RIVERSIDE

小林 小鳩

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#04

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 どんなことだって、いつか必ず終わりが来る。そう思えば少しは安心出来る。だけどどんな終わり方をするのかは選べない。予期しないことは起きる。

 死にたいって言葉は息を吐くのと一緒に溢れるけど、本当に死にたい訳じゃなくて。でも目の前にリセットボタンがあったら連打する。だけどまた自分の人生を生きるのは面倒だ。十七年ですっかり飽きてしまった。この自分をあと何十年も生きなきゃいけないなんて。流行りの漫画みたいに、都合の良い記憶と知識を引き継いだまま違う人間の人生を生きれたらいいのに。とにかく、自分という人間があまりに重い荷物のように思えて早く捨ててしまいたい。
 何もかも全部嫌になったから、なんて言い訳はあまりに幼稚すぎて頭の中に浮かべただけで、自分で自分に呆れてしまう。このまま家に帰らないで、どこか遠くへ行ってしまおうか。どこかなんて思いつかないけど。この年頃にはそんなつまらない夢に耽ることくらい許されるだろう。
 学習塾を終えてもうすぐ二十二時、駅から少し離れたファストフード店、二階建ての二階の禁煙席はまた一組と席を立っていく。祥太郎はスマホにモバイルバッテリーを繋いで、椅子に深く沈み込む。親の帰りはどうせ遅いし、と帰宅するタイミングを出来るだけ伸ばしている。学校も塾もどこか惰性で通っているようで、それに似た気分を家でも味わっている。店のWi-Fiで見てた動画も頭に入らない。まだ高校二年生の冬だ。まだ自身の幼稚さに甘えられる期限は残ってるはずだ。
 小さな画面の中でぽつぽつと増えていく通知のアラート。いやに寂しい明るさのフロアには、あともう一組だけ。窓際の席で並んで座っている、見慣れない制服姿の女子と同じ年くらいの私服の男子。男子の方に見覚えがあり、気付かれたくないと目線を背けようとしたが、どうにも様子がおかしい。二人ともテーブルの上のポテトやドリンクに一切手をつけない。男子は女子に寄りかかるように座っており、その手はテーブルの下へ、スカートの中へ伸びているようだ。ぎゅっと身を縮め俯向く少女。今度は背中側からスカートの中へ手を滑り込ませている。
 なにをやっているのか、さすがに祥太郎にも察しがつく。え? マジで? と思わず見てしまう。見ちゃいけないものだろうという脳の指令を無視して。直に見ると気付かれてしまうから、スマホのカメラを起動して、テーブルの下へ潜り込ませる。二人に気付かれないよう祥太郎は顔を正面に向けたまま下目を使って画面を見ると、思った通りの行為が映っている。指が触れて録画ボタンが押されたのは、わざとじゃない。わざとじゃないと自分に言い聞かせる。
 すると、不意に少女が顔を上げた。マスクと前髪で顔のほとんどが覆われているが、目だけでこちらに何かを訴えているのがわかる。助けるべき? でも、相手は。
 画面の中の男がこちらを向いているのでハッとした。盗撮に気付かれている? 早くここから逃げなくては、幸いこちらの席の方が階段に近い。男がアクションを起こす前に、祥太郎は慌てて席を立った。空の紙コップをテーブルに残したまま。


 彼のことをみんなが好きで、むしろあまりに誰からもが愛されているから、自分一人くらい彼を嫌っても問題ないだろうと思うくらい、とにかく人気者だった。彼を嫌いな人なんてこの世に存在してはいけない、そういったある種の信仰の対象。
 瀬山治樹は高校の同級生だが、あの日まで一度も接触らしい接触をしたことがなかった。おそらく祥太郎が何かつまらないことを瀬山に言ったとしても、それを上手く返して周りの人間をも楽しませただろう。そんな状況が実際に起こるのがなんとなく怖くて、彼とは距離を置いていた。
 一年生にしてサッカー部のレギュラーを獲得、しかも成績も良い。彼に関する噂話だけはよく耳にする校内の有名人で、笑顔のお手本のように嫌味なく朗らかに笑い、無駄のない動きで立ち振る舞う姿に、華があるというのはこういうことかと納得させられた。まるでコマーシャルに出てくる爽やかな学生のイメージそのもの。練習中の怪我が原因でサッカー部を退部した時は泣いている女生徒たちが多数いた。
 その後二年生の秋に彼が生徒会長に立候補した時など、まだ当選もしていない段階から優勝パレードのような騒ぎ。祥太郎がわざわざ投票しなくても当選することは容易に想像が出来、案の定その通りになった。彼はいつだってみんなに見たい夢を見せてくれる。フィクションで見たような最高の学校生活を生きている生徒がそこにいるという夢。自分もドラマの脇役として出演しているかのような夢。主役は彼。
 乗ってるレールが違うのか、レールは同じだけど乗ってる車両が違うのか。なんにせよ、彼と自身の間には決して壊れることのない透明な壁が建っているように感じられ、瀬山という生徒はただ生きているだけで羨望の眼差しを集める人間に違いなかった。


