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リヒト

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Ocean 9

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3月1日、卒業式。


今日で学生時代が終わるなんて実感は、全く湧いて来ない。

今日から新しい日々が始まるって感じも、あんま無いな。


暮れから既にバイトとして働き初め、毎日菜花ん家に通ってた俺には、“今まで”も“これから”も、区切りなんか無く繋がってるように感じてる。

夕方には引っ越す予定になってるけど、菜花ん家は俺ん家から徒歩1分のほんとに目と鼻の先だから、寝る場所を変えるくらいの感覚だ。

3年間一緒にやってきた仲間との別れも、実感がない。

これからは滅多に会えなくなるんだろうなって考えたらちょっと寂しいけど、悲しくはない。

それぞれに進む方向は違っても、遠く離れた場所に居ても、いつになっても、どっかでみんな頑張ってる筈だから。


式の後、親達も教室に入って行われる最後のホームルームで、いつもの週末のロングホームルームのときのように一人ひとりスピーチする時間を与えられた。

見渡せば、ほとんどがスポーツで進学決めた野郎で占められてる、ウチのクラス。

一般企業に就職するのは俺1人で、地元自治体の公務員になるのが2人と、警察官1人と自衛官の2人を除いては、みんな4年制大学へ進学する。


俺は、1分という短いようで長くも感じる時間を使って、まずは受験を控えた大事な時期に妊娠騒動で迷惑を掛けてしまったことを詫び、頭を下げた。

静まり返る教室。

これから入試でピリピリしてるヤツも居る筈だ。

自分が許されたいばかりに謝罪の言葉を口にしてスッキリしたいのか、と不快に思うヤツも居るかも知れない。

うん、実際そうなんだ。

許されることは無いにしても、最後に謝ってスッキリしときたい。

とことん身勝手だよな……。でも、これが俺だ。

みんなから“オカン”とか呼ばれて、面倒見がいいって思われてるみたいだけど、それも実は、他人のこと思いやるフリして結局は自分が安心して満足したいだけなんだよ。

基本的に自分本位で、やること全て誰かの為じゃなく自分の為だって開き直りの下で行動してるヤツは、メンタル安定してると思う。

安定は余裕を生むから、他人のことにも目を向けることが出来るっていうサイクル。

俺はそのことを、同じ中学の先輩でキャッチャーをしていた英一さんから学び、自分のものにしようとしてカッコ付けてきた3年間だったが…… どうだろう。これで形になってんのかな。


面を上げ、まだ誰にも言ってなかった入籍の報告をする。

5月には子どもが産まれることも。

甲子園と、その先のプロ目指して入ったスポーツコースだったけど、結局甲子園には行けず、何者にも成れなかった。

大学には行かずに就職して家庭を持つことを決めたからには、自分が今出来ることから堅実にやっていこうと思う。

諦めた訳じゃない。

別な形で、俺の夢——子どもも大人も年寄りも障害を持つ人も、思いっきりスポーツを楽しめる環境を作ること——を実現するっていう目標向かって、まずは誰もが手の届く価格帯のスポーツ用品の開発に携わることに決めた。

みんなも色々あると思うけど、腐らずに生きてこうぜ。

今はそんなふうに思えなくても、生きてりゃ何かいいことある筈だ…… 生きてさえいれば。

諦め死んじゃったらそこで試合人生終了だよ。

一回死んだ俺に免じて、どうかみんな、寿命が尽きるまで精一杯生きて行って欲しい。

生きて、そして…… いつかどっかで、また会おう。


こういう場で生き死にとか流石に重過ぎたかなー、って一礼してからそそくさと黒板の前から去ろうとすると、窓際の一番後ろの席で一人、拍手し始めたヤツが居る。

…… 基樹だ。

なんだよその晴れやかな笑顔は。

菜花のことで俺がおまえにしたこと、どうやったってナシにはならないだろ……。


申し合わせたように一斉に拍手が起こり、親達が何のことやら分からずに顔を見合わせる中、指笛や足を踏み鳴らす音、机を叩く音に教室が沸く。


「結婚おめでと!幸せんなってね~‼︎」


基樹がこんな声張るのは珍しい。

でも、ヤケになってる感じはない。  

俺と菜花のこと、心から祝福してくれてんだな。

ほんと、いいヤツだな、おまえ……。


「てめェ爆散しろコノヤロー!」


廊下側の真ん中辺でニヤニヤしながらヤジを飛ばす中村。

捻くれてるように見えても実は真っ直ぐな縮れ麺みたいなおまえには、スープの絡みが良いのは知ってるよ。

斜め前の席で顔をくしゃくしゃにして泣いてるナベのデカい顔が滲んで見える。

おめぇはもう…… 泣いてるとこしか見てねぇな。


みんなに分かってもらいたいとかは思ってなかった。

分かってくれるヤツに分かってもらえたら、それでいいって思ってた。

けど、俺がここ半年でしてきた見苦しい程の精一杯の足掻きは、他人には興味ない素振りでそれぞれに悩み苦しんできたヤツらの心に、何かしらの波紋を起こす一石を投じる結果になったらしい。

気の合うヤツだけじゃなく、多分俺嫌われてんなって思ってたヤツからも拍手が貰えたってことは、そういうことだろ?

