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隙のない完璧美少女が幼馴染の俺にだけ甘えてくるので、めちゃくちゃ甘やかしてみたら俺がどうにかなりそうになった
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中学の同級生に木之下瞳子という女の子がいる。
彼女は学校で完璧と言われている少女だ。
試験の順位は常に五位以内に入っているし、体育祭などでは見惚れてしまうほどの運動能力を発揮していた。所属しているバレー部ではエース級の実力であり、彼女の出来次第では全国を狙えると言われている。
銀髪のハーフ美少女で、透き通るような白い肌と澄んだ青い瞳が彼女の存在感をさらに際立たせる。外見でさえも特別で、完璧だと表しているようだった。
存在そのものが聖域のように扱われている。そう思えるほどに、彼女に軽々しく距離を縮めようとする人はいなかった。
「ねえ俊成」
「どうしたんだ瞳子?」
軽々しく名前を呼び合う。みんなが近寄りがたいと思っていようが、俺にとって瞳子は幼馴染なのでこの距離感が普通なのだ。
みんなが瞳子を「特別」だの「完璧」だの言っているけれど、昔から付き合いがあるから、彼女が完璧ではないと知っていた。
「あたしって……近寄りがたい雰囲気があるのかしら?」
みんなの前では隙のない凛とした表情なのに、俺と二人きりの時は眉根を寄せて弱気な態度だって見せる。
完璧だと評判の美少女は、周りの反応を気にする程度には繊細なのだ。
「男子はあれだよ。瞳子があまりにも可愛いから照れてるんだよ。思春期男子の初心さを許してやってくれ」
「か、かわっ……!?」
ぼぼぼっ、と瞳子の顔が赤くなる。元が白いからその変化もわかりやすい。可愛い。
「で、でもっ。男子だけじゃないのよ……」
「女子はあれだ。瞳子に憧れすぎて神々しく見えちゃってるんだよ。綺麗すぎて気後れしちゃってるんだな」
「き、綺麗……」
ぽわぽわー、と瞳子が夢見心地みたいな表情になる。隙のある顔が可愛らしい。
「べ、別にそんな風に言われても嬉しくないんだからねっ」
はっとしたように自分を律した顔になり、ぷいっとそっぽを向いた。わかりやすい反応に危うくにやにやしそうになってしまう。
セリフと仕草だけならツンデレみたいだ。まあ瞳子は知らない単語なので言わないけど。言ったら本当に怒ってしまいそうだし。
「本当に……そんなんじゃないんでしょう?」
そして、また不安げな表情になってしまう。
瞳子が「完璧」と呼ばれながらも自己評価が低いのは、昔のトラウマがあるからだ。
銀髪のハーフ美少女。その容姿は特別であり、みんなとは違った特徴だった。
幼い頃、瞳子はよくからかわれていた。みんなとは見た目が違うというだけで子供の無邪気な攻撃を受けていた。
そのたびに瞳子は反撃していた。完璧と言われる優秀さは、彼女の負けん気から生まれたものだった。
けれど、からかわれて傷つかないはずがない。何か言われる度に真っ向から反論し、その後はどうしてあんなことを言われたのだろうと悩む。そんな日々を過ごしていた。
「大丈夫だよ」
「え? あ、ちょっ……」
瞳子の頭を撫でる。銀髪のサラサラの感触が返ってきた。
イケメンじゃなくても、幼馴染なら許される行為。昔から付き合いがあるだけに、こういうことをしても許されると知っているし、彼女の不安もわかってしまう。
「俺が言ったこと、ちょっとは大げさに言ったかもだけど、大体は本当のことだから。瞳子が嫌われてるわけじゃないから安心しろ」
「……うん。俊成がそう言うなら、信じるわ」
瞳子はこっくりと頷く。素直でよろしい。
元々からかわれてたってのも、好きな子をいじめちゃう的なあれだ。幼い男子は好意の伝え方がわからない不器用な存在なのである。
まあ、いじめられていた本人には関係ない。自分がやってきたことの結果で、好きな子から嫌われて反省する。男はそうやって大きくなっていくものである。
そんな連中とは逆に、俺は瞳子に優しくしてきた。一人でいる彼女を放っておけず、一緒になって遊んできた。気づけば幼馴染認定されていた。
「むしろ瞳子は期待されてるんだよ。この間のバレーの試合での活躍すごかったし。みんな距離感が掴めてないけど、瞳子を応援する気持ちは同じだと思うぞ」
「そっか……うん。そういうことならがんばるわ」
拳を握り、うんと気合いを入れる瞳子。
元気になったかと彼女の頭から手を離すと、がしっと猫のような俊敏さでその手を掴まれた。
もちろんここには俺と瞳子の二人だけしかいないので、俺の手を掴んだのは瞳子だ。
「えっと?」
「も、もう少しだけ……頭……な、撫でてもらえる?」
意図してやってるわけじゃないんだろうが、恥ずかしそうに頬を朱色に染めて上目遣いでそんなことを言われたら、二十四時間年中無休で撫で続けたいと考えてしまうではないかっ!
