上 下
38 / 57

(裏)傷だらけのメシア 4

しおりを挟む
 誰かがつぶやいた言葉を耳にし、私も心の中で同じ疑問が浮かんでいることに気付いた。
 あのレアちゃんをどう判断していいのか、もう私にもわからない。
 見た目と、お母さんを心配する様子はレアちゃんでも、あんなにも強い。
 それに、魔物だと思っていたのに、あの子は魔物と戦ってる。

 混乱した頭を回転させようとしたけど、目に入ってくる光景の意味をなんとか解釈しようとするだけで、私の頭は精いっぱいだった。

 かわしきれないほどの魔物の攻撃を受け、体中から血を流して戦っているあの子。
 すごい速さと巻き上がる砂埃のせいで、目で追いつかない程の激しい戦い。

 私は自然と溢れてくる、嬉しさとも悲しさとも判断がつかないような気持ちを、どうすればいいのかわからないまま、戦いの行方をジッと見守っていた。

 あの子が攻撃を避け損なって傷を作り、その表情が苦痛に歪むのを見る度、形容し難い感情が私の心を揺さぶった。
 ヒクヒクと漏れ出そうになる声を噛み殺しながら、あの子を必死に目で追う。

 あの子が手を振り下ろすと、切り落とされた魔物の腕がくるくると回転しながら飛び、先端の鋭い爪が地面に突き立った。
 片腕になって怒った魔物がものすごい勢いであの子に突進していき、私は思わず手をグッと握りしめて息をのむ。

 ぶつかる! と思った瞬間、あの子はくるりと横に身をひるがえして、それとほぼ同時に魔法の刃を振り下ろした。
 魔物があの子の横を通り過ぎ、突進した勢いのまま何歩か進んだところで、徐々に速度が落ちていく。
 勢いが衰え、のそのそと歩く程度になった魔物の顔がずるりと地面に落ちた。

 顔の無くなった魔物が、切断された頭蓋骨からドボドボと脳みそを散らしながら数歩足を進めたが、肺から抜けた空気が「ブシュー!」と音を立て、むき出しになった喉から血しぶきを飛ばし、そのままドサッと地面に倒れた。

 動かなくなった魔物に目も向けず、襲い掛かる別の魔物の攻撃を次々とあの子が躱している。

「倒……した……のか?」

 髭の兵隊さんが驚いたような表情で呟くと、周囲の空気が明らかに変わった。

 たったひとりで魔物の群れと戦い、それを倒せる人間が今ここにいる。
 その事実は私たちにとってまぎれもなく希望だった。

 私も目の前の光景に心奪われ、目を離せないでいるうちに、心に残っていた疑問はいつしか掻き消えてしまっていた。

 あの子は何……ううん、あの子が何者かなんて関係ない!

 魔物と戦うあの子を見ていて、私は自分の気持ちに気付いた。
 私はあの子が心配だ。
 あの子が傷つくのがただ恐かった。
 魔物に負けないで助かってほしい。
 あの子を信じる理由なんて私にはもう必要なかった。

 あの子が心配だから信じる、信じたいから信じる。
 感情のままに決めた、私の命を懸けたわがままだ。

 再び視線を戻し、レアちゃんを凝視する。

 もしかしたら加勢が必要になるかもしれない……。

 戦いがさらに激しさを増し、魔物たちの動きはどんどん鋭くなっていく。
 逆にレアちゃんの足運びは、少しずつたどたどしくなっていくのがはっきりと見てとれた。

 疲れてるんだ……。

「レアちゃん……」

 心配する声がつい口から漏れ出る。
 すると髭の兵隊さんが私に声をかけてきた。

「君はあの子のことを知っているのか!?」

 横から強く肩をつかまれて少し痛い。

「は……はい。私の友達の……レアちゃんです」
「レア……こんな辺境の開拓村にこれほどの使い手がいるとは……しかもあんなに幼い娘……信じられん……あれはまるで……」

 髭の兵隊さんはそこで言葉を切り、戦いに視線を戻した。
 私はレアちゃんの疲労のことで何かできないかと、兵隊さんに切り出した。

「あの! レアちゃん疲れてるきてるみたいで!……その……加勢……を……」

 なれない大人の男の人との会話に、つい声が小さくなってしまう。
 けど髭の兵隊さんは私の言いたいことをすぐに察してくれた。

「……いや……やめた方がよかろう。あの速さの戦いに我々はだれもついて行けん。下手な味方の魔法は邪魔にしかならんだろう。あの子に当ててしまうかもしれない」

 兵隊さんも私と同じでレアちゃんを助けることを考えていたようで、すぐに答えが返ってきたけど、その返答を聞いて私は肩を落とした。

「そんな……レアちゃん……」

 私は落胆らくたんしつつ、戦いに視線を戻すと、大きく口を開け肩で呼吸しているレアちゃんの様子が見えた。
 空振りした魔物の爪にえぐられて、でこぼこになった地面が、レアちゃんの体力を奪っている。