色んな考えを持つ人間が居て、世の中成り立ってる。

自分とは違った考えを持つ人間からも、敬意を表して拍手を送ってもらえるって、すげぇことじゃねぇか。

こんな地方都市の片隅にある高校の教室からだけど、俺の理想とする世の中に何ミリかでも近付けた気がして、嬉しい。


ありがと、みんな。

同じ時代に生まれて生きてくれてることに、感謝するぜ。



外へ出ると、正門まで両脇に在校生が並んで立ち、卒業生を送り出す花道が出来てる。

花道つっても、花は無い。

俺らの住む地域じゃ、この時期、桜はまだ蕾すら付けてないどころか、どんより曇った鉛色の空から雪混じりの冷たい風が強く吹き付けてる。

青空の下、桜の舞い散る卒業式ってのは一体どこの世界のお伽噺なんだろうな、なんて思いながら、クソ寒い中、吹奏楽部の1、2年が奏でる音楽に送られて、あちこちで繰り広げられる卒業ドラマの横を通り過ぎる。

ブラバンのヤツらには、クソ暑い中、野球応援で世話んなったな。

今はクソ寒い中、先輩方との別れを惜しむ時間も演奏に当ててくれてるなんて、ご苦労なこった。


と、「岡っさぁん‼︎」ってブラバンよりデカい声に呼び止められて立ち止まったら、野球部の次期正捕手の大がニカッ!って音がするくらいの笑顔で近付いてきて、いきなり羽交締めにされた。

2つ下の1年だけど、子どもの頃から野球の他に柔道もやってきたこいつに捕まったら、俺なんかひとたまりもない。

縦にも横にもデカいから体格でもう敵わないってのに、それに加えてとんでもない剛力、剛腕だ。

見慣れたボーズ頭の面々に囲まれて手荷物を奪われ、あれよという間に制服のブレザーを剥ぎ取られ、ネクタイとベルトまで盗られてしまう。

すっかり忘れてたぜ…… 我が野球部の伝統、卒業生の『追い剥ぎ』の儀式を……!

でも俺らは敬愛する先輩方に、ここまではしなかったぞ⁈ 

酷でぇヤツらだ…… 俺の教育が間違ってたのか…… なんて反省する間もなく花道の脇へ引っ張られて、えっ…… 何?なになに⁈ってキョロキョロしてる間に両手両足を掴まれたかと思ったら、ヤツらの頭上に担ぎ上げられて、ウェーイ!ウェーイ!ウェーイ!って空に向かって何度も放り投げられ、ヒェエェ~⁉︎って変な声が出る。


「ハハッ、ザマァ岡田ァ‼︎」


中村が満面の笑顔で下から頭をガシガシしてくる。


「いい眺めだろォ?」


いくねぇよ…… 怖えぇよ‼︎ 

監督にやる胴上げなんか比にならん程容赦なく高く投げ上げられて、本気で身の危険を感じる。

後輩達は自己申告170cmの俺よりデカいのばっか…… 大は85はある筈だし、修二なんか90超えてんじゃねぇか?

おまえらみたいなのにとっ捕まっていきなり二階くらいの高さに投げ上げられてみろ、普通に怖えぇから!

つーか中村、ウェーイじゃねぇんだよ。なんでおまえまで上げる側に居んだよ。

あ、先に被害に遭っヤられたんだなおまえ…… ブレザー盗られてワイシャツの袖も片方無くなってんじゃん……。


「あっ腰…… 腰ヤベぇ腰!…… おい下ろせッ…… ケツ掴むなッ、離せって‼︎ ズボン下がんだろ…… ヒィッ⁈ …… 誰だバカヤロ、耳舐めんな‼︎ んあぁぁぁマジなんなんおまえらぁッ⁈ 」


暴れまくって胴上げから無理矢理下りたはいいが、もみくちゃにされて半裸になった俺、花道に出ることは避けて人混みの中を逃げ回る。

と、目の前に、元ソフト部の女子たちに囲まれて花束を抱えた菜花が居て、ボタンが取れてベロベロにはだけたワイシャツの前とベルトを盗られて下がるスラックスを押さえながらヨロけて地面に這いつくばる俺を見てる。

あっ、なのっちのダンナじゃん、とか言われてるのが耳に入って、菜花に恥掛かしちゃマズいなとは思うけど、それどころじゃない。

シーッ。追われてるんだ、見逃してくれ……!