「ま、まあ? い、いいけど……」
「ありがと……。えへへ」
はにかむ瞳子は、完璧を超えてるんじゃないかってくらい可愛かった。
ドンッ! とコートを踏む音が響く。迫力のある跳躍。高い位置から銀髪がキラキラと舞っていた。
ズバンッ! 大きい音にはっとすれば、すでにボールは転々とコートを超えて体育館の壁に到達していた。
「いいぞ木之下!」
バレー部の顧問が誇らしげに頷いた。次いで部員たちから瞳子に向かって歓声が上がる。
「木之下さん今のすごかったわ」
「さすがね! 完璧なスパイクだったわよ!」
「木之下さんがいれば、次の大会で全国を目指せるわ!」
褒められる瞳子はぎこちなさがあるものの、照れ臭そうに返答していた。
……なんだ。上手くやっていけてるじゃないか。
瞳子が人との距離感に不安を感じているようだったから、彼女が所属しているバレー部の練習を覗いてみた。
もしかしたら遠慮されているのかもと思ったけれど、そういう雰囲気はなさそうに見える。きゃいきゃいと上がる黄色い声が楽しそうに聞こえた。
小学生の頃は周囲が瞳子の存在に慣れるまで時間がかかった。中学生になって、またリセットされたかのような感じだったが、部活動を見る限りそれも解消されているようだ。
「がんばれよ瞳子」
小さくエールを送る。
ほっと安堵の息を吐いて、俺は体育館から離れた。
※ ※ ※
瞳子がケガをした。
部活中のケガであり、仕方のないことなのに大会前ということもあってか、周囲の失望は大きかった。
「……」
一番悔しいのは瞳子だろう。家まで送り届ける間、彼女は一言も口を開かなかった。
「……俊成」
「ん?」
「部屋まで送って」
瞳子の右足に巻かれた包帯が痛々しい。俺は頷いて彼女の家に上がった。
「きゃっ!?」
両親は外出中のようだった。俺は了解を得るのももどかしく、瞳子をお姫様抱っこした。
「ちょっ、平気だから下ろしてっ」
「部屋まで運ぶだけだから。重くないし気にすんな」
「そういう問題じゃないし気にするわよ!」
あわあわと慌てた顔を見せてくれる。さっきまでの落ち込んだ顔より何百倍も可愛かった。
ちょっと強引だったかもしれないが、そうでもしないと彼女の性格上、素直に甘えてはくれなかっただろう。これくらいのこと、それこそ俺は平気なのにな。
勝手知ったる幼馴染の家。ずかずかと階段を上がり、真っ直ぐ瞳子の部屋に入る。彼女を優しくベッドへと下ろした。
「……ありがとう」
蚊の鳴くような声でお礼を言われた。相当恥ずかしかったらしく、耳まで真っ赤になっている。
「まあ気にすんな。スポーツやってたらケガとは上手く付き合っていくもんだ。俺だって柔道部だからよくわかるしな」
「でも……」
瞳子の顔がくしゃりと歪む。
「せっかく、期待してもらえてたのに……みんなを、がっかりさせてしまったわ……。先生にも、落胆したって……」
……言われたんだな。その涙交じりの声を聞けばわかる。
本当に涙が出てきたようで、すんと鼻をすする音がした。それを聞いて、瞳子が泣くなんていつぶりだろうかと思った。
あまり人前で涙を見せないようにって、がんばっていた女の子だったから。それは俺の前でも同じで、涙が出そうなのを耐えてるのは気づいていた。
……いつもがんばってたのに、わざわざ「がんばれ」だなんて言うもんじゃなかったな。瞳子が努力しないなんて、今までなかったって知ってたのに。
「大丈夫だよ」
「……何がよ?」
「がんばっていた瞳子を、みんなも本当はわかっているから」
いつだって彼女はがんばっていた。負けん気が強いのも理由の一つだろうが、それだけじゃなかったのだろう。
運動も勉強もできる。なんでもそつなくこなす。完璧と呼ばれ、期待されることに嬉しいと思う反面、ものすごいプレッシャーに襲われていたのだろう。
「無理しなくたって、もう瞳子は認められてるんだ。それは俺が保証してやる。ずっと近くで見てきたんだから間違いない」
「……っ」
瞳子の頭を撫でる。これだけは昔から俺だけの特権だった。
「もしケガのせいで大会に間に合わなかったとしても、それで瞳子の全部がダメになるわけじゃないだろ。悔しかったり、悩んだり、いろんな感情がごちゃごちゃになって溢れてくるかもしれない。でも、それでも大丈夫だ」
「どうして、大丈夫……なの?」
「落ち込んだら俺が慰めてやるからな。知ってるか? 俺が慰めて、瞳子が元気にならなかったことはないんだぜ?」
瞳子の目が見開かれる。綺麗な青の瞳は俺の顔を映していた。
「……ふふっ」
堪え切れないといった感じに、瞳子が噴き出した。
「そうなんだ?」
瞳子の目に、涙はもう溜まっていなかった。彼女を元気づけるように胸を張る。
「ああ、そうだよ。なんならたっぷり甘やかしてやるぞ」
一瞬だけ間を空けてから、瞳子は言った。
「じゃあ、慰めてもらってもいいかしら? うんと甘くして、ね……」
そう言って微笑む彼女に、妖艶さのようなものを感じた気がした。
見慣れない微笑みに、言葉にならない驚きがあって、なんとなく目を逸らしてしまう。
「じゃあ、もっと頭を撫でてやろう」
「お願いするわ」
手触りの良い銀髪を優しく撫でる。毛先までサラリとしており、綺麗すぎて今更ながら俺の手で汚してしまっていないかと不安になる。
「もっと、して……」
そんな躊躇に気づいたのか、瞳子がおねだりしてくる。小さい頃に戻った気がして、変な緊張が取れてほっこりした。
「ひあっ……」
そう思っていた矢先、瞳子から発せられた甘い声に心臓が跳ねた。
頭を撫でていた指先が、瞳子の耳に触れたのだ。そういえば耳は弱かったなと思い出す。
「んっ……そこも、もっと触って……」
「……ああ。こ、こうか?」
今まで馴染みのない雰囲気に、なぜだか口の中がカラカラに渇いていた。
あれ、なんだか心臓がうるさいぞ? 俺、緊張しているのか?