 姿見の前に立たされた少女の形をした人形は、制服のスカートを捲り上げショーツを露わにしたまま、人形らしく微動だにしない。太腿を撫でる手が性器に触れても。その指はそのまま身体を撫で回しながら上へ登り、シャツの下の胸に触れる。感じやすい部分を指先で弄られ、人形は思わず身体を小さく震わせた。
「このままじっとしてろって、約束しただろ?」
 そう言って男は後ろから両手で首を包み込み、ゆっくりと絞める。身体の他の部分を弄られていた時よりも、ずっと近くに互いの体温を感じる。カサカサとした掌が薄い皮膚に微かな刺激を与える。鏡に映る顔がだんだんと紅潮していくのは、息が出来ないからだけではない。あの日祥太郎が見た少女と同じように、彼から逃れられない。

 おかしいと思ったのだ。最寄駅で降りる同じ学校の生徒は大体わかっている。このホームに瀬山がいるはずがない。その姿を確認した瞬間、祥太郎は自分の身体が熱さと冷たさに支配されていくのを感じた。やっぱりあの夜のことだ。階段を急いで駆け上がったが、一ヶ所しかない改札の前には既に瀬山がいた。
「俺と一緒に来てくれないわけないと思うんだけど」
 教室で見せるのと同じ笑顔でそう言い放つ。その言葉に従って再び電車に乗せられ、瀬山の家まで連れてこられた。ファストフード店で瀬山たちを見かけた次の日から、学校内で何度か見られている感覚はあった。あの場所にいたのは祥太郎だと気付かれている、もしかしたら盗撮のことも。不安と後ろめたさにつきまとわれたが、その視線は数日続いた後何事もなくなってしまったので、気持ちが解けてしまっていた。
 あの瀬山があんなことするなんて。そう思ったのはその場で目撃していた時だけで、祥太郎はすんなりと納得もしていた。彼はどこか過剰なのだ。あまりにも出来すぎている。
 秀でた人、優しい人、明るい人。周りにそう思われたい「自分」という殻を纏って、それになりきっている。そんなのは瀬山だけではない。他の同級生たちだって、多かれ少なかれその要素は持っている。けれども瀬山の演技は並外れているのだ。だんだんとその完璧な硬い殻に本来の自分瀬山そのものが吸い込まれていって、いつしか空洞の殻だけが、本当の瀬山自身を失ったまま当人の意思とは関係なく喋り動いているようだ。世間に操られる人形みたいに。
 逃げようと思えばいつでも逃げられたのだろう。でも逆らえない。瀬山はきっとそう簡単には逃がしてくれない。彼の家に連れてこられたものの、いつでも逃げられるようにと通学バッグを離さず立ったままでいたのだが、結局彼の命令でバッグは奪われ床に座らされた。
「あの日、何してたかわかる?」
 ベッドに座った瀬山は祥太郎を見下ろしながら、微笑む。
「……見たことは全部忘れるので、もう関わらないで下さい。無視してくれて良いです。そうじゃなければ、他の奴らにも言います」
 祥太郎自身、こんな言葉に効力がないことはわかっていた。瀬山はたどたどしい敬語に苦笑いすると、顔を覗き込むように近づけてくる。
「鈴木にそんなこと出来ないよ。言いふらしたところで、誰が信用するの?」
 俺が誰かわかってんだろ? と台詞のように話しながらも、にこにこと優しい善人のような笑顔を浮かべる。振る舞い、言葉、表情。何もかもがよそよそしく作り物のようで、空虚。足元から水が流れ込むように恐怖がじわりと全身を巡っていく。
「あの時さあ、物欲しそうに見てたよね」