つーか菜花の制服姿、久しぶりに見た……そういえば今日で見納めなんだな。

コースが違うから、式のときにはどこに居るかさえ分かんなくて、今ようやく姿が見れた。


菜花、今日はいつものポニーテールじゃなく、サラツヤストレートの黒髪を下ろしてる。

透き通るような白い肌。

半年前まで小麦色に日焼けしてたのが嘘のようだ。

ぱっちり大きな瞳と上向きの長い睫毛、ぷるぷるの薄紅色の唇。

ブレザーの上にモッコモコのダウンコート着てても、スラリと伸びた脚で明らかにスタイル良いのが分かる。

後光が射して見えるくらいの完っ璧な美少女JKだ…… 俺の子どもを宿してる、大きなお腹を除けば。


ほんっと綺麗だな。

こんな美人が俺の…… 嫁さん?


なんて、改めて見惚れていると、菜花はお腹を手で支えるようにして俺に近付いて、呆れた顔で見下ろしてくる。


「…… 何やってんの」


「えっ…… いや、あの」


やってんじゃなくてやられてんだよ、見りゃ分かんだろ。


「キスマークなんか付けちゃって」


吹き付ける風よりも冷ややかな視線。


「は⁈ え⁉︎……」


菜花が自分の細い喉元を指すのを見て、思わず首に手をやる。

誰だよ⁈ 悪ノリしやがって……!


いや、これは…… って言い訳に困る俺にツーン!ってソッポ向いて見せて、かしましい女子の輪の中に戻って行く菜花の後ろ姿を見て、俺、ほっとしてる。

良かった。

色々あったけど、菜花がみんなと一緒に卒業を迎えることが出来て……。


「あ、ヒロミちゃん見っけ~」


はっ。見つかっちまった!…… って、基樹かよ。

おまえサッカー部だし卒業生だろ……?


「岡田ー、逃げても無駄やぞー」


「おめぇさ恨み持ってるヤヅ、いっぺー居んだがらなー」


「クソが…… 俺らのアイドルを~!」


口々に恨み言を言いながら俺を押さえ付けるラグビー部、アイスホッケー部、レスリング部…… 何故かフィジカル最強な同級生ばかりに取り囲まれ、またしても花道の外へ引き摺られて、ボーズ頭の集団の中にぶち込まれる。

ワッセワッセと担がれて運ばれたのは、部室棟の裏階段の下……俺らがよく練習帰りに先輩方から呼び出されて説教を食らった苦い思い出のあるその場所で、俺から奪ったベルトを手に待ち構えていたのは、デカい連中の中でもアタマひとつ超えてデカい……、


「修二⁈」


「岡っさん、…… オシャーシタッ(お世話になりました)」


沈痛な面持ちで長い身体をパキッと二つに折り深々と頭を下げる190超えに気を取られている間に、後ろに回った大に「サーセンッ(すみません)」と押さえ込まれて、修二から「シェイシャーッス(失礼します)」とベルトで締め上げられる。

いいコンビネーションだなおまえら、流石小学生からバッテリー組んでるだけある…… じゃねーわ!


「クッソ…… おまえら…… 誰の差し金でッ……!」


聞くまでもなく、目の前に中村がガイナ立ちでニヤニヤしながら縛られてる俺を見下ろしてる。

右頬に浮かぶ、深い笑窪。

首謀者はコイツだな。


背後でフッ、フッ、って込み上げる感情を押さえ切れずに漏らすような声がする。

泣いてんのか…… いや笑ってんなよこのクソデケぇ馬鹿力のガキ共が。

アホだけど真面目でアツくていい子達だと思ってたのに…… こんなとこで中村パイセンのろくでもねぇ命令なんかに、チームワーク良く従ってんじゃねぇよ、裏切り者‼︎


「観念しろや岡田ァ…… おめぇには聞いときてぇこといっぱいあんだよ」


「全~部吐いてもらうよ~。まずは菜花ちゃんとの馴れ初めからだね~」


すぐ傍でウンコ座りの基樹、ヘラヘラ笑ってっけど目がマジだ…… やっぱおまえ、いいヤツじゃねぇな。


「俺らが本気で入院したおまえのことをさァ…… 岡田の分も、っつって真剣勝負してるって時におまえさァ。

部長のクセに俺ら放ったらかして夏休みの間に童貞卒業して美人の幼馴染孕まして就職キメて免許取ってツレっと入籍して…… 女房役が俺サマに断りもなくナニしてやがんだよ、アァン⁈」