「は……んっ……」
瞳子の耳に触れる。撫でると瞳子が俺をドキドキさせる声を漏らす。背中にぞわぞわとした気持ちいい感覚が走った。
その声をもっと聞きたくて、形の良い耳を親指と人差し指で摘まむ。優しく擦り上げると、彼女の体がビクビクと震えた。
「や……ああっ……ひぅんっ……んああっ!」
ビクンッ! と一際大きく彼女の体が跳ねると、くたりと力が抜けるのがわかった。瞳子の息遣いが荒くて、決して小さいとは言えない胸が激しく上下していた。
「……」
「……っ」
少しだけ息が整ったのか、瞳子が気怠げに目を開ける。
綺麗な青い瞳が俺を映す。吸い込まれそうなほど惹きつけてくる。なんという眼の魅力か。
そのまま吸い寄せられるように、俺は瞳子との距離を縮めた……。
「帰ってるのか瞳子ー? パパ帰ったぞー! 足をケガしたんだって? 待ってろ、すぐにパパがなんとかしてあげるからね!!」
「「!?!?!?」」
ドアの外からの大声に、俺と瞳子は飛び上がるほど驚いた。
どうやら瞳子の父親が帰宅したようだ。いつの間にかそれなりの時間が経っていた。
俺は慌てて帰り支度を済ませる。今、この状況を彼女のお父さんに見られるのはまずいのだと、俺の心が警鐘を鳴らしていた。
「じゃ、じゃあ俺は帰るからっ。瞳子はゆっくり休むんだぞ」
「う、うん。……と、俊成っ」
背を向ける俺を、彼女は呼び止めた。
「また……慰めてもらっても、いい?」
おねだりをする瞳子から、甘やかな空気が発せられているように見えた。
……これ以上ここにいると、自分が何をしでかすかわからなかった。
「……もちろん」
必死に自制心を働かせながら、なんとかそれだけを言った。
そして、人生で初めて逃げるように瞳子の家を出たのだった。
瞳子は奇跡的な回復力を見せ、大会前には足のケガが完治していた。
とはいえ本調子には程遠い。あの目を奪われるほどの跳躍力は鳴りを潜めていた。
「すごいわ今のトス! ドンピシャリだったわ!」
「木之下さんが上手にレシーブしてくれるおかげでリズム良く攻撃ができるわ!」
「さすがはきのぴー。私が見込んだだけはあるね」
それでも、瞳子が加わるだけでチームの輪がまとまっているようだった。
選手としての働きもそうだけど、瞳子自身の存在自体がみんなを生き生きとさせているように見える。復帰したばかりでもすぐにチームの力になろうとがんばっている瞳子が、仲間でないはずがないのだ。
全国大会には出場できなかったが、我が校のバレー部にしては充分すぎるほどの結果で大会を終えたのであった。
※ ※ ※
「足は痛くないか?」
「見てたでしょ? 問題ないわ。それよりも疲れてしんどいわね」
試合の後、俺は瞳子に家へと招待された。
彼女の家族と一緒になって、大会での好成績を祝った。照れていながらも、誇らしげにしていた瞳子がまた一つ成長したのだと感じる。
そうして現在は瞳子の自室で二人きりになっていた。相手が異性でも幼馴染なら顔パスしてくれる。娘思いのお父さんの目はちょっと怖かったけどね。
試合の疲れが残っているようで、瞳子はベッドでだらりと横になっていた。疲労のせいで気づかないのか、スカートがめくれ上がって太ももの際どいところまで見えてしまっている。
いつも凛としている彼女にしては珍しく油断した格好だ。こんなにも女性らしく成長していたのかと、目のやり場に困る……。
「早く寝たいだろ? そろそろ帰るよ」
「ダメ。帰らないで」
大きな声でもないのに、俺の動きを止める力があった。
瞳子が横になったまま俺を見つめる。なんとなく「近くに来て」と言われたような気がして、ベッドの傍まで寄る。
「あたし、がんばったわ」
「そうだな。すごくがんばってた。全部見てたぞ」
「いっぱいがんばったから……あ、甘えてもいいわよね?」
かぁっと頬を赤くしながら、瞳子は恥ずかしそうに言った。
そんな彼女が可愛すぎて、思わず噴き出してしまう。
「わ、笑わないでよ……っ」
「ごめんごめん。別に笑ったわけじゃないんだ。瞳子があんまりにも可愛かったからついな」
ぷぅ、と頬を膨らませる瞳子。完璧だとか、大人びてるだとか言われているけれど、まだまだ子供なのだ。
そういうところは変わっていないことを、長年の付き合いで知っている。
「じゃあ、また頭を撫でればいいのか?」
「ん……。それと……つ、追加してもいいかしら?」
「追加?」
瞳子は枕に顔を埋めながら、チラチラと俺に目を向ける。なんだこの可愛い生き物は……っ!
