Ocean

リヒト

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Ocean 6

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誰かに呼ばれた気がして、薄っすらと瞼を開く。


明るい。


俺、カーテン開けっぱで寝てたのかな。

窓から射し込む光がやたらと眩しい。


今何時だ…… 光の感じから、なんとなく朝な感じはするけど……。


身体、重い。

ダルい。

寝過ぎたからか腰痛てぇし、口ん中カラっカラで…… 腹、減ったなー……。


「…… ん…… ぁー、……」


身体中ガチガチに凝り固まってる感じに顔をしかめて伸びをすると、「ヒロ」って呼び掛ける声。


「…… 起きたの?」


眩しさに顔をしかめて瞬いてる俺を、菜花が覗き込んでる。


「…… あー、…… おはよ」


俺が言うと、菜花が微笑む。


「おはよ」


言った後で、


「じゃないよもう!…… この、…… ねぼすけが……」


くしゃみでも我慢してるような顔で、俺が寝過ごしたことを詰ってくる。


なんだ、その顔。

変~んな顔……。


左手を伸ばして、菜花の頬に触れる。

顔に掛かる髪を耳に掛けてやりながら、込み上げてくる感情の圧に自分でも驚いてる。


「愛してるよ」


「……!」


菜花、濡れた睫毛をぱちくりして俺を見つめ、困ったような笑みを浮かべてる。


あれ?聞こえなかったか?

俺、寝起きだからカスカスであんまし声出てなかったかも知れないな。


ベッドの上、俺の左胸の脇に載せられてる菜花の手を右手で握り、左手を細い腰に回して抱き寄せる。

昨夜何度も伝えたけど、まだ足りない。

伝え足りない……。

胸に抱いた菜花の耳に、今度は確実に届くよう、口を付けて囁く。


「愛してるよ、菜花」


菜花がブルッと身震いして顔を起こすと、真っ赤になってパチパチ目を瞬く。


あは。可愛いな。

なんでそんなに可愛いんだ……!


薄っすら開いてる菜花の唇に、自分の唇を押し当てる。

昨夜、何度も何度も口付けた、ぷるんとした柔らかい唇。

また味わわせてくれよ……。


「⁈」


舌を差し込もうとすると、焦ったように菜花が俺の胸を押し返してくる。


なんだよ、離せってか。

離してやるかよ…… もう何があっても絶対離さねぇからな!

菜花っ…… 俺の菜花……っ!


「んんー!…… ちょっ…… ヒロっ…… ⁈」


菜花が“何するの⁈”って顔で俺を全力で押し退け、顔を背けて俯く。


何だよ、今更恥ずかしがることあるかよ。

昨夜は散々俺とイイコトしただろ……?


菜花、目を合わせてくれない。  

手を取ろうとすると、スッと身体を引いて避ける。

いつもみたいに睨んですらくれなくて、急によそよそしい態度を取られ、途端に不安になる。


なんで?

俺、…… 何かおまえを怒らせるようなこと、した……?


俯いたままで立ち上がり足早に入り口のドアを出て行く菜花の姿を愕然として見送る俺の目に、入り口脇で腕組みして立っている中村の姿が飛び込んで来て、ギョッとする。

わざとらしい咳払い。


「寝ぼけてサカってんじゃねぇぞコラ」


ニヤニヤしてる。

隣に、修二と大。…… が、二人並んで手で目を覆って、隙間からチラッチラッと覗き見てる。

壁みたいなデカい図体して、何やってんだおまえら。

つーか、…… なんでみんな、居んの……?

野球部のレギュラー陣が勢揃い、って…… この部屋、人口密度高過ぎだろ。


足元で、母ちゃんがわぁって泣き出す。

その後ろに親父…… 帰ってたのか。珍しい。

目を閉じて、深い溜め息を吐いてる。

壁際で、中2の弟が“うわー”ってドン引きした顔で見てる。


慌てて身体を起こそうとして、ちょっとクラッとしそうになる背中を支えてくれながら、


「兄ちゃん。後でいいから…… 菜花ちゃんに謝りな。ね?」


菜花の反対側、ベッドの右に居た5年生に諭されてる。

めっちゃ呆れ顔だ。


え?え?

何?…… どーゆーこと……?

もしかしてここ、病院か……?


ようやく頭が回り始める。


「あーあ。あほらし」


「朝から見せ付けてくれんなよリア充めがァ」


「けしからん…… けしからんぞっ」


「心配して損したわー、いつも以上に元気じゃん」


ベッドを取り囲み、口々に言いながら同級生の連中が小突いてくる。


「おまえら…… 何しに来たんだよ……」


「おめぇがどんな面して寝惚けてんのか、見に来たに決まってんだろ」


サードの渡辺がグシって鼻を拭う。

花粉症か。目ぇ赤くしやがって。

見れば全員、試合用のユニフォームを着てて…… これから試合なのが見て取れるだけに、心配になる。


「こんなとこ来てる場合じゃねぇだろ…… 」


「来てる場合じゃねぇけど来てんだなこれが」


「イエッス!午後から県営で準決~」


ハァ⁈ そんな大事なときに⁉︎

クッソ…… こいつらの顔見てたら…… 泣きそうだ。


「放送見とけよ。まぁみんな録画してっから後からでも見れっけどよ」


「うん…… 見るよ。見さしてもらう」


「じゃ。俺ら、ちょっと行ってサクッと勝って来っから」


「おう…… さっさと行けよオラ!

