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27.俺の話
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姉へのコンプレックス。常に自分よりも上にいる姉を見続けてきた。周りから意識させられ続けてきた。
それがどんなに苦しいことか。一人っ子の俺にはわからない。
ただ、自分という個人をないがしろにされることは、やっぱりつらいよなって思う。
「でも他人って勝手な奴ばっかだよ。そりゃそうだ、こっちの気持ちなんか考えないんだから」
琴音ちゃんの気持ちは複雑だ。まだ話してもらってない気持ちもある。あれが全部じゃないって感じている。
でも一気に吐き出すのはとてもしんどいことだ。振り返りたくもない過去を見つめ直さなきゃならない。
自分が悪い。そう思っている琴音ちゃんには本当にしんどいことだろう。吐き出すのが楽だというけれど、それは相手によるんじゃないだろうか。
自分が悪くて、誰かに話すような悩みじゃない。そんな風に思っているのだとしたら。もっとくだらねえ話をして、全然大丈夫だってことを伝えたい。
「祐二先輩?」
「ちょっと脱線するんだが、俺のくだらねえ話を聞いてくれるか?」
琴音ちゃんが小さく頷いたのを確認して、俺は話し始めた。
「……俺が小二の頃のことなんだけど。学校行事で劇をやらなきゃならなくなったんだ」
思い返すのは小さかった俺のこと。まだ無邪気にブランコに乗ってはしゃいでいられたお年頃のことだ。
「演目は『ももたろう』だった。最初は役を決めなきゃならないってことで、やりたい役を立候補していったんだ」
黙っているが、琴音ちゃんは耳を傾けてくれている。それを確認して、話を続けた。
「子供だからってみんなが主役をやりたいわけじゃない。むしろ立候補しない奴だってけっこういたよ。そんな中で俺はイヌの役をやろうと思った」
「犬、ですか?」
「そうイヌ。ももたろうのお供になろうと、きびだんごをくれくれって言う役ね」
「それだけ言われると食いしん坊のわんちゃんですね」
そりゃまた可愛いことで。
当時の俺から見てもイヌ役に可愛げを感じていたのだろう。サルやキジに比べて身近に感じる動物だったってのもある。
「まあ立候補したのは俺だけじゃなかった。確か俺含めて三人くらいだったと思う」
「じゃあ仲良く三人で役を分け合ったんですか?」
「いいや。その場でイヌのセリフを言って、みんなからの投票で選ぶことになったんだ」
いきなりみんなの前でセリフを発する。まだ小さい俺には難しいことだったらしい。普通に間違えた思い出が蘇る。
「もちろん俺とは別の奴が選ばれた。選ばれなかった俺達は先生にこう言われたんだ。『努力が足りなかったね。次はもっとがんばろうね』ってさ。いきなりやらせといて努力も何もないだろって思ったよ」
その時は本当に謎だったね。じゃあいつからの努力が評価されるんだって、全然わからなかった。
「結局、俺の役はセリフが一言二言の脇役になった。一度も立候補しなかった連中と同じ役になったんだ」
「……」
「本当にくだらねえ話なんだけどさ。これが始まりだったって思ってる。次の年も、その次の年も、俺は劇をやる度にそれなりの役を立候補した。いろんな役をしたって大丈夫なように演じる練習だってしてた。先生の言った通りに努力をしたつもりだった」
今思えばなんであんなにもムキになっていたのかわからない。別に主役になりたかったわけじゃないし、脇役が不服だったわけでもない。
「でも結果は変わらなかった。誰からも選ばれないのが当然で、立候補したことが格好悪いって思い知るまでに時間がかかった」
主役は大抵同じ奴で、脇役もそうは変わらない。
子供には無限の可能性がなんちゃらとかいうけれど、子供の頃の経験を持って大人になっていくのだ。子供の頃のことは、今でも覚えている。
