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12.彼女は本気のようだ
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ヒロインの彼氏の振りをする。ラブコメ展開としては王道の一つじゃないだろうか。
「いや、無理でしょ。俺が紗良さんの彼氏役だなんて……」
そういうのはラブコメ主人公の役割だ。俺が主人公ってんなら、美少女幼馴染の一人や二人は用意してもらいたいものである。
そもそもお嬢様であろう紗良さんの彼氏が、どこからどう見ても庶民の俺に務まるはずがない。下手すりゃ使用人とかに間違えられる可能性すらある。そうなったら悲しすぎるだろ……。
「やる前から諦めてどうすんだよカズっち! やればできる! 自分を信じてよ! あたしはカズっちのこと……信じてるからっ!」
「勢いで乗せられると思ったら大間違いだよ。あと近所迷惑なので大声やめてください」
「ちっ」
いや舌打ちするなよ。紗良さんもあからさまに残念そうな顔をするんじゃない。俺だって簡単に利用されてばかりじゃないのだ。
「本当に……お願いできないかしら?」
「え」
紗良さんに手を握られる。大事そうに両手で包み込まれる。
彼女の手はひんやりしていた。小さな手で、それでいて女の子を意識させてくるスベスベの手だ。……スベスベって、ちょっとオヤジ臭かったかもしれないね。意識しすぎな自分が恥ずかしい。
「和也くんしか……頼れないのよ……。いいえ、和也くんに……その……して、ほしいの……」
か細い声だった。小さくて弱々しくて、放っていたら消えてしまいそうな気がした。
柔らかな目が俺を捉えていて離さない。目を逸らしでもすれば、すがっていることさえできなくなってしまう。そんな風に思っているのかもしれない。
許嫁。実際に言葉にすれば重たい単語だ。それを現実として捉えている紗良さんからすれば、重たいなんてことさえ言っていられないのかもしれない。
……自分の人生だもんな。俺に頼ってでも運命を変えてやろうと行動している。その行動力を目の当たりにして、少しだけ羨ましいと思ってしまった。
「えっと……その……」
もごもご何やってんだ俺!
女子に頼られた。同世代の女子にこれほど真剣に頼られたことはなかった。
頼られてみて、それが嬉しいことだと感じた。今も感じ続けている。
それなのに断ることなんかできるか? いや無理だ。男として、女の子に頼られて悪い気はしないんだから。
「……わかった。やるよ……紗良さんの彼氏役。俺が彼氏だって言って、それで紗良さんが自由になるならがんばってみるよ」
俺の決意のこもった言葉を聞いて紗良さんは「ありがとう」、と呟くように言った。
紗良さんは喜びを分かち合うようにアスカさんの方を向く。
「アスカが名案を思いついてくれたおかげよ。私、がんばってアピールしてみるわ」
「アピール? ああ、許嫁を諦めさせるためにね。相手がカズっちだと釣り合ってないけど、なんとかなるっしょ」
「は? 私、和也くんに釣り合ってみせるわよ」
「え? いやいや紗良じゃなくて、釣り合わないのはカズっちの方だし……」
アスカさんの言葉が途切れる。
なぜか紗良さんが不穏な気配を漂わせていたからだ。なんか目つきが怖いよ……。
俺の心を読んだわけじゃないんだろうが、紗良さんがこっちを向いた。いつの間にか笑顔になっていた。
「和也くん」
「は、はい」
「ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いしますね」
紗良さんは膝の前に手を置いて、綺麗な姿勢で頭を下げた。
うん、彼氏役を引き受けたってだけでそこまでしないでいいと思うよ。なんだか圧倒されて、それが声にならなかった。
※ ※ ※
俺には荷が重い大役に緊張して変な汗が出てくるが、一度引き受けたものを断ったりはしない。紗良さんの彼氏役をまっとうしようと思う。
「でも、婚約者を諦めさせるってできるの? 彼氏って言っても、ただの高校生カップルでしょ。仮に交際を認められたとしても、結婚はまた別って思うんじゃないの?」
