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2話 それぞれの新生活

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「じゃぁ桜はバスケットボール部で決めたのか」
「うん、レベルも高いし。それなのに偉ぶらないし。プレーも練習も真剣だし。練習中以外はすごくフランクで気に入ったから」
「愛翔は、バスケ部に入部しないの」
小首を傾げて楓が尋ねる。
「バスケも魅力的なんだけど、それと同時に新しいことに挑戦してみたいって気持ちもあってさ。だから、ほかの部を見てから決めようと思ってる」

 そして部活体験期間も終わり、
「愛翔は、結局バスケ部入らずにサッカー部かぁ」
「あの広いフィールドを思いっきり走るのが気に入っちゃってね」
「でも、いくら愛翔でもサッカーは初心者でしょ。大丈夫なの」
「桜も心配性だな。入部希望者の半分は初心者だったよ。」
心配する桜への愛翔の気楽な返事に愛翔の左腕に抱きついた楓も相槌を打つ。
「愛翔ならきっと大丈夫だよね。ミニバスの時だってあっという間に上達したし。何より足が速いからきっとサッカーでもあっという間にレギュラーね」
「さすがにそこまではね。当然頑張るけどさ。とりあえず夏までに他の経験者に追いつく」
愛翔の言葉に楓も桜も吹き出していた。
「言ってることと目標が違ーう。じゃあ秋にはベンチ入りね」
笑いながら桜も愛翔の空いている右腕に抱きついている。
「それじゃ部活終わったら校門で待ち合わせだからな」
「「はーい」」
愛翔の言葉に当たり前というように返事をする桜と楓。
そして手を振りそれぞれの部活動に向かう3人。それぞれがそれぞれに驚くイベントを経験することになる。

 2人の幼馴染と分かれサッカー部に向かった愛翔は、集合した新入部員の一団との雑談に混ざり部活動の開始を待つことにした。
「サッカー部集合」
先輩部員から声が掛かりグラウンドの端に集まる新入部員たち。先輩部員たちと向かい合うように並び緊張を隠せない。そこに先輩部員の1人が前に出てきた。
「サッカー部部長の3年三原勝彦です。ようこそサッカー部へ。ここに集まってくれた皆は、これから3年間サッカー部で共に競い鍛え楽しむ仲間です。一緒に有意義な中学時代を作っていきましょう。では、早速ですがお互いを知る第1歩として自己紹介をしてください。そちらの端からお願いします」
「田河順平。1年A組です。小学校時代にはクラブチームに入っていました。希望ポジションはフォワードです。よろしくお願いします……」
「おお、クラブチーム出身か。期待しているよ」
三原部長の一言に田河は照れながら喜びを隠せないでいる。
「では、つぎ……」
その後何人かの新人の自己紹介とそれに対する三原部長の一言エールが続き、愛翔の順番となった。
「住吉愛翔、1年B組です。小学校時代はミニバスで全国まで行きましたが、中学では新しい事に挑戦したいと思い、サッカー部に入れてもらいました。サッカーは体育の授業程度しか経験ありませんが頑張りますのでよろしくお願いします。あ、希望ポジションはまだよくわかりませんので練習しながら見つけたいと思います」
「別競技とは言え全国経験者か、期待しているよ。頑張っ……。住吉愛翔?ミニバスケット全国MVPの住吉愛翔か?」
愛翔は驚きながらも小さく頷いた。
「なぜ、君がここにいる?バスケットボール部は君が来るのを首を長くして待っていたぞ。身体が出来てくる来年には全中を狙えると言って」
「前にも言いましたように新しい事に挑戦したくて。それでサッカー部では歓迎してもらえないんですか」
愛翔はちょっとしょんぼりした顔を見せる。
「い、いやそんなことはないぞ。大歓迎だ。変なこと言ってすまなかったな」