中村が顎で“やれ”って指示すると、ボーズ共が俺をくすぐりに来る。


「ぶえっ⁈ やめっ…… やめ、やめろおまえらッ、アハハッ、やめろっつってんだろワハハハバカヤロッ…… キャーやめてマジでェッ⁈ハハ話すから、イヤーハハハ別に隠してた訳じゃねぇし!ヒャーハハハ話す、何でも話すからァ!」


「おう、全て有り体に申せや」


寒空の下で半裸で縛られて身体中をゴツい野郎共の手にくすぐられ、バカ笑いしてたら涙が出てくる。


もしかしておまえら、泣かない俺を泣かせたかったのか。

悪かった。俺が悪かったよ中村、一緒に甲子園行けなくて。

基樹も…… おまえにはどんなに恨まれてもしゃあねぇやな。


こんな馬鹿騒ぎも、きっと今日が最後だ。それは分かる。

分かるがしかし…… 最後の最後に何ちゅーことを……。

高校最後の思い出がコレかよ。

クッソ…… おまえら、ほんとに一生忘れねぇからな……!




その夜、俺は予定通り菜花の家に引っ越した。

引っ越しって言っても、持ってく荷物も特に無い。

野球の道具は常に車に積んであるし、マンガなんかは俺の部屋に残したままで、夏服なんかも今は使わないから部屋に置いておく。


家を出る前、いつもと変わらず晩飯の皿洗いを終えて片付けていると、母ちゃんが、はいこれプレゼント、と、何か四角くて平たい包みをくれた。


「なん?これ」


「 ふっふっふー。お金じゃ買えないものよ~」


寝る前、菜花と一緒に包みを開けてみると、


『あ、』


俺と菜花の声が重なる。


額縁だ。

中身は、明らかに子どもが描いたと分かる、稚拙なクレヨン画。

顔がやたらとデカくて身体の小さな女の子と男の子が、マッチ棒みたいな手を繋いでる。

女の子は黄色とピンクと紫っていうとんでもないサイケな色合いの服、男の子は野球のユニフォームらしきものを着ていて、2人の間には小さな人物が2人。

その下には、下っ手くそな漢字で書いた、俺たちの名前。


菜花なのか   大海ひろみ


“海”のさんずいが離れ過ぎてるし、“菜”の字なんかくさかんむり以下がバラっバラに崩壊してる。


「あはは、懐かしいね~!」


「母ちゃん物持ち良すぎだろ……」


すっかり忘れてたけど、見てて思い出した。

この絵、菜花が俺ん家に遊びに来たとき、俺の“じゆうがちょう”に描いたものだ。

まだ、俺たちが初めてのチュウをする前のことだから…… 1年生か。

字の方は、俺が菜花から習って書いた。

ってか、菜花が書いた方が絶対上手いのに、『ひろくんがかくのー!』って半ば強制的に書かされたんだったなー。


菜花と2人、肩を寄せ合って、絵を眺める。


「確かに、お金じゃ買えないね」


「…… だなー」


母ちゃん、どんな思いでこの絵を俺たちにくれたのか……。


「えへへ。あたしがヒロのこと好きなの、お義母さんにバレバレだったんじゃん?」


「…………。」


…… そんなこと言われたら俺、どんな顔していいか分からん。

顔がカーッと火照るのを感じて黙り込む。


「照れちゃって、可~愛い♡」


ちゅっ、と頬に菜花の唇を感じて、目を瞬く。

この、外と内でのツンとデレの差よ…… ま、俺にしかこういうとこ見せないのが、菜花の可愛いところではあるんだけども。


「ねぇ、結局コレ、誰に付けられたの?」


菜花の指先が俺の左の首筋に触れる。

咄嗟に手で押さえて隠しながら、


「…… 知んねーよ、あいつらの内の誰かだろ……」


犯人はもちろん分かってるが、俺の名誉の為にも伏せて置きたい。

何のつもりなんだか…… 菜花に問い詰められて困る俺を想像してやったに違いないが、菜花から見られることがなかったにしても野郎に吸われて痕付けられるとか…… ブルルッ。

