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3.SIDE:メルヴィン(後)
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「さあ、お手をどうぞ。美しいローラ」
「嬉しいですわ、メルヴィン様」
それは宰相家の夜会のこと。
私はエメラインには欠席するとの連絡をし、ローラを伴って参加をする。
そのことを知って、着飾ったローラは有頂天だ。
ふふふ、愚かな女だ。私の掌の上で転がされているとも知らず……
会場入りするとすぐに、異様な雰囲気であることに気が付いた。
招待客の緊張感が凄い。側近たちの顔もこわばっているのが見えた。
ああ、私が婚約者ではなくローラをエスコートしているせいか。
でも本来エスコートすべきエメラインは来ていないだろう。私の欠席を知って、屋敷で涙に暮れているはずだ。
身を寄せてきたローラの胸の柔らかさを腕に感じながら、私は大きく足を踏み出した。
そして――
「エメライン……?」
会場の真ん中には、美しく着飾ったエメラインが顔を青ざめさせながらも凛と立っていた。
「どうして……? エスコートは……?」
呆然と呟く私に、エメラインは扇を広げて口元を隠す。
その仕草はまるで私を拒絶しているみたいだ。
「私自身も招待状をいただいたので、ここにいます。そして、エスコートは我が兄アリスターにお願いいたしました。殿下が欠席するとおっしゃるので」
「それは! このローラ……いや聖女を神殿から連れ出すために」
エメラインの眼差しがローラに移る。その水色の瞳はまるで凍てついた湖のようだ。
どうしたんだ、エメライン。君はそんな厳しい目をするような人ではないはずだ。
ローラが私の腕に強くしがみつく。
「オルディス公爵令嬢、そんなに怒らないでくださいませ。メルヴィン様は私のことを想ってくださっているのですわ。聖女である私のことを……」
「ええ、そうでしょうとも、聖女様」
硬いエメラインの声。それを耳にしてローラがニンマリと笑う。
私は焦って声を張り上げた。
「違う! これは違うんだ!」
「衛兵」
私の叫びを切り捨てるように、エメラインが軽く手を挙げる。
それと同時に、武装した騎士たちが会場になだれ込んでくる。
「いやあああっ! 何するの!?」
たちまちローラが取り押さえられた。
展開が早すぎて頭が追いつかない。
私がやる役目を、エメラインがやっている?
エメラインは静かにローラの前に立つ。
「ローラ・ペーパー男爵令嬢。貴女と神殿には多数の容疑がかかっています。議会派の貴族たちと手を組み、王家と王党派を転覆させようとした罪。国庫の横領。武器の不正入手。そして貴女は高位貴族のご子息に近づき、その家の弱みを握り、その家の資産を盗む手引きをしたのですね」
「知らない! 私はただ皆さんと仲良くしていただけですわ!!」
「もう神殿にも司法の手が回っています。この国の大神殿座神官以下神官長たちが捕縛されてます。間もなく証言も全て揃うでしょう。言い逃れは出来ません――」
エメラインが告げると、ローラは崩れ落ちて大声で泣きだした。
なんてことだ。
あっという間に終わった断罪劇に、私はただ立ち尽くす。
そんな私の元に、エメラインがやってきた。隣にはぴったりとアリスターが張り付いている。
「エメライン……これは……」
「殿下が一年かけたことは、私が二週間で終わらせました。聖女様に張り付かなくても様々な手段を使えば、これだけの期間で情報が得られるのです」
真っ白だったエメラインの顔。その目元だけがじわりと赤くなった。冷えた水色の瞳が涙で潤みだす。
「どうしておっしゃってくださらなかったのですか? 一言おっしゃってくだされれば、私はすぐに動きました……!」
「それは、愛する君を巻き込まないようにと思って――」
「何度もお聞きしましたのに。殿下が聖女様の傍にいるのはどうしてですかと何度も。でも殿下は私には関わり合いのないことだと一顧だにされませんでした。お手紙を出しても返事もくださいませんでした。ですから私は、自分で調べたのです。自分で決着をつけるために」
「すまなかった。寂しい思いをさせた。これからはずっと傍にいてあげられる。もう終わったのだし――」
「そうです。もう終わってますわ」