 瀬山の命令で女子の制服に着替えさせられウィッグを被り、姿見の前に立たされた。祥太郎が鏡を直視出来ず俯いていると、もっと自分をよく見てと顎を掴まれ正面を向かされた。
「このまま動くなよ。一切喋るな」
 耳元でそう強く命ぜられた後、瀬山は祥太郎の手を掴みスカートを捲り上げされられた。女性物のショーツは男性の身体をうまく収納出来るようには作られていない。膨らみが目立つ。辱めを受けたまま、放置される。まるで遊び飽きた人形を床に放り投げるように、無関心な態度をとられる。命令がないと動けない。姿見に映る背後の瀬山はスマホをずっといじっていて時折笑ったり、誰かとやりとりをしているようで数十秒おきに通知音が鳴る。しばらくしてまた、あのおなじみの笑顔で祥太郎の身体を愛撫し始めた。もうどちらが人形なのかわからない。
「人前で恥ずかしい思いをすると、服従しやすくなるんだって」
 瀬山は左手で喉を上から押さえつけ、右手で器用に服を剥ぎ取っていく。これからされようとすることが何か、祥太郎にはわからないわけではない。男同士なのに、こんなの変だよ。瀬山らしくないよ。その言葉も喉で詰まって出てこない。あの日同じように瀬山に身体を弄られていた女の子の顔を思い出そうとしても、思い出せない。はっきり見たはずなのに。ああ、もしかしたらあの子も自分と同じように。ぼんやりした意識が沈み始める。命令されて恥ずかしいことをさせられて、苦しいはずなのに気持ち良い。ショーツの中に意識と血液が集められていく。ふいに締められていた喉が解放されて、脳に肺に血液に酸素が入ってくる。なんだろう、この快感。それから何の知識も準備も出来ていないまま、瀬山に犯された。

 瀬山の呼び出しはいつも急で、だけどフリスビーを追いかける犬みたいに懸命に祥太郎は彼の元へ走った。その忠実さを気に入られたのだろうか。週に一度以上は彼の家でセックスの相手をした。
 彼の両親は共働きで、四つ上の兄も東京の一流大学に通っており、昼間は誰もいない。何不自由なく育ったのであろうことが容易に窺える、清潔さとほどほどの生活感。不要なものを捨てる決断を持てる余裕が玄関から廊下から彼の部屋まで感じられる。他の人間もここへ呼び出してるのか尋ねると、お前だけだよと微笑む。教室で冗談を言って周りを笑わせる時と同じ表情、声色で。
 廊下で女の子と親しげに話しているのを見かけた日も。体育祭で彼が全校生徒から喝采を浴びた日も。生徒会長として皆の前で堂々と立派なスローガンを語り大人たちから褒められた日も。呼び出され、セックスをした。若さ故の万能感にまかせた、荒々しいセックス。これはある種の暴力だ。それに気付いていても、目を伏せて受け入れた。どうかしてる。自分でもわかっている。逃げられないし、逃げるつもりもない。  だって、この時間だけは彼を、あのみんなの人気者の瀬山治樹を独占している。みんなの知らない、他の女たちだって知らない瀬山を俺だけが知っている。ただ屈辱を受けているだけじゃない。彼の剥き出しになった欲望を受け止めている。他の誰にも見せない心の底からの欲望をさらけ出す相手は自分だけ、自分だけがこの感情を独占している。いつしかそんな優越感が祥太郎の中に沸き上り、何よりも喜びを与えてくれた。

 瀬山はセックスのことを「破壊」だと言う。相手の肉体を人格を破壊してやる、と。ベッドに這いつくばって後ろから挿されている間、祥太郎はいつか社会科の資料集で見た捨身飼虎図のことを思い出していた。
 肉食獣に屠られる肉。瀬山とのセックスは、いつでも祥太郎をそんな気分にさせた。命令通りに動かず喋らず。何もしなくていい、何も考えなくていい、何も決めなくていい。抵抗する必要がないことは安心させてくれる。ここにいれば自分ではなくなれる。自分に着せられた全ての肩書きを捨てて、別の存在でいられる。オモチャにされる、という言葉があるが文字通りのそれだ。
 大人しく人の言う通りの行動をするいい子でないと居場所がない気がして、それに従った。相手の感情を揺さぶりたくないから、理不尽なことを言われても抵抗せず聞き流した。常に誰かの都合のいい傀儡でいた。嫌なことばかりじゃない、自分で何も決めなくて済む。何があっても自分のせいじゃない。誰かに命令されないと何も出来ない生きていけない。でもこんなに楽なことはない。何も考えなくて良いのだから。
 瀬山の言う通り、確かに破壊させられているに違いない。今まで信じていた概念や、人間らしさを。

