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7.姉に問い詰められた
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藤咲琴音。俺の彼女になってくれた後輩少女の名前である。ちなみに学年は一年だった。
彼女になってくれた、とはいっても学園で禁止されているバイトの件を口止めする対価だ。残念ながらラブコメ漫画みたいな甘酸っぱい理由ではない。
悪いことをしているのは琴音ちゃんだ。だがそれにつけこんだ俺はそれ以上に悪いことをしている自覚はある。まあ自覚しているだけだがな。
琴音ちゃんとの彼氏彼女関係も夏休みに入る前までの話だ。期間限定という良心的な俺。そんな俺の優しさをわかってくれたからこそ、琴音ちゃんはあんなお願いを聞いてくれたに違いない。約束はちゃんと守るつもりだし。
そういった事情があるからこそ、他人には詳細を話せないと思っていた。
「会田くん、私の妹……琴音とどういう関係なのかしら?」
なのになぜ藤咲さんにばれているのでしょう?
琴音ちゃんと連絡先を交換し、気分が高揚したまま教室に入ってすぐのことだった。
俺が席に着くと、隣の席にいた藤咲姉がおもむろに立ち上がったのだ。
あまりに美しすぎて存在感のある彼女である。俺の視線が吸い寄せられるのは当然といえた。
しかし自分に用事があるとも思っていなかった。どこへ向かうのだろうとぽけーと眺めていたら、こっちに身体ごと向けてきたではないか。
腕を組み、仁王立ちといった様子。威圧感を放ちながら言ったのが先ほどのセリフであった。
「黙っていないで答えてちょうだい」
鋭い声。学園のアイドルらしからない怒気が含まれている。
とりあえず俺と琴音ちゃんが付き合っているという情報を耳にしたのであろうことは察せられた。
しかしどこからの情報だ?
俺と琴音ちゃんが恋人……、理由はどうあれそういう関係になるという話になったのは昨日のこと。そう考えると情報源の最有力候補は琴音ちゃんということになるが……。
打ち明けるなら秘密にしているバイトの件も話さなければならないはずだ。いや、家族なら知っていてもおかしくないか? その場合、藤咲彩音も同罪になると思うのだが。
そうなると打ち明けたのは昨晩。わかっていたら琴音ちゃんが俺の弁当を作ることなんてないんじゃないか? こうやって藤咲さんが出てくるだけで俺という存在はプチッと潰されてしまう。
「な、なんのことかな?」
考えた結果、とぼけることにした。
本当に琴音ちゃんが暴露したという確証が持てない。下手なことを口にする方が危ういと感じたのだ。
藤咲さんは厳しい目をしたままではあったが、幾分か落ち着いた声色で言った。
「……琴音が会田くんに脅されて、お弁当を作らされたって聞いたの」
これ本当に暴露されたんじゃないの?
い、いや落ち着け。脅して彼女になってはもらったが、別に弁当を作ってくれと言った覚えはない。あくまで琴音ちゃんの独断である。ここに俺の罪はない、はずだ。
「だ、誰がそんなことを……?」
なんとか表情に笑みを作ってとぼけた態度を続ける。
藤咲さんは視線を俺から外して答えた。
「井出くんよ」
い、井出ぇぇぇぇぇぇーーっ!?
彼女の視線を追えば、席に着いて放心した井出の姿があった。俺が琴音ちゃんと連絡先を交換している間に、先に教室に着いていたようだ。
井出は放心した顔で何やら呟いていた。
「あり得ないあり得ない……。祐二が藤咲さんの妹にお弁当を作ってきてもらってるなんて……。これは何かの間違い……、祐二が藤咲さんの妹を脅して作らせたに違いない……じゃなきゃあんな恋人みたいに振る舞えやしない……」
などと聞こえてきた。しかもエンドレスリピートしてやがる。小声ならまだいいが、耳をそばだてなくても聞こえる声量である。
なるほど。藤咲さんはあの呟きを聞いて信じちゃったというわけか。井出には後で言い聞かせてやらなきゃならないようだ。もちろん物理で誤解を解こう。
「井出の言ってることが本当なわけないじゃないか」
「嘘だっていうのね?」
「ああ」
「でも私、琴音が朝お弁当を余分に一つ用意しているのを見たわ」
しまった、同じ家に住む姉妹なんだから目撃されてもおかしくなかった。
「不思議には思っていたの。理由を聞いても琴音は答えないし。でも、井出くんの言葉を聞いたら納得したわ」
いやいや納得しないで! あんな明らかに放心した男子の言葉を鵜呑みにしないでくれ!