監督待たしてストレス与えんなよ、益々ハゲんだから」


常々、監督の“俺の毛根を労われ!”という自虐ネタを説教と共に聞かされている部員達は、笑いながらめいめいに俺にグータッチを求めたり拳で胸突いたり肩や背中バシッて叩いて病室を出て行く。

俺も行けそうなもんだけどなぁ、行きたいなぁ…… 自分じゃもう、どっこも悪くないと思うし。

試合に出ることは出来なくても、せめてベンチで最後まで見守りたかったなぁ…… 。


「中村、」


呼ぶと同時に振り返る、入学以来ずっとバッテリー組んできた相方。

悪かったな。

迷惑かけて、心配させて。

最後まで、おまえの球、受けてやれなくて……。

色んな想いが込み上げる。


「…… 頼むよ」


俺がやっとそれだけ言うと、一瞬だけ顔を歪めて、全部分かってる笑みを浮かべる。

右頬に、見慣れた深い笑窪。

女の子達からは笑窪ステキ♡って言われてるけど、アレ、子どもの頃にバランスボールに乗ってて転んで家具の角にぶつけて怪我した痕が凹むようになってるだけだってのは…… 多分、俺だけが知る真実。

何も言わずに背中を向けて右手を挙げて見せ、中村が出て行く。

…… 頼んだぜ、中村。



それにしても俺、どうなったんだ?

ここは病院。俺の寝かされてた病室だ。

それは分かる。

けど、いつの間にか頭と顔を覆っていた包帯や物々しいチューブ類は外されてて、繋がってんのは心電図のモニターだけになってる。

腕にはまだ点滴の針が残されてるけど……。


“俺”が見た“俺”は、死に瀕してた。

あれは…… 夢だったのか?

あのとき“俺”って思ってたのは、俺の夢ん中で見てた“俺”?

夢の中の“俺”は、その中で夢を見てる”俺”に、現実の“俺”を見せられてたのか…… ?


訳が分からなくなる。


俺が頭を抱えているのを見て、末の弟が言う。


「やっぱり頭、まだ痛い?

兄ちゃん寝返り打ってるし、何だかもう半分目を覚ましてるみたいだって言われて、みんなで来てみたんだよ」


あ、んじゃやっぱ俺、ここにずっと寝てたってこと?

じゃあ、こっちがほんとに現実なんだよな……?


すぐ下の弟が、溜め息混じりに言う。


「医者の診断じゃ、ただの脳震盪だった。

バット当たって直後には、駆け付けたナベさんに向かってヘルメット押さえて『大丈夫、大丈夫だ』って笑ってみせたって話だけど、その後バッタリ倒れて、それっきり1週間寝てたんだぜ。

CTでもレントゲンでも脳には何も異常無いってのに、どういう訳か意識が戻らなくて、そのまんま3日経って……」


母ちゃんが、弟の言いあぐねていることを引き継ぐ。


「2日前、呼吸が止まったのよ。

その後、心臓も止まって……。

すぐに戻りはしたんだけど、慌ててお父さんに連絡して」


「急変したって連絡が来てな」


親父、停泊中のジャカルタから飛んで来てくれたらしい。

久しぶりに見た父親の顔が、なんだか昨日見た俺の寝顔と似てて、不思議な感じがする。


つーか、え?

息止まって心臓止まって……?

ってことは俺、そんとき死んでた……?

飛びたい、って思った、あのときか……?


壁のカレンダーを見ながら俺の中の記憶を辿り、情報を整理するけど、感情は処理落ちしてる。

自分で自分の感情が分からない。


そうか、俺、一回死んだんだな。


「昨夜はね、みんな揃ったから晩御飯食べてからアンタの様子見に行こう、ってなったの。

来てみたら看護師さん達が、バイタルが異常値です!って慌ててて、時々痙攣は起こるし、少し落ち着いたかと思ったら、また…… って感じで、それから3時間くらいその状態で…… ほんっとに、どうなることかと思ったわよ」


まだグスグスいってる母ちゃんから聞かされて、ピンとくる。


それ、夢ん中で菜花と××××してたときじゃねぇか。

みんなに散々迷惑掛けて心配掛けて、医者と看護師と家族に見守られる中、3時間も一人淫夢でサカりまくってたなんて…… 恥ずかしいなんてもんじゃない。

穴があったら入って埋まって上からレーキかけてもらいたい……!


