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22 セドリック
しおりを挟む「王妃さま!」
アナスタシアが母を見つけると嬉しそうに駆け寄っていく。それを微笑ましそうに、父と僕は眺める。
母はアナスタシアの頭を撫で、セドリックの方へと顔を向け穏やかに微笑んだ。
隣にいた父は、セドリックの頭を優しく撫でてくれる。
周りの使用人たちは微笑ましくその様子を眺めていた。
それはまさに、セドリックの理想の家族だった。
表向きは。
父と母は見せかけの夫婦だった。父は母を嫌っていたし、セドリックのことにも興味がなかった。
だが母は父を心底愛していた。
たとえ冷たくされようと、無視されようとも、父を愛していた。
母によく聞かされた言葉がある。
「お前を産んでからクライヴ様は私のとこに一度も来なくなったんじゃ……ああ憎い、あの女が憎い……」
父には別に愛する人がいるようだった。
その女の人の名前は、ローゼ。父の片想いのようだった。
セドリックが八歳の時、アナスタシアという女の子と婚約した。父が決めた、政略結婚だった。
セドリックは一目見てアナスタシアを好きになった。
可愛くて、優しくて、純粋な女の子。
その想いは会う度日に日に強くなり、彼女を生涯守ろうと思うほどだった。
アナスタシアもセドリックに好意を示してくれていて、彼女と会う時間はセドリックが唯一癒される時間だった。
彼女と笑い合い、彼女と話をして、彼女と手を繋いで歩く。
毎日が幸せだった。
しかし母は婚約が決まったときから、アナスタシアと仲良くするなと言う。
「どうして仲良くしちゃ駄目なのですか?アナスタシアは良い子です。父上も彼女を大事にするようにとおっしゃっていました」
純粋な少年の質問だった。
しかし母は顔を真っ赤にして、持っていた扇子でバシッとセドリックの頬を叩いた。
ジン、と痺れた頬にセドリックは小さな手のひらを当てた。
セドリックは今何が起きたのか、理解できなかった。いや、理解しようとしなかった。
母は今、何をした?
(僕をーー)
「ああセドリック!!」
母は次の瞬間セドリックを抱きしめた。
「お前が変なことをいうからだよ?」
「変?」
「そうだ、大事にするだなんて……あの女の子供を……」
母は何かを我慢するように奥歯をギリッと噛み締めた。
その時セドリックは瞬時に理解した。父の好きな人はアナスタシアの母なのだと。
もしかしたら父は自分が結ばれなかった代わりに、セドリックとアナスタシアを婚約させたのかもしれない。
「お前が悪いんだ」
「ぼくが、悪いのですか?」
「そうだ」
母の凍えそうな冷たいブルーの瞳に、セドリックは震えながら頷いた。
「ごめんなさい……」
「構わないよ。お前はクライヴ様によう似ておる」
母は父譲りのセドリックの顔だけは好きなようで、セドリックの顔をよく褒めてくれた。
翌日セドリックの頬を見た父は、理由を聞いて母を怒鳴った。
母は泣いてしがみつき父に謝ったが、父は更に母に冷たくした。
父はセドリックに、ただアナスタシアを大事にするようにとだけ伝えた。
アナスタシアは父の好きな人によく似ていて、成長すると彼女のようになるだろうと嬉しそうに話していた。
セドリックは父に似ていて、アナスタシアは彼女の母に似ている。
二人はきっと幸せになるのだと。
父は遠い目をして言ったのだ。
父のおかげか、セドリックは母にあれ以来何も言われることはなかった。
父の言う通り、アナスタシアも大事にできた。
できた。というより、僕が大事にしたかったんだ。
可愛くて、笑顔が天使のように美しい。
優しくて、セドリックが暗い顔をしていると心配して顔を覗き込み、手を握ってくれる。
父に言われたからではない。
これはただ一つ、僕の気持ちだった。
アナスタシア、大好きだ。
君が結婚相手で本当に良かった。
父は母に目を光らせているし、母も表向きはアナスタシアを可愛がっているから、これからはもう大丈夫だと思っていた。
でも父が亡くなってから、全てがおかしくなってしまった。
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