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1,軽く死ねる。
しおりを挟む私の名は、アリア。16歳。
先祖代々、10エーカーのカブ畑を耕してきた農家の娘。両親が流行り病で亡くなったので、受け継がれてきた畑は私が守るよっ!! という現況。
ところで、そんな私にも慎ましい夢があります。
幼馴染のセシリアちゃんと結婚することなのです。ただセシリアちゃんは、私の気持ちは知らないので、いまはまだ秘めたる思い。
ところが先日、私の秘めたる気持ちを試しに『私の友達の友達の友達の農家の娘さんがね、セシリアという美少女さんと結婚したいんだってー』と知人に話してみたところ、『それは逆立ちしてもあり得ないでしょう』と即答された。
逆立ちしてもダメってなんじゃそりゃ?
と内心では怒り焦燥パニックに駆られつつも、沈着冷静に尋ねた。
『な、な、な、な、な、なぜなの?』
するとその知人が言うには、
『女の子同士じゃん』
『女の子同士の何が悪いのですか!』
と私が叫んだところ、
『この国、同性婚は違法だし』
これはこの国を亡ぼすしかない。
と、真面目に思いつめたけど、すぐにもっと簡単な解決法に気づきました。
まず、私がセシリアちゃんと結婚できないのは、バグとしかいいようがない。『結婚できないバグ』である。バグは直さねばならない。
ではどうやってバグを修正するの?
ダンジョン塔【覇王魔窟】の最上階まで行けばいいんだよ!
【覇王魔窟】とは、私の国ができるずっと前から、この大陸に聳えているダンジョン塔。一説には、古代の神々が造ったんだって。
推定では、最上階は1000階。
そして古文書によると、最上階までたどり着けば、その人の夢がひとつだけ叶うという。だから私はダンジョン塔【覇王魔窟】の最上階まで行き、『セシリアちゃんと結婚できないバグ』を直してもらえばいいのだ。
というわけで、今。
私は、曾祖父の代から我が家に受け継がれてきた、家宝の鍬くわとともに、ダンジョン塔《覇王魔窟》の前に立っている。
目指すは、最上階1000階。
ちなみに装備している鍬はただの鍬だけど、ただの鍬ではないのです。何世代にもわたって畑を耕してきた鍬なのです。重みが違う。
ところで──ダンジョン塔【覇王魔窟】の最上階へは、これまでも何千人という挑戦者が挑んだそうだけど、誰ひとり最上階までたどり着いた者はいないんだって。
最上階どころか、たいていは100階にも行けず、魔物やトラップによって死んでしまそうです。
いっとき、法的に立ち入り禁止にしたこともあったが、とたん国全域で干ばつが襲ったとか。それが【覇王魔窟】の怒りと解釈され、いまは『入りたい人は誰でも入っていいよ。死んでも責任は取らないけど』ということになっている。
さて、【覇王魔窟】一階に入ります。
「こんにちはー、誰かいらっしゃいますか?」
一階は凄く暗い。二階へと続く階段はすぐに見つかったけど、なにやら結界で守られている。あの結界がなくなってくれないと、二階へ上がれないのだけど?
ところで──なぜかいきなり転んでしまった。
滑ったのかな? えへへ、ドジだなぁ、私は。
立ちあがろうとしたが、どうしても立ちあがれない。
はて、私はなぜ立てないのでしょうか? うつ伏せに倒れたまま、両足を見る。あれ? ないよ? 私の両足が、膝の先からないよ?
あっ、あった。私の両膝の下は、ちゃんと立・っ・て・いるよ。切断面を上にして。
なーんだ。両足が膝のところで、綺麗に切断されたんだねぇ。あんまりにスパッと切断されたものだから、気づかなかったよ。
………………………え? 足、足、足、足、足、足、私の足がぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあ!!