いずれ最悪で完璧な嫌がらせだ。


「ヒロ、愛されてるんだねぇ」


「…………。」


思い出して、思わず白眼になる。

あの後散々くすぐられて、何もかも洗いざらい吐いてしまった俺。

ヨメとさぞかしヤりまくってんだろうなァとか言われて、まだ片手で数えるくらいしか…… って正直に言ったのに、この嘘コキ麻呂がァ‼︎って涙流すまでくすぐられたし、入院中のことだって、夢ん中での出来事だと思ってたのに菜花妊娠しちゃって俺たちが一番びっくりしてる、って言ったら…… ほんとにほんとのことだってのに、結局ションベンチビるまでくすぐられ続けた。

体外離脱のことを話したとき、「あぁそれ、半分は俺のせいかも」って基樹が言ってたのが謎だけど、中村は何故かそれでスッキリ納得したようだったのが、ますます謎だった。


「俺、全霊掛けて岡田呪ったからね~」って、俺のワイシャツはだけて胸にベロチュウして何個もキスマークを付け、ヘラヘラ笑ってた基樹。

こいつやっぱまともじゃねぇわと思ったけど、それを見てて後に倣い、ヘソの下や太腿の内側に噛み付いて歯型付けてった中村も、大概アタマおかしいと思う。

俺のこと忘れらんないようにしてやるぜ、って中村が俺のズボンに手を掛けるのを、おまえそれシャレになんねぇから~とか笑いながら基樹が手助けすんのを見たときには、本気で犯られるかと思って絶望した。

けど、油性ペンで俺の下腹に勃起したチンコの絵を描きながら、「俺、医者んなっから」って唐突に口にした中村の顔は、1年の初めの合宿の夜に“親が俺の教育方針の違いから離婚して、野球続けることを反対されてる”って俺に告白した後で、“だから絶対負けらんねぇんだよ”って言ったあの時と同じく真剣だったから、思わずされるままになりながら話を聞いてやるハメに。


中村は本命の医学部落ちて4月からは予備校通いらしいが、高3までウチみたいなガチなとこで野球やっててそっから医者目指すって、振り幅が激し過ぎるような。

でも、中学高校と6年間、どんなブラック企業でもこれは無いだろってくらいの拘束時間と行動制約、陸自行った先輩が“訓練?チョロいわ”と宣う程の厳しい練習に耐えてきた精神力と、それによって鍛え上げられた肉体と体力を持つ人間になら、何だって出来ないことはない気がする。


話し終わって、オーチンチン♪ オーチンチン♪ って口ずさみながらチンコの先から飛び出した精子がマンコを射抜いてる図を描き上げ、満足気に俺の腹をポンと叩いた中村は、油性ペンを基樹に渡す。


「まァ…… アレだ、おめぇが生涯懸けてヨメと子どもを幸せにするって約束すんなら、祝福してやらんこともない」


「あぁ?…… あー、約束するよ…… ありがと……」


「頑張れよ」


「…… おまえもな」


台詞だけ聞いてたらしみじみするかもだけど、俺は相変わらず修二と大に押さえ付けられてて、今度は基樹から乳首に顔を描かれた上に、中村の描いたチンコにゾウの耳と少女マンガみてぇな星の入った目を描き足され、“ぱお~ん♡”って吹き出しまで付けられてる。

俺のチンコこんなカリ細の包茎じゃねぇんだけどなー、中村のがモデルなんだろうなー、とか眺めてる間に、修二と大にもペンが回され、それぞれ“ご結婚おめでとうございます”とか“すえながくお辛せに”とか書き入れる。

寄せ書きか。俺の腹は色紙かよ。

つーか大、“幸”もまともに書けねぇのかよ。

“辛”って、辛いわ。一本足りてねぇ。

中村め、“幸”も満足に書けねぇいたいけな1年ボーズ共をこんなことに使いやがって…… おまえら、地獄に堕ちるぞ。


「女の子が産まれるといいなぁ~」


「なんでだよ」


どういう意味だよ、おめぇが言うと怖気が立つんだよ基樹!