 歯痒はがゆい……。

 レアちゃんが跳ぶ度、魔物を切りつける度、何をすることもできない私の手足にもグッとちからが入る。

 心なしかよろめきながら戦っているように見えるレアちゃんが、また魔物の腕を切り飛ばした。
 2本目の腕を切断され両腕を失った魔物が、やぶれかぶれで咬みつこうとしたのか、レアちゃんに飛びついた。

 けど、素早く反応したレアちゃんは、向かってくる魔物の口に魔法の刃を刺し込み、口から背中に刃が貫通した魔物は、切り裂かれた喉で叫びにならない悲痛な声をあげ、そのままレアちゃんに寄りかかるようにだらりと倒れて動かなくなった。

 レアちゃんはズルッと魔物の口から刃を引き抜くと、再び飛びかかってきた別の魔物の攻撃を素早く跳んで避ける。
 校庭には2匹の魔物の死体と、レアちゃんが攻撃を躱しながら切り落とした魔物の腕が、数本ゴロリと散らばっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」

マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。 目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。 近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。 さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。 新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。 ※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。 ※R15の章には☆マークを入れてます。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

神の使いでのんびり異世界旅行〜チート能力は、あくまで自由に生きる為に〜

和玄
ファンタジー
連日遅くまで働いていた男は、転倒事故によりあっけなくその一生を終えた。しかし死後、ある女神からの誘いで使徒として異世界で旅をすることになる。 与えられたのは並外れた身体能力を備えた体と、卓越した魔法の才能。 だが骨の髄まで小市民である彼は思った。とにかく自由を第一に異世界を楽しもうと。 地道に進む予定です。

【R18】ダイブ〈AV世界へ堕とされたら〉

ちゅー
ファンタジー
なんの変哲も無いDVDプレーヤー それはAVの世界へ転移させられる魔性の快楽装置だった 女の身体の快楽を徹底的に焦らされ叩き込まれ心までも堕とされる者 手足を拘束され、オモチャで延々と絶頂を味わされる者 潜入先で捕まり、媚薬を打たれ狂う様によがる者 そんなエロ要素しかない話

異世界転移、魔法使いは女体化した僕を溺愛する

月歌(ツキウタ)
ファンタジー
友人が拾ったノート。そのノートは異世界への入り口だった。異世界で僕は女体化し、妹は猫耳で、友人は最強の魔法使いになっていた。元の世界に帰る方法は、愛する人とセックスすることだって?ふざけすぎだろ。ギャグ時々切なく。 ★扉絵はAIイラストで作成しました。 ☆月歌ってどんな人?こんな人↓↓☆ 『嫌われ悪役令息は王子のベッドで前世を思い出す』が、アルファポリスの第9回BL小説大賞にて奨励賞を受賞(#^.^#) その後、幸運な事に書籍化の話が進み、2023年3月13日に無事に刊行される運びとなりました。49歳で商業BL作家としてデビューさせていただく機会を得ました。 ☆表紙絵、挿絵は全てAIイラスです

家族もチート!?な貴族に転生しました。

夢見
ファンタジー
月神 詩は神の手違いで死んでしまった… そのお詫びにチート付きで異世界に転生することになった。 詩は異世界何を思い、何をするのかそれは誰にも分からない。 ※※※※※※※※※ チート過ぎる転生貴族の改訂版です。 内容がものすごく変わっている部分と変わっていない部分が入り交じっております ※※※※※※※※※

【R18】TSエロゲの世界でチョロインになった件

Tonks
ファンタジー
バーチャルエロゲにログインしたらログアウトできなくなり、そのままTSヒロインとして攻略対象となる物語です。タイトル通りTS後の主人公は基本チョロインです。18禁エロ描写中心。女性化した主人公のディープな心理描写を含みます。 ふたなり、TS百合の要素は含まれておりません。エロ描写はすべて「女になった元男が、男とセックスする」ものです。ただし相手の男はイケメンに限る、というわけでもないので、精神的BLの範疇からは逸脱しているものと思われます。 lolokuさんに挿絵を描いていただきました。本作にこれ以上の挿絵は世界中どこを探しても見つからないと思います。

神に同情された転生者物語

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。 すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情された異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。 悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。

処理中です...