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エピローグ.あなたとあなた以外
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《エドガー》
「聞いてくれ、エドガー。何故か我が家の財産が音を立てて目減りしているのだ。魔法か? 呪いか!?」
齢四十を過ぎているとは思えないほどたくましいボクの父は、相変わらず恐ろしいほど馬鹿みたいなことをのたまっている。
頭が痛い。でも財産が目減りしたのはボクのせいだから文句も言えない。慰謝料を払ったのだ。グレンダの実家はもちろんのこと、ユノライト侯爵家にも。
久しぶりに会ったトラヴィスは、皮肉な笑みを浮かべながら「友人割にしてあげよう」と言ってくれた。
少しだけ歳を重ねたトラヴィスは、よりその美貌に凄みを増していた。けれどボクに向ける眼差しは柔らかく、とても愛する妻を苛むような人間には見えなかった。
ボクは何を見ていたのだろう……
後悔に俯いていたボクを、父の声が現実に連れ戻す。
「だが、結婚式なんてつまらぬことに金を使わなくて良くなったのなら、新しい剣くらいは買えるな? 鍛冶屋の親父が素晴らしい剣を作ったのだ。是非とも欲しい!」
「父さん……無茶言わないでくださいよ。それになんでいきなりボクに言うようになったんですか?」
「グレンダ嬢が、そうすればいいと教えてくれたのだ。今まではグレンダ嬢に我が家の采配をしてもらっていたからな、これからどうすればいいのかと泣きついたら、エドガーに言えばいいと言われたのだ。エドガーは頼られたいのだとな!」
「…………」
グレンダは我が家の采配までやらされていたのか。まだ結婚もしていなかったのに。だから目が回るほど忙しいと言っていたのか……
「エドガー? ユノライト侯爵家に行ったのなら、新しい人脈を作ってきたのですよね? どこからかお茶会のお誘いがそろそろきてもいい頃だと思うのだけど」
「謝罪と慰謝料の支払いに行った先で、新しい人脈なんて出来ませんよ……」
朝から濃厚な香水の匂いを振りまきながら現れた母に、ボクは目眩を起こす。
たちまち母の目が吊り上がる。
「まあ! おかしいわよ! 我が家はエーダ伯爵家なのよ!?」
「そんなに息子を責め立てるな。それよりエドガーよ。剣のことだが……」
「貴方!? だいたい貴方が剣だ防具だといつも騒ぐから、私がお茶会を主催出来る余裕がないのよ!?」
「そう言えば、最近もどうしてか財産が目減りを……」
「…………」
こんなに問題山積みなのに、ボクは全てグレンダに押し付けて、リアから頼られることに酔っていたのだ……
ごめん。本当に悪かった。すまない、グレンダ。
* * * *
《グレンダ》
事務上の全ての手続きを終えたグレンダは、ほとんど間をおかずに荷物をまとめた。
最近まで渋っていた両親も、もう反対するつもりもなくなったようだ。
それもそうだろう。何しろグレンダは、ずっと我慢していたのだから。
政略結婚。決められた相手。
仮にも貴族ならば、自由気ままな恋愛結婚など期待もしていなかった。
それでも、何度も過ちを許し続けるのは無理だった。
『君はリアと違って強いじゃないか』
元婚約者は言っていたが、とんでもない。彼がいつまでもフラフラしていたから、強くあらねばならなかっただけだ。
「本当は私だって、お義母様のこととか相談したかったわ……」
グレンダは、さして多くない荷物を手に下げて立ち上がる。
もう、あんな男のことはどうでもいい。
グレンダは新しい道を行く。
ポケットから取り出したのは、一通の手紙。それは学生時代の友人であるスカーレットからのものだ。
彼女はトラヴィスとの婚約を破棄後、隣国に留学している。グレンダも留学し、彼女のもとに行くのだ。
きっと新しい出会いもあることだろう。現にスカーレットはもう新しい恋人がいる。ぜひとも彼女にあやかりたいものだ。
「さて、行きましょうか!」
* * * *
《アンジェリア》
「旦那様ぁ~私、本当に怖かった~~」
アンジェリアはトラヴィスにしなだれかかった。彼女を愛する夫は、優しく受け止めてくれる。いつものように。