「だってさぁ、可愛いじゃん、小っちゃい女の子。

抱っこしてぽよぽよほっぺにチュウしたい。

連れて帰って一緒に遊びたいな~」


この…… 犯罪者予備軍め。思うだけにしとけよ、くれぐれも。


「言っとくけどな、俺に似た女の子な可能性だってあんだからな」


俺が牽制の意味で言うと、基樹と中村が顔を見合わせてニタ~って笑う。


決めた。こいつらには産まれても絶対教えねぇ。

んで、子どもには早いとこ何か武術か護身術でも習わせる。

菜花みたいに、強い娘に育てなきゃ。


「なんにせよナァ…… 幸せんなれや。

おめぇ浮気してヨメ泣かしたりさァ、…… ソッコー別れたりしたら承知しねぇぞ」


「別れてやるかよ、こちとら10年愛実らしてんだよ。

まず、浮気とか出来ると思うか、この俺が」


「アハハ、疑われることは多々ありそうだけどね~。

ヒロミちゃん誰にでも優しいから、勘違いさせないようにしないと~」


「ふざけんな。それこそおまえらのせいで勘違いされて疑われたらどうしてくれんだよ…… こんなにアト付けやがって」


「何ぁに~?早速菜花ちゃんに見せる予定なワケぇ~?」


「腹に子ども居んのにかァ?このドスケベがァ」


「あぁいやらし」


「…… おまえらには言われたくねぇな」


何がなんだか分からんが、とりあえず中村と愉快な仲間たちによる俺への私刑は油性ペンでの落書きをもって終了したようで、俺は拘束を解かれ、修二と大から気の毒そうに助け起こされながらベルトとブレザーを返してもらって、這う這うの体で逃げ帰った。

こんなん愛されてるって言うか?

そこに愛はあるんか。

ある訳ねぇだろ、バカヤロ共が。



「ヒロの荷物、中村くんと基樹くんがウチに届けてくれたんだよ。

ヒロん家には行かなかったの?」


「いや……?」


道理で菜花ん家に俺の卒業証書の筒がある訳だ。

あいつら、俺がもう菜花と一緒に住んでると思ってたんだろうな。

何考えてるか分からん2人がつるんで、ほんと何やってんだか……。


「“入籍してたこと今日聞いた、おめでとう”って。

ヒロ、話してなかったの?」


「あぁ……」


考えてみれば話す時間なんかいくらでもあった筈だけど、タイミングがなー。

あいつら基本的にバカ話しかしねぇから…… 今朝のウンコマジ長くて“の”の字だったとかこの前の“し”の字抜いたなーとか、屁かと思ってコいたらじんわりケツあったかくてさー、とかそういうどうでもいいし知りたくもないような、主にヤツらのウンコの話をだな。

中村も基樹も頭は良い筈だし、真剣にやるときはやる。

どっちも黙ってりゃイイ男なんだけど、いかんせん中村は自由人だし、基樹は純真なこと言ってても自分のトシとナリ考えてないからそこはかとなくキモチワルイ。

それより何より、男同士でバカやってんのが楽し過ぎて“恋愛とか面倒臭せ。でもセフレは欲しいな、後腐れないのがいい”とか “俺は気持ち良くしてくれんなら性別関係ないわ~”なんて公言してるから始末に負えない。ほんとは純なクセしてさ……。

おまえらモテるのに女居ないのは、そういうとこだぞ。

…… 将来、マジで心配だ。


「 すっごいびっくりしてたし、寂しそうにしてたよ。

ヒロはきっと、大事なことは真っ先に2人に話してると思ってたから、あたしもびっくりだった」


そうか。

それであんなにお怒りだった訳ね。

悪かった…… とは思うが、言い出し難い雰囲気作ってたのはあいつらだかんな。

菜花とのことも、学校の進退のことも、進路のことも、全部俺が一人で決めて、あいつらには相談も報告もしなかったのが面白くなかったんだろう。


結局中村は、俺に大事なこと話して欲しくて、自分の話も聞いて欲しくて、言い出せなくて最後にあんな暴挙に出たんだったのか。

不器用な野郎だな、ほんと。球種は色々持ってんのに。

基樹はマジで何考えてるのか分からんけど、菜花が見限ろうとしてた俺のことを思い直すのに一役買ってくれたのは確かだから、やっぱり悪いヤツではないような気がする。いや、気がするだけかも。