「オマエさ、もう女と出来ないんじゃない? 俺にこんだけヤラれてさ。普通のその辺の男と女みたいなセックス、オマエには出来ないよ」
 瀬山はにこにこと笑いながら言う。教室でみんなを笑わせ羨望の眼差しを集めている時と、同じ笑顔で。ただ教室では祥太郎のような生徒は彼を取り巻く輪には加われないが、この部屋の中だけでは息の熱さや匂いを感じ取れる距離で接することが出来る。あの取り巻きたちのような調子で会話も許される。瀬山はローションや精液で汚れた身体を拭いてはくれないが、飲む? とお茶のペットボトルを渡してくれる程度の優しさは与えてくれる。まだ現実に帰りきってないまま、祥太郎は固いキャップを捻りなんとか一口飲むと、少し頭が醒めてきた。
「……サッカー部、なんで辞めたの。怪我のせいってみんな言ってたけど、体育の時間普通に走ってるよね」
「怪我が治っても、またすぐレギュラーにはなれないだろ。俺の不在にずうずうしくレギュラーに収まって調子に乗ってるやつも許せねえし、同じチームとして下の立場にいるのも馬鹿馬鹿しい。俺はみんなから憧れられる人間じゃなきゃダメなんだ。レギュラー選手で大会に出なきゃ意味がない。みんなを失望させたくないんだよ」
「だから生徒会長になった?」
 はは、と笑うその表情は、当たり前だろうとでも言うように清々しいものだった。
「別に誰だっていいんだよ、相手なんか。俺の言いなりになってくれさえすれば。適当に上手いこと言って、わかるよ味方だよって顔してやれば、簡単に俺の信者になってくれるから、そうなればもう何やっても何言っても俺が正しいってことになるんだよ。一人支配すると、また一つ俺のレベルが上がったって気持ちになれるし。単なる暇つぶしと経験値稼ぎだろ、こんなん」
 彼が満たしたいのは性欲ではなく征服欲なのかもしれない。誰かを自分の思うままにしたい操りたい、という渇望。こんなにも何もかもが彼の思い通りになっているのに、どうしてそれほどまでに望むのか。いつになったらその空洞は埋まるのだろう。
 瀬山のその衝動を思うと途方もない気持ちになり、また祥太郎自身の中の欲望もそのように他人に理解されないものだろうと思う。だからこそ、こうやって結びつく。破壊したい、滅ぼされたい。鋭い牙で首に噛みつかれて屍肉を喰らい尽くされたい。

 死にたいという言葉を編み込んだ毛布にくるまって生きてきたのに、瀬山と関係を持つようになってからは、その毛布もどこかに置き去りにしてしまった。生きる力が満たされたのではなく、仮想の死を味わえているからだろう。
 瀬山とセックスをしている時は漠然とした将来への不安や現状から逃れられる。あらゆる面倒を塗り潰してくれる。真ん中に空洞のある肉の塊として、自分自身であることを放棄していれば良い。他人に身体の輪郭を触れられて。上や下の穴に異物を詰め込まれて。ようやく自分の実体としての肉体の存在を確認出来る。他人に食べられたいと願ってるのに。反対に他人の身体を飲み込んでいる。
 祥太郎にとってはたいした屈辱でもないが、瀬山にとっては屈辱を与えているつもりの行為を繰り替えす。お人形のように着替えさせられ、命令されたポーズをとり口を噤み、貪られ壊される。
 瀬山が求めた時だけの関係、なのに。いつしか祥太郎からも瀬山を欲するようになった。呼び出しを待ち構え、最中にももっと激しく壊してくれと望み。あの瞬間の快楽を再び感じたくなってしまった。
「首、絞めて」
 いつの間にかそれが頭の外へ隙間から零れてしまった。
 瀬山の動きが止まる。命令に反して言葉を発してしまった、でも止められない。
「初めてやった時みたいに、また首絞めて」
「……気持ち悪い」
 この変態、と脇腹を思い切り蹴られ、瀬山はベッドから下りた。祥太郎は動けず、彼の顔も見ることが出来ない。ただ声色が今まで聞いたことのない種類のものだということだけがわかる。
「調子乗るなよ、気持ち悪い。さっさと帰れ」
 突然背を向けられた。自分のせいだ、とわかっていながら成す術がなく、瀬山の言葉に従って黙って帰った。それが彼の家に行った最後の日だった。大人しく彼の人形となって言いなりになっていれば、この快楽を失わずに済んだのに。猛獣のように背後から襲いかかり、首元を食み臀部の肉を掴む彼にはもう会えない。会えるのはあのフィクションのような作り物のような笑顔の彼だけで、恐ろしくつまらない。
 なんとなく、本当になんとなく退屈さから逃れたい。そういう相変わらずのつまらない理由で祥太郎は東京の大学に入ることになり、そして瀬山は卒業生代表として立派に答辞を読み上げ、地元の国立大の医学部に入学した。