「可哀想なアンジェ。もう大丈夫だよ。エドガーは二度と君に近づかないだろう」
美しく優秀で、卒のない完璧な夫。今もこうして甘やかしてくれる。
エドガーに言ったことは全て嘘。痣は自分でつけたもの。
だって、退屈だったんだもの。
アンジェリアは刺激的な毎日を送りたいのに、トラヴィスは彼女を真綿で包むように扱う。予め危険から遠ざけ、トラブルは回避する。
もちろん、夫以外の異性と遊び回るなんてもってのほか。
安心安全でお金にも困らない満ち足りた毎日。
うんざりだった。
だから、たまたま出会ったエドガーを巻き込んで遊んだのだ。
それなりに力のある伯爵家の嫡男なのに冴えない彼は、学生時代からアンジェリアを崇拝していたのを覚えていた。まだ自分に気があるようだったから、遊びに付き合わせてやった。
泣いて感謝すればいいのに、あいつはもう会えないなんて生意気なことを言ってきたから、ちょっと虐めてやった。そのせいで婚約者と別れたらしいが、自分には関係ないことだ。
さすがにもうエドガーは使えないから、別の遊び相手を見つけなければ。大丈夫。候補はまだまだいくらでもいる……
「怪我はないかい? 少しお酒を飲むかい? きっと落ち着くよ」
「嬉しい~。そう言えば、少しだるいわ。熱でもあるのかしら」
「それは大変だ! すぐに寝室へ行こう」
「有難う、旦那様……」
「こんなに震えて……。そうだ。季節もいいし、領地に一度戻ろうか。馬車に揺れることになるけれど、ゆっくり行くよ。それにアンジェは領地に行くのは随分久しぶりだよね」
「そうね。とても空気のいい所だわ」
夫に相槌をうちながらも、アンジェリアは内心嘆息する。風光明媚と言えば聞こえはいいが、要するにかなりの田舎だ。刺激的な生活を欲している自分にはふさわしくない。
そんなアンジェリアに笑い掛けながら、トラヴィスは呟いていた。
「屋敷は広いし、ちょうどいい部屋もあるんだ。何もかも揃っているのに窓がない。壁も丈夫だし、扉の鍵もしっかりしている。なんならもう一つ鍵をつけてもいい。口のきけない使用人だっているし……」
「何て言ったの、旦那様?」
「何でもないよ。ただ……もう退屈はさせないよ」
「聞いてくれ、エドガー。何故か我が家の財産が音を立てて目減りしているのだ。魔法か? 呪いか!?」
齢四十を過ぎているとは思えないほどたくましいボクの父は、相変わらず恐ろしいほど馬鹿みたいなことをのたまっている。
頭が痛い。でも財産が目減りしたのはボクのせいだから文句も言えない。慰謝料を払ったのだ。グレンダの実家はもちろんのこと、ユノライト侯爵家にも。
久しぶりに会ったトラヴィスは、皮肉な笑みを浮かべながら「友人割にしてあげよう」と言ってくれた。
少しだけ歳を重ねたトラヴィスは、よりその美貌に凄みを増していた。けれどボクに向ける眼差しは柔らかく、とても愛する妻を苛むような人間には見えなかった。
ボクは何を見ていたのだろう……
後悔に俯いていたボクを、父の声が現実に連れ戻す。
「だが、結婚式なんてつまらぬことに金を使わなくて良くなったのなら、新しい剣くらいは買えるな? 鍛冶屋の親父が素晴らしい剣を作ったのだ。是非とも欲しい!」
「父さん……無茶言わないでくださいよ。それになんでいきなりボクに言うようになったんですか?」
「グレンダ嬢が、そうすればいいと教えてくれたのだ。今まではグレンダ嬢に我が家の采配をしてもらっていたからな、これからどうすればいいのかと泣きついたら、エドガーに言えばいいと言われたのだ。エドガーは頼られたいのだとな!」
「…………」
グレンダは我が家の采配までやらされていたのか。まだ結婚もしていなかったのに。だから目が回るほど忙しいと言っていたのか……
「エドガー? ユノライト侯爵家に行ったのなら、新しい人脈を作ってきたのですよね? どこからかお茶会のお誘いがそろそろきてもいい頃だと思うのだけど」
「謝罪と慰謝料の支払いに行った先で、新しい人脈なんて出来ませんよ……」
朝から濃厚な香水の匂いを振りまきながら現れた母に、ボクは目眩を起こす。
たちまち母の目が吊り上がる。
「まあ! おかしいわよ! 我が家はエーダ伯爵家なのよ!?」