残念ながら、向上心の塊だった俺はもういない。子供の頃から見せられた「できる人」と「できない人」の境界線をどうやって超えたらいいのか見当もつかなかったから。
「小六まで似たような感じで、立候補はしたけど選ばれなかった。小学校最後の劇だったのに、先生が俺に言ったことはなんだったと思う? 『努力が足りなかったね。次はもっとがんばろうね』だってさ。素晴らしい定型文だよな」
ここまできて、ようやく頭の悪い俺にもわかった。
「それからは中学、高校とそこそこでやってきた。みんなの前に出ても出なくても変わらない。劇だけの話じゃない。どこまでいってもがんばりが足りないって評価も変わらなかった」
呆れるほどくだらねえ話。
努力が足りない? そうなんだろうよ。みんな俺が知らないところでがんばっているのだろう。俺が何かをしたいって、手を挙げる度に「空気読めよ」という呆れの視線を向けるくらいには、さぞ俺よりも上等な連中なんだろう。
その視線が、態度が、俺が悪いとわかっていても気に入らなかったがな。絶対に友達になれないタイプってやつだ。
そんなわけで、友達ってのを選びに選んでいたら、井出しか残らなかった。あいつは品のない男子ではあるが、悪い意味でのレッテル貼りはしないからな。
「まあこんなくだらねえ話があってだな……ん、琴音ちゃん?」
静かに聞いてくれてんなーと思っていたら、琴音ちゃんがうつむいていた。
「ひ、ひっく……ゆ、祐二先輩が……ううっ、ぐすっ……」
というか泣いていた。ずびずびって鼻をすする音が聞こえてきちゃう。
「……なんで琴音ちゃんが泣いてんの?」
「ぐすっ……祐二先輩が……なんでもないみたいに話すからですよぅ……」
ずびびーって鼻をすする琴音ちゃん。それは乙女としてどうなのか。
「……」
だが彼氏として、彼女が泣いているのを放置できない。
だから手を伸ばして、琴音ちゃんの頭を撫でた。彼女が泣き止むまで撫で続けた。それくらいの役得は、あってもいいと思うのだ。
それがどんなに苦しいことか。一人っ子の俺にはわからない。
ただ、自分という個人をないがしろにされることは、やっぱりつらいよなって思う。
「でも他人って勝手な奴ばっかだよ。そりゃそうだ、こっちの気持ちなんか考えないんだから」
琴音ちゃんの気持ちは複雑だ。まだ話してもらってない気持ちもある。あれが全部じゃないって感じている。
でも一気に吐き出すのはとてもしんどいことだ。振り返りたくもない過去を見つめ直さなきゃならない。
自分が悪い。そう思っている琴音ちゃんには本当にしんどいことだろう。吐き出すのが楽だというけれど、それは相手によるんじゃないだろうか。
自分が悪くて、誰かに話すような悩みじゃない。そんな風に思っているのだとしたら。もっとくだらねえ話をして、全然大丈夫だってことを伝えたい。
「祐二先輩?」
「ちょっと脱線するんだが、俺のくだらねえ話を聞いてくれるか?」
琴音ちゃんが小さく頷いたのを確認して、俺は話し始めた。
「……俺が小二の頃のことなんだけど。学校行事で劇をやらなきゃならなくなったんだ」
思い返すのは小さかった俺のこと。まだ無邪気にブランコに乗ってはしゃいでいられたお年頃のことだ。
「演目は『ももたろう』だった。最初は役を決めなきゃならないってことで、やりたい役を立候補していったんだ」
黙っているが、琴音ちゃんは耳を傾けてくれている。それを確認して、話を続けた。
「子供だからってみんなが主役をやりたいわけじゃない。むしろ立候補しない奴だってけっこういたよ。そんな中で俺はイヌの役をやろうと思った」
「犬、ですか?」
「そうイヌ。ももたろうのお供になろうと、きびだんごをくれくれって言う役ね」
「それだけ言われると食いしん坊のわんちゃんですね」
そりゃまた可愛いことで。
