あなただけが頼りなの

こもろう

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3.忠告

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「グレンダさん、聞いてらっしゃるの? 貴女、最近おかしいわ。というより、少し調子に乗っているのではなくて?」

 リアを病院に連れて行った日。
 すっかり日もくれた時間になって我が家に戻ってくると、母がグレンダに尖った声を上げている場面に出くわした。
 母は普段は朗らかなのだが、一度腹を立てると長引いて厄介だ。マズいところに来てしまった……
 ボクは反射的に首を竦めるが、母と相対するグレンダは微笑みを貼りつけたまま眉一つ動かさない。

「調子に乗っている、とはどういうことでしょう?」

「エーダ家に入ることは名誉なこと。貴女が浮かれるのも分からなくはないですが、まだ女主人ではないのですからわたくしに反抗的な態度を取ってはなりません」

「反抗的でしょうか? 私はただウェディングドレスを実家の方の仕立屋で仕立ててもらう方が、型紙もありますし私の体型や好みも把握して貰っているから遥かに効率的だと提案しただけです。母も動き出しておりますし」

「わたくしはエーダ伯爵夫人なのよ!? その言葉には従っていただかないと!」

「ちょ、ちょっと落ち着いてよ、母さん。グレンダも、急にどうしたの? ここまで順調にきているのに」

 母の肩を撫でながらグレンダに目をやると、彼女の笑みが深くなる。

「随分と遅いお帰りですねエドガー。もうこんな時間だったとは私も迂闊でした。お暇させていただきますね、お義母様。エドガー、申し訳ないけれど玄関まで送ってくださるかしら?」

「あ、ああ……」

 グレンダの迫力に押されて、彼女をエスコートする。その道すがら、ついつい愚痴めいた言葉が出てしまった。

「頼むよ。母さんたちと上手くやって欲しいな……」

 結婚したら今より深く付き合うことになるのだから。

「君なら両親とも上手く付き合えると信じているよ。だから」

 そこでボクはふと口を閉じた。
 グレンダの琥珀色の瞳がボクを射抜くように光っている。

「グレンダ……?」

「『だから、リアでなく君を選んだのに』……かしらね?」

 心臓が跳ねた。
 とっさに何を言っていいのか分からなくなった。どうしてグレンダはリアの名前を出した? しかもボクとリアの関係を揶揄するようなことを云うなんて……

「驚きました? 私は驚かなかったわ。貴方がユノライト侯爵夫人と頻繁に会っているって知っても……」

 グレンダがボクから目を逸らす。彼女に似合わない冷めた眼差しに、ボクは冷水を浴びせられた気持ちになった。

「誤解だ! ちょっと相談に乗っていただけだ! 別に変な雰囲気にすらなっていないし、なるつもりもない!」

 きっぱりと言い切ってやる。でもグレンダは「大声出さないでくださいな」と眉を顰めるばかりだ。

「ねえ、エドガー。ユノライト侯爵夫人が貴方に何の相談があるの?」

「トラヴィスが彼女に辛く当たっているんだ。それで彼女が泣いていてね」

「それで貴方が慰めて差し上げたの?」

「嫌味な言い方はやめてくれ。リアは殴られてこそいないけれど、トラヴィスから怪我を負わされているんだ。すっかり怯えているし……。だから今日も彼女に付き添って病院へ行ったんだ」

「ふふっ。だからチャリティコンサートへ行こうという私の誘いを断ったのね。貴方は私にだって話し合いたいことがあると気づかなかったのかしら?」

「だって、君はリアと違って強いじゃないか!」

 しっかり者のグレンダは、大抵のことは自分で解決出来てしまう。そこにボクの存在の必要性はないではないか。

 グレンダの纏う雰囲気が変わった。
 冷めたような眼差しどころか、冷ややかな氷のような雰囲気に。
 針みたいに細めた目を、グレンダはボクに向ける。
 その目はめったに見ることはないものだけど、ボクは一度だけ見たことがある。
 確かあれは学生時代……

「私は貴方の婚約者なのよ、エドガー」

 ピシャリとグレンダが言った。

「そして近いうちに結婚する間柄でもあるの。私が強いとかそういう問題ではないわ。貴方は私と向き合う義務があるの。ユノライト侯爵夫人が侯爵と向き合う必要があるのと同じよ」

「でもリアは――」

「ユノライト侯爵夫人、よ。忘れないでねエドガー。……もう今日は遅いわね。明日また、話し合いましょう」

――もう、学生時代の過ちは繰り返したくないの。

 氷のような顔のまま、グレンダは念押しした。
 その仮面の下に隠された彼女の表情も、どこかで見た気がする。

 馬車にエスコートして、手を離す。馬車の扉はすぐに閉じられた。
 ボクは思わず窓から見えるグレンダの横顔に叫んだ。

「ボクを信用してくれ!」

「……信用したいわね」

 グレンダの小さな声はすぐに馬車の走り出す音にかき消された。

 その夜、ベッドに横になりながら、ボクは思い返していた。
 学生時代のことだ。

 あの頃のボクは、初めての恋に浮かれていた。
 綺麗で儚くて守ってあげたくなるリア。アンジェリア・イザテ男爵令嬢。元々庶子でまだ貴族のなんたるかを理解せておらず、ふさわしい態度を取れないせいで他の令嬢たちから爪弾きにされていた可哀想な少女。

 生まれた頃からひ弱で、代々優秀な騎士を輩出してきたエーダ伯爵家にはふさわしくないと陰で言われていたボクでも、彼女相手なら騎士の真似事が出来る。
 だからボクは余計に浮かれてしまっていた。
 トラヴィスや王太子殿下など、強力なライバルはたくさんいたからボクは必死だった。少しでもリアと話が出来て、笑いかけてもらえたらその日は幸せな一日だった。

 ああ、思い出した。あの頃だ。グレンダに忠告されたのは。

『今は学生だから、許される部分があるわ。私も今は仕方ないと思ってます。けれど、それにも限度があることをお忘れなく――』

 それから間もなくのことだ。
 トラヴィスがスカーレットから婚約を解消されたのは。
 同じ頃王太子殿下も同じ目に合っていて、一時期学園は大騒ぎになった。
 けれどトラヴィスはどんなに周囲から批判されても、リアの手を放すことはなかった。
 ただ冷汗を流すばかりだったボクはその時、グレンダに平手打ちされたのだった。

『いい加減、目は覚めましたか?』

 そう言い放っていたグレンダの方が、何故か痛そうな顔をしていたっけ……










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