 部員全員の自己紹介が終わり、練習に入った。
「新入部員は、とりあえず体力作りからだ」
ということで、グラウンドをグルグルと陸上部よろしくランニングしている。先頭を走っているのは一番最初に自己紹介をした田河順平。クラブチームに所属していただけに体力もあるようだった。1周約400メートルのグラウンドを4周走った辺りから落伍者が出始める。未経験者、小学校時代に特に運動をしてこなかったメンバーから振り落とされていく。中学入学直後の体力では2キロでもランニングすることは中々ハードルが高いようだ。今日のメニューはグラウンド20周、どれだけの人数が残れるか。田河は振り返り、愛翔に声を掛けた。
「住吉君、先頭を代わってくれないか。住吉君ならこのランニングのペースを先頭で作れるだろう」
愛翔は、この言葉で気付かされた。田河は先輩から体力の程度での振り分けを依頼されていたのだろう。
「わかった。ある程度のスピードと持久力のあるメンバーだけ残るように振り分けるんだな」
愛翔は先頭に立つと少しペースを上げる。
「お、おい住吉君。これはちょっと」
やんわりと抗議する田河に愛翔はウィンクし
「大丈夫。ちょっと早めに結果を出すだけだから」
ペースを上げて半周ほど走ったところでペースを戻すと、少し縦長になった隊列がゆっくりと元に戻る。そしてその状態で半周したところでまたペースを上げた。愛翔のやろうとしていることに気付いた田河が
「なるほど、そういうことか」
と納得する。半周ごとにペースを上げ下げしスピード持久力の無いメンバーはどんどん振り落とされていく。10周もしたころには運動経験者7人以外は残っていない。その7人を確認したところで愛翔はさらにペースを上げた。本来の新入部員の振り分けなら現時点で終わっている。愛翔は自分と並べるメンバーがいるかを試しに入ったのだ。15周時点で愛翔以外には田河ともう一人、小学校時代にやはりサッカーのクラブチームに所属していたという仁平大和だけが残っていた。もう十分かと思った愛翔ではあるけれど、ふと自分にはまだ余裕があることに気付き、更にペースを上げる。残念ながらそのペースでは田河も仁平も付いてこれず、20周を目の前に脱落した。
 20周を走り切った愛翔は、周りを見て少し残念そうな顔をしながらゆっくり歩き呼吸を整える。そこに女子生徒が一人タオルを持ち近づいてきた。
「お疲れ。住吉愛翔君だっけ、君凄いね。20周をあのペースで走って平気な顔してるなんて」
タオルを受け取った愛翔は、少々驚きながらも応える。
「ありがとうございます。確かマネージャーの加藤涼香先輩でしたよね」
「やっぱり小学校時代とは言え全国MVPは違うってことかしらね。あ、愛翔君って呼んでいいかしら」
「まあ、それなりには鍛えてきましたから、それに名前は自由に読んでくれていいですよ」
「そ、ありがとう。あたしの事は涼香って呼んでね」
「はあ、じゃあ涼香先輩って呼ばせてもらいますね」
「むう、まあ今は仕方ないか」
やや不満顔ではあるが、涼香の愛翔への距離が近い。触れ合う寸前の距離で愛翔と話している。愛翔としては幼馴染2人とはもっと近い距離で接しているため慣れており、その距離感が普通でないことに気付かない。その距離感のままに涼香はマネージャーとしての仕事も進める。
「このあと、1年生のランニングが終わって揃ったところで2つに分かれて練習に参加してもらう予定だからね。多分愛翔君はAグループになるかな」
「Aグループってなんですか」
「中学サッカーに最低限必要な体力やスピードはあるって判断されたグループね。上級生に混じってボールを使った練習に参加してもらうの。一応毎年、上位5人から10人がそのグループになるわね。でBグループは中学のサッカー部に必要な身体がまだ出来てないと判断されるグループ。こちらは当面は体つくり中心のメニューになるわ」
そこまで話したところに田河と仁平が20周を走り終え近寄ってきた。そこに加藤涼香は声を掛ける。
「お疲れ様。全員が走り終わったら次のメニューに入るから、それまで休んでいてね。愛翔君は、リストを渡しておくから他の1年生への説明とグループ分けの発表までしておいてね」
加藤涼香は愛翔にリストを渡すと綺麗なウィンクをして離れていった。