「だ、抱きしめながら……撫でてくれる?」
「……」
幼馴染ってだけでこんな役得……。本当にいいんですかね?
「と、俊成だからしてほしいのよ? 色眼鏡なく見てくれて、ちゃんとあたしの心を思ってくれる。そんな俊成だから……だ、抱きしめられたいの。いっぱい、甘えたいの……」
俺の心を読んだわけじゃないんだろうが、瞳子は早口でそう言った。そして不安そうに眉根を寄せる。
「あの……ダメ、かしら?」
「いいに決まってるだろ」
俺は食い気味に返した。
「な、なら……こっち……。と、俊成も横になって?」
瞳子はベッドの端に寄ってスペースを作る。俺にもベッドに横になれということか。
瞳子のベッドで、二人で寝転がる。幼い頃はこうしてよく昼寝していたっけか。
「い、いいのか?」
「い、いいわよ……。いいに決まってるじゃないっ」
瞳子は真っ赤になって頷いた。
疲れていると言っていたし、起き上がるのもおっくうなのだろう。
そんな状態でも、彼女は甘えたいのだ。期待というプレッシャーがあった分、解放されて小さい頃に戻りたくなったのかもしれない。
うん、だから胸のドキドキよ……収まりやがれ!
「で、では。失礼します……」
瞳子のベッドに体を横たえる。ふんわりと、女の子特有の良い匂いがした。
瞳子が身を寄せてくる。俺はその体を抱きしめた。
「……」
「……」
俺たちは幼馴染だ。瞳子を抱きしめるのだって、これが初めてってわけじゃない。
だけど、抱きしめてから心臓が痛いほど胸を叩く。こんなのは初めてだった。
「あ……」
ベッドの上で、瞳子を抱きしめながら頭を撫でる。
触り慣れた銀髪の感触。いつもと違うのは、俺の耳をくすぐるような彼女の吐息だった。
当たり前だけど、抱きしめているから顔が近い。というか密着している。
瞳子の体ってこんなにも華奢だったろうか? 中学生になって、男子と女子の差がはっきりと表れていた。抱きしめてみて、昔との違いを感じる。
「んっ……ふっ……く……ひゃんっ」
瞳子の頭を撫でるのが気持ちいい。耳に触れるのも、頬に触れるのも、撫でる俺の方が気持ちよく感じた。
「と、俊成ぃ……っ」
甘えるような瞳子の声。幼い頃に聞いたことがあるような気がしながらも、全然違うようにも思える。
いけないことをしているような気になる。それでも、手は止めなかった。
だって、瞳子が求めてることだから。
「瞳子」
「あ……は、はい……」
ぽやーっとした目が俺を映す。綺麗に映っているのに、自分の表情はよく見えなかった。
「優しく、してやるからな……」
「~~っ」
瞳子は身を強張らせて、俺の胸に顔を埋めた。
そんな硬くなった体を解すように、俺は瞳子の頭と背中を優しく撫でた。
たまには幼馴染を甘やかすのも悪くない。甘美な感触に気を良くしながら、がんばった彼女を労わるために、体中を気持ちよくしてあげた。
※ ※ ※
「ぐぅ……」
「俊成? ……寝ちゃったの?」
寝息に顔を上げて見てみれば、俊成の可愛い寝顔を見ることができた。
俊成のことだから、あたしが眠ってしまうまで撫でてくれるつもりだったのだろう。
頭や背中、いろんなところを撫でてもらえて嬉しかった。……とても気持ちよくしてもらえて、口元がだらしなく緩んでしまう。
いつの間にか、あたしよりもごつごつして大きくなった手。俊成の手に撫でられて、眠れるはずがない。こんなにドキドキするのに、眠れるはずがなかった。
「ふふっ。可愛い寝顔」
俊成の頬を突いてみる。こんなことをするだけで楽しくなって、満たされていく自分がいる。
「あたしががんばるのも、完璧になりたいのも、全部……全部、俊成に見てほしいからなんだからね」
眠っている俊成の顔に、唇を近づける。
起きないように慎重に……でも、行動が大胆なのは誤魔化せなかった。
「……んっ」
幸せな感触が広がる。心臓が激しく鼓動しているのに、胸はぽかぽかと温かかった。
「いつか、この気持ちを誤魔化さないでもいいように……。絶対にあたしのものにするから……絶対、絶対に誰にも負けない。俊成があたしに夢中になるくらい魅力的な女の子になってみせるわ。だから……こんなこと、あたし以外の人にしちゃ許さないわよ……」
いつまでも、彼と一緒にいられるように。小さく、断固たる決意を口にした。
その時がくるまで、あたしの覚悟は揺るがないのだと、昔からずっと確信し続けているのだった。
彼女は学校で完璧と言われている少女だ。