堪らなくなって顔を押さえてる俺の背中を支えるようにして、親父の手が頭をガシガシ撫でる。


「…… 良かった。良く、戻ったな……!」


言ってもらえて、ようやく“良かった”と思える。

そうだ、良かったんだ。

俺、生きてて良かったんだよな……。


看護師が入って来て、今から担当医師が来て問診を受け、その後検査になるのでこちらへ、と家族を一旦病室から出るように促し、俺に繋がれてる点滴や計器をチェックして、検査の順番が来たらコールしてからお迎えに来ますねと言って出て行く。


一人病室に残された俺は、ベッドの上、まだ夢を見てるような気持ちで身体を横たえ、あちこち動かしてみてちゃんと動かせることを確かめる。

マメだらけの手のひらは、確かに俺のものだけど、改めて見ると何だか他人のもののようにも感じるな。

けど、握ったり開いたりしてみている感覚は、昨夜まで感じていたものと同じ。

頭や顔に触れて感じる自分の体温や触覚は、まるっきり同じだ……菜花の身体に触れていた、あのときの俺の身体と。


菜花の感触を思い出すと、さっき目も合わせずに足早に病室を出て行った菜花の後ろ姿が思い浮かんで、絶望感に目を閉じる。


やっぱあれ、夢だったんだな。

昨夜の続きみたいな感覚でキスしちゃったけど、菜花の方からは、俺に触れてはくれなかった。

びっくりしてたし、…… 嫌がってた。

悪いことしたな……。


股間も動かせることを確認すると、菜花の膣内ナカに挿入していた感覚が生々しく蘇る。

熱くてぬるぬるしていて、柔やわと俺を包み込み、少しザラザラした膣壁がきゅっと締め付けながらうねうね絡み付いてきて、一番奥がソレを要求するように吸い付いて…… 頭煮えんじゃねぇかってくらい興奮して身体全部持ってかれるくらい気持ち良くて…… 精子上がってきて射精した感覚まで。


やっぱりまだ信じらんねぇよ…… あれが夢だったなんて。

確かにあのとき俺、身も心も、すっげぇ深いとこで菜花と繋がれたって思ったのに。



壁のカレンダーの赤い数字。

今日、7月20日は、奇しくも俺の18回目の誕生日だ。


どこか近くを旋回しているヘリの低いローター音。

ジジッと鋭く鳴いて窓から飛び去って行く蝉の声。

ザワザワと木の葉を揺らす風。

光。

聞こえる筈もない、遠いグラウンドの歓声。

スカンと抜けたどこまでも続く群青色の中に、土塗れの白い心を放り投げる。


試合終了のサイレン。



夏だ。





それから2週間の自宅安静を命じられた俺は、本当にもう何とも無いのに医者の指示なんか聞いていられなくて、退院すると同時に、ずっと習慣になってるランニングと筋トレとストレッチを始めていた。

今まで野球の為に大きくしてきた身体を、少し絞って軽くしたい。

これから何が始まる訳じゃないけど、就職するに当たり、身軽になろうと思ったからだ。


あの後県代表として甲子園へと勝ち進んだ我が◯◯学園野球部は、初戦で優勝候補の関西の強豪△△学院と当たり、3-4で校歌を歌うことなくグラウンドを去った。

俺は何も出来ないままに、画面の中で仲間達の流す汗と涙を見ているしかなかった。

当然のことながら、部活はこれにて引退だ。

悔しいというよりも、俺という人間を形成していた何か重要な成分が大量に流れ出して行ってしまったようで、虚しい気持ちになった。


それでも、高校最後の夏休みは始まったばかりだ。

就職の決まっている俺は、進学コースのヤツらより一足先に学校からの許可を得て、今まで10年明け暮れていた野球が無くなって持て余してる時間を使い、自宅安静期間が明けるのももどかしく自動車教習所に通い始めた。

何かしていないと落ち着かない。

朝練がなくなって早くに起きる必要もないのに、いつも通り5時半にセットしたアラームが鳴り始める前に目覚めてしまい、夜も練習に行っていた時間が自由になると、特にすることもしたいこともなく身も心も手持ち無沙汰。

面倒を掛けてしまった罪滅ぼしにと、クソ暑い中、家の周りの草刈りや垣根の木の剪定、家の大掃除や墓掃除なんかの盆を迎える支度を手伝ってみても、まだ動き足りないくらいの体力を持て余している。

夕方弟達に飯を食わせて練習に送り出した後はすることもなく、結局チャリを駆ってバッティングセンターに足を運び、同じく暇と体力を持て余したヤツらに遭遇して後輩達の練習を眺めに行っては、補導ギリギリの時間まで河川敷のグラウンドでキャッチボールをしたりしていた。



夏休みが明けて学校が始まり、課題テストが終わった後で無事に運転免許を取り終えてしまうと、本当にすることがない。

あの夢の中で味わった菜花の身体の感触、俺に向けられた菜花の言葉や表情や仕草を思い出しながら一晩でゴミ箱をイカ臭いティッシュで埋め尽くし、虚しくなっては、証拠隠滅とばかりに家のゴミと一緒に市が指定するゴミ袋に纏めて集積場所へ持っていきながら、菜花の家の前を通り過ぎる時に、あいつの部屋の窓のレースのカーテンを見上げる日々。


菜花とは何度か廊下ですれ違ったり、クラスの女子と歩いて帰る姿を見かけたりしている。

ソフト部は県大会決勝でライバル校に敗れ、菜花達3年生は俺ら野球部と同じく引退になった。

菜花も俺と同じように、空虚感を抱えているんだろうか……。


月が変わり、再来月開催予定の学祭の準備に入った。

俺ら3年にとってはこれが最後の学祭だ。

俺が所属する生徒会執行部が主になって準備を進めて行く中で、クラス役員をしている菜花とは会議や集会なんかで一緒になることがあるけど、菜花は司会をしている俺の前では口を開かず目も合わせず、この後話し掛けてみようと思いながら仕事を片付けて、ふと見たときにはもう姿を消している。


