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42.おまけ編 自分以外に彼女が作れるものならやってみろ、と恋人に煽られたので学園のアイドルとデートしてみた話

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 俺は決して顔がいいわけではない。
 広く言えばフツメンである。イケメンかブサイクかの極端な二択となれば、残念ながらブサイクと認めねばならない。
 そんな俺にも彼女がいる。しかも大抵の奴が美少女と認めるほどの女子だ。
 こんな俺に美少女の彼女ができるだなんて奇跡だ。そう考えていたのは過去の話。

「もうっ! 信じられませんよ祐二先輩!」
「それはこっちのセリフだ! 琴音ちゃんがこんなにもわからず屋だなんて思わなかった!」

 会田あいだ祐二ゆうじ。高校三年生。二つ下の後輩彼女持ちのごく普通の男子。
 現在、その彼女と壮絶なケンカを繰り広げていた。

「ひどいですよ! 祐二先輩は自分が何をしたのかわかっているんですかっ。いいえ、わかっていないんでしょうね。だからこんなことを平気でできるんですよ!」

 ぷりぷり怒っているのは藤咲ふじさき琴音ことね。俺の彼女だ。
 大きな猫っぽい目が珍しく俺を睨んでいる。亜麻色のツインテールなんか逆立ちそうな気配を漂わせる。とにかく見た感じからでも怒っているのが伝わってくるだろう。

「まさか……勝手に唐揚げにレモンをかけるだなんてっ!」

 そう、琴音ちゃんが怒っている理由は、俺が唐揚げにレモンをかけたからである。
 経緯はこうだ。
 俺と琴音ちゃんはデートでカラオケ店に来た。ちょうど小腹が空く時間帯だったので唐揚げとフライドポテトを注文した。ここでのフライドポテトは置いておくことにする。
 注文の品が届いた時、琴音ちゃんは歌っていた。俺は気を利かせて唐揚げにレモンをかけた。それに気づいた琴音ちゃんが激怒したというわけだ。
 まったく、やれやれ。こんなことくらいで怒ることないだろうにね?

「ひどいですよ! レモンかけちゃったら唐揚げのサクサク感が損なわれるじゃないですかっ。祐二先輩はそんなこともわからないんですか!」
「いいや、わかってないのは琴音ちゃんの方だ! 唐揚げにレモンをかけるからこそ酸味があって美味しさを増すんじゃないか。そんなこともわからないだなんて、琴音ちゃんもまだまだお子様だね」
「誰がお子様ですか! 祐二先輩こそ唐揚げ本来の味がわかってないんじゃないですか! このわからず屋!」
「なにおう! わからず屋はそっちだろ!」

 バチバチバチ! 俺と琴音ちゃんは火花を散らせる。
 この後の俺達は険悪な雰囲気のまま、歌って食べて帰った。

「そんなに唐揚げにレモンをかけたかったら別の子と行けばいいじゃないですか! あたし以外に彼女を作れるものならやってみてくださいよ。まあ祐二先輩にそんないい人ができるとは思えないですけど! 絶っ対に、思えないんですけど!」

 帰り際、琴音ちゃんは俺を煽るようにそんなことを言いやがった。

「言ったな! だったら浮気してやんよ! 俺が琴音ちゃん以上の美少女といいことしても、そうなってから後悔したって遅いんだからな!」
「はー! やれるものならやってみてくださいよ! あたしがいないと祐二先輩ってば何もしないくせにっ。受験生なんだからもっと真面目に勉強に取り組んでくださいよ! あたしが見てないとちゃんとしないんですから! そんな人を簡単に好きになる女の子がいるとは思えないですよ!」
「別に琴音ちゃんがいなくたって勉強くらいしっかりやってやらぁ! 琴音ちゃんこそ、俺が他の女子に夢中になってから後悔したって今さらもう遅いんだからな! そこんとこちゃんとわかってんだろうな! わかってるよね? 本当に浮気するからな! 俺だって声をかければ一人や二人、簡単にデートに誘えちゃえるんだからね!」

 売り言葉に買い言葉。気づけば俺はそんなことを吐き捨てるように言っていた。
 俺と琴音ちゃんは睨み合った。それから互いにそっぽを向く。
 初めての彼女と、初めてのケンカをした。俺はといえば、勢いで浮気宣言までしてしまっていた。


