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本編

36話目

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 現在車の中でリラックスしている俺。目的地はまだかなー?
 堂本から受け取ったアイマスクを装着していると眠気に襲われた。おっさんと楽しく会話する趣味もないので寝ていたんだけどさ……起きてもまだ走行中らしいんだ。俺、変なとこに拉致されてるわけじゃないよね?

「会田様ー、もうすぐ到着しますよ」

 緊張なんてしてませんよオーラを出すのが限界になってきたころ、堂本から待ち望んでいたセリフが聞けた。

「そうか。アイマスクは外してもいいのか?」
「ええ、構いませんよ」

 内心ビビらないよう必死に取り繕って厳かな態度の俺に対し、堂本はどこまでも下手だった。よかった、こんな知らない場所で豹変でもされたらびびるどころじゃ済まないところだった。
 平和な日本でメイドを売買している連中だ。やべぇってのもわかっている。
 でも……、俺にとって堂本という人間は信用できるんじゃないかと、そんな風に感じているのだ。ピンチを助けられた、というのは単純な理由かもしれんがな。
 アイマスクを外す。どれほど時間が経過したのかは寝ていたこともあってわからないが、見知らぬ景色に遠くまで来たのだろうなとは思わせた。
 車が止まる。降りるようにと促され、俺は久々に外の空気を吸った。

「自然豊かな場所だな」

 緑いっぱいの木々が広がる光景に心が和む。テレビやスマホで酷使してきたお目めに優しいぜ。
 で、そんな自然いっぱいなところに一か所だけが不自然に白かった。白く大きな建物が山奥にひっそりとたたずんでいるのである。

「どうぞ、こちらですよ」

 案の定と言うべきか、堂本が案内するのはその白い建物のようだ。なんか怪しい研究所みたいでちょっとやだなぁ。
 中に入ると、なんていうか病院みたいだった。清潔感はあるんだけど、人の少なさが不気味さを出している。ほら、夜の病院って人がいないこともあって不気味だろ? ……夜中に病院に行ったことないけどな。
 右へ左へ、ドアをくぐってくぐって……気づけば地下へと続く階段の前にいた。ゲームで例えるなら最終ダンジョン並みの威圧感があった。決して俺がびびっているというわけではないぞ。

「こちらでございます」
「わ、わかってるよ」

 声が震えていたのは気のせいだろう。すぐ前を歩く堂本の背中を見失わないように神経を尖らせた。
 階段を下りた先にまたドアがあった。堂本がドアを開けて俺も中へと入る。そこでこの怪しげな建物がどういった意図のもと存在するのかを知ることとなった。

「これは……?」

 ドアの先にはまたまた廊下が続いていた。しかし明らかに違っていた。
 左右の壁はガラス張りになっており、そこにはメイド服を着用した少女達がいた。おそらく売買されている「商品」ということなのだろう。

「向こうからはこっちが見えていないのか?」

 ガラス張りになっているから気づいているのかと思ったが、向こう側の少女達からは俺が来たことによる反応が見られない。無視をされているというより、本当に見えていないかのようだ。

「ええ、あくまでこちら側からしか見えませんのでご安心を」
「へぇ……」

 こっちが見えていないと思うとチラ見なんかしなくてもいいだろうと、少女達をじろじろと嘗め回すように見てしまう。俺ってこういう奴だよな。
 カタログで知ってはいたけど、顔が良い娘が多い。カタログで見覚えのある娘もいれば、まったく見覚えのない娘もいた。
 少女達はそれぞれ個室の小部屋にいた。テレビ画面を凝視している娘がいれば、怪しげな機械をつけられた娘もいる。中には一人きりで実技練習に精を出している娘さえいた。これにはガラス越しにでも見つめてしまう。見つめ合っていないから恥ずかしくないもん。

「気に入った娘がいましたらどうぞ。お値段は相談次第ということで」
「い、いやぁ……」

 おっといかん。そのへんの娘を購入するためだけにわざわざ見学しに来たわけではないのだ。
 それにしても、と。もう一度部屋に押し込められているメイド達に目を向ける。
 こんなところに彩音と琴音も過ごしていたのか……。眺めているだけでも頭がおかしくなりそうだ。だってこれ、人間扱いすらされてないんだもんな。
 彼女達だって好きでこんなところにいるわけじゃないはずだ。何かしらの理由があって仕方なくメイドという名の奴隷になったのだろう。それを俺がとやかく言えることでもないし、ぶっちゃけさほど興味もない。
 ただ、彩音と琴音にはもうちょっとだけ優しくしてやろうかなって、こういうのを見てたらそう思っただけだ。俺ってば良いご主人様だな。

「ん? あの連中は?」

 明らかにメイドではない、ていうか女ですらないむさくるしい男連中が部屋に押し込められていた。まるで雑魚寝でもしているみたいに無造作に床に倒れている。
 そいつらには全員頭に何かの機械が被せられていた。どう例えればいいのか、どっかバーチャル世界にでもダイブできそうな未来的な機械に見えた。

「ああ、あの方々は会田様に危害を加えた連中ですね」
「俺に危害を……」

 そこで思い出す。あの男連中は俺の家に襲撃をしてきた頭の悪い連中だ。
 そんな奴らがこんないかがわしい場所で何をされているんだ。そんな疑問を怖くて口に出せないでいると、気を利かせたのか堂本が教えてくれた。