やっぱ菜花、怒ってんだろうな。

いきなりキスしちゃって…… あんな…… みんなが見てる前で。


菜花の携帯を知らない俺。

家電は分かってるけど、親が出るかも知れないと思うと、かけるのに勇気が要る。つーか勇気、出ねぇな……。

本人に断りなく勝手に菜花の友達から番号を聞き出すのもなんか違う気がして…… そうなると学校以外では菜花と連絡を取る術がない。

だけど、何とかしてあのキスのことを謝りたい。

卒業までずっとあの調子で無視されたり避け続けられたんじゃきっと後悔するし、このままじゃ俺、病んでしまいそうだ。

卒業したら、それこそ連絡の取りようがなくなってしまうかも……。


友達には知られたくないし、菜花も同じだろうから、俺と菜花と二人だけで話したい。

そう思った俺は、テスト期間中の平日の午後に、菜花の部屋の窓のレースのカーテンが風に揺れてるのを確認した上で、玉砕覚悟で家に凸った。

…… 居る。今なら、二人きりで話せる。

言い訳じゃないけど、俺が眠ってる間に見たあの夢のことを(喋れるとこだけかいつまんで)正直に喋って説明して、なんで俺がいきなりあんなキスしちゃったか分かってもらった上で、そんで…… 改めて[[rb:告白 > コク]]って、出来ればこれから俺と付き合って欲しい、って言うつもりで。

根拠は無いけど、菜花なら信じてくれるような。

振られたとしても、そんときはそんときだ。

菜花、元々俺なんかには、高嶺の花子さんなんだから……。


ピンポン押したら、「あら…… ヒロくん?ヒロくんでしょ⁈久しぶり~!すっかり立派になっちゃって~!」って、居ないと思ってた菜花の母ちゃんが出て来た。

近所に居ても全然会わないもんね、小学校以来かな?随分大きくなったわねー…… そういえば県大会のときは大変だったね、怪我の方は大丈夫なの?甲子園残念だったわねーと矢継ぎ早に捲し立てられて、どうもご無沙汰しております…… いやもう…… そうっスね、ハハ、全然会わないもんですね……ええハイ、大丈夫です、その節は大変ご心配をおかけしました…… なんて必死で返しながら、切り出すタイミングを伺う。

今日この時を逃したら、次にチャンスがあるとも思えない。

母ちゃん居るのに菜花の部屋に上がり込む訳にはいかないから、どこか…… そうだな、河川敷の橋脚下に誘おう。

あそこなら人目に付かずに話せるだろ……。


「あっ、あの実はですねー、…… えっと…… 今度の学祭の準備のことでちょっと相談がありまして…… 菜花…… サン、ご在宅でしょうか……?」


苦し紛れの俺の嘘に、あんだけ捲し立てといてあっさり話を切り上げた菜花の母ちゃんは、あぁハイハイちょっと待ってね!と奥へ行き、二階に向かって菜花を呼んでる。

トントンと階段を登って行く音がし、しばらく待たされて階段を降りて来る音にドキドキしながらドアの外で待つ。

内側でサンダルか何かをつっかけてる音がして、ドアが開く気配に緊張して身構えてたら、現れたのは母ちゃんの方で、


「ごめんねー、あの子何か具合悪いみたいで。

後で電話するように言っとくわね」


…… なんか、既視感を覚える。


「あっ、いいっスいいっス、テスト明けに学校で話しますんで!

…… すみませんお邪魔しました、あの…… 菜花サンに…… お大事にとお伝えください……」


何しに来たんだ、俺。


冷静になって考えてみたら、菜花、俺とはもう会いたくないからずっと避けてんだよな。


トボトボと家に帰り、自分のベッドの上、横になって目を閉じる。


なんだ、結局俺の独りよがりだったんだな。

見舞いに来てくれてたから、夢のことは別にしても俺のこと心配してくれてたに違いないし、わざわざ来てくれるなんて…… やっぱ少しはあいつも俺のこと…… なんて思ったのに。

期待してたのがアホらしく思える。

夢だったって分かっても忘れることも出来なくて、一人で思い出してはまたよがり過ぎてイき過ぎて、透明なのがちょびっとしか出なくなるくらいシコった後で虚しくなって枕抱えて泣いたりして……。


ほんと俺バカみてぇ…… あぁ、みてぇじゃなくてバカなんだわ俺、ハハ。

…… 虚しくて、情けなくて、呆れ返ってもう涙も出やしねぇ。


枕を抱いたまま仰向けになり、両手を離して大の字になる。

顔の上に何か乗せるってなかなか無い感覚だよなー、なんか新鮮。

床屋で顔剃りするとき蒸しタオル載せられるくらいしか…… あぁ、あとあれだ、死んだ人の顔に白い布掛けて死に顔隠しとくの。

子どもの頃、爺ちゃんの葬式のときに、なんであんなことすんのかなー、息苦しそうなのに……なんて思ったけど、今なら分かるわ。

死者の尊厳を守る為だ。


あぁ、俺、死んだ。

今、死んだ。

死んだから、尊厳守ってこのまんまずっと置いといてくれ……なんて思いながらも、胸を締め付ける息苦しさに、生きていることをまざまざと思い知らされる。


「…… 辛…… 尊厳死キボンヌ…… もうほんと死にてぇわ…… 」


枕を顔に乗せたまま思わず呟いた俺の頭の上で、聞き慣れた声がした。


「死んだらコロスから」


「⁉︎」


慌てて顔から枕を取ると、菜花が俺を見下ろしている。


「なっ…… 何おまえ、」


いつ来た?どっから見てた?