 女子バスケットボール部に向かった桜は、体育館に入ったところで5人の男子バスケットボール部員に囲まれていた。これまでこういう時には愛翔にガードしてもらっていたためどうしたらいいのか分からない。
「1年生の華押桜さんだね。」
「は、はい」
蚊の鳴くような声で返事をする桜。バスケットコートでの桜は攻撃的で敵に回せば悪魔、味方につければワルキューレといった立ち回りだが、コートから出ると人見知りで気の弱いややコミュ障気味な女の子。当然何人もの男子に囲まれては何も言えず涙目でオロオロしているばかりだ。
「住吉愛翔は、なんで来ない」
「そ、ぁ……」
こんな状態で、そんなことを聞かれてもまともに返事ができるわけもない。
「あんたたち女子バスの新人に何やってくれてんの」
女子バスケット部部長の更科梨央奈だった。
「い、いや。俺たちはただ……」
「ただ、何。1年生を怖がらせてまでするような大ごとなんでしょうね」
「そ、その住吉愛翔が、バスケ部に来ない理由を知りたくて」
「そんなもの本人に聞きなさいよ。かわいそうにその子泣きそうじゃないの。大方あなた達のそんな性根に気付いて嫌気がさしたんじゃないの。その子住吉愛翔君の幼馴染だって話だし、今日の出来事聞いたらなおさらでしょうね」
そう言い放って桜を優しく女子バスケット部に連れていく更科。ほっとした桜は、ようやく声をだすことが出来るようになり
「先輩。ありがとうございます。あたしコートの外だと、人見知りで……」
「ああ、気にしない気にしない。あんな野郎どもに囲まれたらそうでなくても委縮しちゃって当たり前だから」
「はい、ありがとうございます」
「そんなことより、今日から正式入部だからね。一緒にがんばろ。さ、更衣室に行って着替えていらっしゃい」

 幼馴染二人と別れた楓は当然美術部に向かった。桜と違い特に人見知りというわけではなく、むしろかなり気の強い楓ではあるけれど、やはり新しい環境に1人で向うとなると少し心細さを感じていた。『部室までだけでも愛翔に送ってもらえばよかったなあ』いつも愛翔に甘えていることを理解しながら、それでもやはり頼りになる幼馴染に甘えたくなる、そんな楓。
「でも、今は一人なんだから仕方ない。頑張る」
頬を両手の平でパチンと叩き部室の戸を開けた。
「こんにちはー」
「あ、楓ちゃんこんにちは。ちゃんと来たねえ」
やや不安げに部室に入ってくる楓を美術部部長の楡咲玲緒奈が笑顔で迎え入れる。
「お、1年生の新入部員かい。ほぉ可愛いね」
突然横から現れた上級生男子が楓の肩に手を回そうとした。反射的に平手打ちをする楓。
「どなたか知りませんが、いきなり失礼じゃないですか」
硬い声で楓は拒否を示す。
「いってぇなぁ。ちょっとしたスキンシップじゃないか。この程度で拒否とか初心すぎじゃね」
「あなたの基準がどうか知りませんが、私は名も知らない男の人とスキンシップをするつもりはありません」
「ちぇ、まあホンの1月前まで小学生じゃ男とのスキンシップなんか知らねぇだろうしな」
「何を言っているのかわかりませんが。私にだってハグしたり軽いキスをする男の子くらいいますよ。単にあなたのような失礼で気持ちの悪い人と触れ合いたくないだけです」
「え、楓ちゃん、そんなに」
楡崎玲緒奈の声に、楓はシマッタと顔を顰め
「ああ、もう口に出しちゃったので良いです。幼馴染の愛翔とはそんな感じです」
そこまで言って周囲の更なる好奇心旺盛な顔に
「残念ながらお付き合いしているわけではないですからね」
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