試験の順位は常に五位以内に入っているし、体育祭などでは見惚れてしまうほどの運動能力を発揮していた。所属しているバレー部ではエース級の実力であり、彼女の出来次第では全国を狙えると言われている。
銀髪のハーフ美少女で、透き通るような白い肌と澄んだ青い瞳が彼女の存在感をさらに際立たせる。外見でさえも特別で、完璧だと表しているようだった。
存在そのものが聖域のように扱われている。そう思えるほどに、彼女に軽々しく距離を縮めようとする人はいなかった。
「ねえ俊成」
「どうしたんだ瞳子?」
軽々しく名前を呼び合う。みんなが近寄りがたいと思っていようが、俺にとって瞳子は幼馴染なのでこの距離感が普通なのだ。
みんなが瞳子を「特別」だの「完璧」だの言っているけれど、昔から付き合いがあるから、彼女が完璧ではないと知っていた。
「あたしって……近寄りがたい雰囲気があるのかしら?」
みんなの前では隙のない凛とした表情なのに、俺と二人きりの時は眉根を寄せて弱気な態度だって見せる。
完璧だと評判の美少女は、周りの反応を気にする程度には繊細なのだ。
「男子はあれだよ。瞳子があまりにも可愛いから照れてるんだよ。思春期男子の初心さを許してやってくれ」
「か、かわっ……!?」
ぼぼぼっ、と瞳子の顔が赤くなる。元が白いからその変化もわかりやすい。可愛い。
「で、でもっ。男子だけじゃないのよ……」
「女子はあれだ。瞳子に憧れすぎて神々しく見えちゃってるんだよ。綺麗すぎて気後れしちゃってるんだな」
「き、綺麗……」
ぽわぽわー、と瞳子が夢見心地みたいな表情になる。隙のある顔が可愛らしい。
「べ、別にそんな風に言われても嬉しくないんだからねっ」
はっとしたように自分を律した顔になり、ぷいっとそっぽを向いた。わかりやすい反応に危うくにやにやしそうになってしまう。
セリフと仕草だけならツンデレみたいだ。まあ瞳子は知らない単語なので言わないけど。言ったら本当に怒ってしまいそうだし。
「本当に……そんなんじゃないんでしょう?」
そして、また不安げな表情になってしまう。
瞳子が「完璧」と呼ばれながらも自己評価が低いのは、昔のトラウマがあるからだ。
銀髪のハーフ美少女。その容姿は特別であり、みんなとは違った特徴だった。
幼い頃、瞳子はよくからかわれていた。みんなとは見た目が違うというだけで子供の無邪気な攻撃を受けていた。
そのたびに瞳子は反撃していた。完璧と言われる優秀さは、彼女の負けん気から生まれたものだった。
けれど、からかわれて傷つかないはずがない。何か言われる度に真っ向から反論し、その後はどうしてあんなことを言われたのだろうと悩む。そんな日々を過ごしていた。
「大丈夫だよ」
「え? あ、ちょっ……」
瞳子の頭を撫でる。銀髪のサラサラの感触が返ってきた。
イケメンじゃなくても、幼馴染なら許される行為。昔から付き合いがあるだけに、こういうことをしても許されると知っているし、彼女の不安もわかってしまう。
「俺が言ったこと、ちょっとは大げさに言ったかもだけど、大体は本当のことだから。瞳子が嫌われてるわけじゃないから安心しろ」
「……うん。俊成がそう言うなら、信じるわ」
瞳子はこっくりと頷く。素直でよろしい。
元々からかわれてたってのも、好きな子をいじめちゃう的なあれだ。幼い男子は好意の伝え方がわからない不器用な存在なのである。
まあ、いじめられていた本人には関係ない。自分がやってきたことの結果で、好きな子から嫌われて反省する。男はそうやって大きくなっていくものである。
そんな連中とは逆に、俺は瞳子に優しくしてきた。一人でいる彼女を放っておけず、一緒になって遊んできた。気づけば幼馴染認定されていた。
「むしろ瞳子は期待されてるんだよ。この間のバレーの試合での活躍すごかったし。みんな距離感が掴めてないけど、瞳子を応援する気持ちは同じだと思うぞ」
「そっか……うん。そういうことならがんばるわ」
拳を握り、うんと気合いを入れる瞳子。
元気になったかと彼女の頭から手を離すと、がしっと猫のような俊敏さでその手を掴まれた。
もちろんここには俺と瞳子の二人だけしかいないので、俺の手を掴んだのは瞳子だ。
「えっと?」
「も、もう少しだけ……頭……な、撫でてもらえる?」
意図してやってるわけじゃないんだろうが、恥ずかしそうに頬を朱色に染めて上目遣いでそんなことを言われたら、二十四時間年中無休で撫で続けたいと考えてしまうではないかっ!