「みんなから認められて、これでやっと堂々と一緒に暮らせるね」


左肩に菜花の体温とふわりとした重みを感じて、ちょっとドキッとする。

けど、今日のところはそんな気になれない。

 あいつらにくすぐられまくったせいで、身も心もボロボロ、ヘトヘトだ……。


「あ、そうだ。ねぇヒロ、お腹見せてよ」


「は⁈」


「“俺達からの祝福のメッセージが書いてあるから”って、“恥ずかしがると思うけど見てやってね~”って言ってたよ?」


あいつらァ…… わざわざ菜花に念押してったのか。

あのアタマ悪そうな油性ペンの落書きは風呂でガシガシ擦って大分薄くなってるけど、あちこちに付けられたキスマークは消える筈もなく、赤々と浮き上がってる。

中村が噛んだ痕に至っては内出血してまだジンジンしてる上に、場所が場所だけに菜花が見たら何て思うか……。


「…… なんも無ぇよ、もう」


「えー、消しちゃったのー?」


「そうそう、キレイに…… っておいィ⁈」


隙を突いてスウェットの腹を捲られ、やめろと言ってはみるものの大きなお腹が危なくて払い退けることも出来ず、観念して床に押し倒される。


「うわ…… 何コレ……」


いやーん。見ないで。


「えげつなっ…… やだ、こんなとこまで…… ヒロ、どこで何されてきたの……⁈」


心なしか菜花の声が高揚してる…… 否、頬を染め目をキラキラさせて鼻息荒くして、明らかに興奮してる。

そうか、そうか。つまりキミはそういうやつ腐女子なんだな……。


ヤキモチ焼いて怒られるかと思ったのに拍子抜けして、旦那がオトコに襲われたってのに喜んでるのに失望して、俺の身体見て興奮してるのが分かって俺もちょっと興奮してきて…… 複雑怪奇な心持ちになる。

 あいつらの歪んだ愛情表現には身も凍る思いだったけど、菜花に俺を取られた気になって寂しくてやったっていうなら、まぁ分からんでもないような気がしないでもない……か?

俺の内腿にくっきりと残る中村の歯型を指先でなぞりながら、ねぇ、こんなとこ齧られてどんな気持ち?なんてゾクゾクしてる風の菜花。

なんだかんだ性癖が一番歪んでんのは、菜花かも知れない。




4月1日付けで、俺はバイトから正規社員に昇格する形で入社した。

新人研修の類を一通り終え、通常業務に入って一日の業務の流れを把握し、要領良くやるポイントを掴み始めた、5月のGWの頃。

出産予定日を過ぎて1日置きに病院に通っていた菜花が、産科医から“明日陣痛が来なければ入院して陣痛促進剤を使おう”と言われて帰って来た。

今日の触診すごく痛かった、なんかまだ少し痛い気がする、あのセンセ初診のときから情け容赦ないんだから…… なんて話を聞かされて、え?触診?どこを?って本人には聞けずに調べて愕然…… そうか、産科医ってのは子宮口まで触診するんだ。

って、膣内に指突っ込むってこと⁈ 

仕事とは言え、なんてうらやま…… 否、失礼。

菜花が今日受けてきた痛い触診は、多分“卵膜剥離”って陣痛を誘発する為の処置だな……。


予定日過ぎてからはいつお産になっても対応できるように、俺もその日その日で完璧に仕事を完結させ、定時退社して18時には家に居るようにしてきたけど、入院となればいよいよだな。

直属のチーフには立ち会い出産希望であることを話し、出産当日から3日間休みをもらうことになってる。

電話を入れると、入社したばかりの身分でGW後に連休なんかもらっちゃって申し訳なく思う俺に、2人の子持ちの女性のチーフは「一生の内にそうそう経験出来ないことよ?しっかりお父さんになっといで!奥さんにとっての旦那さん、赤ちゃんにとってのお父さんは、キミしか居ないんだからねっ!」って励ましてくれた。ありがたい話だ。


晩飯の後で風呂に入って湯船に浸かってたら、菜花がドアを開けてちょっとだけ顔を覗かせる。

思い詰めたような顔。


「なっ、何?…… どした?」


湯船の中から振り返って俺が聞くと、


「…… 待ってるね」


それだけ言うと、パタンとドアを閉めて出て行く。


はー、危ね。

身体洗った後でシコってるとこ、見られなくて良かった。

一緒に暮らし始めてから一人のときみたいに自由に抜くことが出来なくなった俺、毎日風呂で洗うついでにササッと処理してるから。


ニ階に上がると、菜花がベッドの脇の床に敷いた俺の布団に寝ている。

さっきの態度からなんとなく察してはいたけど、予感が当たって嬉しいような恐ろしいような。


「ヒロ」


「ん?」


「…… して?」


やっぱり。

2月にヤバいくらい盛り上がっちゃったあの後で、不安になって妊娠中のセックスについて調べまくった俺は、様々なリスクを知って菜花に触れること自体怖くなってしまっていた。

身体を見れば必要以上に興奮しちゃうから着衣のままで、菜花からいくら求められようとも産まれるまで挿入はするまいと誓って、素股に留めてた…… 挿れちゃうと、多分お互い止めらんないから。

