あなたの子ではありません。

沙耶

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プロローグ

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「おかあさまー!見てください!くまさんです!」

「わぁ、素敵な絵が描けたわね」

昼下がりの午後、アナスタシアは愛する息子ローレンスと一緒に、いつものように子供部屋で遊んでいた。

王宮を出てから平穏で幸せな毎日を送っていたアナスタシアは、可愛い息子に今日も夢中だった。

今度は何を描きましょうか?と二人で笑い合っていると、扉の向こうからバタバタと不穏な足音が聞こえてくる。どうやら誰かが走りながらこちらへと向かっているようだ。

「誰かしら?」

「だれかなー?」

アナスタシアとローレンスは二人で顔を見合わせると、扉の方向を見つめた。

バンッと勢いよく子供部屋の扉を開けたのは、アナスタシアの兄、レジナルドだった。

「お兄様?どうしたのですか?」

「アナスタシア!王太子殿下だ!」

「え?」

「王太子殿下が、ここにくる!」

息を切らしながら叫ぶレジナルドは、必死の形相でアナスタシアに伝えた。息子のローレンスは、でんかー?と不思議そうに小さな首を傾げている。

アナスタシアがローレンスの後ろにいるメイドのマリーに目配せをすると、マリーは大きく頷いた。

「よろしくね」

「かしこまりました」

「おかあさま?」

アナスタシアは屈んでローレンスと目線を合わせると、優しい口調で語りかけた。

「ローレンスごめんね。お母様、用事ができてしまったの。あとで必ず遊ぶと約束するから、今はマリーと一緒に遊んでいられる?」

「うん!いいよ!あとでぜったいあそんでね!」

「もちろんよ」

キラキラと黄金の目を輝かせるローレンスに、アナスタシアは優しく微笑むと指切りをする。そしてローレンスの愛らしい頬にキスを一つ落とすと、子供部屋をあとにした。

親子二人をじっと見つめながら待っていたレジナルドは、扉を閉めるとアナスタシアに話しかける。

「さっきここに来る途中殿下を見かけたんだ。騎士を一人連れてこちらに向かっている」

「騎士を一人だけ?」

「お忍びできているようだった。こんな田舎の領地に来るなんて、何の用だ?」

「それは間違いなく、殿下なのですか?」

「間違いない。黄金の髪に黄金の瞳。王室特有の色だろ」

「まさか、ローレンスのこと……」

心配で憂いを帯びた顔をするアナスタシアに、レジナルドはそれはない。と言い切った。

「この五年一切連絡がなかったんだ。レベッカ様の子もいるし、離縁した妻なんか気にかけないだろ」

「ではどうして急に……」

「さあな。俺も一緒に出よう」

ありがとうございます。とアナスタシアが頷くと、メイドが一人走りながらやってきた。彼女はひどく動揺している。

「お、王太子殿下が、来られました!」

「分かっている。アナスタシア、行こう」

「はいお兄様」

アナスタシアとレジナルドはしっかりとした足取りで、殿下のいる玄関ホールへと歩き出す。レジナルドのおかげか、アナスタシアの心は冷静でいられた。

玄関ホールへ辿り着くと、殿下がいた。

五年ぶりに会う殿下は相変わらず精悍な顔つきをしている。背も少し高くなり、以前よりも体が逞しくなっただろうか。

(彼にもう一度会うなんて、思いもしなかった……) 

会ったら心が揺れると思っていたアナスタシアは、自分でも驚くほど落ち着いていた。

殿下はアナスタシアを見つけると、何故か大きく目を見開き固まってしまった。

アナスタシアとレジナルドはそんな殿下に腰を折り挨拶をする。

「「王国の若き太陽であられる王太子殿下にご挨拶いたします」」

「……ああ、アナスタシア、レジナルド、元気そうで何よりだ……」

「おかげさまで……」

アナスタシアが顔を上げ殿下を真っ直ぐ見上げると、殿下は唇を強く引き結び一歩後退った。殿下の目には動揺の色が窺える。

(どうしてそんな表情を?)

殿下との結婚生活でも見たことがない表情だ。その結婚生活も一緒に過ごした時間はほんのわずかだったけれど。

「今日はどういったご用件でしょうか?」

「それは……」

「おかあさまー!!」

「ローレンス様!!いけません!!」

(ローレンス……何故ここに……。)

アナスタシアが顔を青ざめると、ローレンスを捕まえようと後ろから追いかけるマリーが見えた。

ローレンスは無邪気に笑いながらアナスタシアの元へと駆け寄り抱きつく。アナスタシアはそんな息子を隠すようにぎゅっと抱き寄せた。

(どうしよう、どうしよう……彼に絶対バレてはいけなかったのに!) 

殿下はローレンスを見てしまったのか、目を見張る。
ローレンスは王族特有の黄金の髪と瞳を持っている。まるで殿下の生き写しのように──。

殿下が息を呑み、ゆっくりと口を開いた。

「その子は、誰だ?」

鋭い金色の瞳が、ローレンスを捉えてしまった。

目の前にいる、彼との子を──。
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