「ま、まあ? い、いいけど……」
「ありがと……。えへへ」
はにかむ瞳子は、完璧を超えてるんじゃないかってくらい可愛かった。
ドンッ! とコートを踏む音が響く。迫力のある跳躍。高い位置から銀髪がキラキラと舞っていた。
ズバンッ! 大きい音にはっとすれば、すでにボールは転々とコートを超えて体育館の壁に到達していた。
「いいぞ木之下!」
バレー部の顧問が誇らしげに頷いた。次いで部員たちから瞳子に向かって歓声が上がる。
「木之下さん今のすごかったわ」
「さすがね! 完璧なスパイクだったわよ!」
「木之下さんがいれば、次の大会で全国を目指せるわ!」
褒められる瞳子はぎこちなさがあるものの、照れ臭そうに返答していた。
……なんだ。上手くやっていけてるじゃないか。
瞳子が人との距離感に不安を感じているようだったから、彼女が所属しているバレー部の練習を覗いてみた。
もしかしたら遠慮されているのかもと思ったけれど、そういう雰囲気はなさそうに見える。きゃいきゃいと上がる黄色い声が楽しそうに聞こえた。
小学生の頃は周囲が瞳子の存在に慣れるまで時間がかかった。中学生になって、またリセットされたかのような感じだったが、部活動を見る限りそれも解消されているようだ。
「がんばれよ瞳子」
小さくエールを送る。
ほっと安堵の息を吐いて、俺は体育館から離れた。
※ ※ ※
瞳子がケガをした。
部活中のケガであり、仕方のないことなのに大会前ということもあってか、周囲の失望は大きかった。
「……」
一番悔しいのは瞳子だろう。家まで送り届ける間、彼女は一言も口を開かなかった。
「……俊成」
「ん?」
「部屋まで送って」
瞳子の右足に巻かれた包帯が痛々しい。俺は頷いて彼女の家に上がった。
「きゃっ!?」
両親は外出中のようだった。俺は了解を得るのももどかしく、瞳子をお姫様抱っこした。
「ちょっ、平気だから下ろしてっ」
「部屋まで運ぶだけだから。重くないし気にすんな」
「そういう問題じゃないし気にするわよ!」
あわあわと慌てた顔を見せてくれる。さっきまでの落ち込んだ顔より何百倍も可愛かった。
ちょっと強引だったかもしれないが、そうでもしないと彼女の性格上、素直に甘えてはくれなかっただろう。これくらいのこと、それこそ俺は平気なのにな。
勝手知ったる幼馴染の家。ずかずかと階段を上がり、真っ直ぐ瞳子の部屋に入る。彼女を優しくベッドへと下ろした。
「……ありがとう」
蚊の鳴くような声でお礼を言われた。相当恥ずかしかったらしく、耳まで真っ赤になっている。
「まあ気にすんな。スポーツやってたらケガとは上手く付き合っていくもんだ。俺だって柔道部だからよくわかるしな」
「でも……」
瞳子の顔がくしゃりと歪む。
「せっかく、期待してもらえてたのに……みんなを、がっかりさせてしまったわ……。先生にも、落胆したって……」
……言われたんだな。その涙交じりの声を聞けばわかる。
本当に涙が出てきたようで、すんと鼻をすする音がした。それを聞いて、瞳子が泣くなんていつぶりだろうかと思った。
あまり人前で涙を見せないようにって、がんばっていた女の子だったから。それは俺の前でも同じで、涙が出そうなのを耐えてるのは気づいていた。
……いつもがんばってたのに、わざわざ「がんばれ」だなんて言うもんじゃなかったな。瞳子が努力しないなんて、今までなかったって知ってたのに。
「大丈夫だよ」
「……何がよ?」
「がんばっていた瞳子を、みんなも本当はわかっているから」
いつだって彼女はがんばっていた。負けん気が強いのも理由の一つだろうが、それだけじゃなかったのだろう。
運動も勉強もできる。なんでもそつなくこなす。完璧と呼ばれ、期待されることに嬉しいと思う反面、ものすごいプレッシャーに襲われていたのだろう。
「無理しなくたって、もう瞳子は認められてるんだ。それは俺が保証してやる。ずっと近くで見てきたんだから間違いない」
「……っ」
瞳子の頭を撫でる。これだけは昔から俺だけの特権だった。
「もしケガのせいで大会に間に合わなかったとしても、それで瞳子の全部がダメになるわけじゃないだろ。悔しかったり、悩んだり、いろんな感情がごちゃごちゃになって溢れてくるかもしれない。でも、それでも大丈夫だ」
「どうして、大丈夫……なの?」
「落ち込んだら俺が慰めてやるからな。知ってるか? 俺が慰めて、瞳子が元気にならなかったことはないんだぜ?」
瞳子の目が見開かれる。綺麗な青の瞳は俺の顔を映していた。
「……ふふっ」
堪え切れないといった感じに、瞳子が噴き出した。
「そうなんだ?」
瞳子の目に、涙はもう溜まっていなかった。彼女を元気づけるように胸を張る。
「ああ、そうだよ。なんならたっぷり甘やかしてやるぞ」
一瞬だけ間を空けてから、瞳子は言った。
「じゃあ、慰めてもらってもいいかしら? うんと甘くして、ね……」
そう言って微笑む彼女に、妖艶さのようなものを感じた気がした。
見慣れない微笑みに、言葉にならない驚きがあって、なんとなく目を逸らしてしまう。
「じゃあ、もっと頭を撫でてやろう」
「お願いするわ」
手触りの良い銀髪を優しく撫でる。毛先までサラリとしており、綺麗すぎて今更ながら俺の手で汚してしまっていないかと不安になる。
「もっと、して……」
そんな躊躇に気づいたのか、瞳子がおねだりしてくる。小さい頃に戻った気がして、変な緊張が取れてほっこりした。
「ひあっ……」
そう思っていた矢先、瞳子から発せられた甘い声に心臓が跳ねた。
頭を撫でていた指先が、瞳子の耳に触れたのだ。そういえば耳は弱かったなと思い出す。
「んっ……そこも、もっと触って……」
「……ああ。こ、こうか?」
今まで馴染みのない雰囲気に、なぜだか口の中がカラカラに渇いていた。
あれ、なんだか心臓がうるさいぞ? 俺、緊張しているのか?