んで、何で来てくれた?

俺には会いたくなかったんじゃないの……?


「…………。」


菜花は暫し無言で俺を見つめていたけど、クルリと背を向け、俺の寝てるベッドの縁に腰掛ける。

肘が淡いグリーンのワンピースのお尻に触れそうになり、慌てて身体引っ込めて横向きに起き上がると、ふわりと菜花の身体から漂う甘い香りに鼻腔をくすぐられて、ドキッとする。


ヤベェ。

射程圏内だ。


何も言わずに俯いているポニーテール。

うなじの後れ毛が俺の吐息にそよいでいるのを見ながら、菜花が何か言おうか言うまいか逡巡しているのが分かって、黙って待つ。

待つことは得意な日本人代表みたいな俺だけど、それでもそろそろ何か言ってくれ、いやコレ俺の方から聞いた方がいいか?そうだ、その方がいいよな、どうした?って優しく聞いてやれば、菜花も話してくれ易いと思うし…… もしかしたら俺のこと……とか都合のいい方に思考が傾き始めたとき、菜花がそれを口にした。


「あたし、妊娠した」


「………… は?」


夏の終わりの午後。

蝉の声がやけにうるさい…… って、映画か何かのワンシーンみたいだ。

でも実際、思いもよらないことを聞かされてその意味を考えるとき、アタマのギアが空回りして、今ある感覚の中から答えを導き出そうと関係ないとこまで一生懸命探るもんなんだな。

一瞬、時が止まったみたいに感じる。


…… 妊娠。

精子が鞭毛を振りながら卵子の周りをウジャウジャ取り囲み、その中の一匹が細胞膜を突き抜けて受精、卵管の中を転がりながら子宮内に落ちた受精卵が内膜に結合して着床し、猛烈な勢いで細胞分裂を繰り返しながら生命の進化の過程を辿り、ヒトとして身体を形作っていく映像が瞬時に脳裏に浮かぶ。

何で見たんだったか…… どうやって撮影したのかと思う、リアルな顕微鏡や内視鏡カメラの映像だ。


俺が菜花にしたことを考えると、菜花が妊娠したのは俺のせいだ。

でも…… あれは夢だったんだよな???


「え、…… 何で?

…… 妊娠?

…… した…… ?」


そう、あれは夢だった筈だ。

いや、百歩譲って夢じゃなかったとしても、それならそれであり得ない。

確かに俺、菜花の膣内ナカに何回も射精したけど、実体の無い意識だけの幽体の身体で、だった筈だ。

俺の身体は病院のベッドの上、包帯だらけになってコードやチューブで様々な機械に繋がれて寝かされてるのを、確かに見た。

けど、寝ている俺を見ていたのも確かに“俺”だった訳で、…… 本当は違ったとか……?

本体=実体だと思ってたけど、病室の窓際で菜花から話し掛けられたとき、“俺だと思ってる俺”の方が本体みたいな気がしてきてたことを思い出す。

菜花のベッドで、菜花からキスされて、柔らかい腕の中でおっぱいに顔を埋めて泣きじゃくった。

菜花に触れて、菜花からも俺に触ってくれて、二人で抱き合って、めちゃくちゃエッチなことして……実際のところ、セックスしてたときの俺はあんなにも菜花の存在を感じていたし、触れて感じていた自分の感覚も克明に記憶している。

どうせこのまま死ぬのなら、菜花の中に俺を遺したい、って思って、念じながら思いっきり奥に向かって射精して……。

でも…… そんなことって、あるのかよ…… ?


「嘘だろ……」


俺の思わず吐いた呟きを、菜花はどう捉えたのか、一瞬の間を置いてバッと立ち上がり、ドアの方に向かって歩き出そうとする。


「ちょちょちょちょお待て?

おぉい待て待て、待って、待ってって!」


菜花の手首を掴もうとして空振りし、慌ててベッドから起き上がって踏み出し、スカートを掴んで引き止める。


振り向かずに菜花が低い声で言う。


「離して。

安心してよ、…… あんたに責任取れとか言わないから」


全身で俺を拒否してるオーラ。

静かに言ってるけど、菜花が本気で怒ったときにこうなるのを見てきた俺には分かる。


「おまっ…… なんか…… 勘違いしてねぇか?」


俺のせいで菜花がすごく困ったことになってるのは分かる。

分かるけど、意味が分からない。

まるで俺がそれについて責任なんか感じない、取るつもりなんか更々無いって最初から決めてかかってるような菜花の態度に、苛立ちを覚えると同時に、悲しくもなる。

おまえ、俺のことそんなヤツだと思ってんのか…… ?


