、今はあの娘は助けてやろう」
(今は…?)
「今だけでなくっ、この先もずっとと、約束してください…っ僕が出来ることなら、何でも、しますから……だから……っ」
セドリックの体は小刻みに震え、目から涙が溢れて止まらなかった。
そんなセドリックを見て母はニコリと笑った。
「そうじゃな。お前は良い子だ。母の言うことを聞いているうちは許してやろう。
ああ可愛いセドリック……私はいつも言っておるだろう?お前はクライヴ様に似ておると……」
抱きしめてくる母に、セドリックの体が震える。
母はセドリックの耳元で一晩中父の話を繰り返し聞かせた。楽しそうに、嬉しそうに。
抱きしめられながら耳元で話す母に、セドリックは恐怖に包まれた。
セドリックはただ震えて、母の言う通りにすることしかできなかった。
それからセドリックは母の言う通り、父が母にしたようにアナスタシアに冷たくした。アナスタシアは理由を聞いたり、謝ってきたが、セドリックはズキズキと痛む胸を抑えて彼女を突き放した。
(父上のようにしなければ。傷付いたら駄目だ。笑っても駄目だ)
セドリックは日に日に自分が自分じゃなくなる気がした。
誰かに助けを求めたかった。
しかし父が亡くなってから王宮の全てが、権力が、母の手元にある。
どの使用人も、母の目であり、母の力。
王宮の何処に居ても突き刺さるような視線を感じ、休まる暇もなかった。
セドリックが誰かに助けを求めても、その使用人は次の日には居なくなっていた。
ガリガリと毎日セドリックの心が削られていく。
それでもアナスタシアと一緒にいる時間だけは、セドリックの心を癒してくれた。
その日、セドリックはアナスタシアを昔よく遊んでいた花畑に呼び出した。
アナスタシアはセドリックが優しく微笑んでいる姿を見て、安心したように息を吐いた。
「アナスタシア、早くに来てもらってごめんね」
以前のような話し方をするセドリックに、アナスタシアは目を丸くして柔らかく微笑んだ。
この時間だと母は起きていない。使用人だって寝ている。
本当はセドリックがアナスタシアの元へ行きたかったけれど、馬主には母の許可がないと断られてしまうから……
アナスタシアの護衛は遠く離れたところにいた。ここからだと彼には聞こえないだろう。
「アナスタシア、今から僕が話すこと、覚えていてほしい」
「何ですか?」
「僕、アナスタシアが大好きだよ」
カッとアナスタシアの頬が赤く染まる。
「……私も、セドリック様が大好きです……」
小さい声でボソボソと話すアナスタシアが、可愛くて仕方がない。
「うん、アナスタシア愛してる。君と婚約者になれて嬉しい」
「わたしも、です……」
真っ赤な顔をするアナスタシアに、セドリックは微笑む。
「アナスタシア、冷たい態度をとってしまってごめんね。僕はこれから、もっと君に冷たい態度をとるかもしれない。でも覚えていて。どんな態度をとっても、僕は君が大好きだよ。ずっとずっと、君だけだから……」
セドリックの目は潤んでしまった。これからもっとセドリックは変わってしまう。変わらなければならない。その前に、愛するアナスタシアに分かってもらいたかった。
アナスタシアは不思議そうな顔をしたが、セドリックの表情を見て何か事情があると察したのか、こくりと頷いてくれた。
「分かりました……セドリック様を信じます」
アナスタシアはふわりと微笑み、セドリックはアナスタシアを優しく抱きしめた。これが婚約時代で最初で最後の抱擁だと思って……
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