「は……んっ……」
瞳子の耳に触れる。撫でると瞳子が俺をドキドキさせる声を漏らす。背中にぞわぞわとした気持ちいい感覚が走った。
その声をもっと聞きたくて、形の良い耳を親指と人差し指で摘まむ。優しく擦り上げると、彼女の体がビクビクと震えた。
「や……ああっ……ひぅんっ……んああっ!」
ビクンッ! と一際大きく彼女の体が跳ねると、くたりと力が抜けるのがわかった。瞳子の息遣いが荒くて、決して小さいとは言えない胸が激しく上下していた。
「……」
「……っ」
少しだけ息が整ったのか、瞳子が気怠げに目を開ける。
綺麗な青い瞳が俺を映す。吸い込まれそうなほど惹きつけてくる。なんという眼の魅力か。
そのまま吸い寄せられるように、俺は瞳子との距離を縮めた……。
「帰ってるのか瞳子ー? パパ帰ったぞー! 足をケガしたんだって? 待ってろ、すぐにパパがなんとかしてあげるからね!!」
「「!?!?!?」」
ドアの外からの大声に、俺と瞳子は飛び上がるほど驚いた。
どうやら瞳子の父親が帰宅したようだ。いつの間にかそれなりの時間が経っていた。
俺は慌てて帰り支度を済ませる。今、この状況を彼女のお父さんに見られるのはまずいのだと、俺の心が警鐘を鳴らしていた。
「じゃ、じゃあ俺は帰るからっ。瞳子はゆっくり休むんだぞ」
「う、うん。……と、俊成っ」
背を向ける俺を、彼女は呼び止めた。
「また……慰めてもらっても、いい?」
おねだりをする瞳子から、甘やかな空気が発せられているように見えた。
……これ以上ここにいると、自分が何をしでかすかわからなかった。
「……もちろん」
必死に自制心を働かせながら、なんとかそれだけを言った。
そして、人生で初めて逃げるように瞳子の家を出たのだった。
瞳子は奇跡的な回復力を見せ、大会前には足のケガが完治していた。
とはいえ本調子には程遠い。あの目を奪われるほどの跳躍力は鳴りを潜めていた。
「すごいわ今のトス! ドンピシャリだったわ!」
「木之下さんが上手にレシーブしてくれるおかげでリズム良く攻撃ができるわ!」
「さすがはきのぴー。私が見込んだだけはあるね」
それでも、瞳子が加わるだけでチームの輪がまとまっているようだった。
選手としての働きもそうだけど、瞳子自身の存在自体がみんなを生き生きとさせているように見える。復帰したばかりでもすぐにチームの力になろうとがんばっている瞳子が、仲間でないはずがないのだ。
全国大会には出場できなかったが、我が校のバレー部にしては充分すぎるほどの結果で大会を終えたのであった。
※ ※ ※
「足は痛くないか?」
「見てたでしょ? 問題ないわ。それよりも疲れてしんどいわね」
試合の後、俺は瞳子に家へと招待された。
彼女の家族と一緒になって、大会での好成績を祝った。照れていながらも、誇らしげにしていた瞳子がまた一つ成長したのだと感じる。
そうして現在は瞳子の自室で二人きりになっていた。相手が異性でも幼馴染なら顔パスしてくれる。娘思いのお父さんの目はちょっと怖かったけどね。
試合の疲れが残っているようで、瞳子はベッドでだらりと横になっていた。疲労のせいで気づかないのか、スカートがめくれ上がって太ももの際どいところまで見えてしまっている。
いつも凛としている彼女にしては珍しく油断した格好だ。こんなにも女性らしく成長していたのかと、目のやり場に困る……。
「早く寝たいだろ? そろそろ帰るよ」
「ダメ。帰らないで」
大きな声でもないのに、俺の動きを止める力があった。
瞳子が横になったまま俺を見つめる。なんとなく「近くに来て」と言われたような気がして、ベッドの傍まで寄る。
「あたし、がんばったわ」
「そうだな。すごくがんばってた。全部見てたぞ」
「いっぱいがんばったから……あ、甘えてもいいわよね?」
かぁっと頬を赤くしながら、瞳子は恥ずかしそうに言った。
そんな彼女が可愛すぎて、思わず噴き出してしまう。
「わ、笑わないでよ……っ」
「ごめんごめん。別に笑ったわけじゃないんだ。瞳子があんまりにも可愛かったからついな」
ぷぅ、と頬を膨らませる瞳子。完璧だとか、大人びてるだとか言われているけれど、まだまだ子供なのだ。
そういうところは変わっていないことを、長年の付き合いで知っている。
「じゃあ、また頭を撫でればいいのか?」
「ん……。それと……つ、追加してもいいかしら?」
「追加?」
瞳子は枕に顔を埋めながら、チラチラと俺に目を向ける。なんだこの可愛い生き物は……っ!
