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7 鳥籠
しおりを挟む「アナスタシア!!」
いつの間にか後ろにいたセドリックに肩を抱き寄せられたアナスタシアは、デヴィッドから引き離される。
セドリックの逞しい腕の中に閉じ込められると、セドリックの胸の鼓動が早いことにアナスタシアは驚いた。
「何のつもりだ」
「踊っていただけですよ、大切な友人と」
セドリックが怒りのこもった低声でデヴィッドを責めると、デヴィッドは飄々とした態度でニコリと笑い、射るような視線をセドリックに向けた。
「友人が結婚したというのに浮かない顔をしているので心配になっただけです」
「……心配は不要だ」
「そうですか」
セドリックはデヴィッドを睨み、デヴィッドはニコニコと不敵な笑みを浮かべており、ヒリヒリした空気が漂う。
「アナスタシア」
「はい」
デヴィッドに急に名を呼ばれたアナスタシアは、彼の方向へと視線を向けた。
「俺はもう帰るが、何かあったらいつでも話してこいよ」
真剣な表情のデヴィッドに、アナスタシアはこくりと頷いた。
「じゃあまた手紙を書くからな」
そう言うとデヴィッドはお辞儀をして去っていった。風のような人だ。
彼はまた異国へ行くのかもしれない。彼からの手紙はいつも見たことのない異国の便箋だったから。
アナスタシアはそれが新鮮で、毎回手紙を楽しみにしていた。
ぎゅっと肩を抱く腕が強くなると、アナスタシアはセドリックの腕の中から彼を見上げた。
「殿下……」
セドリックはアナスタシアと目が合った瞬間、アナスタシアをすぐに引き剥がし、距離をとった。
その行動にアナスタシアが傷付いた表情をすると、セドリックは眉を顰め、アナスタシアにだけ聞こえるように小さな声で話した。
「もう離宮へ帰れ」
「……どうしてですか?」
唐突な言葉にアナスタシアが目を見開くと、セドリックは鋭い視線をアナスタシアに向けた。
(何故、急に…)
「行くぞ」
アナスタシアの質問には答えず、セドリックは有無を言わさずアナスタシアの手を引き会場の外へと歩き出す。
(どうして急に?まさか、レベッカ様がいるから?)
セドリックとレベッカが踊っていた姿が、アナスタシアの脳裏に焼き付く。
アナスタシアには見せない笑顔をセドリックはレベッカに向けていた。
手を強く握って足早に歩いていくセドリックに、アナスタシアはセドリックを止めようと口を開いた。
「ま、待ってください。お兄様に挨拶をさせてください」
「駄目だ」
「どうしてですか?」
セドリックは拒絶はするのにアナスタシアの質問には答えない。
まるで何かに追われているかのようにスタスタと早足で歩くセドリックに、アナスタシアは足がもつれそうだった。
なんとか着いていきながらも、アナスタシアは必死に声を出した。
「先程王太后様も来られました。王太后様にも挨拶させてください!」
すこし強めの声を出したアナスタシアに、セドリックの無表情が崩れたが、それでも足は止まらない。
「待って……」
王太后マグリットはセドリックの母だ。王太后がアナスタシアを可愛がっているのはセドリックも知っている。結婚式以来会っていない王太后と、家族と、少しだけでもいいから、話したかった。
なのに、
「駄目だと、言っている……」
セドリックは何故分からないんだというように、語気を強めアナスタシアを冷たい相貌で睨む。
アナスタシアはびくりと震えたが、何かを我慢するようにぎゅっと拳を握った。
(どうして……?私には、少しの自由も、ないの?)
視野の片隅で、兄が心配そうにこちらへ向かっている姿が目に入った。
アナスタシアが兄の方向へと視線を向けると、セドリックはアナスタシアの手を引っ張り先程よりも早く歩く。
アナスタシアはセドリックの足についていくのが精一杯だった。
兄の方を振り向くと、途中で誰かに話しかけられたようで、アナスタシアをちらちらと見ながら対処している。
(お兄様……)
アナスタシアは周りの突き刺さる視線が痛くなったのを感じると、大人しくセドリックに着いていった。
会場の外へ出ると、セドリックはアナスタシアの騎士に離宮へ連れて帰るよう指示を出す。
「気をつけて帰れ」
それだけ告げるとセドリックは舞踏会場へと戻っていった。
アナスタシアはまた一人で残される。
(どうして……?)
寒く、冷たい、真っ暗な夜だった。
こんなに近くに舞踏会場の灯りがあるのに、ひどく遠く感じる。
アナスタシアはセドリックに嫌われないよう何でも彼の言うことは聞いてきた。
だが彼の言うことを聞くたびに、心がズタズタに引き裂かれていくようだった。
アナスタシアは舞踏会場の灯りをぼんやりと眺めていたが、騎士に促されるとゆったりとした足取りで離宮へと帰った。
離宮へ着くと、アナスタシアは急ぐように自室へと入った。後からエディットが追いかけてきたが、一人にしてと告げると自室へ閉じこもる。
フラフラとベッドに腰掛け、横になる。
(ドレスを脱がなきゃ……ちゃんと着替えて、綺麗にしなきゃ……
王太子妃として……)
分かっているのに、体が動かなかった。
アナスタシアはまるで鳥籠の中に閉じ込められているようだった。
何度も自分に言い聞かせてきた。
愛するセドリックのために我慢しなければと。自分は大丈夫なのだと。
大丈夫なはずなのに、心が押しつぶされそうだった。
アナスタシアは泣きたくなる気持ちをぎゅっと目を瞑って耐える。
ノロノロと起き上がると、エディットを呼んだ。
エディットは今にも泣きそうな顔で、アナスタシアを強く抱きしめた。
あまりに早い帰宅だから何かあったのだと思ったのだろう。
本当は侍女が王太子妃に抱きつくことはしてはいけない。
でもエディットのその優しさと暖かい温もりが嬉しくて、アナスタシアは抱きしめ返した。
アナスタシアの心は少しずつすり減っていた。
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