「離して。

…… もういいの、もう…… いいから離して……!」


菜花が俺と目を合わせないまま、スカートを引っ張って俺に離させようとする。


いやいい訳あるか。

だっておまえ今離したら、出て行ってもう二度と会わないくらいの勢いだし、俺はおまえに色々話さなきゃいけない、聞かなきゃいけないことだってあるし、今から一緒に考えなきゃならないことが沢山ある。

話したいよ、聞きたいし、聞いてくれよ…… 分かってくれよ、俺のこと。


肩を掴み、菜花の細っそりした身体を腕の中に閉じ込める。


チリリン。

小学生の頃からずっとカーテンレールに提げっぱなしの風鈴が音を立てる。

デフォルメされたイルカの形の風鈴は、修学旅行の記念に水族館で買ってきたものだ。

旅行中は菜花と一緒の班だったな。

多分、菜花も今、思い出してる……。


「離してってば…… 」


菜花の苦し気な声に、抱き締めた腕に力が入ってしまっていることに気付いて、ハッとして緩める。

思わず抱き付いちまった。

菜花、嫌じゃねぇかな…… 俺、汗かいてるし、初秋とはいえ暑いのにこんな引っ付いて…… 嫌だよな、顔も見てくれないし…… って、自信無くなる。

けど、離しはしない。

離せないよ、おまえが俺のことちゃんと見てくれるまでは……。


ブロロ…… カチャ、と近所の玄関先に来た郵便屋のバイクがスタンドを立てて停まり、配達を終えてまたブロロ…… と走り去る。


抱き締めた腕に、菜花の溜め息が掛かるのを感じる。

何から話していいか迷ってるのが分かるから、黙って話してくれるのを待つ。


「…… 生理、来ないなって思ってたの。

夏休み終わって学校始まって、“2年のあのコ、堕ろしたらしいよ”なんて噂が聞こえてきて、ドキッとした。

あたしも、もしかして……?って。

でもあのときヒロ、確かに入院してたよね?

病室行って、一緒に『本体に戻れ~!』ってやったけど戻れなくて……、

だから、…… 妊娠なんてあり得ない。

てか、よくよく考えたら、そっちのがあり得ない。

ユーレイのヒロと一緒に2日間過ごしたなんて。

ないわそんなマンガみたいなこと、あたしヒロに目覚めて欲しい余り白昼夢でも見てたのかな、って思った。

でもヒロと…… したの、夢にしてはリアル過ぎて、朝起きたらあたし何も着てなくて、鏡見たら胸元にマーク付いてて、夢じゃなかった!って思ったけど、ヒロは居なくなってて……。

夢なのか夢じゃないのかますます分かんなくなって、確かめたくて病院行ったら…… ヒロが目を覚ましてすぐにキスしてきて、昨夜のこと、やっぱり夢じゃなかったんだ!って思った。

そのときのこと思い出したら、……」


そこまで一気に話すと、菜花が言い澱む。

言いにくいことなのか、言葉を選んでいるのが分かる。

菜花を後ろから抱き締めたまま、息を呑んで次の言葉を待つ。


「…… あのね、…… 生理のときってね、自分では止められない感じで流れ出てくるのが分かるの。

ヒロがあたしにキスしたとき、どろっ…… て出た感じがして、“始まっちゃった!”って思って慌ててトイレ行った。

そしたら…… 」


恥ずかしそうに、更に声が小さくなる。


「経血じゃなくて白いので…… “ヒロのだ!”ってすぐ分かった。

ちゃんと見たことなかったけど、これそうだ、きっとそうだ、あたしの中から出て来たから…… ヒロがあのときあたしの中に射精したヤツだ、って。

そのとき改めて、ほんとにあたし、ヒロとしちゃったんだなぁ、って思ったの。

そのこと思い出したら、やっぱり妊娠してるかも、って思えてきて、ヒロにあのときのこと確かめなきゃ、って」


そうか。

俺も、フライングして菜花の短パンに射精しちゃったのを見て、幽体でも出るもんは出んだなぁ、なんて思ったのを思い出す。

でも、まさかアレに妊娠能力があるなんて思わなかった。

いや、無いと思おうとしたのかな。

いずれ、自分の都合の良いように捉えて、ゴム持ってないのに気持ちいいコトを優先してしまった、俺が悪いよな……。


「なぁ、とりあえず座れよ…… 座ろ?な?」


具合悪いって聞いてたし、顔色良くないぞ?

急に心配になって菜花をベッドへ座らせ、俺はその脚元に跪く。

素直に座ってくれたのは、菜花も本当はずっと話したかったからだろう。

でも、正座して見上げる俺を前にしても、やっぱり菜花は俺の顔を見てくれず、膝の上の自分の手に目を落としたままで、再び話し始める。


「何て聞こう、いつ言おう、って迷ってる内に時間だけ過ぎてた。

野球部のコから、ヒロは休み中は教習所通ってるって聞いてたし、学校始まって課題テスト終わったら学祭の準備が始まって…… 学祭終わるまでは言わない方がいいのかな?ヒロ、忙しそうだし……って思って黙ってたけど、その間ずっと気持ち悪くてご飯食べれなくて、食べても吐いちゃって、とにかくダルくて眠くて、これは⁈……って検査薬使ったら、バッチリ二本線が出た。

でも、模試とか何やかんやあったからすぐには病院に行けなくて、やっと昨日テストの中間休みで時間出来て、産婦人科行ったら『12週、4か月に入ったとこですね』……。

『高校生?』『出産の予定は?』『パートナーと親御さんと相談して、次は一緒に来て』『来週までに必ず来てね、22週過ぎると如何なる事情があっても堕ろせないことになってるから』って。

怖かった。

22週過ぎたら、“殺人”ってことになるんだって知って……」


「でもさ。

やっぱりどうしても考えられない。

無かったことになんて出来ないよ。

だってね、週数とか関係ない。

…… 小さいってだけで、命は命なんだよ?