当時の俺から見てもイヌ役に可愛げを感じていたのだろう。サルやキジに比べて身近に感じる動物だったってのもある。
「まあ立候補したのは俺だけじゃなかった。確か俺含めて三人くらいだったと思う」
「じゃあ仲良く三人で役を分け合ったんですか?」
「いいや。その場でイヌのセリフを言って、みんなからの投票で選ぶことになったんだ」
いきなりみんなの前でセリフを発する。まだ小さい俺には難しいことだったらしい。普通に間違えた思い出が蘇る。
「もちろん俺とは別の奴が選ばれた。選ばれなかった俺達は先生にこう言われたんだ。『努力が足りなかったね。次はもっとがんばろうね』ってさ。いきなりやらせといて努力も何もないだろって思ったよ」
その時は本当に謎だったね。じゃあいつからの努力が評価されるんだって、全然わからなかった。
「結局、俺の役はセリフが一言二言の脇役になった。一度も立候補しなかった連中と同じ役になったんだ」
「……」
「本当にくだらねえ話なんだけどさ。これが始まりだったって思ってる。次の年も、その次の年も、俺は劇をやる度にそれなりの役を立候補した。いろんな役をしたって大丈夫なように演じる練習だってしてた。先生の言った通りに努力をしたつもりだった」
今思えばなんであんなにもムキになっていたのかわからない。別に主役になりたかったわけじゃないし、脇役が不服だったわけでもない。
「でも結果は変わらなかった。誰からも選ばれないのが当然で、立候補したことが格好悪いって思い知るまでに時間がかかった」
主役は大抵同じ奴で、脇役もそうは変わらない。
子供には無限の可能性がなんちゃらとかいうけれど、子供の頃の経験を持って大人になっていくのだ。子供の頃のことは、今でも覚えている。
残念ながら、向上心の塊だった俺はもういない。子供の頃から見せられた「できる人」と「できない人」の境界線をどうやって超えたらいいのか見当もつかなかったから。
「小六まで似たような感じで、立候補はしたけど選ばれなかった。小学校最後の劇だったのに、先生が俺に言ったことはなんだったと思う? 『努力が足りなかったね。次はもっとがんばろうね』だってさ。素晴らしい定型文だよな」
ここまできて、ようやく頭の悪い俺にもわかった。
「それからは中学、高校とそこそこでやってきた。みんなの前に出ても出なくても変わらない。劇だけの話じゃない。どこまでいってもがんばりが足りないって評価も変わらなかった」
呆れるほどくだらねえ話。
努力が足りない? そうなんだろうよ。みんな俺が知らないところでがんばっているのだろう。俺が何かをしたいって、手を挙げる度に「空気読めよ」という呆れの視線を向けるくらいには、さぞ俺よりも上等な連中なんだろう。
その視線が、態度が、俺が悪いとわかっていても気に入らなかったがな。絶対に友達になれないタイプってやつだ。
そんなわけで、友達ってのを選びに選んでいたら、井出しか残らなかった。あいつは品のない男子ではあるが、悪い意味でのレッテル貼りはしないからな。
「まあこんなくだらねえ話があってだな……ん、琴音ちゃん?」
静かに聞いてくれてんなーと思っていたら、琴音ちゃんがうつむいていた。
「ひ、ひっく……ゆ、祐二先輩が……ううっ、ぐすっ……」
というか泣いていた。ずびずびって鼻をすする音が聞こえてきちゃう。
「……なんで琴音ちゃんが泣いてんの?」
「ぐすっ……祐二先輩が……なんでもないみたいに話すからですよぅ……」
ずびびーって鼻をすする琴音ちゃん。それは乙女としてどうなのか。
「……」
だが彼氏として、彼女が泣いているのを放置できない。
だから手を伸ばして、琴音ちゃんの頭を撫でた。彼女が泣き止むまで撫で続けた。それくらいの役得は、あってもいいと思うのだ。
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