どんどんお腹が大きくなり、バックも難しくなってからは、サイドバックで主に菜花の欲求を解消してやることに努めてきたが、ここ2週間ほどは布団自体を別にしている。

菜花の身体を覚えてしまった俺はもう隣に寝てるだけで興奮が抑えられないし、不用意に菜花に触れて破水させちゃったらマズい。


今、菜花から誘われてんのは、俗に言う“お迎え棒”ってヤツだ。

なかなか始まらないお産に業を煮やして、セックスで誘発する気なんだろう。

子宮口を物理的に刺激して、性感と精液の成分で子宮の収縮を促す、民間療法的なモンらしい。


久しぶりにヤれるってのに、心躍らない。

当たり前だけど、セックスは自慰とは全くの別もんだ。

自分でするより興奮するし絶対的に気持ちいいけど、挿れる側には受け入れる側への責任が生じる。

途中で陣痛が来たらどうしよう…… いや、それこそが“お迎え棒”の目的であり俺の役割なんだけど、陣痛が来る前に破水しちゃったら、それでもし菜花の身体や赤ん坊に何かあったら、なんて考えると、全く勃たない。

いざというときに役に立たないなんて、ダメなチンコだなー。

勃たないなんて初めてのことで、自分でも動揺しながらまずは菜花を、とおっかなびっくり撫でてやっていたら、菜花の方から俺のを勃たせにかかってきた。

まだ柔らかい俺のを握って咥えようとする菜花に、自分でやるからと断って、菜花に背を向けてシゴく。 

既婚とは言え、いくら俺がスケベでも、菜花の目の前で男優みたいにシゴいて見せられるほど鉄面皮にはなれない。

まだ正直、見るのも見られるのも、ちょっと恥ずかしい……。


「ごめんねヒロ……」


背中にぴとっとくっついてくる菜花。


「無理しなくていいよ」


いやいや、無理してる訳じゃねぇ。

心と身体が普通に連動してるってだけだ。

菜花の身体が心配で赤ん坊が心配で、性欲に理性が勝ってるから勃たないんだよ。

身体を見れば興奮してくるんじゃないかと、菜花を脱がして俺も脱ぐ。

破裂しそうな程に膨らんだお腹の中で、もうじき産まれ出ようとしてる命。

妊娠中の菜花の身体には正直異常に興奮するけど、俺が抱く不謹慎な欲望をこの機に乗じて叶えることは、ヒトとして許される所業だろうか?とか考えてしまい、イマイチ勃ち切らないままに補助的に握って支えながら、菜花に挿れる。

菜花もあんま濡れてない。

けど、菜花のあげる甘い声を聞きながら、どこまでも柔らかい身体を抱き締めて裸で繋がってると、やっぱり快感の方が理性に勝ってきて、自然と腰が動く。


「ヒロ…… ごめんね」


少し息を弾ませながら、また菜花が謝る。


俺が義務的にシてると思ってるのか。

そんなことはない。

おまえからこんなに信頼されて求められることが、嬉しくない筈ないじゃないか。


「…… 痛くないか? 」


「うん、大丈夫。

…… ヒロ、ちゃんと気持ちよくなれてる?」


気持ち良くない訳ないだろ。

世界一好きな女とセックスしてんだぞ?

あぁ、やっぱ俺サルだわ…… なんだか前より柔らかくなってる感じのする菜花のアソコにやわやわと包み込まれて、すぐに膣内ナカでバキバキになる。

菜花はどうなんだろう。

出産を明日明後日に控えて緊張してるだろうに、こんなんで本当に気持ち良くなれてるんだろうか?


「はぁんっ!…… 硬いの、いいっ…… あぁんっ…… ヒロのぉっ……大っきいの、いいのぉっ…… 好きぃっ、ヒロ、好きぃぃっ……!」


あー、心配は無用ですたな。

演技じゃないのは膣内の動きで分かる。

搾るように絡み付いて、俺を奥へ奥へと誘い込む、菜花の膣内ナカ、エッチだな……。


「いきそうか?」


「うんっ…… いきそ……!

んんっ…… あぁ、いきたいっ…… お願い、いかせてぇぇっ!」


振り向いた菜花の唇を舌で割り、遠慮がちに出て来た小さな舌先を吸い上げる。

背中から抱き締めた腕を交差して更に身体を密着させながら、硬く勃ち上がってる乳首を刺激してやると、菜花の身体全体がビクンビクンと大きく震え、俺を痛いくらいに締め付けて、絶頂に達したのが分かる。


「はぁっ、はぁっ、…… 奥に出してぇっ…… 」


ごめん菜花。言われなくても、もう射精しちゃった。


お腹、カチカチに張ってるけど、大丈夫か、とはもう聞かない。

菜花も異変は覚悟の上で誘ったに違いないから。

菜花が押さえてる手の上から一緒に押さえてやり、落ち着くのを待つ。


言葉もなく裸で繋がったまま、菜花を抱いて眠りに落ちていく。

…… 俺のお迎え棒、効いてくれるといいな。
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