お医者さんがお腹に専用のマイク当てたらドキュン!ドキュン!てすんごい音が聞こえてきて、『心音確認できるね』。

エコーの映像見せてもらったら、頭とお尻、ちゃんと分かって、ぴょんぴょん手足動かしてて……可愛いの。

まだ胎動は感じないけど、ちゃんと生きてるんだよ、赤ちゃん。

あたしの…… お腹の中で」


全然そんな風には見えないお腹に手を当てて、菜花が呟く。

優しくて、穏やかで、でも強くて、そしてやっぱり綺麗で……。

今まで見たことのない菜花の表情に、俺は直感的に確信した。


菜花は母親になる。


この胎内はらの中に居るのは、俺の子だ。

間違いなく、俺と、菜花の。


「まだ誰にも…… お母さんにも、言ってない。

まずはヒロに言わなきゃ、って思ったから。

でも、お母さん、なんとなくあたしがおかしいって気付いてると思う。

さっきヒロが来てくれたときも、“ほんとに会わなくていいの?”って真剣に聞かれたから……」


「…… うん」


母ちゃんって、子どものほんの少しの異変にもすぐに気付いてくれるもんだよな。

超能力でもあんのかな?ってくらい。

小学生の頃、菜花が生理始まって遊びの誘いを断ったときも、さっき俺に菜花の具合が悪いって伝えてくれたときも、菜花の母ちゃんは何かピンときたようで、同じ表情をしてた。

俺達の間にある同じ感情に、気付いてるとしか思えない表情……。

ウチの母ちゃんも、最近の俺の様子に、ずっと何か言いたげにしてる。

けど、言わないのは、俺が何に悩んでるのかなんとなく察してるからだろう。

病院であった出来事には触れては来ないけど、俺たちの間に何かがあったってことには気付いてると思う。


「あたし……何て切り出したらいいか分かんなくて、あのキスのこともあって、みんなの手前気まずくて、 ヒロのこと避けてた。

『妊娠した』なんて、話したとして、信じてもらえなかったらどうしよう、ってずっと迷ってた。

…… そうだよね、信じられないよねこんなこと。

あたしだって信じられなかったもん。

だって、そうでしょ?

あれから全然会ってなかったし…… もし“ほんとに俺の?”とか言われたら…… 」


「なっ…… んなこと、俺が言うと思うか⁈」


菜花がビクッとする。


俺を見て。

俺のことちゃんと見てよ。

おまえ、俺の何を見てきたんだよ今まで……。


ゆっくりと、菜花の視線が俺の顔に移る。

やっと見てくれた。

でも、見てるのは分かるのに、ちゃんと見てもらえてる気がしない。


あぁ、そうか。

俺、自分に自信持てなくて、おまえのこと勝手に“高嶺の花”とか決め付けて、俺じゃなくてもこいつにはもっといいヤツが…… なんて思ってたから、そういうのがイマイチ信用出来ない、頼りないって思わせちゃってんだろうな。