「だ、抱きしめながら……撫でてくれる?」
「……」
幼馴染ってだけでこんな役得……。本当にいいんですかね?
「と、俊成だからしてほしいのよ? 色眼鏡なく見てくれて、ちゃんとあたしの心を思ってくれる。そんな俊成だから……だ、抱きしめられたいの。いっぱい、甘えたいの……」
俺の心を読んだわけじゃないんだろうが、瞳子は早口でそう言った。そして不安そうに眉根を寄せる。
「あの……ダメ、かしら?」
「いいに決まってるだろ」
俺は食い気味に返した。
「な、なら……こっち……。と、俊成も横になって?」
瞳子はベッドの端に寄ってスペースを作る。俺にもベッドに横になれということか。
瞳子のベッドで、二人で寝転がる。幼い頃はこうしてよく昼寝していたっけか。
「い、いいのか?」
「い、いいわよ……。いいに決まってるじゃないっ」
瞳子は真っ赤になって頷いた。
疲れていると言っていたし、起き上がるのもおっくうなのだろう。
そんな状態でも、彼女は甘えたいのだ。期待というプレッシャーがあった分、解放されて小さい頃に戻りたくなったのかもしれない。
うん、だから胸のドキドキよ……収まりやがれ!
「で、では。失礼します……」
瞳子のベッドに体を横たえる。ふんわりと、女の子特有の良い匂いがした。
瞳子が身を寄せてくる。俺はその体を抱きしめた。
「……」
「……」
俺たちは幼馴染だ。瞳子を抱きしめるのだって、これが初めてってわけじゃない。
だけど、抱きしめてから心臓が痛いほど胸を叩く。こんなのは初めてだった。
「あ……」
ベッドの上で、瞳子を抱きしめながら頭を撫でる。
触り慣れた銀髪の感触。いつもと違うのは、俺の耳をくすぐるような彼女の吐息だった。
当たり前だけど、抱きしめているから顔が近い。というか密着している。
瞳子の体ってこんなにも華奢だったろうか? 中学生になって、男子と女子の差がはっきりと表れていた。抱きしめてみて、昔との違いを感じる。
「んっ……ふっ……く……ひゃんっ」
瞳子の頭を撫でるのが気持ちいい。耳に触れるのも、頬に触れるのも、撫でる俺の方が気持ちよく感じた。
「と、俊成ぃ……っ」
甘えるような瞳子の声。幼い頃に聞いたことがあるような気がしながらも、全然違うようにも思える。
いけないことをしているような気になる。それでも、手は止めなかった。
だって、瞳子が求めてることだから。
「瞳子」
「あ……は、はい……」
ぽやーっとした目が俺を映す。綺麗に映っているのに、自分の表情はよく見えなかった。
「優しく、してやるからな……」
「~~っ」
瞳子は身を強張らせて、俺の胸に顔を埋めた。
そんな硬くなった体を解すように、俺は瞳子の頭と背中を優しく撫でた。
たまには幼馴染を甘やかすのも悪くない。甘美な感触に気を良くしながら、がんばった彼女を労わるために、体中を気持ちよくしてあげた。
※ ※ ※
「ぐぅ……」
「俊成? ……寝ちゃったの?」
寝息に顔を上げて見てみれば、俊成の可愛い寝顔を見ることができた。
俊成のことだから、あたしが眠ってしまうまで撫でてくれるつもりだったのだろう。
頭や背中、いろんなところを撫でてもらえて嬉しかった。……とても気持ちよくしてもらえて、口元がだらしなく緩んでしまう。
いつの間にか、あたしよりもごつごつして大きくなった手。俊成の手に撫でられて、眠れるはずがない。こんなにドキドキするのに、眠れるはずがなかった。
「ふふっ。可愛い寝顔」
俊成の頬を突いてみる。こんなことをするだけで楽しくなって、満たされていく自分がいる。
「あたしががんばるのも、完璧になりたいのも、全部……全部、俊成に見てほしいからなんだからね」
眠っている俊成の顔に、唇を近づける。
起きないように慎重に……でも、行動が大胆なのは誤魔化せなかった。
「……んっ」
幸せな感触が広がる。心臓が激しく鼓動しているのに、胸はぽかぽかと温かかった。
「いつか、この気持ちを誤魔化さないでもいいように……。絶対にあたしのものにするから……絶対、絶対に誰にも負けない。俊成があたしに夢中になるくらい魅力的な女の子になってみせるわ。だから……こんなこと、あたし以外の人にしちゃ許さないわよ……」
いつまでも、彼と一緒にいられるように。小さく、断固たる決意を口にした。
その時がくるまで、あたしの覚悟は揺るがないのだと、昔からずっと確信し続けているのだった。
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