エメラインはパシリと扇を閉じた。
その音にわずかに怯んでしまった隙に、エメラインは淑女の礼をして去っていく。
「待ってくれ、エメライン!」
「まあまあ殿下」
後を追おうとしたのに、アリスターが邪魔をする。そもそもこの男は何なのだ。そういえば神官職に就いているのではなかったか。それなのになんでこんなところにいるのか。
「還俗したのですよ。王党派の神官たちは密かに手を組んで不正な金の流れなど追っていたのですが、あと一歩のところで敵に目をつけられてしまったので。暇になったのでエメラインと手を組んだ訳です。殿下があの聖女といちゃついている間にね」
「いちゃついてなんていない!」
「そうですか? 別に聖女に張り付く必要なんてなかったではないですか。こんなに時間がかかったのも、楽しかったからではないんですか?」
「そんなことはない!」
「……なら、何でエメラインの訴えを無視したのですか?」
「それはエメラインを守ろうと思ったからだ」
「あの子はその程度のことで殿下の守りを必要とするような能無しではありませんよ。どれだけエメラインのことを下に見ていたんですかね?」
そんな。エメラインはいつも泣きながら私の手にすがっているような娘で……
いや、違う。もう立派な大人であり淑女だ。
私がそれを認めたくなかっただけ――?
その後のことは良く覚えていない。
気が付けば、父上からエメラインとの婚約解消を告げられた。公爵家側からの申し出を、今回の私の所業を重く見た父上が受けたのだという。
学園卒業後に立太子する予定だったが、それも無期限の延期。私は一からやり直すこととなった。
エメラインは、アリスターと婚約することになったという。
実兄かと思ったら、親戚からの養子だったらしい。
長兄が病に倒れた時、万が一のスペアとして引き取られ、長兄が回復してスペアとしての意味が無くなって神官になったという経緯があったらしい。
元神官のくせに軽薄な雰囲気がある彼がエメラインの相手なんてと文句も出かかったが、私にそんなことを言える権利があるはずもない。
そもそも……
もうエメラインと会うこともない――
とっくに終わっているのだ。
「嬉しいですわ、メルヴィン様」
それは宰相家の夜会のこと。
私はエメラインには欠席するとの連絡をし、ローラを伴って参加をする。
そのことを知って、着飾ったローラは有頂天だ。
ふふふ、愚かな女だ。私の掌の上で転がされているとも知らず……
会場入りするとすぐに、異様な雰囲気であることに気が付いた。
招待客の緊張感が凄い。側近たちの顔もこわばっているのが見えた。
ああ、私が婚約者ではなくローラをエスコートしているせいか。
でも本来エスコートすべきエメラインは来ていないだろう。私の欠席を知って、屋敷で涙に暮れているはずだ。
身を寄せてきたローラの胸の柔らかさを腕に感じながら、私は大きく足を踏み出した。
そして――
「エメライン……?」
会場の真ん中には、美しく着飾ったエメラインが顔を青ざめさせながらも凛と立っていた。
「どうして……? エスコートは……?」
呆然と呟く私に、エメラインは扇を広げて口元を隠す。
その仕草はまるで私を拒絶しているみたいだ。
「私自身も招待状をいただいたので、ここにいます。そして、エスコートは我が兄アリスターにお願いいたしました。殿下が欠席するとおっしゃるので」
「それは! このローラ……いや聖女を神殿から連れ出すために」
エメラインの眼差しがローラに移る。その水色の瞳はまるで凍てついた湖のようだ。
どうしたんだ、エメライン。君はそんな厳しい目をするような人ではないはずだ。
ローラが私の腕に強くしがみつく。
「オルディス公爵令嬢、そんなに怒らないでくださいませ。メルヴィン様は私のことを想ってくださっているのですわ。聖女である私のことを……」
「ええ、そうでしょうとも、聖女様」
硬いエメラインの声。それを耳にしてローラがニンマリと笑う。
私は焦って声を張り上げた。
「違う! これは違うんだ!」
「衛兵」
私の叫びを切り捨てるように、エメラインが軽く手を挙げる。
それと同時に、武装した騎士たちが会場になだれ込んでくる。
「いやあああっ! 何するの!?」
たちまちローラが取り押さえられた。
展開が早すぎて頭が追いつかない。
私がやる役目を、エメラインがやっている?