「誰ぇぇぇ、私の両足チョッキンしちゃったの誰ぇぇぇぇぇ!?!?」
誰かといえば、こちら。闇からぬっと現れたのは、巨大な蠍さそり型の魔物。馬よりも大きいんだから。こんなのがふっと出てきたら、子供だったらおしっこ漏らしちゃうよ……………いや、私の場合、両足切断されたショックだから仕方ないよね。
だから、この魔物が犯人。巨大なハサミ型の触肢が、私の両足をチョッキンした。チョッキン、チョッキン、チョッキン、チョッキン、
「なんてことするのぉぉぉぉ! まだ今年のカブの収穫も、終わってないのにぃぃぃぃぃ!!」
受け継がれしただの鍬を振り上げ、叩き込んでやろうとしたけど。その前に、蠍型魔物の後端の毒針が、しゅっと伸びてきて、私の右腕を刺した。
あれ。そんなに痛くないや。
痛く、ない、というか、カ感覚がなくなって──私の右腕が、刺されたところからドロドロになっていく。ただの皮膚色のドロドロになって、ドロドロと、溶けた蝋みたいにドロドロと垂れていく。
「溶ける溶けるなんで溶けてるの、私の右腕ぇぇぇぇええ!! まだ収穫終わってないのにぃぃぃぃぃ!!」
左手で落ちた鍬をつかんだ。つかんだけど、これ、どうするの? 両足と右手がなくなって、私はどうするの、これ? ところで、あまりに複数の蟲的なる足音がする。それが近づいてくる。そして周囲を見回せば、私は何十体もの蠍型魔物に囲まれていた。
あれ? 一体だけではなかったんですね。
これ以上は戦えない。戦えないので、逃げる。逃げるには立って走るしかない。その足がないんだけど! あれ、私、もう詰んだ?
私は鍬を振り回して、なんとか牽制できないかなと。とにかく、何とか事態を打開するために──ガシッと、蠍さそり型魔物の一体のハサミ型の触肢が、私の左腕の肘のところをつかんだ。そう、まだつかんだだけ。切断はされていない。
「あ……あの……できれば、それだけは勘弁してください…………左腕一本くらいは残してくれても……」
蠍型魔物は、まず私を見た。そしてゆっくりと、私の左腕の肘をつかんでいるハサミに力を加えていった。両膝を切断されたときは、あまりに一瞬で痛みも感じなかったけど。こんなにじわじわとやられては──
「痛い痛い痛いいいいい痛い゛゛゛いいいいいいいたいたいたいいいいいたいいた痛いたいたいたいやめてやめていたいた痛いいたい痛いがら痛痛゛い痛゛いからあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁ!!!」
ちょっきんではなくて、メリメリと。メリメリと肉が裂けて、骨が砕けて。やっと切り落としてくれた。
「あぅぅぅぅぅぅぅ!! 痛い痛いぃぃぃぃ切断されたあともやっぱり痛いぃぃぃぃぃぃいあぁぁぁ、家宝の鍬がぁぁあ、そんなことより痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃい!!!」
あまりの痛さに、身体を激しく動かしたところ、偶然にも転がりだした。転がる、転がる、このまま出口に向かって転がれば、とりあえず生還できる!
瞬間。一体の蠍型魔物の毒針が、私の右眼にぶっ刺さった。ずぼっと。まずそれで右眼球が潰れたので、視界が片側半分だけ消滅。そしてじわじわと、顔中へと広がる熱。これは皮膚や筋肉が溶ける熱、ああ熱、熱-------。
「って、溶けてるよねぉぉぉぉぉこれ溶けてますよねぇぇぇぇえ私の顔があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!???!!!」
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬこれ死んだというか殺して早く殺してもう殺そうよみんな早く殺してぇぇくださぁぁぁぁぃぃぃいいい!!
ところが蠍型魔物たちは、一仕事終えたぜ、という雰囲気で闇の中に散っていった。
かくして、私だけが取り残される。両足と左腕は切断され、右腕と顔は溶かされて。しかし、幸か不幸かまだ脳までは毒液で溶かされなかったみたい。そのせいで意識は明瞭。あまりに明瞭。
「ああああ……あああ……収穫………収穫……セシリアちゃん…………同性婚………鍬……家宝の鍬……カブ…………カブ…………うぅぅ」
ゆっくとり転がるため、まず慣性をつける。両手足がないと、転がりだすのも一苦労。ただいったん転がりだすと勢いがつくので、転がり続けるのもそこまで難しくはない。そして転がって、転がって、ダンジョン塔【覇王魔窟】から出る。そのあとも少し転がってから、力尽きた。
仰向けで止まったので、かすむ視界(残った左眼だけの)で、夜空を見ている。良かった。うつ伏せに止まったら、地面を見ているところだった。
そして、かすむ視界に、不可解なものが現れる。私と同世代の女の子。ただ、耳がとがっている。エルフさん? けどエルフさんは、もう何百年も昔に絶滅したはず。
そしてエルフ(?)の女の子は、楽しそうに笑うのでした。
「わぁ、キミの顔、すごいことになってるよー。顔が半分溶けちゃってる。グロ笑い」
「……………1000階」
「え、なぁに?」
「……………ダンジョンの1000階まで……………1000階まで……私は、のぼ、る……」
ここで意識が途絶えた。これが死の闇黒かぁ。
セシリアちゃん、最期にもう一度だけ会いたかった…………………
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