  ※ ※ ※


「まさかそんなくだらないことでケンカするだなんて……」
「くだらなくないぞ! 全っ然! くだらなくなんかないんだからな!」

 次の日。教室で琴音ちゃんとケンカしたことを話すと、目の前の美しい黒髪の乙女に呆れた顔を向けられた。
 彼女は藤咲ふじさき彩音あやね。クラスメイトであり、琴音ちゃんの姉でもある。
 琴音ちゃんの姉ということもあり、藤咲さんは美少女だ。どれくらい美少女かっていうと、全校生徒から学園のアイドルと認識されているくらい美少女だ。
 俺にとっては雲の上の存在であるはずの彼女だけど、恋人のお姉さんというつながりで相談に乗ってもらっていた。

「はいはい。わかったから興奮しないの」

 そして話した結果、見てわかるほどに呆れられている。そんな顔しないでよお姉様!

「それで? 会田くんは私に何をしてほしいのよ」
「べ、別に何かしてほしいから話したわけじゃ……」
「そういうのいいから。会田くんがわざわざ愚痴を言うためだけに私に話しかけるわけないじゃない」

 お姉様は鋭かった。さすがは学園のアイドル。今それ関係ないか。

「……藤咲さんに、俺の浮気相手のフリをしてほしいなー、って」
「はい? なんでそういう発想になるの?」
「そりゃあもちろん、琴音ちゃんに俺だって浮気ができる甲斐性があるってところを見せつけるためだ」

 互いに熱くなった末に発した言葉だったけど、俺だってモテるってことを琴音ちゃんに見せつけてやりたい。
 きっと俺なんかが誰にも相手にされないだろうと高をくくっていたに違いない。その予想を裏切って、他の女子と仲良くできると証明してやりたい。
 そうすれば琴音ちゃんだって俺をもっと大切にしてくれるに違いないのだ。やはり危機感ってやつは必要なんだよ。

「はぁ……。会田くん、どうせくだらないことを考えているのでしょうね……。いいえ、くだらないことなのはもうわかっていることなのだけれど」

 これ見よがしにため息をつく藤咲さん。そ、そんなに呆れなくてもいいじゃないかよ。こっちは本気なんだよ。

「頼むよ藤咲さん。この学校に琴音ちゃん以上の美少女は藤咲さんしかいないんだよ」
「……私しかいないの?」
「そうだ。めちゃくちゃ可愛い琴音ちゃんも、藤咲さんの可愛さの前では素直に負けを認めてくれるよ」
「そ、そう。会田くんはそう思っているのね……」

 少しだけ考える仕草をする藤咲さんだったが、俺に向かって指を一本立てながら口を開いた。

「わかったわ。でも一回だけよ。一回だけ、デートに付き合ってあげる」
「本当か!?」
「ええ。だから早く琴音と仲直りしなさい」
「恩に着るぜ藤咲さん」

 そんなわけで琴音ちゃんに俺が浮気できると証明するために、彼女の姉とデートすることが決まった。
 何気に琴音ちゃん以外の女子とデートするのは初めてである。その相手が恋人の姉っていうのが、俺の人間関係の狭さが強調されてしまった気がするけれども、全校男子が羨む美少女なので気にしないことにした。


  ※ ※ ※


 放課後。俺は学園のアイドルと並んで歩いていた。
 藤咲さんはさすがの注目度で、ちょっと隣を歩いているだけなのに、校門を出るまで周囲の視線が突き刺さりまくっていた。

「こんなに注目されるとか……藤咲さんの彼氏は大変そうだな……」
「別に関係ないわよ。私に彼氏はいないから」

 あっさりそんなことを言う藤咲さんは気にした様子ではなかった。
 彼女なら、彼氏を作ろうと思えば選り取り見取りだろう。でも実際は恋人がいないどころか、告白してくる男を全員振っているのだとか。
 そこまで男子を毛嫌いしている印象もないんだけど、藤咲さんなりに男に対して何か思うところがあるのかもしれない。俺が琴音ちゃんと付き合うのも心配しているようだったし、実は男を野獣とでも思っているのかもしれないな。

「俺、これでもけっこう無害な男だからね」
「は? なんの話をしているのよ。早く行きましょう」
「あっはい」

 そんなわけで浮気デート開始である。
 彼女がいるのに他の女子とデートをする。これはもう立派な浮気であろう。相手が姉と知られれば、裏があるのだろうとすぐ看破されるんだろうけどな。