「カ、カップル……っ」
「そりゃあカズっちが紗良への愛を叫べばわかってくれるっしょ。愛は偉大なんだしさ」
「か、和也くんが……わ、私への愛を叫ぶだなんて……」
「アスカさん、ちょっと黙っててくれるかな?」
「え、カズっちひどくない?」
今はそういう行き当たりばったりな意見を聞きたいわけじゃないんだよ。ほら、さすがの紗良さんも顔を真っ赤にしてぶつぶつ何か言ってるよ。彼女の人生がかかっているし、これ以上怒らせないようにしてほしい。
アスカさんは簡単に彼氏の振りをしてくれれば解決、みたいな感じに言ってくれるけどさ。簡単どころかとんでもなく難しい話だと思う。
許嫁って紗良さんの親だけじゃなく、相手方の意志もあるわけで……。紗良さんに彼氏ができました、じゃあ婚約解消ですねーって都合良くはいかないだろう。
「そ、そうね。作戦会議は必要だわ。それから練習もね」
「ん、練習って?」
「恋人としての練習よ。イ、イチャイチャラブラブしないと……疑われるじゃないっ」
真面目な声色で「イチャイチャラブラブ」とか言われるとギャグにしか思えない。でも紗良さんの人生がかかっているんだよなぁ。
その本気を証明するように、紗良さんが俺に抱きついてきた。
「ほわあっ!?」
突然抱きつかれて声を上げてしまう。紗良さんが上目遣いで頬を膨らませた。
「へ、変な声上げないでくれるかしら。可愛らしい恋人のハグよ。恋人なんだからハグくらいするでしょう……」
「い、いやだってその……」
「ぷぷっ。焦ってるカズっち面白いんですけど」
そこの金髪ギャル、笑ってんじゃねえっ。経験豊富な君達と違って俺は純粋無垢なんだよ。赤ちゃんを扱うように気を遣ってもらいたい。
「ふぅ……。まずはこの距離感に慣れることね。こんなことでボロが出ているようでは嘘がすぐにばれるわ」
そう言って紗良さんが身体をぐいぐい押しつけてくる。あの……自分のスタイルが良いってわかってます? 当たっているんですが……。制服越しでも当たってるのがわかっちゃうんですがっ。
俺に抱きつく紗良さん。硬直する俺。スマホのカメラを向けてくるアスカさん。場は混沌としていた。
……あれ、なんでアスカさんはこっちにスマホのカメラ向けてんの?
「いや、無理でしょ。俺が紗良さんの彼氏役だなんて……」
そういうのはラブコメ主人公の役割だ。俺が主人公ってんなら、美少女幼馴染の一人や二人は用意してもらいたいものである。
そもそもお嬢様であろう紗良さんの彼氏が、どこからどう見ても庶民の俺に務まるはずがない。下手すりゃ使用人とかに間違えられる可能性すらある。そうなったら悲しすぎるだろ……。
「やる前から諦めてどうすんだよカズっち! やればできる! 自分を信じてよ! あたしはカズっちのこと……信じてるからっ!」
「勢いで乗せられると思ったら大間違いだよ。あと近所迷惑なので大声やめてください」
「ちっ」
いや舌打ちするなよ。紗良さんもあからさまに残念そうな顔をするんじゃない。俺だって簡単に利用されてばかりじゃないのだ。
「本当に……お願いできないかしら?」
「え」
紗良さんに手を握られる。大事そうに両手で包み込まれる。
彼女の手はひんやりしていた。小さな手で、それでいて女の子を意識させてくるスベスベの手だ。……スベスベって、ちょっとオヤジ臭かったかもしれないね。意識しすぎな自分が恥ずかしい。
「和也くんしか……頼れないのよ……。いいえ、和也くんに……その……して、ほしいの……」
か細い声だった。小さくて弱々しくて、放っていたら消えてしまいそうな気がした。
柔らかな目が俺を捉えていて離さない。目を逸らしでもすれば、すがっていることさえできなくなってしまう。そんな風に思っているのかもしれない。
許嫁。実際に言葉にすれば重たい単語だ。それを現実として捉えている紗良さんからすれば、重たいなんてことさえ言っていられないのかもしれない。
……自分の人生だもんな。俺に頼ってでも運命を変えてやろうと行動している。その行動力を目の当たりにして、少しだけ羨ましいと思ってしまった。
「えっと……その……」
もごもご何やってんだ俺!