エメラインは静かにローラの前に立つ。
「ローラ・ペーパー男爵令嬢。貴女と神殿には多数の容疑がかかっています。議会派の貴族たちと手を組み、王家と王党派を転覆させようとした罪。国庫の横領。武器の不正入手。そして貴女は高位貴族のご子息に近づき、その家の弱みを握り、その家の資産を盗む手引きをしたのですね」
「知らない! 私はただ皆さんと仲良くしていただけですわ!!」
「もう神殿にも司法の手が回っています。この国の大神殿座神官以下神官長たちが捕縛されてます。間もなく証言も全て揃うでしょう。言い逃れは出来ません――」
エメラインが告げると、ローラは崩れ落ちて大声で泣きだした。
なんてことだ。
あっという間に終わった断罪劇に、私はただ立ち尽くす。
そんな私の元に、エメラインがやってきた。隣にはぴったりとアリスターが張り付いている。
「エメライン……これは……」
「殿下が一年かけたことは、私が二週間で終わらせました。聖女様に張り付かなくても様々な手段を使えば、これだけの期間で情報が得られるのです」
真っ白だったエメラインの顔。その目元だけがじわりと赤くなった。冷えた水色の瞳が涙で潤みだす。
「どうしておっしゃってくださらなかったのですか? 一言おっしゃってくだされれば、私はすぐに動きました……!」
「それは、愛する君を巻き込まないようにと思って――」
「何度もお聞きしましたのに。殿下が聖女様の傍にいるのはどうしてですかと何度も。でも殿下は私には関わり合いのないことだと一顧だにされませんでした。お手紙を出しても返事もくださいませんでした。ですから私は、自分で調べたのです。自分で決着をつけるために」
「すまなかった。寂しい思いをさせた。これからはずっと傍にいてあげられる。もう終わったのだし――」
「そうです。もう終わってますわ」
エメラインはパシリと扇を閉じた。
その音にわずかに怯んでしまった隙に、エメラインは淑女の礼をして去っていく。
「待ってくれ、エメライン!」
「まあまあ殿下」
後を追おうとしたのに、アリスターが邪魔をする。そもそもこの男は何なのだ。そういえば神官職に就いているのではなかったか。それなのになんでこんなところにいるのか。
「還俗したのですよ。王党派の神官たちは密かに手を組んで不正な金の流れなど追っていたのですが、あと一歩のところで敵に目をつけられてしまったので。暇になったのでエメラインと手を組んだ訳です。殿下があの聖女といちゃついている間にね」
「いちゃついてなんていない!」
「そうですか? 別に聖女に張り付く必要なんてなかったではないですか。こんなに時間がかかったのも、楽しかったからではないんですか?」
「そんなことはない!」
「……なら、何でエメラインの訴えを無視したのですか?」
「それはエメラインを守ろうと思ったからだ」
「あの子はその程度のことで殿下の守りを必要とするような能無しではありませんよ。どれだけエメラインのことを下に見ていたんですかね?」
そんな。エメラインはいつも泣きながら私の手にすがっているような娘で……
いや、違う。もう立派な大人であり淑女だ。
私がそれを認めたくなかっただけ――?
その後のことは良く覚えていない。
気が付けば、父上からエメラインとの婚約解消を告げられた。公爵家側からの申し出を、今回の私の所業を重く見た父上が受けたのだという。
学園卒業後に立太子する予定だったが、それも無期限の延期。私は一からやり直すこととなった。
エメラインは、アリスターと婚約することになったという。
実兄かと思ったら、親戚からの養子だったらしい。
長兄が病に倒れた時、万が一のスペアとして引き取られ、長兄が回復してスペアとしての意味が無くなって神官になったという経緯があったらしい。
元神官のくせに軽薄な雰囲気がある彼がエメラインの相手なんてと文句も出かかったが、私にそんなことを言える権利があるはずもない。
そもそも……
もうエメラインと会うこともない――
とっくに終わっているのだ。
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