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(裏) 母の後悔

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「あなたが何者かわからないけど……お願い! レアを返して! 私達の娘を……たった一人の私の娘を!」

 レアと同じ姿をした存在に、こんな言葉をぶつけるのは心が痛んだ。
 でも目の前のこの子はレアじゃない。
 レアに見えても、違う。
 レアになりかわった何か……。

 それなのに……そのはずなのに……。

「……わたし……レアだよ……」

 その子は悲しそうに呟くと、ボロボロ涙を流して、顔をクシャクシャにしていた。

 この子……本気で泣いてる……。

 心に引っ掛かったトゲのような何かが、チクチクと私をつついた気がした。

 私は反射的に手のばしたが、その子はポタッと涙のしずくを飛ばして振り返り、玄関の方へ走って行ってしまった。

 待って!と言おうとした時、エイデンが扉から顔を出し、その子がエイデンにぶつかった。

「おう! 元気いいな! でも前見て走……レア? 泣いてるのか……? どうした……? なんなんだ、これ。魔物? 死んでるのか? ママ、なんで火球なんか出してる? まだ魔物がいるのか?」

 私は火球を消し、ついエイデンの質問に答えようとして言葉に詰まると、その子は扉の隙間をスッと抜け、外に駆け出してしまった。

「お、おい! レア! どこに行く! 戻ってこい!」

 エイデンがあの子を追って行こうとしている。

「待って!」

「待てったって……レア、森に入っていったぞ!? これから暗くなったら、迷って帰ってこれなくなっちまう! それに獣だって出るんだぞ! もし襲われたら――」

「大丈夫よ……」

「んなわけないだろう!」

「大丈夫よ。この魔物を殺したのはあの子だから」

「それこそそんなわけない! オレは戦いに参加したことがあるからわかる。こいつは正真正銘の魔物だ! 大人の兵士が何人がかりで倒すと思ってるんだ!? 8才の女の子に殺せるわけ――」

 エイデンはハッと気付いたような表情を見せた。

「じゃあこの魔物はどうしてここで死んでるの? ここには私とあの子しかいなかったのに。こんな近くで魔物に襲われて、私に倒せると思うの?」

 魔物の切断面からは、まだ血がドクドクと流れ出ていた。

「いや……無理だろう……。だけどレアにはもっと無理だ! 一体何があったんだ?」

「説明するわ。でも私にもわからないことだらけで……」

「ああ、予想とか想像とかははぶいてくれ。レアのことは俺なりに判断したい」

 私はここで今日起きた出来事を伝えた。

 町の行商からおまけで貰ってきた卵が孵化ふかし、突然中からでてきた魔物が成長して襲いかかってきたこと。

 火球で応戦したが肩を切られて、状況が膠着こうちゃくしたこと。

 そこにレアが現れて、一瞬の内に魔物を切り殺したこと。

 レアが加速魔法を使っていたこと。

 レアが治癒魔法で私が負った傷を癒したこと。

 使えるはずのない魔法を使っていたことを指摘して、正体を問い詰めたこと。


 そして、あの子が泣いていたこと……。

 
 一通り話終えると、エイデンが口を開いた。

「何が起きたかは大体わかった! んで? おまえは今の話のどこをどう判断して、レアが偽者だと思ったんだ?」

 意外な言葉を聞き、私は戸惑った。

「どこって! 魔物を一瞬で――」

「才能が花開いたのかもしれない!」

「レアが知ってるはずのない加速魔法を――」

「たまたまだ!」

 私が困惑しているとエイデンが話し始めた。

「おまえはな、事実の一部分に捕らわれ過ぎてるんだよ。あの子がレアじゃないかもしれないって可能性ばっかり考えて。あの子がおまえに何をした? 母親を魔物から救うために、危険な魔法を使い駆けつけて、魔物を倒して、ケガを負った母親の傷を癒した。それが全てだろ? 加速魔法がなんで禁止されたか、おまえが忘れるわけないよな? あれは『危険』な魔法なんだよ」

 私は自分の前に張りめぐらされた視界をさえぎるような分厚い氷を、金槌かなづちで叩き割られたような気分だった。
 あぁ……。
 私が『真実』だと思っていたことは『事実』のたった一部に過ぎなかったんだ……。

「真実はわからないが、俺には危険をかえりみないで、なりふり構わず母親の危機を救いに来たようにしか思えん。いかにもレアがやりそうな事じゃないか。俺たちを騙そうとして娘になりかわってる奴が、わざわざそんな普通の8才児に使えない魔法を使って、疑われるような危険を冒すか?」

 そうだ……。
 私は冷静じゃなかった……。
 
 私は間違いを……。

 それに気付くと、いつの間にか自分の心に刺さったトゲがなくなっているのに気付いた。

「私……どうかしてた……」

「ああ……そうだな。じゃあ失敗を取り返しに行こう! わからないことは本人から聞けばいい!」

「ええ!」

 今ならはっきりわかる。
 心に刺さったトゲは、あの子を疑いたくない心。

 私はあの子を信じたかったんだ……。

「ターナ……」

 エイデンが笑顔でこちらに話しかけてきた。

「俺と結婚して良かっただろ?」

「ばか」

 多分顔が真っ赤になっていて、エイデンには全てさとられてる……。
 この人と結婚して良かった……。

「よし! 森へ行こう!」

 そうして出発しようとした時だった。

「レア!」

 急ぎで駆けて来た様子のエレナちゃんが、扉の外で肩を大きく揺らして立っていた。

「ハァ…ハァ…おばさん! レアは!?」

「今ちょっと……レアは……」

「ああ。今ちょっと立て込んでてな……レアは……あー……森だ」

「森ぃ!? なんで!?」

「あー……、まぁ色々あってな」

「……色々? あっ! もしかしてあの子、全部告白したんですか?」

 エレナちゃんが気になる言葉を口にした。

「告白って、どういうこと?」

 エレナちゃんは何かを知っているようだった。

「まずっ! まだだったか! すみません! 今のは忘れて下さい!」

 間違いない! 
 この子は知ってる!

「お願いエレナちゃん! 多分あなたが今言った事に関して、私は大失敗をしたの! 知ってることを教えて!」

 エレナちゃんは急に神妙な面持おももちになった。

「……噂を……信じたんですか?」

 核心を突かれた。

「そう……ね、同じ事ね……」
 
 エレナちゃんは眉間にしわをよせて、うつむきながら話し始めた。

「レアはおばさん達に拒絶されるのを怖がっていました……。その様子だとやってしまったんですね……」

「ええ……私がいけないの」

「でも今は、誰が悪いなんて事を話してる時間はないんです! おばさんの失敗は、レアを見つけた後で心から謝って許してもらって下さい! それで、そのあと本人の口から全てを聞いて下さい」

 レアは許してくれるだろうか……あんなに酷いことを言ってしまった私を……。

 沈んだ様子の私に気付いたのか、エイデンが話題を変えた。

「で、エレナちゃんは何でそんなに急いでレアを探してるんだ?」

「魔物です! 村に魔物がでて!」

 外を指差すエレナちゃんにうながされ、家を出て辺りを見回すと、村が赤く燃えていた。
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