ぼっち陰キャはモテ属性らしいぞ

みずがめ

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15.親子は向かい合う

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 バトル漫画でよくある表現として、その人に纏う「気」のようなものがある。
 オーラとかチャクラとか覇気だとか、イメージできるものならなんでもいい。リアルじゃ見えないものでも、漫画の中でなら見ることができる強さの空気感みたいな……。

「で、君が紗良の彼氏ってことでいいのかな? 室井和也くん」
「は、はひ……」

 言葉も物腰も柔らかいはずなのに、紗良さんの父親からはリアルでは見えないはずのオーラが発せられていた。あまりにも強力すぎて失神しそうだ……。おかしいな? ここは漫画の世界じゃありませんよ?
 広い和室で俺と紗良さんは紗良さんの父親と向かい合っていた。……いちいち紗良さんの父親って言うのも回りくどい。心の中限定で組長って呼ばせてもらおう。本当のことですし……。
 俺に怒声を浴びせていた若い衆は組長の一喝で逃げるように出て行った。俺も逃げ出したい気分だ。さっきの場面を見てしまうと、今の穏やかな表情が嘘のように感じてしまう。
 顔の刀傷は修羅場をくぐってきた証なのか、組長の雰囲気は俺を萎縮させるには充分だった。さっき強面の連中に囲まれていた時よりも緊張する。
 下手なことを口にすれば殺されるんじゃないか? 相手のことを考えれば、言葉選びには慎重にならないといけない。この状況を思えば、高校の面接なんて楽勝だったんだなって錯覚させられるよ。

「お父さん」
「なんだ?」

 紗良さんが口火を切った。説得の始まりだ。ガチガチになっている俺はすでに戦力外である。

「私、和也くんと結婚を前提にお付き合いをしているのっ」

 うえええええぇぇぇぇぇぇーーっ!! なんで!? なんで「結婚を前提に」って付け足されてるの!?
 まさかの先制攻撃に冷や汗がぶわっと噴き出す。内心焦りでいっぱいになるが、組長の反応を見ないわけにはいかなかった。
「可愛い娘をたぶらかしやがって!」みたいな展開になりませんようにっ。祈る気持ちで組長の言葉を待った。

「ほう? 結婚を前提に……か」

 組長の眉がピクリと動く。不機嫌にさせてしまったかと焦りが増した。

「あ、あのっ。結婚はさすがに大げさに言ってしまったというか……そんな先のことを考えられない年齢というかですね……」

 すかさずフォローに入る。フォローって言っても、自分に向けられることに対してのフォローだけども。俺も自分の身が可愛いのだ。

「ほう……。つまり、和也くんは紗良との交際は遊びだったと言うんだね?」
「遊びじゃないです! 本気です! 紗良さんを幸せにしましゅっ!!」

 今「遊び」なんて口にしたら命がない。そう直感して反射的に答えていた。噛んだことを恥ずかしいと思う余裕すらない。

「和也くん……そこまで私のことを考えてくれていたのね……」

 紗良さんが小声で何か言っている。そんなことよりも早く説得してくださいよ!

「と、とにかく、紗良さんの話の続きを聞いてくれませんか?」

 紗良さんに顔を向けて話の続きを促す。下手なことは言わないで、とアイコンタクトを送るのも忘れない。
 組長は黙って紗良さんに目を向けた。話を聞く体勢になってくれているようだ。今だ! 早く説得しちゃってくださいよ紗良さん!
 コホンと咳払いを一つして、紗良さんは口を開いた。

「私……お父さんに勝手に許嫁を決められて、すごく嫌だったわ……」

 切れ切れの言葉。だけど、彼女は本心を語っていた。
 紗良さんはゆっくりと自分の気持ちを吐き出していく。組長は黙ってそれを聞いていた。

「家のことが嫌いなわけじゃないけれど、私は家のことに縛られたくないの。今まで何があったって、苦労したってお父さんに口答えしてこなかったけれど……今回ばかりは本当に嫌なの。私は、将来のことは自分で決めていきたい……。だから、お願いします……。許嫁の件、断らせてください」
「……」

 紗良さんは額が畳につきそうなほど深く頭を下げた。意志を示した娘の姿を、組長は黙って見つめ続けていた。
 彼女が指す「苦労」がなんなのかはわからない。極道の娘だから普通の日常が送れない、とかだろうか? 俺にはそんなことくらいしか想像できない。
 過去があって、現在の不満に繋がっている。でもそれは、逆も言えるんじゃないだろうか。

「そうか……。紗良は一人で決められるようになったんだな」
「……はい」

 顔を上げた紗良さんがこくんと頷いた。それを見た組長は大仰に頷きを返す。
 しばらく静寂の間があった。俺はとくにしゃべったわけでもないのに、緊張感が身体を支配していた。
 ど、どっちでもいいから早く何か言ってくれ……っ。プレッシャーに圧し潰されそうになっていると、ようやく組長が歯を見せた。野獣みたいだった。

「わかった。許嫁の件はなしだ」

 組長はあっけらかんと笑いながら言った。笑顔が恐ろしくて、一瞬心臓が止まった気がした。
 えっと、つまり……これで解決?
 紗良さんと顔を見合わせる。彼女の表情は「信じられない」と表現されていた。俺も似たような顔をしているだろう。
 あまりにもあっさりしすぎていて……本当に終わったのかと疑いたくなる。
 パンッ! と乾いた音がしてビクゥッて身体が跳ねた。見れば組長が膝を叩いたようだった。

「さて、これで一件落着だ。紗良は外してくれ。俺は彼氏さんと男同士の話がある」
「え、でも……」
「男同士でしか話せないことがあるんだ。なあ和也くん?」
「あっはい」

 あっ、やべっ。反射で答えてしまった。
 俺も肯定してしまえば紗良さんが残る理由がなくなってしまう。彼女は心配そうな顔を見せながらも、静かにこの場を後にした。
 残されたのは俺と組長。ドキドキが止まらない。この胸の高鳴りは……生物の本能から発動されるアラート?

「少し話をしようや。なあ、和也くん?」
「は、はひ……」

 なぜだろう? 組長からまたオーラが出ている気がするよ? もう話は終わりましたよね?
 強面のイケオジから笑みが消えていた。組長は逃げることは許さないと、真剣な眼差しで告げているようだった。
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