「あの方々には少しだけ記憶をいじらせてもらっています。会田様も覚えていられてはお困りになることもあるでしょう?」

 俺は無言で首を縦に振った。
 ナチュラルに記憶を改竄している発言しやがった。メイドを売買するだけじゃなく、そんなやってはいけない領域まで俺の耳に入れないでくれよ。……人身売買も充分違法だったわ。俺ってば後戻りはできねえとこまできちゃったなぁ。
 とにかく矛先を俺に向けられてはたまらない。今度から堂本への対応をもうちょっとだけ柔らかくしようと心に決めた。

「そういえば、これに関しては謝っておきませんとな。ご友人の井出様とその恋人の記憶も会田様がメイドを所有していることをなかったことにしたかったのですが、少々やり過ぎましてな。失敗して申し訳ありませんでした」
「ま、まあ気にするな……。失敗は誰にでもあるさ」

 謝罪を感じさせない声色に恐怖を覚える。こいつにとってお客様以外はどんなことになっても気にするということはないのだろう。
 しかしこれで井出から感じていた変な違和感の正体がわかった。あいつが自分の彼女のことを忘れるわけがない。つまり、忘れさせられたということなのだろう。

「もう失敗しないためにも、こちらの方々には協力してもらっているのです。いやぁ、善意で実験のお手伝いをしてくださるなんて、最近の若者は素晴らしいですな」

 部屋に押し込められた男達を眺めながら堂本は上機嫌に笑う。俺は乾いた笑いを返すだけで精いっぱいだった。
 自分も同じ目に遭ってはならないと、堂本の背中を追いかけながら思った。

「会田様、着きましたよ」
「お、おう」

 一つのドアの前で立ち止まる。さっきまでのガラス張りではない。中に誰がいるのかはわからない。
 鍵を開ける音。俺は多少の緊張を胸に、部屋へと入った。
 小さな部屋だった。俺の部屋よりも小さいかもしれない。
 白で覆われた部屋の隅には、これまた白いベッドが置かれていた。一応奥にドアが見えるが、トイレとか浴室があるのだと堂本から説明される。
 そんな小ざっぱりというか、何もない部屋のベッドで、一人のメイドが眠っていた。

「……若くね?」

 そのメイドを見ての一言。別にロリというわけではないが、思わずそう口にしていた。
 だってさ……。聞いていた人物を考えるとそう口にせずにはいられなかったのだ。
 肌にはシミ一つなく、キメ細やかさばかりが目立っている。
 寝息に合わせて上下する胸のボリュームは彩音を超えていた。そんじょそこらではお目にかかれないほどの爆乳だ。もう一度言う。爆乳だ!
 何よりもこの女性は彩音に似ていた。いや、彩音の方が彼女に似ているのだ。

「この人……本当に彩音と琴音の母親なのか? 下手したらお姉さんって言われても信じるぞ」

 そう、無防備に眠っているメイドの名は藤咲ふじさき音々ねねという。まごうことなく彩音と琴音の母親なのである。
 でもさ、これはさすがに母親の外見じゃないって。こんな美人が近所を歩いていたら好きになっちゃって家を特定しちゃいそうなレベル。ってストーカーかよ。

「しかし外見が良くても年齢にこだわる方は多くてですな。むしろカタログに載せているよりも下の年齢を求められるのですよ」

 ロリコンはいてもその逆はあまりいないらしい。寝顔だけで美人だとわかるほどなのに、もったいない。
 だからこそ俺は彼女と出会うチャンスを得られたわけだ。これは幸運と思っておこう。予想を上回る美人さを含めてな。

「こうなってくると父親がどうなってんのか気になってくるな……」
「おや? 知りたいですかな?」

 俺の呟きに、堂本はニヤニヤとした笑みで返答した。俺は口を閉じる。
 彩音や琴音が俺のメイドとなった時点でお察しというものである。世の中には知らなくてもいいことがたくさんあるんだよ。

「さて、会田様。どうなさいますか?」
「そうだな……」

 正直、深く考えていたわけじゃない。
 堂本から彩音と琴音の母親がメイドとして購入することができると聞いた。なんとなく会わなければならない。漠然とそう思った。
 話をしたかったのか、あの姉妹に会わせてやりたかったのか。メイドとして買うかどうかはともかくとして、俺を突き動かす何かがあったのは確かだった。
 実際に目にしてみて、俺の腹は決まった。

「藤咲音々を俺のメイドにする」

 それが俺の結論。三人目のメイドを迎え入れることを決めた。

「……そうですか」

 しかし、堂本の歯切れは悪かった。今までのニヤケ顔を引っ込めて、愁いを帯びたような、そんな似合わない表情をしていた。
 でも、それは見間違いだったみたいに瞬きする間に消えていた。いつものニヤニヤした油ギッシュな顔がそこにあった。

「では早速手続き致しましょう。どうぞこちらへ」

 ほんの一瞬だけ、堂本は藤咲音々に目を向ける。眠っている彼女に何を思ったのだろうか。柄にもなく、堂本のおっさんのことを考えてしまっている自分がいた。


【後書き】
ママの設定はノーマルエンド2とはちょっと違うので新キャラです(きっぱり)
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