 瀬山の名前を再び目にしたのは、去年の十二月。祥太郎が瀬山の下の名前を、ハルキを名乗りだしてからもう二年近く経とうとしていた。
 SNSに流れてきたニュースに何気なく目を通すと、そこに瀬山の名前があった。容疑者、という装飾付きで。
 大学のフットサルサークルの忘年会の鍋パーティーで、ゲームに負けるたびに強い酒を女の子に飲ませ、酔い潰れた子を未成年だったらまずいと思い救急車を呼ばずに放置し、急性アルコール中毒で意識不明の重体にさせた。そしてそこから芋づる式に、同じ手口で女の子を潰しては輪姦し、動画を撮って口止めをしていたことが明るみになって逮捕された。動画をサークルのメンバーで共有してランク付けしていたなど、悪行の数々がネットやテレビの情報番組で何度も流され、もう未成年ではない瀬山の名前が何度も流れた。リーダー格は別にいて、瀬山は女の子たちの調達係のようだった。
 すぐに加害者たちのSNSのアカウントや写真が本名とハッシュタグ付きで一気に拡散された。間違いなく瀬山だった。自分も同じものを持っている、卒業アルバムの写真。他にも大学のサークル活動の写真など複数枚ある。高校時代に作られたままのSNSのグループチャットは通知の数が階段を駆け上がるように増えていくが、見る気はしなかった。大学の同級生たちも、面白おかしくそれらに反応している。祥太郎が瀬山治樹の同級生だとは思いも寄らずに。
 怒りで身体が震えるのを感じた。許せない。酷い犯罪を犯したことだけではない。自分の欲望の満たし方を教えてくれた、互いに歪な空洞を埋め合っていたあの瀬山が。こんな似たような手口がいくつもあるような犯罪で首謀者でもなく下っ端に甘んじていたことが、許せない。だって君はみんなの憧れで特別なんだから、こんな事件じゃなくもっと他にあるだろ、君にしか起こせないような事件が。
 こんな事件を起こすくらいなら、何か満たされない気持ちを抱えているなら、呼び出してくれよ。いつだって飛んで行っていくらでも「破壊」されてやったのに。俺を失望させるなよ。頼むから、こんな形で記憶の中の君を更新しないでくれ。
 こんな終わり方、望んでいなかった。最後のセックスをした日も、そのまま一度も何の接触も出来ずに卒業してしまった日も、瀬山が逮捕された今日も。おそらく二度と瀬山に会うことはないとわかっているが、かつて関係した事実だけは消えることがない。それだけを小さな希望の光のように信じて、ハルキの名を借りていた。
 考えれば瀬山は悪い意味で昔と変わっていない。起こした事件はかつて祥太郎にもしたことだ。そういう人間だとわかっていたのに、あの日々を踏みにじられた気がした。裏切られたなんて言うつもりはない、でも。もう本当に何もかもが終わってしまったのだと、はっきりと感じた。


 一度落として粉々に割れた皿を巧く継いで元通りの形に戻すことは可能だ。けれども完全に同じものに戻せることはない。はっきりと割れた傷が埋められない溝が残る。同じ世界には戻れない。
 危うく見落としかけた小さなニュース記事で、瀬山が関わった事件の裁判が始まったことを知った。傍聴に行ったら、瀬山はどう思うだろうか。こちらの顔を見る余裕もないか。そもそも祥太郎のことを覚えているのかどうかも怪しい。本当に終わったのだ。
 夏休みに予定していたインターンも中止や延期になり、自室で学校の課題をやるだけの日々だ。誰もが誰とも会わない日々は息が詰まるというのだが、祥太郎にとっては少し安心出来る日々だ。嘘の自分を必死で装う必要がない。見栄を張って普通を取り繕う必要がない。
 野田との関係もいつか終わりが来るのだろう。それは、どんな風に終わる? セックスだけで繋がってる関係は、セックスがなくなったらどうなるのだろう。セックスフレンドって、フレンドになれるのか?
 そもそも友達ってどういうものだったっけな。それすらも忘れている。大学の友達の姿を思い出そうとしても、互いにスマホ片手に顔も見ずに輪郭のない話をしているところしか思い出せない。どんな目つきでどんな声だったのか、瀬山以上には思い出せない。
 水面を揺蕩う木の葉のように、川の流れにまかせて流されていくのが一番楽で正しい生き方だ。そう思ってそれを選んでいるはずなのに。自分の身体は沈んでいってしまう。抵抗して暴れてもがくほど、溺れて沈む。なんとなくの日々を誰かに身体を任せることもせずに、うまくやり過ごせるのだろうか。
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