「そうそう。琴音には会田くんと放課後デートするって伝えてあるから」
「えっ、それ言っちゃったの?」
「むしろ秘密にしても意味ないでしょ」
「いや、スマホで写真でも撮って、謎の美少女とデートしたって見せつけてやろうかと思ったんだけど」
「下手なことしてこじれたらどうするのよ。本当に琴音から嫌われるわよ」

 それは困る。
 琴音ちゃんには、俺にだってデートに誘える女子がいるんだぞってところを見せつけたいだけで、本気で仲たがいしたいわけではないのだ。
 ちょっとでも彼女が危機感を持ってくれれば、あんなこと言われないだろうと考えた。ただそれだけのことである。

「でも、藤咲さんが相手ってわかってたら、琴音ちゃんは嘘のデートってわかるんじゃないか?」

 なんたって俺達の関係を知っているお姉様である。琴音ちゃん自身、姉に恋愛相談していたっておかしくない。

「そんなことないかもしれないわよ。ほら、あそこ」
「ん?」

 藤咲さんは目線だけで「あっちを見ろ」と示す。俺も最小限の目の動きでその方向を見た。

「あれって……琴音ちゃんでは?」

 物陰からこちらをうかがう亜麻色のツインテールが確認できた。明らかに琴音ちゃんである。

「あなたが私とデートをするって思ったらいてもたってもいられなかったのでしょうね。ほら、ちゃんと心配されてるじゃない。よかったわね」
「うん……」
「それじゃあ琴音も見ているようだし、早速行きましょうか。浮気デートよ」

 藤咲さんに腕を組まれた。密着したせいで豊満な弾力を感じられた。ここは姉の方が成長が早いようだ。
 琴音ちゃんに見せつけるためにしてくれているのだろうが、藤咲さんは俺との距離が近かった。わかっていてもドキドキさせられる。
 俺達を追って、亜麻色のツインテールがぴょこぴょこついてくる。わかりやすくて可愛いじゃねえか。

「この服いいわね。会田くん、ちょっと試着してみせてよ」
「俺が着るの? それ誰得だよ。ここは普通藤咲さんが試着に行くところだろ」
「嫌よ。面倒じゃない」
「思った以上に大したことない理由で断られた!?」

 近場の商業施設でいろいろな店を見て回る。

「会田くんって帽子が似合わないわ……。なぜかしら。髪型の問題?」
「頭の形が悪いのかもな。むしろ藤咲さんが被ればいいじゃん。この帽子とか似合いそう」
「あっ、コラ。勝手に被せないで」
「おー、似合う似合う」
「どうせならもっと心を込めなさいよ」
「藤咲さん超似合う! 超可愛い!」
「……やっぱりいいわ。恥ずかしい」

 冷やかしばかりでロクに買い物もしない。でも、金のない高校生のデートってこんなもんだろうとも思う。
 そう、まるで本当の彼氏彼女に見えるだろう。いろんな店を回っていたら、段々楽しくなってきた。

「アクセサリーをプレゼントするのって重いって思われるかな?」
「そんなことないと思うわよ。身につけるものって特別だから、好きな人にプレゼントしてもらえたらいいなって……」
「そっか。なら、ちょっと考えてみようかな」

 藤咲さんに嘘のデートに付き合ってもらって、思っていた以上に楽しかった。
 だからこそ、今隣にいるのが琴音ちゃんだったら……。もっと楽しいんだろうなって思ってしまった。
 放課後から遊んでいると、すぐに日が暮れてしまう。