「で、琴音からお弁当を受け取ったのかしら?」
「うっ……」
そこは事実だから否定できない。
だからってうんと頷けば「やっぱり脅したのね!」と怒らせる結果になりかねない。それだけ疑われている気がする。無罪だ! ……とは言えないのだが。
何か言い訳はないか。頭を働かせ、俺の口が動いた。
「お、お礼だよ」
「お礼?」
首をかしげる藤咲さんに頷きを返す。
「ほら、この前琴音ちゃんに俺の傘を貸しただろ? 助かったからって、そのお礼だよ……うん」
藤咲さんは形が整ったあごに指を当てる。何か考えているのかしばらく黙っていた。その間、俺は背中に冷や汗をだらだら流していた。
「……そう。疑ってごめんなさい。私、会田くんに失礼なことを言ってしまったわ」
「き、気にしないでくれ。もともと接点がなかったんだし、疑われても仕方がないって」
俺の弁明を信じてくれたようだ。藤咲さんはもう一度謝罪を口にして席に着いた。
ふぅ、なんとか切り抜けたぞ。
後で口裏を合わせられるよう琴音ちゃんにメッセージを送らないとな。さっそく連絡先を聞いていて役に立った。
それにしても井出の奴め。すぐにでも黙らせないといけないようだ。それなりに付き合いがあるせいか半ば正解を口にしているってのが性質が悪い。
井出のところに行こうと立ち上がった瞬間にチャイムが鳴った。同時に担任が教室へと入ってくる。俺は腰を下ろした。ついでに井出も放心状態から戻ってきた。
井出だけなら思う存分自慢できるかと思っていたが、どこで真実がばれるかわかったもんじゃないな。一般的な普通の恋人ってわけじゃないし、不用意な言動は避けた方がいいか。
「琴音ちゃん、ね……」
何か聞こえた気がして藤咲さんの方を向く。彼女は前を向いていた。先生が連絡事項を言っている。俺も前を向いた。
彼女になってくれた、とはいっても学園で禁止されているバイトの件を口止めする対価だ。残念ながらラブコメ漫画みたいな甘酸っぱい理由ではない。
悪いことをしているのは琴音ちゃんだ。だがそれにつけこんだ俺はそれ以上に悪いことをしている自覚はある。まあ自覚しているだけだがな。
琴音ちゃんとの彼氏彼女関係も夏休みに入る前までの話だ。期間限定という良心的な俺。そんな俺の優しさをわかってくれたからこそ、琴音ちゃんはあんなお願いを聞いてくれたに違いない。約束はちゃんと守るつもりだし。
そういった事情があるからこそ、他人には詳細を話せないと思っていた。
「会田くん、私の妹……琴音とどういう関係なのかしら?」
なのになぜ藤咲さんにばれているのでしょう?
琴音ちゃんと連絡先を交換し、気分が高揚したまま教室に入ってすぐのことだった。
俺が席に着くと、隣の席にいた藤咲姉がおもむろに立ち上がったのだ。
あまりに美しすぎて存在感のある彼女である。俺の視線が吸い寄せられるのは当然といえた。
しかし自分に用事があるとも思っていなかった。どこへ向かうのだろうとぽけーと眺めていたら、こっちに身体ごと向けてきたではないか。
腕を組み、仁王立ちといった様子。威圧感を放ちながら言ったのが先ほどのセリフであった。
「黙っていないで答えてちょうだい」
鋭い声。学園のアイドルらしからない怒気が含まれている。
とりあえず俺と琴音ちゃんが付き合っているという情報を耳にしたのであろうことは察せられた。
しかしどこからの情報だ?