「そんなに息子を責め立てるな。それよりエドガーよ。剣のことだが……」
「貴方!? だいたい貴方が剣だ防具だといつも騒ぐから、私がお茶会を主催出来る余裕がないのよ!?」
「そう言えば、最近もどうしてか財産が目減りを……」
「…………」
こんなに問題山積みなのに、ボクは全てグレンダに押し付けて、リアから頼られることに酔っていたのだ……
ごめん。本当に悪かった。すまない、グレンダ。
* * * *
《グレンダ》
事務上の全ての手続きを終えたグレンダは、ほとんど間をおかずに荷物をまとめた。
最近まで渋っていた両親も、もう反対するつもりもなくなったようだ。
それもそうだろう。何しろグレンダは、ずっと我慢していたのだから。
政略結婚。決められた相手。
仮にも貴族ならば、自由気ままな恋愛結婚など期待もしていなかった。
それでも、何度も過ちを許し続けるのは無理だった。
『君はリアと違って強いじゃないか』
元婚約者は言っていたが、とんでもない。彼がいつまでもフラフラしていたから、強くあらねばならなかっただけだ。
「本当は私だって、お義母様のこととか相談したかったわ……」
グレンダは、さして多くない荷物を手に下げて立ち上がる。
もう、あんな男のことはどうでもいい。
グレンダは新しい道を行く。
ポケットから取り出したのは、一通の手紙。それは学生時代の友人であるスカーレットからのものだ。
彼女はトラヴィスとの婚約を破棄後、隣国に留学している。グレンダも留学し、彼女のもとに行くのだ。
きっと新しい出会いもあることだろう。現にスカーレットはもう新しい恋人がいる。ぜひとも彼女にあやかりたいものだ。
「さて、行きましょうか!」
* * * *
《アンジェリア》
「旦那様ぁ~私、本当に怖かった~~」
アンジェリアはトラヴィスにしなだれかかった。彼女を愛する夫は、優しく受け止めてくれる。いつものように。
「可哀想なアンジェ。もう大丈夫だよ。エドガーは二度と君に近づかないだろう」
美しく優秀で、卒のない完璧な夫。今もこうして甘やかしてくれる。
エドガーに言ったことは全て嘘。痣は自分でつけたもの。
だって、退屈だったんだもの。
アンジェリアは刺激的な毎日を送りたいのに、トラヴィスは彼女を真綿で包むように扱う。予め危険から遠ざけ、トラブルは回避する。
もちろん、夫以外の異性と遊び回るなんてもってのほか。
安心安全でお金にも困らない満ち足りた毎日。
うんざりだった。
だから、たまたま出会ったエドガーを巻き込んで遊んだのだ。
それなりに力のある伯爵家の嫡男なのに冴えない彼は、学生時代からアンジェリアを崇拝していたのを覚えていた。まだ自分に気があるようだったから、遊びに付き合わせてやった。
泣いて感謝すればいいのに、あいつはもう会えないなんて生意気なことを言ってきたから、ちょっと虐めてやった。そのせいで婚約者と別れたらしいが、自分には関係ないことだ。
さすがにもうエドガーは使えないから、別の遊び相手を見つけなければ。大丈夫。候補はまだまだいくらでもいる……
「怪我はないかい? 少しお酒を飲むかい? きっと落ち着くよ」
「嬉しい~。そう言えば、少しだるいわ。熱でもあるのかしら」
「それは大変だ! すぐに寝室へ行こう」
「有難う、旦那様……」
「こんなに震えて……。そうだ。季節もいいし、領地に一度戻ろうか。馬車に揺れることになるけれど、ゆっくり行くよ。それにアンジェは領地に行くのは随分久しぶりだよね」
「そうね。とても空気のいい所だわ」
夫に相槌をうちながらも、アンジェリアは内心嘆息する。風光明媚と言えば聞こえはいいが、要するにかなりの田舎だ。刺激的な生活を欲している自分にはふさわしくない。
そんなアンジェリアに笑い掛けながら、トラヴィスは呟いていた。
「屋敷は広いし、ちょうどいい部屋もあるんだ。何もかも揃っているのに窓がない。壁も丈夫だし、扉の鍵もしっかりしている。なんならもう一つ鍵をつけてもいい。口のきけない使用人だっているし……」
「何て言ったの、旦那様?」
「何でもないよ。ただ……もう退屈はさせないよ」
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