「藤咲さん、今日は付き合ってくれてありがとうな。家まで送ろうか?」
「別にいいわよ。それに、会田くんがいっしょにいたい子はあっちでしょ」

 藤咲さんが示した先には琴音ちゃんの姿があった。もう隠れる気もないらしい。てか、ずっと尾行してたんだな。

「それじゃあがんばってね」

 それだけ言って、藤咲さんはこの場を後にした。当分頭が上がりそうにないな。

「あ、あの、祐二先輩……」
「嫉妬した?」
「え?」
「俺が藤咲さんとデートして、嫉妬した?」
「……はい」

 琴音ちゃんは涙目になっていた。
 普通、俺なんかが藤咲さんといっしょにいたら、嘘や冗談だと思うだろう。デートしているだなんてあり得ない。それが一般的な連中の感想だろう。
 でも、琴音ちゃんはこんな俺のことを格好いいと思ってくれているのだ。
 俺は決して顔がいいわけではない。
 広く言えばフツメンである。イケメンかブサイクかの極端な二択となれば、残念ながらブサイクと認めねばならない。
 それでも彼女は俺のことを好きになってくれた。格好いいと思ってくれた。
 人は外見よりも中身だ。なんて、そんなことは言えない。俺は中身もそんなによくないって思っているからな。
 ケンカして、煽られて。見返してやろうって思ったけど、やっぱり俺は琴音ちゃんが好きなんだ。藤咲さんに嘘デートしてもらって、そのことを実感としてわかった。

「ごめんな。全部琴音ちゃんに嫉妬してほしくてやったことなんだ。藤咲さんに嘘つかせて、ようやく頭が冷えたよ。不安にさせて本当にごめん」

 琴音ちゃんが俺の彼女になってくれた。その奇跡を、俺こそが大切にしなくちゃいけなかった。

「祐二先輩……」
「これ、仲直りの印のプレゼント」

 琴音ちゃんに似合いそうなアクセサリーを考えた。藤咲さんにも選ぶのを手伝ってもらった。
 彼女に気に入ってもらえたら嬉しい。こういう気持ちが恋人の特権ってやつなのだろう。

「あ、ありがとうございます……」

 琴音ちゃんは涙混じりに感謝を述べる。受け取ったプレゼントを、大事そうにぎゅっと胸に抱え込んだ。

「あ……」

 俺はそんな彼女を抱きしめた。だって可愛いんだもん。
 ケンカをするし、不安にだってさせてしまう。それでも、自分のダメなところを一つずつ潰して、琴音ちゃんに相応しい男になりたいと強く思った。

「んっ……」

 唇を重ねる。何度も、何度も、触れていたい。
 未熟な俺達だけれど、お互い好き合っているのなら、これからもなんとかなる気がした。


  ※ ※ ※


 後日。仲直り会として琴音ちゃんの家に招待された。

「出来ました! 祐二先輩、たくさん食べてくださいねっ」

 琴音ちゃんが俺のために料理を振る舞ってくれた。とても嬉しいことだ。
 ただ、その料理の中に唐揚げがあった。俺達をケンカさせた原因である。

「唐揚げ美味しそうだね」
「自信作ですから! それじゃあ唐揚げにレモンかけますね」
「あっ、いいよいいよ。唐揚げ本来の味を楽しもうじゃないか」
「でも、レモンの酸味も加わると美味しいですよ?」
「いやいや、唐揚げのサクサク感を損なうわけにはいかないって」
「でもでも」
「いやいや」

 俺と琴音ちゃんは互いを尊重するあまり話が平行線になってしまった。
 これではせっかくの唐揚げが冷めてしまう。どうしたものかと悩んでいると、第三者が話に加わった。

「いつまでやっているのよ。せっかくの料理が冷めてしまうわ」

 藤咲さんの登場である。
 そりゃあ琴音ちゃんの家なんだから、姉である藤咲さんがいたって不思議じゃない。しかし、いきなりの登場に俺と琴音ちゃんは一瞬固まってしまった。
 その一瞬の硬直が、悲劇の始まりだった。

「あなた達はわかっていないようだけれど、唐揚げを一番美味しく食べるにはこうすればいいのよ」

 藤咲さんは流れるような動きでマヨネーズを取り出し、唐揚げにかけてしまった。あまりの淀みのない華麗な動きに、すべての唐揚げがマヨネーズに染められるまで身動き一つできなかった。

「なななななな、なんてことするんだよぉぉぉぉぉーーっ!!」
「マヨネーズはカロリー高くなるから嫌だっていつも言ってるのにっ。お姉ちゃんのバカァーーッ!! うわあぁぁぁぁぁん!!」
「え? 美味しいわよ?」

 せっかくの仲直り会を台無しにしたお姉様は、悪気もなく唐揚げを頬張っていた。
 こうして、第二次唐揚げ戦争が勃発したのであった。この戦いでは俺と琴音ちゃんは共闘して藤咲さんを倒すことでさらに仲を深めるのであるが、それはまた別の話である。
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