俺と琴音ちゃんが恋人……、理由はどうあれそういう関係になるという話になったのは昨日のこと。そう考えると情報源の最有力候補は琴音ちゃんということになるが……。
打ち明けるなら秘密にしているバイトの件も話さなければならないはずだ。いや、家族なら知っていてもおかしくないか? その場合、藤咲彩音も同罪になると思うのだが。
そうなると打ち明けたのは昨晩。わかっていたら琴音ちゃんが俺の弁当を作ることなんてないんじゃないか? こうやって藤咲さんが出てくるだけで俺という存在はプチッと潰されてしまう。
「な、なんのことかな?」
考えた結果、とぼけることにした。
本当に琴音ちゃんが暴露したという確証が持てない。下手なことを口にする方が危ういと感じたのだ。
藤咲さんは厳しい目をしたままではあったが、幾分か落ち着いた声色で言った。
「……琴音が会田くんに脅されて、お弁当を作らされたって聞いたの」
これ本当に暴露されたんじゃないの?
い、いや落ち着け。脅して彼女になってはもらったが、別に弁当を作ってくれと言った覚えはない。あくまで琴音ちゃんの独断である。ここに俺の罪はない、はずだ。
「だ、誰がそんなことを……?」
なんとか表情に笑みを作ってとぼけた態度を続ける。
藤咲さんは視線を俺から外して答えた。
「井出くんよ」
い、井出ぇぇぇぇぇぇーーっ!?
彼女の視線を追えば、席に着いて放心した井出の姿があった。俺が琴音ちゃんと連絡先を交換している間に、先に教室に着いていたようだ。
井出は放心した顔で何やら呟いていた。
「あり得ないあり得ない……。祐二が藤咲さんの妹にお弁当を作ってきてもらってるなんて……。これは何かの間違い……、祐二が藤咲さんの妹を脅して作らせたに違いない……じゃなきゃあんな恋人みたいに振る舞えやしない……」
などと聞こえてきた。しかもエンドレスリピートしてやがる。小声ならまだいいが、耳をそばだてなくても聞こえる声量である。
なるほど。藤咲さんはあの呟きを聞いて信じちゃったというわけか。井出には後で言い聞かせてやらなきゃならないようだ。もちろん物理で誤解を解こう。
「井出の言ってることが本当なわけないじゃないか」
「嘘だっていうのね?」
「ああ」
「でも私、琴音が朝お弁当を余分に一つ用意しているのを見たわ」
しまった、同じ家に住む姉妹なんだから目撃されてもおかしくなかった。
「不思議には思っていたの。理由を聞いても琴音は答えないし。でも、井出くんの言葉を聞いたら納得したわ」
いやいや納得しないで! あんな明らかに放心した男子の言葉を鵜呑みにしないでくれ!
「で、琴音からお弁当を受け取ったのかしら?」
「うっ……」
そこは事実だから否定できない。
だからってうんと頷けば「やっぱり脅したのね!」と怒らせる結果になりかねない。それだけ疑われている気がする。無罪だ! ……とは言えないのだが。
何か言い訳はないか。頭を働かせ、俺の口が動いた。
「お、お礼だよ」
「お礼?」
首をかしげる藤咲さんに頷きを返す。
「ほら、この前琴音ちゃんに俺の傘を貸しただろ? 助かったからって、そのお礼だよ……うん」
藤咲さんは形が整ったあごに指を当てる。何か考えているのかしばらく黙っていた。その間、俺は背中に冷や汗をだらだら流していた。
「……そう。疑ってごめんなさい。私、会田くんに失礼なことを言ってしまったわ」
「き、気にしないでくれ。もともと接点がなかったんだし、疑われても仕方がないって」
俺の弁明を信じてくれたようだ。藤咲さんはもう一度謝罪を口にして席に着いた。
ふぅ、なんとか切り抜けたぞ。
後で口裏を合わせられるよう琴音ちゃんにメッセージを送らないとな。さっそく連絡先を聞いていて役に立った。
それにしても井出の奴め。すぐにでも黙らせないといけないようだ。それなりに付き合いがあるせいか半ば正解を口にしているってのが性質が悪い。
井出のところに行こうと立ち上がった瞬間にチャイムが鳴った。同時に担任が教室へと入ってくる。俺は腰を下ろした。ついでに井出も放心状態から戻ってきた。
井出だけなら思う存分自慢できるかと思っていたが、どこで真実がばれるかわかったもんじゃないな。一般的な普通の恋人ってわけじゃないし、不用意な言動は避けた方がいいか。
「琴音ちゃん、ね……」
何か聞こえた気がして藤咲さんの方を向く。彼女は前を向いていた。先生が連絡事項を言っている。俺も前を向いた。
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