女子に頼られた。同世代の女子にこれほど真剣に頼られたことはなかった。
頼られてみて、それが嬉しいことだと感じた。今も感じ続けている。
それなのに断ることなんかできるか? いや無理だ。男として、女の子に頼られて悪い気はしないんだから。
「……わかった。やるよ……紗良さんの彼氏役。俺が彼氏だって言って、それで紗良さんが自由になるならがんばってみるよ」
俺の決意のこもった言葉を聞いて紗良さんは「ありがとう」、と呟くように言った。
紗良さんは喜びを分かち合うようにアスカさんの方を向く。
「アスカが名案を思いついてくれたおかげよ。私、がんばってアピールしてみるわ」
「アピール? ああ、許嫁を諦めさせるためにね。相手がカズっちだと釣り合ってないけど、なんとかなるっしょ」
「は? 私、和也くんに釣り合ってみせるわよ」
「え? いやいや紗良じゃなくて、釣り合わないのはカズっちの方だし……」
アスカさんの言葉が途切れる。
なぜか紗良さんが不穏な気配を漂わせていたからだ。なんか目つきが怖いよ……。
俺の心を読んだわけじゃないんだろうが、紗良さんがこっちを向いた。いつの間にか笑顔になっていた。
「和也くん」
「は、はい」
「ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いしますね」
紗良さんは膝の前に手を置いて、綺麗な姿勢で頭を下げた。
うん、彼氏役を引き受けたってだけでそこまでしないでいいと思うよ。なんだか圧倒されて、それが声にならなかった。
※ ※ ※
俺には荷が重い大役に緊張して変な汗が出てくるが、一度引き受けたものを断ったりはしない。紗良さんの彼氏役をまっとうしようと思う。
「でも、婚約者を諦めさせるってできるの? 彼氏って言っても、ただの高校生カップルでしょ。仮に交際を認められたとしても、結婚はまた別って思うんじゃないの?」
「カ、カップル……っ」
「そりゃあカズっちが紗良への愛を叫べばわかってくれるっしょ。愛は偉大なんだしさ」
「か、和也くんが……わ、私への愛を叫ぶだなんて……」
「アスカさん、ちょっと黙っててくれるかな?」
「え、カズっちひどくない?」
今はそういう行き当たりばったりな意見を聞きたいわけじゃないんだよ。ほら、さすがの紗良さんも顔を真っ赤にしてぶつぶつ何か言ってるよ。彼女の人生がかかっているし、これ以上怒らせないようにしてほしい。
アスカさんは簡単に彼氏の振りをしてくれれば解決、みたいな感じに言ってくれるけどさ。簡単どころかとんでもなく難しい話だと思う。
許嫁って紗良さんの親だけじゃなく、相手方の意志もあるわけで……。紗良さんに彼氏ができました、じゃあ婚約解消ですねーって都合良くはいかないだろう。
「そ、そうね。作戦会議は必要だわ。それから練習もね」
「ん、練習って?」
「恋人としての練習よ。イ、イチャイチャラブラブしないと……疑われるじゃないっ」
真面目な声色で「イチャイチャラブラブ」とか言われるとギャグにしか思えない。でも紗良さんの人生がかかっているんだよなぁ。
その本気を証明するように、紗良さんが俺に抱きついてきた。
「ほわあっ!?」
突然抱きつかれて声を上げてしまう。紗良さんが上目遣いで頬を膨らませた。
「へ、変な声上げないでくれるかしら。可愛らしい恋人のハグよ。恋人なんだからハグくらいするでしょう……」
「い、いやだってその……」
「ぷぷっ。焦ってるカズっち面白いんですけど」
そこの金髪ギャル、笑ってんじゃねえっ。経験豊富な君達と違って俺は純粋無垢なんだよ。赤ちゃんを扱うように気を遣ってもらいたい。
「ふぅ……。まずはこの距離感に慣れることね。こんなことでボロが出ているようでは嘘がすぐにばれるわ」
そう言って紗良さんが身体をぐいぐい押しつけてくる。あの……自分のスタイルが良いってわかってます? 当たっているんですが……。制服越しでも当たってるのがわかっちゃうんですがっ。
俺に抱きつく紗良さん。硬直する俺。スマホのカメラを向けてくるアスカさん。場は混沌としていた。
……あれ、なんでアスカさんはこっちにスマホのカメラ向けてんの?
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