「ごめん。俺から話しかけるべきだったよな……。

でも俺、おまえに嫌われちゃったと思ったから…… なかなか踏ん切り付かなかった。

あれは俺の夢だった、って思って…… もう忘れよう、また前に戻っただけのことだ、って。

でもやっぱり忘れられなくて…… さっきは、あの病院でのキスのこと、おまえに謝ろうと思って家に行ったんだ。

みんなの前で恥かかしてごめん、悪かった、って。

そして、改めて、ちゃんと言うつもりだった」


自分への自信は相変わらず持てないままだけど、でも、一つだけ、これだけは絶対の自信を持って言える。


「俺、菜花が好きだ。

菜花のこと、今までずっと好きで、これからもきっと好きでいる。

そんな相手、菜花しか考えられないし、他に現れる気がしない。

一番大事なんだ、菜花のことが。

だから…… 信じてくれよ、俺のこと」


お腹の上にある小っちゃな両手を取り、菜花の潤んでる瞳を見つめる。


「ごめんな。一人で悩ませて。

俺、まさかそんなことになってるなんて、思いもしなかったから」


「…………。」


やっとちゃんと俺を見てくれた菜花の瞳に宿る、静かだけど強い光。

自分の中で芽生えた命を、何がなんでも護っていこう、っていう揺るぎない決意が見える。


「…… 産んでくれるか?」


「‼︎」


「俺は…… 産んで欲しい」


菜花が目を見開く。

大きな瞳で俺を見つめて、それが何を意味するのか確かめるように。


「とんでもないこと頼んでるのは分かってる。

でも…… 俺あのとき、おまえが俺の子産んでくれたら、って強く願ってた。

どうせこのまま死ぬんなら、おまえん中に俺を遺したい、俺のこと、ずっと覚えてて欲しい、って思ったから。

だから、する筈ないのに妊娠したのは多分、俺のせいだ…… 俺、おまえに執着ハンパないからさ……」


そんなことがあり得ないのは分かってる。

でも、そうでも考えないと、説明が付かない。


「俺、なんもしてやれない…… お腹ん中にいる間は、赤ちゃんのことはおまえに頼むしかないし、まだ稼ぎもないから、金のこととか、親に世話にならなきゃいけない……。

でも、出来る限りのことはする。

親にも俺が説明して、説得する。拝み倒して見せるよ。

菜花は何も悪くない。俺が勝手に…… 無理矢理したんだから」


「無理矢理なんてしてないでしょ⁈ 」


菜花が更に目を見開く。


「ヒロに“して”って言ったの、あたしだもん!

あたしも同じこと思ったから……あたしも、ヒロの赤ちゃん産みたい!って思ったから…… きっと赤ちゃんが宿ってくれたんだよ。

…… 嬉しかった。ヒロの赤ちゃん授かった、って知って。

ほんとに、嬉しかったの。

だから『堕ろすなら22週までに』とか言われて、怖かった。

周りに知られたら、寄って集って『堕ろせって』言われるんじゃないか…… 赤ちゃん殺されちゃうんじゃないか、って、怖くて堪らなかった。

だから、必死で隠してたの…… ヒロにも…… 22週を過ぎるまでは内緒にしておこう、それまではあたし一人で護ろう、って。

色々考えてる内に、段々腹が立って来た。

だって、高校生で妊娠したからって、何で犯罪者みたいな扱いされなきゃならないの?

そりゃちょっと早過ぎたとは思うし、考えが足りないって思われても仕方ないとは思う。

でも、愛が無いのに遊びでエッチした訳じゃない…… 真剣に気持ち伝え合って結ばれたんだよ?あたし達。そうでしょう?

それを他人からとやかく言われる筋合いは無いし、ましてや、殺せって言われて黙って受け入れる訳にはいかない。

あたしが招いた結果なんだから、あたしが責任持つ。当たり前だけど。

進学も一旦見合わせなきゃいけなくなるし、親には迷惑かけることになるけど、いずれ資格取って働けるようになれれば、後か先かってだけのことじゃない?

今はあたし、何としてでもこの子産みたい。

産まないで後悔することはあっても、産んで後悔することは無いよ、きっと。

だからあたし、この子のことは、何やってだって育てて見せる。

誰にも文句は言わせない。

あたしの子だもん、あたしが護る」


あぁ、強いな。

やっぱおまえ強いよ、菜花。


小さな頃から変わらないその強さは、俺の誇りだ。


正直、俺、エッチに関しては欲望に任せてやっちまった感がある。

けど、菜花に対しての気持ちは本物だし、あのとき俺、真剣だった。

死ぬかも知れない状況だった、ってのを、情状酌量してもらえたらありがたいんだけど、それにはあの体外離脱状態を説明して納得してもらわなければならず……世の中、そんなオカルトやファンタジーを行動理由として認めてくれる程、甘くはないわな。

本当のことを話したところでまず信じてもらえないだろうし、遊んで失敗した言い訳してるとしか思われねぇだろう。

まぁ、それはそれで仕方ない。

俺たちには俺たちの、理由がある。


「俺も、護りたい。

 一緒に護らせてくれよ。

俺達、まだ高校生で、色々未熟で頼りないけど…… それが、産まれて来ようとしてる命を消していい理由にはならないと思う。

周りから何て思われたっていい。

二人で、護っていこ」


その為には、色々考えなきゃいけないことがある。


菜花のお腹を目線で示し、


「12週って、大きさ、どんくらい?」


「9センチ、って書いてあったよ」


ケータイで調べたらしく、菜花が言う。


「触っていい?」


「…… うん」


そぉっと左手を当てる。

右腕で菜花の腰を支えるようにして、お腹に額をくっつけ、目を閉じる。


オッス、俺、おまえの父ちゃん。

頑張って育ってくれてたんだよな、俺の知らないところで。

…… 気付くの遅れてごめんな。


なんかすげぇ文句言われてる気がして、その感じが誰かさんを彷彿とさせる。


「…… これ、女の子だな」


「なんでそんなこと分かんのよ!」


菜花、笑ってる。


「え…… 何だろ…… 勘?」


「ただの勘⁈」


「なんつーのかな。

分かんだよ、俺が仕込んだんだもん」


「仕込む、て…… 言い方!」


「じゃあ何て?

…… うん、女の子だよ、間違いなく。

賭けるか?」


笑いながら泣いてる菜花を抱き締めて、生きてることに感謝する。

…… つくづく身勝手なもんだよな。

さっきまでマジでもう死にてぇ、って思ってたのに。


説明の付かない状況で結ばれた俺達。

どういう仕掛けかは分からない。

分かんないけど、今もう一度、現実に、俺の想いが菜花に届いたのは確かだ。
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